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尾澤 和幸

どこやらに『秘密』のけはひのするところが奇妙である
                ―― 創元社アルケミスト双書『錬金術』、『ルーン文字』、『古代マヤの暦』

「『学問』のはうは、澁澤(龍彦)君の手にかかると、どこやらに『秘密』のけはひのするところが奇妙である。流風はめいめいちがふにしても、このやうなおもむきの日常を文学生活といふ」

(石川淳『文林通言』1972年、中央公論社)

このたび創元社から出たアルケミスト双書『錬金術』を手にして、まっさきに思い浮かべたのが、今から40年近くも前、「朝日新聞」に掲載されていたこの石川淳の文芸時評の中の言葉だった。

「錬金術」→「秘密の学問」→「澁澤龍彦」→「血と薔薇」→「黄金時代」――黒を基調にした装丁に、寓意画や銅版画をちりばめた本書を手にしただけで、評者の頭のなかはではそんな言葉の連想ゲームが始まってしまう。

70年代から80年代にかけて、錬金術や黒魔術、毒薬の製法や秘密結社など、西洋の「秘密の知」の伝統を日本に紹介した澁澤龍彦や種村季弘の仕事は、「蟲惑的」という言葉がぴったりの謎めいた魅力で、日本中の「スカした文化野郎」の若者たちを熱狂させた。三島由紀夫が割腹自殺した1970年、生意気盛りの高校2年生だった評者も、澁澤の著作に濃厚に漂うこの「『秘密』のけはひ」にイカれた1人だった。

今回、刊行の始まった『アルケミスト双書』は、評者のような「『秘密』のけはひ」愛好家にはたまらなく魅力的なシリーズだ。『錬金術』のほかに、『ルーン文字』『古代マヤの暦』の2冊が刊行されている。横15センチ、縦17.5センチ、本文60ページというおもちゃのようなフォーマットの小冊子に、古拙な味わいに富んだ銅版画や繊細な描線のイラストが「宝石箱をひっくり返したように」ふんだんに紹介されており、図版を漫然と眺めるだけで、古代から連綿と受け継がれてきた人類の「秘密の知」の世界に浸ることができる。がつがつと「情報をインプットする」ことなど度外視して、こうした本をぱらぱらめくりながら、解けない謎や解読できない文字、秘密の教義に思いを馳せることこそ、典雅な「読む愉しみ」である。いや、そもそも読書の最上の喜びとは、こうした書物が醸しだす「詩」や「驚異」を、ゆっくりと、心行くまで味わうことにあるのではないか。

「寓話」と「象徴」の想像力世界、『錬金術』

「錬金術」というと、今では「詐欺」や「ペテン」を連想させる「いかがわしさ」の代名詞のような言葉になりはてた観があるが、本書冒頭の「はじめに」で述べられているように、錬金術は、かつて中国では不死の探求を意味し、インドでは製薬法になり、ヨーロッパでは卑金属を金に変成する「賢者の石」を求める研究だったのだ。古代や中世の人々は「不死、薬、金の三つのテーマを追う」この学問に、本気で取り組んだのである。現在の化学や医学、そして冶金や発酵などの技術も、もとを正せば錬金術から枝分かれして成立したものなのである。

本来、錬金術は世界の基本要素とその変成の過程を追求する壮大な試みだったが、中世から近世にかけての「魔術から科学へ」と向かう歴史の流れのなかで、その「知の体系」の一要素にすぎなかった化学や医学、天文学や冶金学だけが枝分かれして、正統な「科学の嫡子」としての地位を確立し、占星術や呪術など、「寓話」や「象徴」に満ちた錬金術の想像力の世界は、近代科学史の「脚注」として、片隅に追いやられたように見える。

だが本書を読むと、錬金術の想像力や思考パターンは、過去の時代のキワモノめいた「民俗誌」の史料に終わったのではなく、今も私たちの「生命観」や「物質観」の根底に息づいていることがわかる。

「錬金術師にとって、『自然』の中にある生命を与える普遍的な原質は『精気(スピリット、精神)』であり、万物が独自にもつ本質は、その『魂(ソール)』である。これに第三原質である『肉体』が加わり、『トリア・プリマ(三原質)』を形成する。この中心的な主題を理解するもっともたやすい方法は植物界を訪れることで、三つの原質をわかりやすく識別できる手がかりがある。植物が発酵してできたアルコールは植物の精髄なので、英語では『スピリット』と呼ばれる。植物の個々の本質である『魂』は、その植物の精油(エッセンスオイル)に存在している(バラは数多くの名をもっているが、その香気はバラ独特のものである)。『肉体』は三番目の原質で、目に見えない不可視の『塩』である。『塩』は植物の灰から『総体から微細を分離』して抽出したものである」(本書8~9ページ)。

この詩的な記述を読むと、評者はつくづく、錬金術的思考は一向に古びていない、普遍性をもったものであると実感する。この記述には世界の万象を「驚異の目」で眺める思考法が息づいている。「精神」や「魂」は単なる「言葉の綾」ではなく、人間を人間たらしめ、万物を万物たらしめている普遍的な概念だということを、錬金術師たちは的確に見抜いていたのだと思う。

ヨーロッパ文明の古層、『ルーン文字』

『ルーン文字』も、言葉や文様が秘める魔力に興味を持つ人間には実に愉しい1巻だ。ルーン文字は、古代から中世末期にかけて、ヨーロッパ大陸とその周辺で用いられていた呪術文字で、北欧やイギリスには、ルーン文字の刻まれた石碑が各地に残っている。

こうした石碑でとりわけ目を引くのが、「ビューカッスルの十字架」(本書16~17ページ)や「聖ポール大聖堂の石棺」(本書22~23ページ)に見られるような、ルーン文字とともに刻まれた装飾芸術の美しさだ。曲線と動物の図象が巧みに交錯するこうした装飾芸術は、今見ても「古拙」どころか、実にモダンで、生命の躍動感に満ちている。これほど高度な造型芸術を残した人々はどのような人々であり、どのようなメッセージをこうした文字や文様に託したのか。「呪術」の世界の奥深さをあらためて垣間見せてくれる1冊だ。

天体を凝視する視線、『古代マヤの暦』

『古代マヤの暦』は、ヨーロッパから一転して、古代の中米に花開いたマヤ文明を中心に、中国やインド、シュメール、エジプトなど、古代人が考案した精妙な暦の世界を紹介している。現存する古代マヤの文書や石碑の解読は、ようやく19世紀末に始まったばかりだが、本書には、最新の知見や研究成果がコンパクトに紹介されている。

古代の中国暦や易経、古代エジプトの12宮図なども興味深いが、本書を一読して何と言っても驚かされるのは、古代マヤ人が残した克明で精細な暦の絵文書や計数システムだ(本書20~23ページ)。古代の天文観測の記録を伝える『ドレスデン絵文書』(空の帯から火星の獣がふらさがっている)や『マドリード絵文書』(天文学者が天頂筒で星を観察している)を眺めていると、その精密さに目まいすら覚える。こうした図版を目の当たりにすると、天体の運行を見つめる古代人のまなざしの濃やかさにただただ圧倒されてしまう。「古代=未開」「現代=開明」などという対式が実に陳腐で、底の浅いものに思えてくる。世界の読み方、宇宙の解読の仕方は、実に多種多様なのである。

創元社オフィシャルサイト

2009年8月24日号