『お伽草紙』
「ムカシムカシノオ話ヨ」と太宰治が語りかけてくるのは、幼い頃に親しんだ昔話。耳を澄ますと、でも少し、いやずいぶん違ったお話のようだが・・・。本邦『カチカチ山』では、悪さのすぎたタヌキがウサギの成敗を受けて、背負った柴に火をつけられ大やけど、あげくに泥の舟とともに沈められた。しかるに、本書によると、醜男タヌキ(37)がしでかしたことは、「婆汁」の大罪をのぞけば怠惰・大食・嘘つきといずれもあまりに人間的な所業におさまる。ただひとつ、美少女ウサギ(16)に身のほど知らずの懸想をしたのが命とり、どんな残酷な仕打ちにあっても、それは男女の宿命サと人の微苦笑を誘うばかり。これが太宰版、お伽草紙だ。
私はこの作品にふれるたびに一人の女性のことを思い出す。M女は小学校教師を定年まで勤めあげた。さて第二の人生を、というときに昔日の文学少女のユメが頭をもたげた。国語教諭が小説家志望、なんだ、教師は仮の姿だったのかと勘ぐられた日にはM女、烈火のごとく怒る。「ばか者、片手間にできる仕事じゃない」熱血を地でいく先生だった。おまけに姉御肌から担がれた教師組合で、仲間のために子どもたちのためにと辣腕をふるう。「○○教組の(猛女ではなく)猛者」と呼ばれた。大正女の誉れである。
かくして創作教室の門を叩いたM女、最年長をものともせずにめきめき頭角をあらわしていく。このままデビューにこぎつければ、熟年の星となったかもしれないが、何と教室の講師にとスカウトされる。夫は「ミイラとりがミイラだ」と笑った。えいままよ、生涯「教師」も悪くはなかろうと腹をくくった。
かつては一様にランドセルの似合った元児童たちも、いまや髭面、化粧ふんぷんのトウのたった小説家予備軍の一団だ。ところが、因果なユメに取りつかれた同病者を憐れむより先に、教え子を愛する本能がふつふつとよみがえってきた。「おお、これは傑作!」「えっ、ホントですか?!」半信半疑の生徒に、作者当人も気づいていない作品の深みを解説する。「あんた、四郎さんはどうなったの?」「ど、どちらのシロウさんでしょうか」まさか半年前に書いた登場人物のことではあるまいか。もたもたと記憶を呼び起こす作者をもどかしげに見守るM女。生徒の創作した物語を、その人物たちをしかと心に刻みこんでいた。こんないい作品が陽の目をみないわけがない、真剣な面持ちで生徒たちを叱咤激励した。提出課題の裏ページには赤ペンで指導というより、作品に向けた偏愛をびっしりとつづった。「深読み先生」と感謝まじりに生徒は言い交わした。
立て板に水の情熱的な語りと同じくらい生徒を楽しませたのは、M女のお洒落ないでたちだ。宝塚の男役とみまがう原色のキザなスーツが小柄なのに似合った。帽子は必須アイテム、どこで見つけてくるのか凝ったメガネ、煙草をくゆらす姿までさまになっている。とはいっても、笑うと細い目が線となってヒッヒと野太い声があがるところ、魂のぬけた駄作や倫理観を欠いた作品に容赦ない失笑を浴びせるところ、M女はやはり美より智の路線を行く人だった。初代の教え子は誰一人欠けることなく数年が過ぎた。
ある日、二十代の青年が田舎の家業を継ぐと暇乞いに来た。ついにいとおしい仲間との縁が切れるときが訪れたのだ。「おれ、才能ありますかって何度かたずねましたよね」「そうだった?」「もっと早く引導をわたしてもらいたかったのに」「誰がわたすか」そんなやりとりの最後に彼は言った。「昔、先生がすすめてくれた『お伽草紙』をこの前読み返したんです」「おや、そう」「思いましたよ。手の届かないものを追い求めていたおれ、まるでカチカチ山のタヌキみたいだと」「ナヌ?」M女は絶句した。ユメは人を駆り立てると同時に人をむしばむ。はかない夢追い人たちを先導するおのが正体は、甘言三昧のウサギであったか・・・。口をパクパクさせたままのM女が聞いた、「だけどいいユメをみました」は果たして幻聴なのか。
あれから四半世紀、喜寿もとうに越え、ついに引退の日を迎えたM女。桜色のマフラーをさっとヨン様巻きにする。「先生、これからも私たちのユメにつきあってくださいね」と泣かせるメッセージともども生徒から贈られたものだ。夫がめずらしく門先まで見送ってくれた。「あなたはなかなかダンディでした」「へっ、それって男向けじゃ・・・」長の歳月、包まれてきた穏やかな笑みをあとにして、まだ肌寒い街に向かう。湖水に没するまえにタヌキがウサギに投げた末期のことば、なんだっけ、ああ「惚れたが悪いか」だった。





























