わたしの知らない母
アマゾン価格1995円
読み終わって胸がドキドキする本は、そう滅多にお目にかからない。今、切なくなって、泣きたいような、わめきたいような……心の中が渦まいている。そうだったんだ、そういうことだったのか、と初めて3年前に亡くなった義母の心のうちを少し理解したような気がした。義母も認知症と診断されていた。
高齢化社会と言われて久しい。でも心身ともに健康な人ばかりじゃない。主人公のハンナのように認知症を患って老人ホームで生活し、ふわふわと漂うように現在と過去を行き来し、空間の認識も心の向くまま、という人も多い。そういう認知症をテーマにした本は数多くあるが、たいていは介護する側から見たものであり、患者自身の心を扱ったものには、これまで出会うことがなかった。また私自身も介護することに主眼をおいていたから、患者自身がどのように考えているかなど、思いを馳せる余裕もなかった。
しかし、この本は違った。ハンナの心の声が聞こえるのだ。ひとつひとつの動作や発する言葉には、ちゃんと意味があった。周囲には理解できなくても、ハンナは心の中で、ホロコーストで命を失った両親や妹に語りかけ、ロンドンを襲う空爆に怯え、恋人と安らぎのひとときを過ごし、娘を守っていたのだ。
ある日、彼女が一人で老人ホームから外出してしまう。
どうして自分が車の多い場所に立っているのか、わからない。でも声をかけてくれた人が、買い物かどうかを聞いてくれたので、きっと買い物にきたに違いない、と自分で納得する。そして、そのために道を渡らなければ、と思うのだが、信号の見方がわからないことに気づく。信号が青になり赤になり青になり赤になり青になっても、動き出せない。近くに居合わせた人の助けで、やっとのことで道を渡って、やっとのことで買い物をしようと思っていたらしい店に入って、やっとのことで彼女を気にしてくれる人(店の人)に出会う。それからやっと老人ホームの介護士が迎えに来てくれて、彼女の長い冒険は終わる。早く、早く、誰かハンナに気づいて、と私はずっと気が気でなかった。でもハンナはその間、淡々と、ずっと記憶の中の家族や友人に語りかけ、何を買おうかと考え、冬の、しかも氷が張るほど寒い日に、スリッパとカーディガンだけで歩行器を頼りにとぼとぼと歩いているにもかかわらず、決して惨めだとは思っていなかった。ただ、少し寒い、と思うだけだったのだ。
そう、どんなときも惨めだと思っていないから、ハンナの心の言葉は軽やかで、だから読む者の胸に迫りながらも、暗い印象を与えない。表紙のパステルカラーのイメージなのだ。訳者は「光や色、暑さや寒さ、氷や風、草花や樹木を描く、作者の視覚的、感覚的で、繊細な言葉の選び方のおかげでしょう」と感想を述べているが、それだけではあるまい。訳者自身の人柄も、自然と訳語選びや言葉遣いに滲み出ていそうな気がする一冊でもある。
付記:
原書の書の表題は“Someone Not Really Her Mother”(Harriet Scott Chessman)で、写真の表紙はペーパーバック版。訳書の表紙は、原田さんが訳していて抱いたイ メージを編集者に伝えたら、このようになったのだそうです。彼は何冊も本を出して いますが、この表紙は今までの中で一番気に入っているそうで、額に入れて部屋に 飾っている、とのこと。(S.S)































