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中里京子

9th and 13th (Pocket Penguins 70's)

by Jonathan Coe

この本は、ペンギンが創刊70周年を祝って刊行した “Pocket Penguin”シリーズのラックで見つけた。直訳すれば「9番目と13番目」。では、何の9番目と13番目なんだろう、と好奇心をくすぐられて手に取った。

この50ページあまりの薄い本には、ジョナサン・コーの短編が四編収録されている。実は、“9th and 13th”は二篇目の話。立ち読みして最初に引き込まれたのは、第一篇目の“Ivy and Her Nonsense”だった。まず文がうまい。1960年代英国、バーミンガム近郊のある一家のクリスマスを描いた話だが、テーマにしろ、文体にしろ、ほとんど保守本流とでも言ってよいようなつくりだ。おまけに、最後のひねりは、ヘンリー・ジェイムズを髣髴とさせる心憎いもの。たった15〜6ページで、長編一冊を堪能したような気分にさせられた。

この“Ivy”を、ステイク&キドニーパイといった英国の伝統的なメインディッシュにたとえれば、表題の“9th and 13th”は、エスプリの効いた軽いデザートといったところか。それも、ぐじゃぐじゃの英国風プディングではなく、フランス風の気取ったやつ!

なぜフランスか、というと、実はこの短編、フランスから音楽入りの朗読CDが出ている(挿入写真をご覧ください)。作者は、音楽家になるか、作家になるかと迷ったほどの音楽好き。この短編もそんな彼ならではの作品だ。ついでに映画も大好きで、この短編集の残りの二編は映画に関わる話。彼の長編作品にも、音楽と映画のテーマは繰り返し現れる。

さて、本題に戻ろう。表題の“9th and 13th”。アメリカに詳しい人ならすぐにピンと来たかもしれない。この作品の冒頭は “I live on the corner of 9th and 13th, and I promise you, it’s not a good place to be.”という文ではじまる。つまり、主人公は、九番街十三丁目のさえない一角に住み、ジャズ・ピアニストとしてつましい暮らしをしながら、いつかここを出ようと思っているのだ。

でもこの“9th and 13th”には、もう一つ意味がある。そう、和音のナインスとサーティーンス——9度と13度の和音(chord)。弾いて確かめてみるといい。鍵盤のまん中から2オクターブ低いC(ド)に左手の小指を置き、その手を大きく広げて、親指で1オクターブ高いD(レ)を弾く。何となく落ち着かない和音になっただろう? これがナインスだ。 次に、右手でBフラット(半音のシ)を重ねる。どうだろう? 曖昧な独り言が、はっきりした問いかけに変わらないかい? もう一度D(レ)を重ねるとこの感じは一層強調される。だが、F(ファ)が加わると、雰囲気は一変してしまい、もっと前向きな、明るい感じになる。そして最後に、サーティーンス、つまりA(ラ)を加える。どうだい? この不安定なコードは、どこかに落ち着きたくてうずうずしているように聞こえないかい? 落ち着き先は、Cメジャー?、Aマイナー? それともFメジャー? 何でもありだ。ナインス&サーティーンス —— 無限の可能性を秘めた組み合わせ。

主人公のピアニストがいつものようにこのコード、ナインス&サーティーンスを爪弾いていると、突然客の可愛い女の子から、どこか泊まるところを知らないか、と尋ねられる。さて、ピアニストはこのコードをどう進行させるだろう? 「B&Bへの道はここをこう曲がって……」、と言うだろうか、それとも「もう遅いし、近くにろくな場所もない。君さえよければ、僕のカウチを使ったら……」と言うだろうか。その返答以降、地の文はすべて、“would have”と“should have”が散りばめられた、いわゆる仮定法過去完了の文になる。

この小品は、友人の作家と昼食をとっているときに、最初から最後まですべて仮定法で表現された作品が書けないだろうかという話が出て、起想したものだという(でも、すべて仮定法にするのは無理で、約三分の二に留まったとも) そんな企みがあって作ったものではあるが、はっとするほどおしゃれな作品に仕上がった。初出は The Time Out Book of New York Short Stories (1997)。

重い長編小説のあとの、気の利いたお口直しにどうぞ。Bon Appetit!


本欄「おすすめの図書」は、翻訳だけでなく小説、エッセイ、文学研究、映画・演劇に携わる「もの書き」の人々に、近頃感銘を受けた書籍について執筆してもらうコラムです。小説、未翻訳の原書、辞書・事典類まで、広範なジャンルで執筆者独自の切り口で「おすすめ」をしてもらいます。さて、次回4月2日号では何が飛び出してくるか? 

Pocket Penguins について:

Pocket Penguins

イギリスのペンギンブックスが出版70周年を記念して、70人の作家を集めて刊行した短編集。大方60ページ前後のつくりだが、中には書き下ろし作品もあれば、長編からの抜粋もあり、フィクション、ノンフィクション、古典、現代小説も入り乱れてヴァラエティーに富んでいる。一回限りの企画なので、現在では絶版になってしまっており、在庫希少のところが多いが、探せばまだ手に入る。バラで購入する場合、アマゾン価格では1冊¥525円。ボックスセットについては、アマゾン価格¥21,173。今なら、このBox SetがイギリスのPenguinから、半額(£50+日本までの送料他£8)で手に入る(参照:Penguin)。収録作家のリストは、眺めているだけでも楽しい。Eric Schlosser, Nick Hornby, Albert Camus, P.D. James, Richard Dawkins, India Knight, Marian Keyes, Jorge Luis Borges, Roald Dahl, Jonathan Safran Foer, Homer, Paul Theroux, Elizabeth David, Anais Nin, Antony Beevor, Gustave Flaubert, Anne Frank, James Kelman, Hari Kunzru, Simon Schama, William Trevor, George Orwell, Michael Moore, Helen Dunmore, J.K. Galbraith, Gervase Phinn, W.G. Sebald, Redmond O'Hanlon, Ali Smith, Sigmund Freud, Simon Armitage, Hunter S. Thompson, Vladimir Nabokov, Niall Ferguson, Muriel Spark, Steven Pinker, Tony Harrison, John Updike, Will Self, H.G. Wells, Noam Chomsky, Jamie Oliver, Virginia Woolf, Zadie Smith, John Mortimer, F. Scott Fitzgerald, Roger McGough, Ian Kershaw, Gabriel Garcia Marquez, Steven Runciman, Sue Townsend, Primo Levi, Alistair Cooke, William Boyd, Robert Graves, Melissa Bank, Truman Capote, David Lodge, Anton Chekhov, Claire Tomalin, David Cannadine, P.G. Wodehouse, Franz Kafka, Dave Eggers, Evelyn Waugh, Pat Barker, Joanthan Coe, John Steinbeck and Alain de Botton.