Night Windows
二十数年たってめぐってきた千載一遇のチャンス。積年の恨み、今こそ晴らしてやる。あいつは自分がしでかしたことに気づかず、人の悲しみも顧みずに名門学校の校長におさまって順風満帆の人生を送ってきた。おっと、編集者とのスキャンダルもあったな。あのときは首がつながったが、今度はそうはさせないぜ。
一気に葬ったんじゃ、あまりに痛みが軽すぎる。じわじわ十分にいたぶってやろう。手始めに児童買春でもでっち上げて窮地に追い込むとするか。校長にはまさにおあつらえむきの事件じゃないか。二、三件、派手にお膳立てしてやる。なんてったって、なりすましはおれの生業だ。
お次は精神を苛む番。あいつは作家先生だから、こっちも文芸路線でいくとしよう。まずはカフカだ。『審判』の冒頭を届けてやる。あはは、逮捕された事実を誰にも明かしていないのに、なぜ漏れたのかとうろたえてやがる。
今度は苦悩のスパイスにロバート・ローウェルの詩といくか。”The light at the end of the tunnel is just the light of an oncoming train.” これで希望を打ち砕いてやる。
教員室に監視カメラを取り付けたな。そうくるならeメールだ。スティーブンソンの『ジキルとハイド』、エドガー・アラン・ポーの『ウィリアム・ウィルソン』、パトリシア・ハイスミスの『リプリー』。この共通項を解いてみろ。
おれの復讐劇はまだ序盤。これから老母も娘も巻き込んで、もっともっと苦しめてやる……。
この犯人、実は最初から最後まで一度も姿を現さない。唯一の「肉声」は主人公パトリックに送りつけられる文芸作品の引用文だけ。だから恐縮だが、上のせりふは筆者の想像だ。主人公には(そして読者にも)、身に覚えのない嫌疑をかけられる理由も、ストーカーまがいの脅迫文を送りつけられる理由も全くわからない。次第にパトリックの過去と現在の人間関係が浮き彫りにされるにつれて、やっと合点がいくという次第。
原題の”Night Windows”は、灯りがともった室内が、外から丸見えになるさまだ。姿のない脅迫者に自分の過去や現在のプライベートな行動がすべて見透かされてしまう。
きっかけは誰にでもありそうなこと。脅しの手口も、最後になって、ああそうか、と考えてみれば、誰にでもできそうなトリック。このありふれた日常性が怖い。
作者は自分の経験を基に本書の構想を練ったという。アイデンティティの盗用、プライバシーの侵害、アイデアの剽窃をキーワードに、じっくり書き込まれた知的なミステリだ。オブザーバー紙の「2004年度の5冊」に選ばれ、A.S.バイアットとマーガレット・ドラブルが賛辞を寄せているのもうなずける(まさか姉妹で示し合わせたわけではないだろうが!)






























