『A Long Way Down』
人生うまくいってますか?今日はひとつでもうれしいことがありましたか?生きがいってありますか?夢を実現する努力って疲れませんか?もう、なにもかも投げ出したくなりませんか?
『ハイ・フィディリティ』でデビューし、『アバウト・ア・ボーイ』でメジャー作家の仲間入りをしたニック・ホーンビー。彼が描き出す主人公たちは一見してダメダメ人間ばかりだ。三十半ばで恋人に振られ、ろくな友達もいず、仕事は閑古鳥の鳴く場末のレコード店経営で、将来の展望ときたらゼロの音楽オタクや、アソブ相手ほしさにシングルファーザーのふりをしてシングルマザーの会に潜入する遺産食い潰し男といった調子。
私たちはみんな(まあ大多数は)このままじゃダメだ、なんとかうまく生きていきたい、幸せになりたいと思っている(はずだ)。ニックの描くダメダメ人間たちはその代表選手として、幸せになるためにひたむきな(そして傍からみれば笑える/迷惑でもある)トライ・アンド・エラーを繰り返し、なんとか現実を生きやすい場所に変えようと頑張っている。人生ってそんなもの。
でも、どんなにトライしてもうまくいかないときもある。とんでもない不幸が襲ってくることもあるし、ふと魔が差して一生の不覚の大失敗をやってしまうこともある。ホーンビー長編四作目の ”A Long Way Down” はそんな落ちこぼれ四人の物語だ。テレビの人気プレゼンターのマーティンは、十五歳の女の子とのアヤマチをメディアにすっぱ抜かれ、キャリアは台無し、家庭は崩壊。大晦日の夜、人生にケリをつけようと高層ビル<トップハウス>に登る。年越しのパーティーに華やぐロンドンの喧騒から逃れ、心静かにこの世に別れを告げるつもりが、意外なことに〈トップハウス〉は思わぬ盛況ぶりだった。植物人間になってしまった息子をかかえるシングルマザーのモーリーン、恋に破れたストーカーのジェス、バンドが解散して夢を見失ったアメリカ人のロック青年JJが次々と現れたのだ。しかもみんな目的は同じ。人生にケリをつけること。
いくらなんでも列をつくって順番に飛び降りる気分にはなれない。同じ絶望を味わう四人は、その晩をともに過ごし、悩みを打ち明けあい、苛立ちをぶつけあう。新年の朝になるまでには奇妙な仲間意識がうまれ(「悲しいとき——ほんとに悲しいとき、そうトップハウス的に悲しいとき——同じように悲しんでるやつとつるむしかないんだ」by JJ)、六週間、生きてみることを約束する。
そこから四人がそれぞれ語り手となって、一人ひとりのこれまでの人生と、何が彼らを死に追いやろうとしたのかが明らかにされていく。誰もが一度は苦しんだことのある夢と現実とのギャップ。あるいは災難、不運としかいいようのないもの。必ずそのどれかに「あ、私も同じだ」と思うものがあるはずだ。実際、モーリーンの物語は、自閉症の子供を持ったホーンビー自身の体験が投影されているし、JJの悩みは本当に作家としてものになるのか将来に怯えた、かれ自身の三十代前半の姿でもある。ただのフィクションではないところに説得力がある。だが、ヘビーな悩みをそのまま深刻に描かないのがホーンビー(「暗い内容を暗く書いたって、誰がそんなもの読みたいと思うかい?」by ホーンビー)。絶対に笑えます。
どんな悲しく絶望的な状況にも必ずユーモラスな一面があり、ニックはそれを暖かい目ですくいあげる。抱えている問題をどうにかしようとああでもないこうでもないと右往左往する四人。その姿は涙ぐましく、こっけいだ。自殺した作家の読書会をしてみる(ヴァージニア・ウルフ——結論:「これじゃ、死にたくなるのも無理もない」by ジェス)、休暇に行ってみる(モーリーンの長年の夢)、テレビに出てみる、女の子を引っ掛けてみる、家族会を開いてみる(大惨事)などなど。
もちろんニック・ホーンビー作品のこと、ラストは幸せな終わり方をするけれど、ハリウッド的オールラウンド・ハッピーではない。全員が生きることを選び、自殺を思いとどまるが、それぞれの抱える問題がきれいさっぱり消えるわけではないからだ。現実は現実としてそこにある。マーティンは相変わらず職にあぶれ、近所の子供の家庭教師をしているし、モーリーンの息子も目を覚まさない。もともとイカれていたジェスはやっぱり変だし、音楽をあきらめられないJJは道端で歌っている。じゃあなぜ彼らは死なないのか?それを知るには、この本を手にとってみていただかなくては。
「あぁ、今日もいいことなかったなぁ」そうため息をつきたくなったとき読んでほしい。人生、つまづくことばかりだけれど、それでも生きてるっていいことなんだよ、ということを思い出すために。
今のところこの作品の邦訳は出ていないようだ。ニック・ホーンビーは森田義信さんが何冊か訳しておられているので、新潮文庫で刊行の準備中なのかもしれない。すでに出ている作品は、すごく感じが出ていて面白いのでそちらもお勧めです。原書ももちろん。
追記:本作品の映画化オプション権をかのジョニー・デップが取得したとのこと!現在は、脚本の執筆中なので公開時期は決っていない(『ハイ・フィディリティ』と同じ脚本家)。個人的にはとても楽しみだ。





























