されど至福のとき ―― 七転び八起き ――
その3 二冊目が出せない茨の道−版権を巡る闘い−
さて、こうして訳書一冊目が出た後、その勢いに乗って、二冊目、三冊目といきたいところだったが、世の中、そう甘くはない。その後は悪戦苦闘を地で行く茨の道。一冊目が奇跡の連続で運良く出たのだから、その後に苦難が続くのは、ある意味当然のことでもあるのだが、なにしろその後は試練の連続で、 いまだ二冊目を出せずにいる。この間、頻発する子供たちの結婚やら出産やらで家庭のほうも大忙しだったのだが、そのせいにはしたくないし、事実、そのせいではないのだ。
なぜ、二冊目が出せないのか。そこには私の怠慢と実力不足と、自分の気の進まないものは訳さないという頑固さと、さまざまな要因があるのだが、それに加えてもう一つ、重大な問題があった。版権の問題である。一冊目が出た直後、二〇〇二年の秋に、ある作品のレジュメを某出版社に提出したが、版権に関する状況がなかなかつかめないままに日が過ぎていった。そして、諦めかけた頃、その訳書が他社から出版されて店頭に並んでいるのを発見しショックを受けた。その後も何度か、執念深く同じ作家の未訳作品を探し出しては、版権空きを確認した上でレジュメを出版社に提出したが、そのたびに社内では企画が通るものの、最終段階で版権を同一の他社に取られるという悲劇が繰り返された。
こんなこともあった。同じく上述の作家のある未訳作品に関心を持ち、某出版社を通してエージェントに尋ねてみると、版権は空いていないという。だいぶ古い作品であるのに未だ訳書が出ていないので、不思議に思って、その版権を持っているという出版社に直接尋ねてみた。すると、その出版社では一度版権を取得したものの、社の出版傾向に合わないので出版を見合わせているとのことで、さらに尋ねると今後も出版の意向はないという。つまりこの版権は事実上、宙に浮いた形で空いていたわけなのだ。喜び勇んで、早速その状況を某社に報告し、その作品のレジュメを提出した。企画は社内で通り、あとは版権取得のみという段階になった。ところがなんと、どういうわけか、その版権も結果的には他社が取得してしまったのである。あまりのことに、なんとも言葉がなかった。さすがの前向き思考の私も、その時は立ち直るのに数週間を要した。気を取り直して、別の作家の作品のレジュメをある出版社に持っていったこともあったが、それも社内で企画は通るものの、知名度の高い作家であったためにアドバンスが高すぎて没になり…思えばこうして、二〇〇二年秋から二〇〇六年までの約四年間、二冊目への道は、まさに版権を巡る闘いに明け暮れた七転び八起き…いや七転び八転びの日々だったのである。
その中でも我ながら滑稽としか言いようのない話がひとつ。二〇〇三年春に現代アメリカの著名な作家の原書を書店で見つけ、これまた無謀にも全訳してしまった。いざ持ち込みをと、日本でもベストセラーとなったこの著者の前作品の邦訳書を出した出版社に電話をかけると、「残念ですが、この本はすでに原稿段階から当社が版権を取得し、翻訳作業に入っております」との返答。しばらく一人前に茫然としてみたが、知名度の高い作家でもあり、版権が既に取られている可能性について考えなかったのかと自問したが、訳し始めたら止まらなくなったというのが本当のところだった。この前後をわきまえない思慮の浅さに我ながら呆れたが、この時は大して落ち込むこともなく、いい勉強になったという感じで後味は悪くなかった、というよりむしろ、なぜかさわやかだった。この作品の版権が、とうの昔に原稿段階から、著者の前作を出した出版社に取られていたということに素直に納得していたからなのだろう。
だがその後に続いた前述の、ある作家の作品の版権を巡る闘いは、あまりにいろいろあって後味の悪いものとなった。私のように、版権を巡ってこのような闘いをしている人は他にもたくさんおられるはず。版権の争奪戦は競り市のようにガラス張りにしてオープンにすべきだとか浅知恵をもって真剣に考えたりもした。いったいどうすれば版権の問題をクリアできるのだろう。いくら考えても、答えは見つからなかった。
そんな時に「洋書の森」の存在を知った。延べ四年間、版権に悩まされ続けた私にとって、それはまさに救世主だった。安心して版権フリーの原書を手にすることができる!なんという幸せ!翻訳を志す人々にこのような場が提供されたことが何より嬉しかった。
今はもう、版権の心配から解放されて、ゆっくりと訳したい本を探すことができる。「これこそ訳したかった!」と心の底から思える洋書との出会いを求めて私の『森の探検』は今始まったばかり。「七転び八転び」が「八起き」になる日を楽しみにしながら、至福のときを重ねていきたい。
<付記> その後のなりゆき:「八転び」が「八起き」に?
『森の探検』で出会った、借り出し二冊目の洋書が、今出版に向けてよちよち歩きを始めた。企画を持ち込んだ一社目から、約二ヶ月後に「難しい」との返答がきて、すぐ次の出版社に持ち込んだところ、約二週間後、「この企画はなんとか実現するつもりでおります」との返答をいただいたのだ。それはこのエッセイの原稿を提出してから一ヵ月近く後のこと。私にとっての三人目の孫が誕生した翌日のことだった。嬉しさと共に、これから越えていくことになる幾つもの山を思い、身の引き締まる思いになる。
街にはクリスマスソングが流れ、ポインセチアの赤が美しい。どんな状況にあっても、希望を持ち続けること、それが大切なのだとあらためて思う。





























