藤岡啓介の翻訳玉手箱
公開講座 プロになるぞ!! 第3期
番外
前段では、朝日新聞の「ニッポン人脈記」で取り上げている
亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』
後段で『講談社学術文庫』の通巻2000点突破記念、名著100選フェアについて触れています、
ぜひともご覧のほどを
誤訳の居直り
2010年5月20日――こう書くともしや「韓国艦沈没、調査結果」の記事かな、それとも「トキの卵が烏に襲われた」話か。そうではないのです。翻訳の話です。
『朝日新聞』の夕刊(地方により朝刊)にすばらしい連載記事があります。『ニッポン人脈記』と題された取材もので、テーマによって数人の記者が取材して記事にしています(朝日新聞社から数点出版されています)。実話を追いながら新しい歴史の側面をあざやかに描き出す、内容もよければ、何よりも文章がいい。取材の対象人物も書き手も、匿名・仮名はない。すべて実名です。そして、作家といわれる人たちの文章よりも読ませる、何よりも迫力がある記事です。
でも、残念ながら、その後一か月ほど、この日のこの記事を読んだという翻訳者に出会っていません。読んでいたら「感嘆する」か「憤慨するか」、いずれかの感想を聞かせてくれたはずですが。(そうなんだ、ぼくの経験からいって、翻訳者でありながら、夕刊の一面下段のシリーズものは読んでいない、いや、新聞そのものを読んでいないらしい人が多いようだ。先日、新人をつかまえて、朝毎読の一紙くらいは読んでいなければ、といったら夕刊もですか?と問われた。参った!)
やはりぼくが書いておいた方がいいな。ことが「誤訳」の話だから。
朝日の記事をまるまる掲げるのがいいのでしょうが、それでは本題から逸れるので、抜粋します。
――「カラマーゾフの兄弟「罪と罰」の新訳を手がける。直訳調を、ひらがなの多い読みやすい表現にしてみせた。「誤訳だらけだ」との批判に、亀山はいう。「細かな文法的なものを超えて、自然に読めるテクストをつくりたかった」(朝日新聞夕刊「ニッポン人脈記」、2010年5月20日号)
記事の読後感はさわやかで、亀山郁夫さんがすばらしいドストエフスキーを世に出した、「自然に読めるテクスト」なんて、この考えがすばらしい、原作者と翻訳者の人生が重なり合うところに「名訳」が生まれる。この記事を書いた関根和弘さんは、きっとこのように確信して記事を書いたのでしょう。
でも、上の記事を関根さんのレトリックに迷わされることなく、ゆっくり読んでみましょう。
○亀山郁夫さんは東京外国語大学の学長、ロシア語専攻
○2006年9月に光文社から出版された『カラマーゾフの兄弟』の訳書が話題になり、この分野でのベストセラーになった。光文社といえば、あの神吉晴夫さんの創意による「カッパ・ブックス」の出版革命を起こした伝統のあるところ。「売ること」ではあらゆる手段をとりマスコミを懐柔する。
以上が客観的な状況、
○訳文は直訳調を避けて、読みやすい現代文。読者は、古典に対して劣等感を抱いていた、意外と中高年の世代。若者は、新訳だろうと亀山訳だろうと読みはしない。
○細かな文法的な問題を無視して、新しいカラマーゾフの兄弟を創造した。これはおそらく亀山さんの訳書を読んでいない関根さんの「思い込み」。記者は文章を書くのが仕事、新しい日本語に鋭敏な感覚をもっているはず。
○残念ながらドストエフスキーの読者は多くても、ロシア語で味読できる読者は限られている。さらに「翻訳を議論する」ことで自分の論を立てられる者は少ない。翻訳者が教育者であれば、その者の語学力は卓越していて、当然のことながら、日本語も洗練された現代文である。こう錯覚してしまう。
これが舞台裏の事情。
誤訳を指摘されると赤面して脱帽する翻訳者がいれば、そっくりかえって、「たとえぼくの翻訳に誤訳があるといっても、ジェラシーだ、誤植みたいなものだ、問題は文章ですよ」と居直る翻訳者がいます。「誤訳を超える翻訳」の「超える」は「ものともしない」という意味ですね、そうであれば、「誤訳を超える翻訳」はありえません。外国語を翻訳する基本的な姿勢が問われます。亀山さんには「わたしの翻訳に誤訳はないが、もしあったとしても……」という発想があって、そのニュアンスを捉え損なって関根さんの記事になったのでしょう。翻訳には豪傑訳、超訳、抄訳、超絶技巧的凝縮訳など、いろいろな呼び名の翻訳がありますが、「誤訳」を肯定する翻訳はありません。
『人脈記』は翻訳を議論するコラムではなく、「そこ」には思いがけない「人」のつながりがあった、俳優の西村晃さんと裏千家の千玄室さんとが特攻隊の生き残りで、千は待機を命じられ西村は鹿児島へ飛び立つ。生き別れ。戦後初めてのメーデーで、演劇労働組合のデモ隊の中から「せーん!」という声、「西村、お前生きとたんか!」……嘘のような実話を書きあげている記事です。大逆事件の死刑囚菅野スガの「くろがねの窓にさしいる日の影の移るを守りけふも暮しぬ」と獄中で詠んだ歌もあります。
こうした連載記事だから、翻訳のどこが新しいのか、読みやすいのか、そのためには誤訳は必然なのかといった議論は抜きで、タルコフスキーの名作『僕の村は戦場だった』に出演した少女ベーラに恋した亀山さんのことをこの記事は書きたかったのでしょう。成功しています。読者の多くは夕刊に載ったつぶらな瞳のベーラ・フレーブニコワさんの写真が忘れられない。
ぼくがこの記事を、読者のほとんどが翻訳者である本誌にぜひ書こうと思ったのは、亀山さんの「誤訳を超える翻訳」という言葉に唖然としたからですが、「誤訳だらけだ」の方を調べてみると、とんでもない数字が出てきました。
第一分冊だけで422頁あるのですが、誤訳を指摘されたのが117か所、増刷で訂正されたのが内45箇所であること、そして、これが重要なのですが、誤訳・不適切訳を指摘しているのが、「ドストエ-フスキイの会」の会長である木下豊房さんで、【亀山訳検証】ではすべての責任を持たれているのです。
他人の訳業を批判するには、よほどの裏付け、覚悟が必要だし、匿名では無責任です。木下さんは本気で批評しています(木下さんは早稲田露文の出身で千葉大名誉教授、ぼくの後輩だった)。木下さんの「検証」は、翻訳者のロシア語の理解力、文法、そして原作の理解、先行訳への敬意の欠如、いちばん悪いのが日本語力といった具合です。
こうなると、誤訳は翻訳者の本人が赤面して縮み上がるだけでなく、それを見抜かなかった編集者、訳書を読みもしないで「仲間褒め」に参加した名士たち、どうしよう、困ったな、知らぬ顔の半兵衛を決め込むか。
木下豊房さんの指摘は、原文と米川正夫を初めとする先行訳、それに英訳まで対比してロシア語ができない者でも理解しやすく丁寧に検討しています。その一端を皆さんに読んでもらおうと思ったのですが、実は四年前、ぼくの『公開講座 ミスター・リズモア未亡人、第五回』(2007年3月5日号)でこの亀山訳を取り上げていました。部分ですが、再掲します。この四年間で、読者も入れ替わって、おそらく目にされていないでしょう。「番外」にふさわしい記事ですよ。
(木下さんのサイトは、http://www.ne.jp/asahi/dost/jds/index.htmです。ご覧ください。)
そこで、これは本筋から外れますが、いったい新訳とはどういうものか見てみましょう。例にあげるのはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』です。この小説でとくに重要な場面ではありません。主人公の一人アリョーシャという青年が故郷に戻ってきたところです。もっとも、ドストエフスキーの小説では言葉の一つ一つに何重もの意味が篭められていることがあり、重要でない場面などないといえるのですが、あえて、さらりと読み流してもいいといえる叙述です。「古典新訳の時代」を標榜して現れた新訳と、もう八十年も大昔の翻訳があります。

『カラマーゾフの兄弟』。アレクサンダー・アレヘーエフの挿絵(リトグラフ100葉)が製本された希覯本(1928年)。
Hermitage Shop扱い。
新訳:
この町に着くと、「いったいぜんたい、卒業もしないのになんでここへ来たのだ?」と父がまず問いただすのに対してひとことも答えようとせず、つねにもましてもの思わしげな様子だったという。ほどなくして、彼は母の墓を探しているのだということが明らかになった。たしかにそれがこの町に戻ってきた理由だと、当時はアリョーシャ本人すら半ば打ち明けかけた。だが、ほんとうにそれだけが帰郷の理由だったかどうかは疑わしい。しかし何よりも確かなのは、いったい何が彼の魂からふっと湧き上がり、ある新しい未踏の、ただし必ずや通らなければならない道へいやおうなく自分を導いてきたのか、その頃はおそらくアリョーシャ自身も知らなかったし、また説明しようにもできなかったろうということだ。
旧訳:
この町へ着いた時『どうして学校を卒業もしないでやってきたのだ?』という父親の最初の質問に対して、彼は何一つ答えようともせず、一通りでなく黙りこんでいたという話である。その後まもなく、彼が母の墓を探しているということが知れた。彼も帰ってきたとき、それが自分の帰郷の唯一の目的だ、といおうと思ったのであるが、これだけではどうも理由の全部がつくせないような気がした。突然かれの心内にわき起こって、どこかよくわからないが、しかし避け難い新しい道へ、否応なしにぐんぐん引っぱって行ったのは、一体なにものであるか? この問いに対しては当時かれ自身さえなんら知るところがなく、なんらの説明をも与えることが出来なかった、――こう解釈するのが最も妥当であろう。
どうしてこの部分を取り上げたかというと、新訳を読んでいて、大きなパラグラフの後半にある部分がとくに読みづらかったからです。「しかし何よりも確かなのは、いったい何が……」と書き出して「……ということだ」と結んでいるのですが、従属節のこなし方といい、これは翻訳ものによくあるこじつけ訳ですね。原文にある言葉を一語も漏らさずに辻褄を合わせて訳していく、というあの「悪しき原典尊重」です。
そこで、旧訳を読んでみたら、こちらの方が分かりやすい。翻訳者が原文をしっかりと読んで、それをしっかりとした日本語で表現しています。しかも、翻訳者の固有の文体です。結びを「――こう解釈するのが最も妥当であろう」として原文の構文から離れていますが、これは翻訳者の「補い」ではなく、思考の流れです。蛇足ではない、必然的な補足といえます。旧訳の米川正夫はこのカラマーゾフを大正三年(1914年)に初めて訳しています(新潮社)。このときはダイジェスト版でしたが、当時天才的な彫刻家として知られていた中原悌次郎が「じつにすばらしい、原作はずっとすばらしいに相違ないだろうが、これ以上にすばらしく書けるとは、想像ができない!」と激賞したというエピソードが残っています。作中に「ゾシマ長老」という人物が登場しますが、ロシア語のстарецに「長老」という言葉を当てたのも米川訳でした。以後、カラマーゾフの翻訳者はすべて「長老」を当てています。
避けたい「……ということ」
こうして新訳(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2006年)と旧訳(米川正夫訳、岩波文庫、1927年版)と比べてみると、どうでしょう、「新訳であることの難しさ」を考えたくなりますね。旧訳を、それも米川正夫のドストエフスキーを越えるのは容易ではありません。米川訳は二十年どころか、八十年余の寿命を持っているのです。
翻訳臭が鼻につくという言葉がありますが、そのいい例が「……ということ」とする表現です。新訳に二箇所ありました。英語でいえばto-不定詞、あるいはthat節の訳し方で、受験英語で「こと」「こと」はお馴染みですが、小説です、この訳しようでは読者がそっぽを向いてしまいます。訳文で「当時はアリョーシャ本人すら半ば打ち明けかけた」とありますが、これが新訳にふさわしい現代的表現でしょうか。翻訳者、編集者、校正者のすべての関係者の「新訳」への姿勢が問われます。
ではお前の訳はどうなのか、と問われそうですね。果たして新味が出るかどうか、当該の部分を訳してみました。「母の墓」とあるところを「生みの母の墓」としたのが新味かもしれません。アリョーシャは四歳のとき死別した母親を鮮明に記憶しているのです。無慈悲な物語がありました。それを読者に思い返してほしかったのです。また、原作は伝記作者が物語るといった形をとっていますが、あえて逆らっています。(物語を語る作者の立場については、リアリズム小説が登場してからもさまざまな工夫が凝らされていて、作者の悩みの種でした。)
藤岡訳:
――町に着くと、父親が顔を見るなり「せっかくの勉強を中途にしておれのところに来るとはどういうわけだ」と問いただした。このとき、アリョーシャはすぐと父親の叱責に答えず、いつになく黙り込んでいたのだが、やがてそのわけが明らかになった。彼は生みの母の墓を探していた。たしかに彼自身も、それが帰郷した唯一の理由だと思っていたのだろう。しかし、それだけが唯一の理由であったはずはない。おそらく自分でもそれがなんであるか、説明しようにも説明できない何かがあった。突如、魂がゆすぶられ、新しい未知の道に、否応なく惹きつけられていくような思いが襲ってきたのだ。もはや、その道は避けられない、という思いがあったのだ。
夏だから、本を読んでおこう
むしむしするとき、本どころじゃない、と叱られそうですが、ぼくの経験では夏は読書のシーズンですよ。他にすることが無くて、うちでごろごろ転がっていたからかもしれないけど、『ヴィルヘルム・マイスター』『白鯨』『アメリカの悲劇』『USA』『夜明け前』『大菩薩峠』『裸者と死者』『モンテクリスト伯』『幻滅』『浮かれ女盛衰記』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『白痴』『悪霊』『アンナ・カレーニナ』『戦争と平和』『魅せられたる魂』『ブッデンブローク家の人々』などなど、大作といわれる作品は学生時代からほとんどが猛暑の中で読んでいたようです。
今、書店に行くと気付かれると思うのですが、『講談社学術文庫』が通巻2000点突破を記念して名著100選フェアをやっています。このために新しく編纂した『講談社学術文庫 解説目録』があります。文庫や新書の『解説目録』は暑気を避けて静かに読みふけるに格好の書物です。なんといってもタダじゃないですか。『岩波文庫解説目録』だと『80年版』が有代の立派な書籍になっていて、1927~2006年までの岩波文庫を勉強できます。同様に『新潮文庫』『中公文庫』などの書籍版を買っておけば、現代日本文化史ですね。以前はPenguin Classicsにも冊子の目録がありました。手元にあるのは“Catalogue 1997”だけですが、現在のサイト(http://www.penguinclassics.co.uk/)で見る目録とまったく違った「力」があります。もちろん、サイトの方が圧倒的に便利ですが、「読む」機能が「検索」に置き換えられていて面白味がないようです。
「100選」の中には、すでに読んでいるものもありましたが、新しく買うことになった文庫もあります。つられて、講談社文芸文庫、ちくま文庫にも目が行き猛暑を楽しむことになったのですが、手元の文庫本を紹介します。翻訳者必読、なんだけどな。
講談社学術文庫:
『反哲学史』木田 元――木田先生の壮年期の本は難しかったけど、「反哲学」になってどうやら「哲学」が身近な話題になったよう。
『空の思想史』立川武蔵――何が問題なんだろう? 否定の弁証法か? 「空」を英語で何と言うのだろう?
『レトリック認識』佐藤信夫――文章、発想、技法、構想、すべてを佐藤先生に学ぶといいな。
『イン イギリスの宿屋のはなし』臼田 昭――面白いよ。海野さんの著書もそうだけど、英語を学ぶなら、翻訳するなら必読・必備だ。
『酒場の文化史』海野 弘――宿屋の話の続編ではないけど、面白いぞ。
『ビゴーが見た明治職業事情』清水 勲――日本のことをフランス人のビゴーに学ぶことになるけど、好奇心が違うな。
『英国人写真家の見た明治日本』H.G.ポンティング著、長岡祥三訳――楽しい写真があって、でも、著者の観察眼がすばらしいのに驚く。
講談社学術文庫:
『芭蕉庵桃青』中山義秀――芭蕉を語って絶筆となった。原稿用紙のひとマスごとに息をひそめて文字を植え込んだんだろうな。キーボードでは書けない文章だ。
『一葉の日記』和田芳恵――すごい、これが作家であり編集者であった和田さんの代表作か。和田さんはこの本で歴史に残った。一葉が、かぎりなく愛おしい。
『ひとつの文壇史』和田芳恵――こちらもすごい。エピソードに悲しい話、ほほえましい話。これは必読だ。神楽坂を歩くなら、日本出版クラブ「洋書の森」に行くのなら、その先に和田さんが仕事をした新潮社があるんだけどな。神楽坂で「お芙美さん」の林芙美子が氷水(かき氷)を、まるい手でぎゅっとおしつぶしてから食べていた。きっとそういう女性だったんだな。サトウ・ハチロウがピアノをポロンポロンと鳴らしながらの、すてきに面白い「語り」を聞かせていたし、翻訳者で名高い大久保康雄が無名時代、名士訪問筆記をやっていたという話もある。小さな出版社の社員水上勉の姿もある。
ちくま文庫:
『文壇栄華物語』大村彦次郎――今は存在しない「文壇」の意味が分かるな。編集者って、これほどに記憶力もいいし、本を愛しているし、作家が好きで、筆も立つ。アタマのところで武田麟太郎、織田作之助の死、太宰治の入水心中、なにか哀れで切なく惨めでなかなかに眠れなかった。北鎌倉の東慶寺に、真杉静枝、田村俊子の墓があって、何の飾りもなく「 の墓」と刻まれている理由が分かる。戒名なんてない。真杉さんの墓石の裏面に彫り込まれている、今は読めなくなっている「遺書」の全文を大村さんが写している。長いこと気になっていた。
……只今は、ただひたすら、せめて、ここに書いておく事で、おわびしたい。解きほどかれたい。みんな、いろいろないみで、私と大小の御縁のあった人々に、お願ひします。何卒私を浄めて、許して、見送って下さい。……
大村さんの本を読んで、絶句した。真杉さんはぼくの若いとき、いちばんすてきな女流作家だった。綺麗な人だった。浮き名も高かった。それが全身を癌に侵されて亡くなった。「無念」の一字だったろう。
『東京の文人たち』大村彦次郎――東京人って気取っていて情けない。ぼくも東京の生まれ育ちだったな。
ところで、モーモーさんが(もう5月のことで申し訳ないですが)設問「好きな作家」の問い掛けに、
曽野綾子 代表作 『神の汚れた手』
曽野さんの描く人物は理想的ではありません。弱さや欠点や醜さがたくさんあります。でも、所詮人間はそういうものという諦めと、それでもいいのだという赦しが感じられて、なぜかほっとします。
と【回答】を寄せてくれましたが、どうだろう、夏の間に読んだ本を読者・執筆者・編集者のみなさんにコメント付きで披露してもらったらどうだろう?フィクションとノンフィクションの2ジャンルかな?原書もあっていいな。
~~夏の間に読んだ本をおしえてください!~~
フィクション、ノンフィクションいずれもOK。本のタイトルと著者名、出版社名、おすすめする理由を添えて以下の応募フォームよりご連絡下さい。締切りは、9月末。ご応募いただいた方みなさまの、おすすめ本とコメントを10月に一挙公開します。抽選で1名様にアマゾンギフト券1000円を進呈します。さてさて、どんな本のリストが出来上がるでしょうか。お気軽にご応募ください。お待ちしております!(編集部)
―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。
応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。
手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。
英語圏以外の知られざる作品も
ドイツ語翻訳者のたかおまゆみさんの『ヤギ飼い少年 モニ』は、ヨハンナ・シュピリの隠れた名作です。「隠れた」というのは、『ハイジ』に隠れて、あまり一般には知られていない、といった意味ですが、そういった、英語以外の古典新訳も受け付けています。あなただけのとっておきの名作を発表しませんか?藤岡先生が的確なコメントとアドバイスをくださいます。藤岡先生によるフィードバックの一部をご紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさま、参考にしてください!
藤岡先生コメント(抜粋)
- 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
- (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
- 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。
このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。
編集部記
(第4巻163号)





























