藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 番外編 その10
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』
2010年、おめでとうございます。
今回の番外編は、本誌「巻頭エッセー」で皆さんに【回答】をもとめた課題の解題と、お祝いの「図書券」受賞者の発表です。「新年」もおめでたいけど、「図書券」もお目出度い。どなたが藤岡先生のお気に召したかな? 今年はもっとバラマコウヨ!と先生お元気なのですが……。受賞者は1問一人に限りません。めげずに挑戦してください!!
いつでも、心ときめく出会いがあるんだ
本誌の年頭メッセージで、秋林哲也さんが神田神保町の岩波ブックセンター信山社を「私の本棚」のように思っている、と言われていますが、気に行った本屋さんがあれば、毎日通っても飽きない、たとえ一冊も買わなくても、その店を出てきたときは、いろいろな先生の前に居座って、ずいぶんと学問したな、と思って出てきます。自分の家にある本棚だけじゃない、「私の本棚」は外の世界にもあります、読んだり調べたりした本で、新刊書店を自分の本棚とすると、実に意外な展開があります。毎日新刊書が送り込まれ、行くたびに、すっかり面変わりした棚を拝むことができるのです。そして、売れ行きのにぶい本、少なくても半年は棚にある本の群れ、これこそ、その書店の仕入れ方針に敬意を表し贔屓にしています。
同じ鎌倉に住んでいるけど、秋林さんはお若い、毎週のように「上京」されているけど、ぼくは残念ながら最近は「歩数計搭載携帯電話」をポケットに近所を徘徊していて、目標は毎日最低五千歩、と情けない設定、本屋さんに行くとすれば東海道は藤沢の宿、ジュンク堂だな。あの異様に派手な垂れ幕の下がったビックカメラで、エスカレーターに運ばれる。耳を打つBGMと電化製品の階をつぎつぎと上っていくと、突然音が切れて空気が変わる。この変化がすばらしい。二つの階をつぶした本屋さんなんだ。エスカレーターで最上階の八階に出るとまっすぐ歩いて適当なところで右折する。突き当たりの壁面に文芸書・新書・文庫のコーナーがある。
ここが「私の本棚」だ。このお正月は、買い損なっていた斎藤緑雨『緑雨警語』を買って学問することにしました。だいぶ以前のことだけど、この「警語」、神田神保町のすずらん通りの冨山房で見染めていたのだけど、買ってもすぐには読まないから、と控えていたもの。ジュンク堂には、この藤沢店で、「冨山房百科文庫」が揃っているんですよ!! なんと、それだけでも書店の価値が上がるんではないかな。本屋さんにはいつだって、心時めく出会いがありますね。
さて、この斎藤緑雨さんは近代日本文学でアフォリズム(警語、警句、金言、アフォリズム)の鼻祖といわれている文士で、しかも樋口一葉を恋した作家であったといえば、皆さんの記憶に何か残っているかも。ものを書いたり翻訳しているなら、つぎの警語を忘れてはいけないな。
按ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし。
言葉の綾というのでしょう、一本、二本を上手に使っています。
――貧乏暮らしで情けない思いをしているが、つらつら考えてみると、文士の稼ぎは筆(ペン)一本にかかっている。暮らしはどうだ、箸二本に厄介になっている。どこから見たって二本の方に優先順位があらぁね。文士でございと気取っていても稼ぎが乏しければおしまいだ。
ところで、このとき「ウェッジ文庫」で馬場孤蝶『明治文壇の人々』、食満南北『芝居随想 作者部屋から』も買い込んできました。この文庫は、もう長い間絶版になっている随筆を復刊している見識ある編集の文庫です。
何といっても食満(けま)さんの芝居話がとてつもなく面白い。団十郎、菊五郎、梅幸、鴈次郎、仁左衛門などなど、明治の名優たちの舞台裏が語られていて、面白いのなんの、でも、本誌の読者には馬場孤蝶がお薦めだな。樋口一葉と斎藤緑雨の淡い恋物語があるし、鴎外、漱石、紅葉、美妙、透谷、藤村、紅葉、秋骨、魯庵などの文人たちの出入りがある。英文学をやるなら緑雨よりも孤蝶だな。
(馬場孤蝶訳の『オリヴアー・ツウイスト』(改造社、昭和5年)では英国人ならだれでも知っているギャングのthe Artful Dodger(巧みなかわし屋)の異名をもつ若者が出てきますが、それを「かげろう小僧」と訳されている。ここまでやられては、もう他の翻訳者はお手上げ。そういう翻訳をされた、晩年は慶応で教えていた英文学者です。)
話しがそれますね。本題に戻ります。
どうして『緑雨警語』かといえば、そうなんです、警句や名言の訳し方をいおうと考えたのです。まず11月30日号掲載の物理学者ミリカンの言葉を考えてみましょう。これは警語ではなく名句・金言にはいるでしょう。
小辞に妙あり!
――The Creator is still on the job.
英文として難しいところはありません。「創造主は今も仕事についている」で問題はありません。でも、これを引用句らしく訳さなければ面白くありません。内容は、「宇宙には我々の理解できないことがまだまだ沢山ある。神さまはいろいろなものをお創りになって来られたが、われわれが知るのはそのごく一部ではないか」という意味です。文中のstill一語をどう訳すか。ぼくにはここが分かれ目か、と思えたのですが。辞書にある第一語義、「まだ, なお, 今でも, 今までどおり」でいいのですが、さて、どの対応語を選びますか?
ぼくは、「なおも」を選びました。それからon the jobでは「業(わざ)」を。 キリスト者が神の力を称えるときに好んで口にする「業」です。
以下、皆さんの回答にコメントをつけてみましたが、こうした名句・名言の翻訳で何が求められるものなのか、参考にしてください。藤岡訳は、
――創造主なおも業なしたまう
です。今回の優秀作はヨシノスケさんときょんさん。二人になってしまいましたが、お正月です。サン・フレアさんも快く図書券を送ってくれます。(掲載は編集部から送られてきた【回答】の到着順です。)
ness訳
――宇宙の創造者の仕事は、未だに進行中である。
コメント:
「創造者の仕事は」が平凡で面白くない。「進行中である」とする捉え方はよかった。
ヨシノスケ訳:
――神は、今もなお、働いておられる。
コメント:
「働いておられる」が気になったけど、何度か読み返しているうちに納得できた、というか「これでも許すか」といったところ。読点でリズムをつけ、格調高くしている。
マカロン訳:
――創造主の仕事はまだ途半ば。
コメント:
やはり「創造者の仕事は」が嫌だな。「途半ば」の、創造者の「仕事」を語るとき不遜ではないかな。
milka訳:
――神はまだ、天地創造の仕事を終わられていない。
コメント:
乱暴だな。何度か声をあげて読んでみると、面白味に欠けているのが分かりますよ。
マリーナ訳:
――神の創造は今でも続いているのだ。
コメント:
ここでは「神の創造」か。駄目だな。語順通り、創造主は今もなお、という発想をとればいいのに。jobは「仕事」でいいんだ。でも「御」がつく。「仕事」だったら他の英語があるな。
きょん訳:
――創造主はまだ宇宙を作り続けておられるのだ。
コメント:
間違いはない。でも、補った「宇宙を」が考えすぎ。ダメを出そうかと思ったけど、科学の力も及ばない領域のことを語る「おられた」の敬語で救われた。
moumou訳:
――神はまだ世界を創っている最中である。
コメント:
「最中」を「さなか」と読むといいかな。音のちょっとした違いが大きく響きますね。「まだ」が「いまだ」になると変わるかな。
「漢語」で訳すのを嫌がってはいられない。
つぎは12月14日号のジレットの話で王冠を発明したペインターの言葉。このアドバイスで、ジレットは使い捨て剃刀に考えつくんですね。先の名言と違って口語調でいいでしょう。
――……concentrate on developing a disposable product for which demand would be constant.
藤岡訳:
――需要が絶えずあるような使い捨ての製品の開発に専心しなさい。
「developing=開発」「disposable product=使い捨て製品」でいいのですが、demandは「需要」と漢語かな。「商品開発」に関連する話しだから「需要」とするけど「注文」があっさりしていていいかな。constantが難しい。「絶えず続く」でも「いつでもある」でもいいのだけど。今回はasukabさんに図書券を。
asukab訳:
――需要の途切れない使い捨て製品の開発に全力を注げ……。
コメント:
「全力を注げ」が気になるな。「専心する」「集中する」ではないのか。ぼくの勉強会では「要再考」のコメントがつく。でも、今回は○だな。素直でいいや。
がーよん訳:
――常に一定の需要がある、使い捨て製品の開発に専念することだ。
コメント:
「一定」が問題だな。製品(商品)への需要ですね。「定常的に、いつでも」の意だから「一定」とはニュアンスが違うな。
るりろりん訳:
――使い捨ての商品の開発に専念することだね。いつでも需要があるんだから。
コメント:
おかしいな。第2文、「使い捨て商品にはいつでも需要がある」と読めればいいのだが。
catfish訳:
――需要が一定している使い捨て商品の開発に専念する。
コメント:
「一定している」が「要再考」になる。
aiko訳:
――いつでも持ち歩けるもの、なおかつ需要の途絶えない商品を開発すること、これに尽きるよ。
コメント:
文脈はいいのだけど、「持ち歩けるもの」は誤訳。若きジレットを相手にした発明家の言葉だから「これに尽きるよ」は名訳。でも、この「名訳発想」、癖にならなければいいのだけど。
マカロン訳:
――使い捨て商品の開発に力を注ぎなさい。これからの世の中は、使い捨てが主流になるだろうから。
コメント:
るりろんさんと同じ発想だけど、言葉の数が多いな。文末の「……だろうから」は頂けない。
ness訳:
――需要に変動がないと思われる使い捨ての製品を開発することに専心して・・・。
コメント:
なるほど「変動がない」か。うまいけど疑問符がつくな。
うきき訳:
――需要が限りなく続くであろう使い捨て商品の発明に専念する。
コメント:
「限りなく続くであろう」か。たしかに「Gillette Fusion 5+1」は1903年に「世界初T字型替刃式ジレットカミソリ」を世に出して以来107年、需要は絶えず、稲村ガ崎の田舎でも後期高齢者が使っている。スゴイヤ!!
2010年1月15日記
―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。
応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。
手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。
新企画、ぞくぞく
この欄でご紹介させていただいた北海道在住の「みゅうの母」さんこと佐藤志敦(さとうしのぶ)さんのバーネット夫人『わたしのロビン』。奥津絵葉さんの素敵な文章とともに掲載し、大変好評でした。みなさまも、あたためている企画がある、大好きな作家のわたしなりの新訳をした、など、発表したい作品があったら編集部までご連絡下さい。佐藤さんからは、次回作の企画書の提出もあり、今、一緒に練っているところです。また、他の方々からの企画書も検討中。『わたしの新訳』コーナーは、にぎやかになりそうです。翻訳したものがある、翻訳したからには誰かに読んでもらいたい、けど、自信がない、はずかしい…などと躊躇している方。心配しないで下さい。藤岡先生が的確なコメントとアドバイスをくださいます。
ここで、藤岡先生が佐藤さんに宛てたフィードバックの一部を紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさまに、参考にしていただければ幸いです。
藤岡先生コメント(抜粋)
- 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
- (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
- 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。
このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。
編集部記
(第4巻140号)




























