藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 番外編 その3
このコメントは一覧表で本文とは別に印刷できます。
読者参加を歓迎する【この質問に答える】も設けています。
当該個所の質問だけでなくどしどしご意見を寄せてください。
なお、“The Dead Alive”の原文は【text:05】をクリックすると現われます。
前回は「読んでおかなければ翻訳者じゃない!!」
という名著の数々を紹介しましたが、それらはいわば概論、
翻訳者が日常的に使う文法書について
ふれておきます。
英文学者の佐伯彰一さんの思い出によると、中野好夫先生の講義語録に、
――おい、おい、とんでもない話は、止めてくれ。君のそんな訳しぶり、君んとこのおばあさんがきいたら、うちの孫、気がふれたと、眼を廻してしまう。ばあさんが聞いてもちゃんと判るように、訳をつけてくれ。
まだあります。ぽつん、ぽつん、ぽつんと訳語を並べていくだけで、文書にならない迷訳・珍訳があると(英文科の教室での「事件」ですね)、
――おい、おい、鶏が餌をつつくような訳は、やめてくれ。
と言われていたそうです。それと、
――君、ちゃんと字引、ひいたんか。夜店で買ってきた安字引しか持っとらんのじゃないかね。英文科の学生なら、字引ぐらいは、金出してもっとマシなもの、そろえとけよ。
如何に毒舌家の中野先生の言葉とは言え、耳が痛いですね。さしずめ今だったら「ネットで調べた訳語を並べるとは、シェイクスピアに失礼だ。Get thee to a nunneryだな」といわれるかも。以前は「辞書」を「字引」と言っていたけど、「字書」「字典」、これらも見かけなくなりました。古語になったのかな。「夜店で買ってきた安字引」とは、便利本位の小型英和辞書を言っているので、売っているのは何も夜店に限りません。念のため。
■辞書は進化するもの
もう10年ほど以前の1997年前後のことでしたが、“Cobuild English Dictionary”の「対訳版」を手掛けたことがあります。残念ながら仕事は中断してしまいましたが、このときCobuild英文法を徹底的に勉強しました。コーパスからの見出し語の選定、品詞分類、当該語の出現頻度、2000語に限定した語彙「Top 2000」で記述する語義、語用論のpragmatics、コーパスから選ぶ用例、どの項目をみても新鮮な言語観、文法論に驚いていました。
Cobuildの計画が始まったのは1980年代の初めで、縁があってこの頃のバーミンガム大学を訪れ、編集主幹のジョン・シンクレア教授にお目にかかったことがあります。(ぼくは科学技術の専門用語の英和対応データベースを構築し、いよいよ技術文の対訳データを作ろうというときでした。)同席のジェレミー・クレアさんが詳しく説明。コーパスに収められている膨大なテキスト群から当該語を含む文章を、たとえばcauseという言葉を含む文章を寄せてみるとこうなる、現代英語で実際に使われている変化の形、品詞、語義・語法がこれで読めるだろう、動詞のcauseと名詞のcause、どちらの頻度が高いか、そして、その場合の言葉の意味はどういう「語義」になるか――というコンピューター処理を前提とした作業の話でした。
語義を定め、品詞を定め、語法を定める、問題に優先順位などありません。議論していく中で、現代英文法という輪郭ができあがり、これをさらに議論してやっとcauseの語義が定まり、不可算名詞cause「(悪い出来事の)原因」が第1語義、ついで第2語義として動詞「(悪いことを)引き起こす」、次いで同じく動詞であるがcause forの形で第3語義「~の」理由がある、と続きます。
ぼくは英文法はもちろん、言語学、英語学、修辞学、国文学、文化人類学などなど、翻訳するのに心得がなければならぬと思われる学問を、しかるべき指導のもとに学んだことがありません。一介の編集者です。このCobuildで初めて本気になって英文法を学び、今なお学んでいるのですが、自分の力で、Grammarの全文とList of Notationsを翻訳しました。上記の「対訳版」で、ほとんど80%近くの語義と例文の翻訳を校訂しました。そして、もっとも厄介な「対応語」をそれぞれの語に加えました。
■無駄遣いの勧め
今、読者のみなさんに、何冊かの本をとりあげて、こういう文法書があるからぜひとも座右の書としてくださいと推薦しようと思ったのですが、「今さら文法と言われても」と嫌な顔をされそうです。そこで、翻訳者が日常的に使う辞書であれば嫌がられないだろうと考えました。英文法はCobuild English Dictionaryで勉強してください。どの頁でもいいのですが、
QUANT: with brd-neg, QUANT of n-uncount emphasis=jot
N-count: with supp, oft in/under the N of n
といった記号交じりの語法欄があります。上にあげたのはほんの一例ですが、この辞書を使うたびに、当該語の語法欄と例文を詳しく読み解いていけば、現代英語を学ぶことになります。もちろん、その前にGrammarをしっかり読んでおかなければ駄目ですが。
手元のCobuildが第2版だったので、新しい版を買わなければと先日CD-ROMつきの第5版を買ったのですが、すいぶんと進化しています。なによりもCDが有難い。インストールしておけば辞書検索が書籍版よりも数倍楽しめます。検索スピードも速いし、なによりも使いやすい画面です。(こんなことを言っていますが、実は書籍版の方が有難い点が多々あります。)
これまでにも、中学生を主対象に編纂した英和辞典や和英辞典の付録に文法がまとめてあるので、時には初歩的なことがらをチェックするのに役に立つといってきましたが、それをもっと詳しくしたのが大学受験英語の参考書です。○○○○の実況中継シリーズなど、いろいろと工夫を凝らした参考書があります。大昔の山崎貞『新自修英文典』(研究社)がいいのですが、これは百年近くの(八十年かも)歴史を閉じて絶版です。古書で見つかるかもしれません。
“Longman Grammar of Spoken and Written English”(Longman, 1999)という1200頁になる大きな文法書があります。これは英語の教育者に向いているのではないかと思いますが、もちろん、翻訳者にも役立ちます。索引がすばらしい。
“Longman Language Activator The World’s First Production Dictionary”(Longman, 1993)
“Oxford Learner’s Wordfinder Dictionary”(Oxford, 1997)
これらの辞書はプロの翻訳者に教えてもらったもので「英文を書くときに役立つ」というものです。書くだけでなく、英語を日本語に翻訳するときにも役立ちます。上記Cobuild対訳プロジェットでも、対応語探しで迷ったときに使っていました。
辞書には、その辞書を編纂する独自の文法体系があります。仕事でいつも使っている辞書を離れて、上のActivatorやWordfinderを見ると(この二つの表題略語はプロ翻訳者の使う通称で、いまでも使っています)、いろいろと「発見」があります。
これらは洋書ですが、和書では、
『表現のための 実践ロイヤル英文法』(綿貫陽、マーク・ピーターセン共著、旺文社、2006年)
が分かりやすいとの評判です。ほかに、何種類かの英文法辞典がありますが、そうお金を遣ってはいられませんね。目の前の書架に『コンサイス英文法辞典』(三省堂)『新英語学辞典』(研究社)がありますが、詳しくはネットで調べてください。手元にあれば、たとえ年に一度の「お勉強」で使うにしても、誇り高い「無駄」じゃないかな。
これまた脱線ですが、ぼくは大学受験勉強で、英語の参考書を40冊近く読んでいたようです。というか、生意気にも他の科目は漢文以外は面白くなく、興味が持てなかったのでしょう。岩田一男、荒巻鉄雄の英作文、それと朱牟田夏雄の長文読解ものが懐かしく思い出されます。志賀武雄『正誤問題の徹底的研究』も名著だった。
朱牟田先生はフィールディング、スターン、スコットなど、英文学でもとくに難しいものを翻訳されていますが(最後はギボン)、その大先生がヘミングウエイやモームを例文に取り上げて、受験参考書を書いておられたのです。幸せだった!!
新しい提案です!!――もう何人かの方が挑戦していますよ
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦していこうと 考えています。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」は当然ですが、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新 しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでく れ」と希望されれば、藤岡啓介が原文・翻訳を読みます。よかったら(あるいは何回か改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。版権がない英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイが対象作品。【この提案を真剣に考える】




























