The Oxford Book of Children’s Storiesシリーズより出題中
入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第14回

藤岡啓介
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イングランドから静養のためアメリカの親戚を訪れる青年弁護士――彼を待ち受けていたのは、一家の主のミドウクロフト老、その娘で陰気な老譲、兄弟の若者二人、ナオミという快活なアメリカ娘、それと農場を管理するジョン・ジェイゴ。「ねたみ、憎しみ、悪意、無慈悲な気持ち、それがうわべは礼儀正しく振まっているように見えても」いかにも異様な食卓だった、という物語。今回も、どこか剣呑な一家の様子が語られていきます。

Text 12:

For some incomprehensible reason, John Jago seemed to be ill at ease in the presence of his young countrywoman. He looked up at Naomi doubtingly from his plate, and looked down again slowly with a frown. When I addressed him, he answered constrainedly. Even when he spoke to Mr. Meadowcroft, he was still on his guard--on his guard against the two young men, as I fancied by the direction which his eyes took on these occasions. When we began our meal, I had noticed for the first time that Silas Meadowcroft's left hand was strapped up with surgical plaster; and I now further observed that John Jago's wandering brown eyes, furtively looking at everybody round the table in turn, looked with a curious, cynical scrutiny at the young man's injured hand.
By way of making my first evening at the farm all the more embarrassing to me as a stranger, I discovered before long that the father and sons were talking indirectly _at_ each other, through Mr. Jago and through me. When old Mr. Meadowcroft spoke disparagingly to his overlooker of some past mistake made in the cultivation of the arable land of the farm, old Mr. Meadowcroft's eyes pointed the application of his hostile criticism straight in the direction of his two sons When the two sons seized a stray remark of mine about animals in general, and applied it satirically to the mismanagement of sheep and oxen in particular, they looked at John Jago, while they talked to me. On occasions of this sort--and they happened frequently--Naomi struck in resolutely at the right moment, and turned the talk to some harmless topic. Every time she took a prominent part in this way in keeping the peace, melancholy Miss Meadowcroft looked slowly round at her in stern and silent disparagement of her interference. A more dreary and more disunited family party I never sat at the table with. Envy, hatred, malice and uncharitableness are never so essentially detestable to my mind as when they are animated by a sense of propriety, and work under the surface. But for my interest in Naomi, and my other interest in the little love-looks which I now and then surprised passing between her and Ambrose, I should never have sat through that supper. I should certainly have taken refuge in my French novel and my own room.

解題

いつものように順を追って文章を取り出し、解説していきます。
For some incomprehensible reason, John Jago seemed to be ill at ease in the presence of his young countrywoman. :

頭のFor some incomprehensible reasonは、眼で追うがまま「なにか理解できそうにない理由があってか 」と訳語が浮かんでくるといいですね。someはsomeoneのsomeで、「何か」で単数扱いです。to be ill at easeは「不安で、落ち着かないで」。countrywomanは「同国(同郷)の女性」ですから、ここでは「アメリカ女性」。眠り姫は「田舎の女性」としていますが、きっと彼女の語感では、「郷里」と「田舎」が同じになっていて、しかも「田舎」の方が親しみやすい感じがあるのでしょうね。でも、ここでは落第。

He looked up at Naomi doubtingly from his plate, and looked down again slowly with a frown. When I addressed him, he answered constrainedly. Even when he spoke to Mr. Meadowcroft, he was still on his guard--on his guard against the two young men, as I fancied by the direction which his eyes took on these occasions.:

from his plate:plateは皿に盛りつけられた「料理」でしょう。ビュシーノさんの「皿越しに」は変だな。これではfromではなくlook overになる。皿越しだと、彼の視線がテーブルと水平、ずいぶん下の方になりますね。藤岡訳は「手元の皿から眼をあげて」としましたが、余計な言葉があって「料理」がない。これも面白いでしょう?

on his guard--on his guard against the two young men,:

文中の記号 -- は、ダッシュ ― です。データベースで本文を読むと読みにくいし、ときには誤訳をしてしまいます。「(ミスター・メドウクロフトに話しているときでも、ジョン・ジェイゴは)警戒していたし――この二人の若者に対して警戒していた」となります。(日本語の表現では、ダッシュ記号をこのように二倍にします。)

as I fancied by the direction which his eyes took on these occasions.:

動詞のfancyは「(わたしが)思うに」というくらいの意味ですね。「こうした場合に彼の視線が捉えた方向によって、はっきりとはいえないが」

眠り姫訳:

どういうわけか、若い田舎の女性があらわれて、ジョン・ジェイゴは固くなってしまっているようでした。彼は自分の料理から疑いぶかくナオミを見上げ、そして、しかめ面をしてゆっくりと視線を落としました。私がジョン・ジェイゴに話しかけたとき、彼はぎこちなく答えました。メドウクロフト氏に話しかけるときでさえ、まだ警戒していました。――彼の目が挑戦的になっている気がしたように、ふたりの若い男性たちを警戒していたのです。

ビュシーノ訳:

なぜかはわからないが、ジョン・ジェイゴはこの若い同国の女性の前ではどうも落ち着かない様子だった。彼は皿越しに疑い深げにナオミを見上げ、眉をしかめてまたゆっくりと目を落とした。私が彼に話しかけると、ぎこちなく返事をし、メドウクロフト氏と話しているときでさえ気構えていた。どうもこうした折に彼の視線が向く方向から判断すると、二人の若者に対し警戒しているようなのだ。

藤岡訳:

何か理由があってのことだろうが、ジョン・ジェイゴは自分と同じアメリカ人であるナオミがいると、少しも寛いでいないように思えた。手元の皿から眼をあげて、探るようにナオミを見るかと思えば、眉を寄せ、その視線をゆっくりと戻すのだった。わたしが彼に話しかけても、いやいや応えるといった様子だし、自分がメドウクロフト老に話すときでもどこか構えたようにみえたが、そうしたとき、その視線は二人の若者に向けられているようだった。

文節で対応させれば……難文読解の秘策?

ここで、寄り道、というか、翻訳の方法でぼくがよく用いている「文節区切り」について改めて触れておきます。これまでにも『英語翻訳練習帳』(丸善ライブラリー)などでディケンズの難文読解に用いてきているので「秘策」などと勿体ぶることもないのですが、やはりはっきりとした名称をつけて講座を進めていく方がいいようなので、「文節」「区切り」「つなぎ」という翻訳法を「文節区切り対訳」と「文節区切りつなぎ訳」にまとめてみました。

「文節区切り対訳」――とりあえず、意味の理解はさておいて

翻訳を講釈するとき、受験参考書以来の伝統で「逐語訳」という言葉を使います。この「逐語訳」という言葉が、使っていていつも気になっていました。「原文の語句を文字どおりに逐語的に追いかけて日本語翻訳していく」のが「逐語訳」であるとすると、これは「できもしないこと」を言っていることになります。

そこで、「それでは逐語的に言葉を追ってみましょう」「頭から原文を追っていくと……」などといって「逐語訳」を避けて言葉を濁してしまうのですが、思い切って「文節区切り」という考えを用いることにしたらどうか、と考えました。

科学技術用語のデータベースを構築いているとき、たとえば、硬さ試験で、maximum hardness test in weld heat-affected zone(溶接熱影響部最高硬さ試験)という、ひどく長々しい試験法がありますが、これは区切るこができません。語数は多いが、最小表現です。これをぼくは当時(1977年ころでしたが)「長大語句」としたのですが、一般的な文芸の翻訳でもこうした「長大語句」という区切りを適用できます。この「長大語句」を一般の文章でいえば「文節」になります。「文節」は「文章を不自然でない程度に区切ったときの最小の単位」です。

普通の文章ですから、語、語句、文節という単位があります。これが文章の中でどのように働いているのか、主語、述語、目的語、補語、挿入語・句、を区切りながら「文節」に区切りながら理解すれば、少なくとも誤訳が避けられるであろう、と考えました。

一方、「素読」という言葉があります。「素読」は漢文を「意味の理解はさておいて」、「声を出して読む」ことですが、翻訳でも使えますね。「文意」不明のまま、直感的に辞書にある言葉を並べていくのです。辞書にある言葉ですから言語明瞭、しかし、文章の中での位置・働きを考えていない文節の併記ですから、意味不明といっていいでしょう。「文節区切り対訳」で用いられる訳文は、この「素読」のレベルで、語句を含めて文意がまだ捉えられていません。「意味の理解はさておいて」では駄目なのです。

そこで、今度は「文節区切り対訳」でいくつかに分けられた文節を「つなぐ」作業に移ります。ここで、文章の全体像がつかめてきます。「文節区切り対訳」「文節区切りつなぎ訳」が出来上がって、やっと「市販に耐える翻訳」に移れるわけです。

理屈を並べても仕方がないですね。ちょうど今回の講座のテキストが、恰好の例文になります。

When we began our meal, I had noticed for the first time that Silas Meadowcroft's left hand was strapped up with surgical plaster; and I now further observed that John Jago's wandering brown eyes, furtively looking at everybody round the table in turn, looked with a curious, cynical scrutiny at the young man's injured hand.

これを「文節区切り対訳」「文節区切りつなぎ訳」と順を追って翻訳してみます。

1.文節区切り対訳

「意味の理解はさておいて」の区切り対訳ですが、ここで語句の吟味を加えなければなりません。括弧( )内で、 吟味の一端を示します。

When we began our meal, I had noticed for the first time that――われわれがわれわれの食事を開始したとき、私は気がついた、初めて(that以下のことに気づいた)
Silas Meadowcroft's left hand was strapped up――サイラス・メドウクロフ トの左手が吊るされている(のに、気がついた)(strap upは次の文節にある surgical plasterの意味を調べれば、この動詞の意味が判然とする。)
with surgical plaster;――(その手は)外科のギブスで(吊るされていた)
and I now further observed that――そして、私はさらに観察した、that 以下のことを
John Jago's wandering brown eyes――ジョン・ジェイゴのさまよう茶色の眼が、wandering eyesを「さまよう眼」としては変だ、-ing語をどう捉えるか。wonder about, wonder aroundと辞書にあるぞ、「眼がうつろに動く」のか、あるいは一人一人の表情を見て「視線が漂っている」のか?
furtively looking at――こっそりと見ているのを –ing語は分詞構文だが、「~しながら」でよいのか? 開いたとき、接続詞はasでいいのか?
everybody round the table in turn,――テーブルの周りにいる全員を、順番に
looked with a curious, cynical scrutiny at――(……を)好奇心に満ちた、冷笑的な眼で見ていた
the young man's injured hand.――若い男の怪我をした手(を)

上のように十の文節に区切ってみました。語句について疑問点が多いようです。主文はI noticedになりますが、ほんとうの主文はJohn Jago looked at the young manですね。ここで語句をしっかりと理解してから、次の段階「文節区切りつなぎ訳」に入ります。

2.文節区切りつなぎ訳――下ごしらえから訳文に

上の「文節区切り対訳」から英語部分を取り除き、文節内の語順を整えると、下記のようになります。

われわれがわれわれの食事を開始したとき、
サイラス・メドウクロフトの左手が、外科のギブスで、吊るされているのに
私は初めて、気がついた、
そして、私はさらに観察した、
ジョン・ジェイゴのさまよう茶色の眼が、
テーブルの周りにいる、全員を、順番に、こっそりと見ながら
好奇心に満ちた、冷笑的な、詮索で
若い男の怪我をした手を見ているのを(観察した)

このように整理していくと、いよいよ文章が見えてきます。ここで文節をつなげていきます。

われわれがわれわれの食事を開始したとき、
サイラス・メドウクロフトの左手が、外科のギブスで、吊るされている(のに)、私は初めて気がついた、そして、私はさらに観察した(のだが)、
ジョン・ジェイゴのさまよう茶色の眼が、テーブルの周りにいる、全員を、順番に、こっそりと見ながら、若い男の怪我をした手を、好奇心に満ちた、冷笑的な、詮索で見ているのを(観察した)。

翻訳に慣れているなら、こうした厄介な段階を踏まずに、一気に訳していくでしょうが、例に引いたような文章では、構文を捕らえそこなうことがよくあります。また、furtively looking atで現在分詞の-ing語が文法の分詞構文であるのが理解できないで誤訳をしてしまうことがあります。厄介でも第1段階の「文節区切り対訳」を作成して、じっくりと眺めてください。論理が見えてくるでしょう。論理が通れば、文法用語を知らなくても正しく翻訳できます。

以下に当該部分の藤岡訳を掲げます。

藤岡訳:
食事になったとき、サイラス・ミドウクラフトの左手にギブスがあてがわれ、肩から吊るしているのに初めて気がついた。そこで注意して見ていると、ジョン・ジェイゴがその茶色い眼を走らせて、テーブルについている人たちに順繰りにちらちらと眼をやっていたのだが、サイラスのギブスの左手にも、好奇心たっぷりな意地の悪い詮索の眼を向けていた。

眠り姫、ビュシーノさん二人の訳文はつぎのようになっています。

眠り姫訳:

私たちが食事を始めたとき、私はサイラス・メドウクロフトの左手が外科用のギブスをしていることにはじめて気づきました。そして、ジョン・ジェイゴのうつろな茶色の目がテーブルの周りにいるすべての者をかわるがわるひそかに見ていて、好奇心を抱きながら、けがをしている若い男性の手を意地悪そうに注意ぶかくじろじろと見ているようすを、さらに私は観察していました。

ビュシーノ訳:

食事が始まってから、私はサイラスの左手に絆創膏が巻かれていることに初めて気づいた。そしてそれに加え、テーブルに着いている人たちを順番に盗み見ていたジョン・ジェイゴの落ち着きのない茶色の目が、サイラスの怪我した手を薄ら笑いを浮かべながら詮索するように見据えていたのにも気がついた。

Text:

By way of making my first evening at the farm all the more embarrassing to me as a stranger, I discovered before long that the father and sons were talking indirectly _at_ each other, through Mr. Jago and through me. When old Mr. Meadowcroft spoke disparagingly to his overlooker of some past mistake made in the cultivation of the arable land of the farm, old Mr. Meadowcroft's eyes pointed the application of his hostile criticism straight in the direction of his two sons When the two sons seized a stray remark of mine about animals in general, and applied it satirically to the mismanagement of sheep and oxen in particular, they looked at John Jago, while they talked to me.

眠り姫訳:

このように、よそものの私はますます困惑し、この農場でのはじめての夜が深まるにつれて、ひさしぶりに父親と息子たちがジェイゴ氏と私を通して間接的に話をしていることに気づきました。メドウクロフト老人が、過去に農場の耕作可能な土地の農耕を自分のものにしたという過ちをおかした監督者に軽蔑して話しかけたとき、メドウクロフト氏は敵意のある非難のこもったまなざしを、ふたりの息子たちへとまっすぐに向けました。ふたりの息子たちが動物に関する私のあいまいな知識をとらえて、とくに羊と牛の間違った経営をそれに風刺的にあてはめたとき、私と話しながら、ジョン・ジェイゴを見ていました。

ビュシーノ訳:

客という立場で過ごす農場での第一夜がいっそうばつの悪いものになったのは、父親と息子達が、私かジェイゴ氏を通して、お互いに間接的に話していることに間もなく気づいてしまったためだ。メドウクロフト老は農地の耕作で以前行われたへまを管理人相手にけなしていたが、彼の目はそのとげとげしい批判の先を真っ直ぐに二人の息子に向けていた。息子達は動物一般について私が偶然口にした言葉を捉え、それをとりわけ羊と牡牛の管理の失敗に皮肉げに当てはめ、私と話しているのにジョン・ジェイゴの方を見ていた。

Text:

On occasions of this sort--and they happened frequently--Naomi struck in resolutely at the right moment, and turned the talk to some harmless topic. Every time she took a prominent part in this way in keeping the peace, melancholy Miss Meadowcroft looked slowly round at her in stern and silent disparagement of her interference.

眠り姫訳:

たいていこういう場合、突然ナオミは良いタイミングで毅然として口を出し、害のない話題へと変えました。このように、ナオミがあきらかに突飛なことに和平を保とうとするときはいつも、陰気なメドウクロフト氏の娘はいかめしい顔つきでナオミのほうをゆっくりと振り向き、ナオミが干渉する秘められた不名誉の原因に目を向けていました

ビュシーノ訳:

そんな状態にたびたびおちいったが、そうした時ナオミは潮時を見計らってきっぱりと割って入り、話題を差しさわりのない方向に持っていった。ナオミが平和を保つためにこんな具合に際立った役割を果たすたび、陰気なメドウクロフト嬢は「余計なことを」といった無言の非難を込めた、いかめしい目つきで彼女をゆっくりと見回した。



藤岡訳:

これまで何度か経験していたが、こうした気まずい雰囲気になると、ナオミがちょうどいいタイミングで話に割り込んで、さし障りのない話題へと変えてしまう。おかげで一座が和やかになるのだが、メランコリーのミス・メドウクロフトには彼女が話題を逸らせたのが面白くなく、ゆっくりと向き直ると、険しい目つきでじっと見つめていた。

Text:
A more dreary and more disunited family party I never sat at the table with. Envy, hatred, malice and uncharitableness are never so essentially detestable to my mind as when they are animated by a sense of propriety, and work under the surface. But for my interest in Naomi, and my other interest in the little love-looks which I now and then surprised passing between her and Ambrose, I should never have sat through that supper. I should certainly have taken refuge in my French novel and my own room.

眠り姫訳:

こんなに暗くて仲の悪い家族の集まりの食卓に坐ったのは、はじめてのことでした。彼らが陰で、仕事や礼儀正しさを意識して行動するとき、妬み、嫌悪、敵意や無慈悲といった感情が、どうしても私の心の中に残りました。けれども、私はナオミに関心をもっており、ときどきナオミとアンブローズとのあいだで起こっていることに驚き、彼女の少し可愛らしい姿に興味を抱いているので、私はぜったいにあの夕食の終わりまでじっとしているべきではありませんでした。まちがいなく、フランスの小説と自分の部屋に逃避するべきだったのです。

ビュシーノ訳:

これほど陰鬱で、こんなにもバラバラな家族と食卓を共にしたのは初めてだった。嫉妬、にくしみ、敵意、そして情け容赦のない感情が表面的な礼儀正しさの下で息づき、せめぎあっている状態ほど、たまらなく嫌悪を感じさせるものはないと私は思う。ナオミに対して抱いた関心と、そして時々目に入ってきた、彼女とアンブローズの間に交わされるちょっとした愛情交換のしぐさに興味を惹かれなかったら、きっと最後まで食事の席に坐ってはいなかっただろう。フランス小説と自分の部屋に逃げ込んでいたにちがいない。

藤岡訳:

これまで、これほどに殺伐とした、仲の悪い一家と席を同じくしたことはなかった。ねたみ、憎しみ、悪意、無慈悲な気持ち、それがうわべは礼儀正しく振まっているように見えても、わたしにはとうてい耐えられないものだった。しかしわたしはナオミに強く気をひかれていたし、それに、彼女とアンブローズのとの間でときおり交わされる、ちょっとした恋の仕草にもびっくりしていたし、気にもなっていた。そうでもなければ、こうした食事の席など中座して、例のフランス小説の待つ自分の部屋に避難していたに違いない。

 前回の講座で、訳文の文字数のことをいいましたが、原文とまったく同じフォーマットで翻訳すると、原文と翻訳分とが同じ行数になります(もちろん例外もありますが)。今回の講座で「藤岡訳」は原文が5行であれば、訳文も5行に収めてあります。これを「等価等量」の翻訳といいます。この件については別の機会に改めて触れますが、まずは、原文と3人の訳文とを詳しく「等価等量」の視点で検討しておいてください。

―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――

本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。

応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。

手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。

挑戦者、あらわる

この提案には、これまで数名からの提案がありましたが、ついに「一応のレベルに達している」挑戦者があらわれました。北海道在住の「みゅうの母」さんです。みゅうの母さんは、「公開講座 プロになるぞ!!」を熱心に勉強されており、多くのコメントもお寄せくださっています。この度、長年温めてきた翻訳作品を編集部に持ち込まれました。藤岡先生からのフィードバックを元に、ただ今、改訂版に取り組んでらっしゃいます。『わたしの新訳』コーナーに発表する日も近いかもしれません。

さて、ここで、藤岡先生がみゅうの母さんに宛てたフィードバックの一部を紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさまに、参考にしていただければ幸いです。

藤岡先生コメント(抜粋)

  • 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
  • (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
  • 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。

このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。

編集部記

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2009年5月25日号