藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第12回
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読者参加を歓迎する【この質問に答える】も設けています。
当該個所の質問だけでなくどしどしご意見を寄せてください。
なお、“The Dead Alive”の原文は【text:05】をクリックすると現われます。
女流は、女流を読むべし……
前回の「番外、その5」で、眠り姫さんの問い掛けに答えていたのですが、調子に乗っておしゃべりしてしまい、もうひとつ、伝えようと考えていたことを書きもらしました。
文章修業(翻訳修行)にどの作家の何を読んでいればいいのか?
という問題です。そりゃ決まってる、漱石、龍之介、直哉だな、とにべもなくいうのは簡単ですが、もう漱石、龍之介、直哉を自分の文章にもちこむ修行なんて非現実的ですね。
眠り姫さんが女性で英語・仏語・伊語をやり、おまけに国文学に造詣のある人だし、ビュシーノさんは中近東の文化にも詳しい。英語でロシア語、ベトナム語まで勉強し、今は「外地」で翻訳者を志して勉強している人。「版権のない作家のものをまず捕まえなさい」といったらAnthony Trollopeを読みだし、あっという間に彼の書いた傑作“An Autobiography”を読み終えたという。
才媛相手だ、うかつなことは言えないぞ。ここは少し慎重に考えて……。
これまでぼくは、年齢・性別・基礎教養・人生経験のそれぞれがまちまちの人たちと「文章」をめぐって半世紀も仕事をしてきました。これは、そうした中で考えた「眠り姫さん、ビュシーノさんへの読書のお勧め」です。
女流作家(閨秀)作家という言葉が使われなくなったのはいつごろからかな。半世紀前は、宮本百合子、野上弥生子、平林たい子、佐多稲子、林芙美子、円地文子、幸田文子といった人たちが健筆をふるっていました。須賀敦子あたりから、もう「女流」という言葉が作家の冠にならなくなったのでしょうね。それほどに女性作家が輩出されてきた、というのでしょう。ところで、あなたの愛読する女流作家は?【この質問に答える】
ところで、何を言いたいのか?眠り姫さんたちに女流作家のものを読むといいよ、と薦めたかったのです。それには、ぼくにとってきわめてショッキングなことがありました。学生時代から付き合っている才媛で、ロシア語が達者、なにしろ大隈講堂でロシア語劇をやり、感激したフルシチョフさんと握手までしたという偉い人なのですが(だから偉いんじゃない、彼女は尊敬すべき勉強家で活動家だ、今も百歳のお姑さんを介護しながら、外に出て社会奉仕活動もやっているヒューマニスト)、その彼女が須田敦子を愛読しているというのです。
須田さんが新聞や週刊誌に書く雑文なら眼を通していたはずだけど、ぼくには「のめり込む」感興は湧かなかった。へえ、あの彼女が読んでいるのか、すごい作家なんだろうな、と俄然興味がわいてきて、ちょうど文庫で出版された『須賀篤子全集』(全8巻、河出文庫)を読みだしたのだけど、ああ何と、これがまったく面白くない。そういえば、百合子、弥生子も、代表作は読んだつもりだが、記憶には残ったけれど面白くなかった。円地文子さんは『江戸文学問わず語り』(講談社文芸文庫)がべらぼうに面白かったのだけど、須賀さんと同じようにわざわざ全集本で読みだしたら放り出してしまった。
というわけで、眠り姫さん、ビュシーノさん 、分かってくれるかな?ぼくにとって感興が湧かない作家の文章が、実は女性に合っているんだ。
男と女は別の生き物だ
そういえば、女性の翻訳者が訳したディケンズは読まない(読めない)し、メルヴィール、トウェイン、ドライザー、ヘミングウエイの女性翻訳者なんて想像もつかない。ブロンテ姉妹やジョージ・エリオット、V.ウルフも翻訳したいとも思わない。思うどころか読み切れない。もちろん、例外は多々あるな。いや、例外の方が多いかもしれないな。マンスフィールドは自分で訳したい、譲りたくないな。モームは?女性が翻訳したモームを読んでみたいな。フィッツジェラルドはぼくには似合わない。
そうそう、「女流」という言葉は江戸時代から「女性」で使われていたのだけど、「女流作家」は横光利一の小説に初めて現われたよう。そして二十一世紀には消えてしまったのか。「女流文学賞」で「女流」は残っているけど、話題じゃない。「女流」というと差別している感覚がありますが、あなたはどう考えますか?【この質問に答える】
男性が女性の書いたものを読むとき(訳すとき)、
「どうしてこうしたことをくどくどしく書くのか?」
女性が男性の書いたものを読むとき(訳すとき)、
「どうしてこうしたことで臆面もなく泣きわめくのかな?」
きっとこう思っているのではないかな。もちろん温泉殺人事件の方の「文学」ではありませんが。
下世話に「男と女は別の生き物だ」という言葉がありますが、文章、翻訳でいうなら、「似合うものと似合わないもの」があるんでしょうね。抽象的なことをいってきましたが、そのうち、この問題をもっと整理し分析してみます。いいたいことは、そうなんだ、自分に気に入った文章があればとことん打ち込むんだ、できれば原稿用紙に書き込みながら、句点読点、括弧などの約ものの使い方まで身体に沁みこませるといいな。眠り姫さんたちの文章が「できあがる」ときがくれば、それがぼくに気に食わない「流れ」であっても、ぼく自身の好悪感は無視して読めますよ。ところで皆さん原稿用紙を使いますか?【この質問に答える】
ナオミの登場だ!!
さて、講座ですね。
Text:10
Mr. Meadowcroft the elder, having not spoken one word thus far, himself introduced the newcomer to me, with a side-glance at his sons, which had something like defiance in it--a glance which, as I was sorry to notice, was returned with the defiance on their side by the two young men.
解題:
himself introduced the newcomer to me:みずからすすんで、というのですが、ここでhimselfとしているのは、老人が「あえて紹介の労をとった」といいたかったのですね。息子たちとうまくいっていない様子がここからも察することができます。
something like defiance: 同じパラグラフで、defiance(挑戦的態度)が2度使われています。キーワードだな、と思い英和辞書にある「挑戦、挑戦的態度」を対応語に選びます。でも、漢語を並べて訳すと、文章が硬くなるし、必ずしも言葉の意味、情景が正しく日本語で表わせるかというとそうでもない。今回の二人の姿勢は見事でした。
「(父親)なにかいどむように横目で」「(息子たち)挑戦的な態度」眠り姫
「(父親)なにやら挑むような横目で」「(息子たち)反抗的な視線で」ビュシーノ
父親の態度、それに呼応する息子たちの態度を上記のように訳し変えています。
眠り姫訳:
今まで一言も口を開かなかった父親のメドウクロフト氏が、なにかにいどむように横目で息子たちを見て、私に あたらしくやって来た人物を紹介しました。この若いふたりの息子たちは、私が気づいてしまって申し訳ないと思うような、 挑戦的な態度でちらっと視線をメドウクロフト氏に返しました。
ビュシーノ訳:
父親のメドウクロフト氏はそれまでまったく口を開かずにいたのだが、自らこの初対面の人物を私に紹介し、 その時なにやら挑むような横目で息子達の方を見た。この視線は気の毒なことに、二人の若者からの反抗的な視線で射返されたのだ 。
藤岡訳:
メドウクロフト老人はそれまでまったく口を閉ざしていたが、すすんでこの初対面の人物をわたしに紹介した。ちらりと息子たちを見やっていたが、その視線にはどこか挑むようなところがあった。この老人の視線を、二人の若者たちは臆せず跳ね返していたが、なんとも痛ましい親子のやり取りに思えた。
text
"Philip Lefrank, this is my overlooker, Mr. Jago," said the old man, formally presenting us. "John Jago, this is my young relative by marriage, Mr. Lefrank. He is not well; he has come over the ocean for rest, and change of scene. Mr. Jago is an American, Philip. I hope you have no prejudice against Americans. Make acquaintance with Mr. Jago. Sit together." He cast another dark look at his sons; and the sons again returned it.
眠り姫訳:
「フィリップ・ルフランクさん、彼が私の農場監督者のジャゴー氏です」と老人は儀式ばって私に紹介しました。「ジョン・ジャゴー、こちらは私が結婚をして親戚になった若者 のルフランク氏だよ。彼は元気じゃない。休養するために海を渡ってきたんだ。環境を変えるためにね」「ジャゴー氏はアメリカ人なんだよ、フィリップ。ルフランクさんがアメリカ人に偏見を持っていないと思っていますよ。ジャゴー氏と知り合いになってくれないかね 。さあ、一緒にすわって」メドウクロフト氏は息子たちにすこし前とは違う暗い視線を投げかけました。そして、息子たちも、もういちど、父親を見ました。
ビュシーノ訳:
「フィリップ、この人は農場を管理してもらっているジェイゴ君だ」と、老人は私たちを正式にひき合わせた。「ジョン・ジェイゴ、この若者は家内の方の親戚でルフランク君だ 。彼は健康がすぐれなくてね、場所を変えてゆっくりと休むために 海を渡ってきたのだよ。フィリップ、ジェイゴ君はアメリカ人だが、君がアメリカ人に対して偏見を持っていないとありがたいね。さあ、隣同士に坐って、ジェイゴ君と近づきになってくれたまえ」彼は息子達にもう一度暗い視線を投げかけたが、息子達もまた同様に応酬した。
藤岡訳:
「フィリップ、こちらが管理人のミスター・ジェイゴだ」といってわたしたちを正式に引き合わせた。「ジョン・ジェイゴ、こちらの青年が家内の縁者 で、ミスター・ルフランクだ。身体を悪くして、静養のため大西洋を渡ってきたんだ、いわゆる転地だ。いいかねフィリップ、ミスター・ジェイゴはアメリカ人だ。きみがアメリカ人に偏見をもっていなければいいが。ミスター・ジェイゴと並んで坐り好を通じてくれ」
こういうと、老人はまた息子たちに暗い視線を走らせたが、息子たちも同じようにお返しをしていた。
text
They pointedly drew back from John Jago as he approached the empty chair next to me and moved round to the opposite side of the table. It was plain that the man with the beard stood high in the father's favor, and that he was cordially disliked for that or for some other reason by the sons.
眠り姫訳:
ジョン・ジャゴーが私のとなりのあいている席に近づき、テーブルの反対側にまわったとき、彼らはあきらかにジョン・ジャゴーに圧倒されてたじろいでいました。ひげをはやしたこの男性が父親からはとても気に入られていているけれども 、あらゆる理由で息子たちからひどく嫌われているのは一目瞭然でした。
ビュシーノ訳:
ジョン・ジェイゴが私の隣の席に近づいてくると二人はあからさまに彼から身を引きテーブルの反対側にまわって行った。あごひげの人物が父親の大のお気に入りであり、そのためにか、または別の理由で 息子達から心底嫌われているのは手に取るように分かった。
藤岡訳:
わたしの隣は空席だったが、そこにジョン・ジェイゴが近づいてくると、息子たちはあからさまに彼を避けて、テーブルの反対側に動いていった。あご髭男が父親の大のお気に入りであるのが気に食わない、さらに、どんな理由があるのか分からないが息子たちがひどくジェイゴを憎んでいるのが読み取れた。
text
The door opened once more. A young lady quietly joined the party at the supper-table.
Was the young lady Naomi Colebrook? I looked at Ambrose, and saw the answer in his face. Naomi Colebrook at last!
眠り姫訳:
扉がもういちど開いて、ひとりの 若い女性が食堂のテーブルの集まりに加わりました。
ナオミ・コールブルックかな?私はアンブローズを見ました。そして彼の顔からその答えが読み取れました。ついにナオミ・コールブルックがあらわれたのだ !
ビュシーノ訳:
ドアがまた開き、若い女性が 夕食のテーブルを囲む人々の中に静かに加わった。
この人がナオミ・コールブルックなのか? 私はアンブローズに目を向け、その顔に答えを見いだした。ついにナオミ・コールブルック登場だ!
藤岡訳:
ドアがふたたび開き、若い娘さんが夕食の席に静かに加わった。この娘こそ、ナオミ・コールブルックではないか。わたしはアンブローズの顔を見ると、はっきり答えていた。いよいよ、ナオミ・コールブルックのお出ましだ!
―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。
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