The Oxford Book of Children’s Storiesシリーズより出題中
入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第11回

藤岡啓介
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「言葉の周辺」、「言葉の使われ方」に目を配ると

先の巻頭エッセイ(2月23日号)で、豪華寝台車の発明家George Mortimer Pullmanの言葉を引用しましたが、「みかんみかん」さんから回答が寄せられました。この筆名 、可愛らしいですね、蜜柑でもあり、まだ翻訳界にデビューしていないので「未完、未刊」かな、いやとんでない、もう立派な仕事をされている翻訳家かもしれないぞ、重ねたところがセンスがいい、同じ筆名でもユーモアのセンスのない名乗りがあって興をそぐことが多いが、などとひとしきり感慨に……いや、これは余計なことでしたね。 課題にした文章は、

“My contribution was to build a car from the point of view of passenger comfort; existing practice and standards were secondary.”

でした。冒頭のMy contributionをどのように翻してくれるかな、「わたしの貢献は……である」では幼いな、と思っていたのですが、さて、「みかんみかん」さんの訳文です。

回答:みかんみかん

――設計では、お客の身になって乗り心地のよさを考えることに力点をおいたんだよ。昔からの決まりごとや規格なんてものは後回しさ。

冒頭の「設計では、」がよかった。成功した実業家プルマンが得意満面で語っているのでしょうね。いつ、だれに語った言葉なのか、だいぶ以前のことで典拠が手元になく確認できません。いずれにしても、自伝か、新聞記者か、それとも家人であったか、ともかくご本人の残した言葉です。得意ではあるが、傲慢な感じがない、素直に口から出た言葉でしょう。回答者の「みかんみかん」さん、もしかして訳していてこのペンネームを思い付かれたのではないかな。

existing practiceを「昔からの決まりごと」としたのは考えすぎ。きっと、「既存の慣行」では大げさに思えたのでしょうね。「決まりごと」よりも「やり方」にした方が現実的だと思うけど、どうかな? そういっても、ぼくの訳文では「在来技術と規格」になってしまいました。産業技術界で「在来技術」という言葉が使われていて、「在来技術の利用、活用、移転、発展、評価、特質」といった用例があります。辞書にあるpracticeから「経験、慣行」という対応語をとりだして考えることも大切ですが、「言葉の周辺」、「言葉の使われ方」に目を配ると、適切な訳語をえらぶことができます。

藤岡訳:
――良かったのは、この客車がお客にとって快適かどうかを重視したことで、在来技術や規格は二の次だったよ。

藤岡訳、古臭かったかな? でもマーク・トウェインがハックを書いたり、わが国では逍遥・二葉亭が健筆を振るっていた百年以上も昔の話だから、お許しあれ。

言葉のもつ雰囲気が伝わればいいのだが……

ところで、公開講座に入ります。「閑話休題――あだしごとはさておきつ」でしたね。

前回は「解題」を書かずにコメントだけを加えましたが、今回はじっくり読んでいきます。

解題:(今回のtext 09全文と眠り姫、ビュシーノ、藤岡訳の全文は末尾にまとめて掲げています)

text:
Mr. Meadowcroft's invalid chair had been wheeled to the head of the table. :

言葉を追うと、「メドウクロフト氏の車椅子はテーブルの上座の方に寄せられていた」になりますが、雰囲気からいって、少しおとなしい感じです。だれが老人の椅子を動かしたのか分かりませんが、おそらく既出の「下男」ですね。

思い切って、

藤岡訳:
メドウクロフト老人の車椅子がテーブルの上座にでんとおさまっていた。
と訳すと、この小説の舞台がアメリカの開拓地らしくなりませんか。

眠り姫訳:

メドウクロフト氏の坐っている車いすはテーブルの前のほうへと動かされ、彼の右側には悲しげで無口な娘が坐っていました。

the headが「上座」にならなかったのはどうしてかな? 単に辞書の問題ではない。情景を思い浮かべれば出てくる言葉なのに。「悲しげで無口な娘」も、前節で書かれていた彼女と「わたし」の初対面の様子から、ぼくにはとうてい想像できない形容。この文章だけをとれば誤訳ではないけど、流して読んでくるとつまずくはず。

ビュシーノ訳:

メドウクロフト氏の乗った車椅子はすでにテーブルの上席に着いていた。その右側にはあの悲観的でひどく無口な娘が坐っており、

気になるのはやはり「悲観的でひどく無口な娘」だな。「上席」も「上座」同じといえば同じかもしれないが、「上席」には「上席判事」のように位を表わす使い方もありますよ。宴席などでは「上座」。

text:
On his right-hand side sat his sad and silent daughter. She signed to me, with a ghostly solemnity, to take the vacant place on the left of her father. :

――女の右側に、彼(メドウクロフト老人)の陰気で寡黙な娘が坐っていた。彼女は私に合図した、幽霊の出るような厳粛な様子で、彼女の父親の左手の空いている席に坐るようわたしに合図した。

これが原文の流れを追った訳文です。

sad and silent daughter:「悲しそうで無口な娘」となりますがこれではこの家の娘さんらしくないですね。ぼくには無口で意地悪な娘さんとしか思えない。そこで、sadを「表情の暗い」と読んで、「陰気で無口な娘」としてみました。

with a ghostly solemnity:辞書で見ると「幽霊の出るような荘重な様子で」となりますが、これは変。日本語の感覚では幽霊に「荘長、威厳」はないでしょう。「亡霊、亡魂・魂魄」だといいのですが「幽霊」では荘重・荘厳というには腰砕けかな。「うらめしや」といって、両手を下げてわなわなさせている幽霊は、荘重・荘厳ではないですね。そこで「亡霊」としてハムレットの亡霊を思いながら、抽象的に、「亡霊の仕草のように物々しく」としてみましたが、どうかな。

眠り姫訳:
その娘はメドウクロフト氏の左側の空いている席につくように、私にとてもちいさな声で厳粛に合図をしました。

ビュシーノ訳:
その右側にはあの悲観的でひどく無口な娘が坐っており、宗教的ともいえる厳粛なしぐさで私に父親の左側の席に着くようにと合図した。

二人の訳がしっくりとこない。眠り姫さんの「とても小さな声」、ビュシーノさんの「宗教的ともいえる」が問題だな。二人ともできるだけ自然な日本語にしようと考えたのだけど、だいぶ離れたところでさ迷っているようだな。

藤岡訳:

右側には陰気で無口の娘が坐っていた。彼女がわたしに、父親の左側につくよう合図をしたが、まるで亡霊の仕草のように物々しく思えた。

兄弟、姉妹、従兄弟、従姉妹、困るな!

text:
Silas Meadowcroft came in at the same moment, and was presented to me by his brother. :

ここではbrotherをどう訳すかが問題でした。兄、弟、姉、妹という、同じ両親をもち、どちらが先に生まれたかどうかで兄・弟と異なる日本語です。一方は性別だけで、まるで年齢を考えない英語圏での言葉です、翻訳者の悩みです。小説だと、読んでいるうちに年齢の違いが示されていて、安心して「兄、弟」とすることがありますが、この言葉の違いが話の中で重要な事実であるならばいいのですが、そうでないと、悩んだことが悔やまれますね。

もし「兄弟」「姉妹」「従兄弟」「従姉妹」などの訳語で済ませそうなら(表現に違和感がないならば)、そのまま押し切る。どうしても「いずれかに決めておきたい」ときはまず「兄」とし、物語が進につれ「弟」の方が自然だと思えたら「弟」とする――これを「きまり」として翻訳することにしています。(作者が作中で初めてbrotherと書くとき、彼(彼女)の頭の中では、このbrotherがelderであるかyoungerであるか、いずれかの概念があるのではないか、と英米の知識人にことあるたびに訊いたのですが、そうした考え(概念)はない、とのことでした。よく考えれば当然のことですね。そもそもが「兄だから、弟のくせに」という発想がないのですから。)

眠り姫訳:
それと同時にシラス・メドウクロフトがやって来たので、アンブローズは私を紹介しました。

ビュシーノ訳:
ちょうどその時、サイラス・メドウクロフトが食堂に入って来たので兄のアンブロ―ズが私たちをひき合せた。

藤岡:
このとき、サイラス・メドウクロフトが入ってきて、アンブローズがこの兄弟をわたしに紹介した。

ビュシーノさんは「食堂に」「兄のアンブローズ」と言葉を補っているけど、ここは単純でもよかった。

作者が手抜きをしたところで訳者が汗をかく

text:
There was a strong family likeness between them, Ambrose being the taller and the handsomer man of the two. But there was no marked character in either face. I set them down as men with undeveloped qualities, waiting (the good and evil qualities alike) for time and circumstances to bring them to their full growth.:

この文章は人物・事物の描写ではなく、作者の「感想」ですね。こういう感想を加えて、あたらしく登場する人物がどういう人物なのか、読者に理解しやすくしようと考えています(考える、というのは大袈裟ですね。こういう「感想・説明」を加える方が、作者には面倒がなかった、楽なのでついついこう書いていった、と考えればいいでしょう。訳者にとっては迷惑なところです)。

分詞構文のwaitingの主語はqualitiesですね。二人ともそれは捉えているのですが、一読で頭に入ってこない。time、circumstancesの訳し方が難しかったですね。

眠り姫訳:
彼らは似ているところがあり、強い絆で結ばれている家族でした。アンブローズはシラスより背が高くてハンサムなのですが、ふたりの顔にはこれといって特徴はありませんでした。私はそのふたりを、じゅうぶんに成熟するための時間と状況、同様に幸福と不幸を待っているような未熟な性格の人物だとみなしました。

ビュシーノ訳:

この兄弟は本当によく似ていたが、二人のうちではアンブローズの方が背も高く、顔立ちも整っていた。しかし兄弟共に、内面からにじみ出る個性がその顔に見あたらず、私の見立てでは、二人ともまだ精神的に成長しきっておらず、これから時間と経験が、善くも、悪くも二人の品性を仕上げて一人前になっていくところなのだ。

藤岡訳

アンブローズの方が背が高く顔立ちも整っていたが、二人はよく似ていてこの一族の者であるのは間違いなかった。だが、二人の顔を見たところ、これといった特徴がみられず、まだ一人前の男になりきっていないように思えた。いい奴になるのか、その反対か、いずれにしてもこの先どういう暮らし方をするかによって、それぞれの特徴がはっきりと定まってくるのだろう。

家族の一員? 内輪? 身内?

text:
The door opened again while I was still studying the two brothers, without, I honestly confess, being very favorably impressed by either of them. A new member of the family circle, who instantly attracted my attention, entered the room.:

withoutは、without being very favorably……で、「……に対して非常に好意的であることはなく」です。

the family circleのcircleはどうかな?「家族の一員」「内輪の人間」のいずれかといえば後者、でも、ちょっと待ってください、これは「身内」ですね。こうでなければ、この物語の先が面白くなくなるな。どうして? 「内輪」「身内」の日本語の違いをまず辞書でとっくりと理解しておき、この家の老人が「彼」をどのように紹介するかを読んでみなければ。

眠り姫訳:

私がこの兄弟をまだじっくりと観察している最中に、ふたたび扉が開きました。私はこのふたりからまったく良い印象をうけなかったことを正直に告白します。一家の新しい一員が部屋の中に入ってきて、私はすぐにその人物に興味を持ちました。

ビュシーノ訳:

ドアが再び開いた時、私はまだこの兄弟の様子を見つめながら、正直なところ、二人ともあまり好きになれそうもないと思っていた。そこに入ってきた、初めて顔を合わせる内輪の人間に、私の注意は瞬時に引き寄せられた。

ここでビュシーノさんは「あまり好きになれそうもない」と上手に訳しています。「あまり~でない」の「あまり」がよかった。

藤岡:

こうして二人の兄弟をみているとき、正直いって、この兄弟にはよい印象がもてなかったのだが、再びドアが開いた。初めて対面する身内の男で、部屋に入ってきたとき、すぐさまこの男のことが気になった。

text:
He was short, spare, and wiry; singularly pale for a person whose life was passed in the country. The face was in other respects, besides this, a striking face to see. As to the lower part, it was covered with a thick black beard and mustache, at a time when shaving was the rule, and beards the rare exception, in America.

眠り姫訳:

彼は背が低く、やせているけれどもたくましく、奇妙なことに、田舎で生活をしてきた人間のわりにはとても青白かった。それに加えて、人目を引く顔をしていることに気づきました。顔の下半分についていえば、アメリカで髭そりがしきたりになっていて、あご髭が珍しかった時代に、黒色の濃いあご髭と口髭をはやしていました。

ビュシーノ訳:

彼は背が低く痩せているのだが、筋骨はたくましくて、田舎で暮らしてきた人間にしては際立って色白だった。それはともかくとして、その顔といったら、目を見張るものがあった。まず顔の下半分だが、なんと黒くて濃い口ひげとあごひげで覆われていたのだ。その頃のアメリカではひげをそるのが常識だったし、あごひげなどめったに見かけない代物だった。

藤岡訳:

背が低く、どちらかといえば痩せぎすで、筋ばっていた。こうした田舎でずっと暮らしていたにしては、意外に青白い肌だった。それだけではない、どこをとっても、彼の顔立は人目をひく代物だった。顔の下半分にあたる口も顎も、黒々とひげを生やしていた。当時、アメリカでは口ひげを剃るのが普通だったし、顎ひげはめったに見られるものではなかった。

text:
As to the upper part of the face, it was irradiated by a pair of wild, glittering brown eyes, the expression of which suggested to me that there was something not quite right with the man's mental balance.

前の文ではthe lower partで今度はthe upper。人間の顔を捉えて「上部」「下部」は困ります。日本人の発想にはないですね。したがって、言葉通りにやると、「なんだこの訳者、センスがないな」と評されるような気がしますね。

a pair ofは生かして訳したいところ。ビュシーノさんの「ぎらぎらとした二つの茶色い目」がよかった。眠り姫さん、どうして「喜びに輝いていた」なのかな。

眠り姫:
顔の上半分については、野性的で茶色のきらきらと輝く目をしており喜びに輝いていました。そしてこれらの表情から、どこか精神的にバランスを崩しているにちがいないと感じました。

ビュシーノ:
顔の上半分はというと、狂気を含んだようなぎらぎらとした二つの茶色い目が光を放っており、その表情から私は男の精神バランスにどこか危ういものがあるような感じを受けた。

藤岡訳:
で、顔の上半分はどうだろう。茶色をした二つの目がぎらぎらと、野卑な光を放っていて、この表情をみて、何かこの男の精神生活が常軌に外れているように思えた。

text:
A perfectly sane person in all his sayings and doings, so far as I could see, there was still something in those wild brown eyes which suggested to me that, under exceptionally trying circumstances, he might surprise his oldest friends by acting in some exceptionally violent or foolish way. "A little cracked"--that in the popular phrase was my impression of the stranger who now made his appearance in the supper-room.

前回の講座でコメントを入れていたように、この部分が上手に訳せれば一人前、と思っていたのですが、二人とも単語も構文もしっかり捉えているようですね。一応、言葉を追って訳しておきます。

――ひとりの、完全に正気の人物、その者の言動すべてにおいて、わたしの理解できる限りにおいて、そこにはまだ何かがあった、その野性的な茶色の眼には。その眼は、わたしには思えた、ひどく腹立たしい状況があると、彼は自分のもっとも古い友人たちを驚かせるだとうと、なにか例外的に暴力的な、あるいは愚かなやり方で。「いかれた奴」というのが、流行りの語句でいうなら、この初対面の人物に対して抱いたわたしの印象であった、今、この食事の場に現われた人物の。

どうでしょう。上の逐語訳を日本語の発想でつなぎ合わせれば、読みやすくなります。

眠り姫さんの方が読みにくいかな。「おや、誤訳だぞ!」といいたくなって読み返したら、ちゃんと筋(論理)は通っていましたが。どこが気になったかといえば「いちばん古くからの友人たちを驚かせるかもしれない」ですね。だれがだれを、の脈絡をはっきりさせなければいけない。ここは、「古い友人が驚くようなヤバイことをする」という譬えになっています。それを明確に訳出しなければ。まだ原文を追っかけてぜいぜいやっているな、という印象。

眠り姫訳:
私が見る限りでは、彼はすべての言動においてまったく良識のある人間だけれども、野性的な茶色の目にはまだ何かがあり、とても腹をたてると、かなり凶暴な、あるいは愚かな振る舞いをしていちばん古くからの友人たちを驚かせるかもしれないと思いました。「少しいかれている」これが世間でよく使われている表現のなかで、夕食を食べる部屋にいま現われた見知らぬ者への私の印象でした。

ビュシーノ訳:
見た限りでは言う事もやる事もすべてまったく正常な人間なのだが、その危険な茶色い目の中には何かがひそんでいて、ものすごく苦しい立場に追い込まれたら彼の一番古い友人達さえ驚愕するような、思いもよらない乱暴な行いや馬鹿げた事をしでかすのではないか、という感じがした。流行の言葉でいうなら「ちょっと、やばい奴」というのが今食堂に現れた見知らぬ人間に私が抱いた印象だった。

藤岡訳:
言うこと為すこと、いずれも完全に正気の人物であるのに、彼の茶色の目に何かが潜んでいるような気がした。ひどく腹を立てたときなど、これまで見せたことのないような暴力をふるったり、愚かな行為に走り、長い付き合いの友人たちを驚かせる男がいる。「ちょっといかれた奴」――流行りの言葉でいえばこうなるだろう。食事の場に現われた初対面の男だったが、こうした印象があった。

以下に原文text 09、眠り姫、ビュシーノ、藤岡訳を掲げます。訳文を縦組みでプリントすると、書籍で出版されたときと同じレイアウトになり、それぞれの翻訳を読者の眼で評価できるようになります。

Text 09:
Mr. Meadowcroft's invalid chair had been wheeled to the head of the table. On his right-hand side sat his sad and silent daughter. She signed to me, with a ghostly solemnity, to take the vacant place on the left of her father. Silas Meadowcroft came in at the same moment, and was presented to me by his brother. There was a strong family likeness between them, Ambrose being the taller and the handsomer man of the two. But there was no marked character in either face. I set them down as men with undeveloped qualities, waiting (the good and evil qualities alike) for time and circumstances to bring them to their full growth.

The door opened again while I was still studying the two brothers, without, I honestly confess, being very favorably impressed by either of them. A new member of the family circle, who instantly attracted my attention, entered the room.

He was short, spare, and wiry; singularly pale for a person whose life was passed in the country. The face was in other respects, besides this, a striking face to see. As to the lower part, it was covered with a thick black beard and mustache, at a time when shaving was the rule, and beards the rare exception, in America. As to the upper part of the face, it was irradiated by a pair of wild, glittering brown eyes, the expression of which suggested to me that there was something not quite right with the man's mental balance. A perfectly sane person in all his sayings and doings, so far as I could see, there was still something in those wild brown eyes which suggested to me that, under exceptionally trying circumstances, he might surprise his oldest friends by acting in some exceptionally violent or foolish way. "A little cracked"--that in the popular phrase was my impression of the stranger who now made his appearance in the supper-room.

眠り姫訳:

メドウクロフト氏の坐っている車いすはテーブルの前のほうへと動かされ、彼の右側には悲しげで無口な娘が坐っていました。その娘はメドウクロフト氏の左側の空いている席につくように、私にとてもちいさな声で厳粛に合図をしました。それと同時にシラス・メドウクロフトがやって来たので、アンブローズは私を紹介しました。彼らは似ているところがあり、強い絆で結ばれている家族でした。アンブローズはシラスより背が高くてハンサムなのですが、ふたりの顔にはこれといって特徴はありませんでした。私はそのふたりを、じゅうぶんに成熟するための時間と状況、同様に幸福と不幸を待っているような未熟な性格の人物だとみなしました。

私がこの兄弟をまだじっくりと観察している最中に、ふたたび扉が開きました。私はこのふたりからまったく良い印象をうけなかったことを正直に告白します。一家の新しい一員が部屋の中に入ってきて、私はすぐにその人物に興味を持ちました。

彼は背が低く、やせているけれどもたくましく、奇妙なことに、田舎で生活をしてきた人間のわりにはとても青白かった。それに加えて、人目を引く顔をしていることに気づきました。顔の下半分についていえば、アメリカで髭そりがしきたりになっていて、あご髭が珍しかった時代に、黒色の濃いあご髭と口髭をはやしていました。顔の上半分については、野性的で茶色のきらきらと輝く目をしており喜びに輝いていました。そしてこれらの表情から、どこか精神的にバランスを崩しているにちがいないと感じました。私が見る限りでは、彼はすべての言動においてまったく良識のある人間だけれども、野性的な茶色の目にはまだ何かがあり、とても腹をたてると、かなり凶暴な、あるいは愚かな振る舞いをしていちばん古くからの友人たちを驚かせるかもしれないと思いました。「少しいかれている」-これが世間でよく使われている表現のなかで、夕食を食べる部屋にいま現われた見知らぬ者への私の印象でした。

ビュシーノ訳:

メドウクロフト氏の乗った車椅子はすでにテーブルの上席に着いていた。その右側にはあの悲観的でひどく無口な娘が坐っており、宗教的ともいえる厳粛なしぐさで私に父親の左側の席に着くようにと合図した。ちょうどその時、サイラス・メドウクロフトが食堂に入って来たので兄のアンブロ―ズが私たちをひき合せた。この兄弟は本当によく似ていたが、二人のうちではアンブローズの方が背も高く、顔立ちも整っていた。しかし兄弟共に、内面からにじみ出る個性がその顔に見あたらず、私の見立てでは、二人ともまだ精神的に成長しきっておらず、これから時間と経験が、善くも、悪くも二人の品性を仕上げて一人前になっていくところなのだ。

ドアが再び開いた時、私はまだこの兄弟の様子を見つめながら、正直なところ、二人ともあまり好きになれそうもないと思っていた。そこに入ってきた、初めて顔を合わせる内輪の人間に、私の注意は瞬時に引き寄せられた。

彼は背が低く痩せているのだが、筋骨はたくましくて、田舎で暮らしてきた人間にしては際立って色白だった。それはともかくとして、その顔といったら、目を見張るものがあった。まず顔の下半分だが、なんと黒くて濃い口ひげとあごひげで覆われていたのだ。その頃のアメリカではひげをそるのが常識だったし、あごひげなどめったに見かけない代物だった。顔の上半分はというと、狂気を含んだようなぎらぎらとした二つの茶色い目が光を放っており、その表情から私は男の精神バランスにどこか危ういものがあるような感じを受けた。見た限りでは言う事もやる事もすべてまったく正常な人間なのだが、その危険な茶色い目の中には何かがひそんでいて、ものすごく苦しい立場に追い込まれたら彼の一番古い友人達さえ驚愕するような、思いもよらない乱暴な行いや馬鹿げた事をしでかすのではないか、という感じがした。流行の言葉でいうなら「ちょっと、やばい奴」というのが今食堂に現れた見知らぬ人間に私が抱いた印象だった。

藤岡訳:

メドウクロフト老人の車椅子がテーブルの上座にでんとおさまっていた。右側には陰気で無口の娘が坐っていた。彼女がわたしに父親の左側につくよう合図をしたが、まるで亡霊の仕草のように物々しく思えた。このとき、サイラス・メドウクロフトが入ってきて、アンブローズがこの兄弟をわたしに紹介した。アンブローズの方が背が高く顔立ちも整っていたが、二人はよく似ていてこの一族の者であるのは間違いなかった。だが、二人の顔を見たところ、これといった特徴がみられず、まだ一人前の男になりきっていないように思えた。いい奴になるのか、その反対か、いずれにしてもこの先どういう暮らし方をするかによって、それぞれの特徴がはっきりと定まってくるのだろう。

こうして二人の兄弟をみているとき、正直いって、この兄弟にはよい印象がもてなかったのだが、再びドアが開いた。初めて対面する身内の男で、部屋に入ってきたとき、すぐさまこの男のことが気になった。

背が低く、どちらかといえば痩せぎすで、筋ばっていた。こうした田舎でずっと暮らしていたにしては、意外に青白い肌だった。それだけではない、どこをとっても、彼の顔立は人目をひく代物だった。顔の下半分にあたる口も顎も、黒々と髭を生やしていた。当時、アメリカでは口ひげを剃るのが普通だったし、顎ひげはめったに見られるものではなかった。で、顔の上半分はどうだろう。茶色をした二つの目がぎらぎらと、野卑な光を放っていて、この表情をみて、何かこの男の精神生活が常軌に外れているように思えた。言うこと為すこと、いずれも完全に正常な人物であるのに、彼の茶色の目に何かが潜んでいるような気がした。ひどく腹を立てたときなど、これまで見せたことのないような暴力をふるったり、愚かな行為に走り、長い付き合いの友人たちを驚かせる男がいる。「ちょっといかれた奴」――流行りの言葉でいえばこうなるだろう。食事の場に現われた初対面の男だったが、こうした印象があった。

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2009年3月9日号