藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第9回
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当該個所の質問だけでなくどしどしご意見を寄せてください。
なお、“The Dead Alive”の原文は【text:05】をクリックすると現われます。
■翻訳者は苦行僧
第2章が始まっています。語り手である「わたし」が、ロンドンの法曹界にデビューし、有能な新進弁護士として活躍しているとき、ひどく神経を病み、静養のため叔父の経営するアメリカの農場を訪れ、あてがわれた部屋に落ち着いたところです。
その家には、わたしにとって従姉妹のほかに、ナオミという、従兄弟のアンブローズが惚れこんでいる親戚の娘さんが厄介になっているとのことでしたが、現われたのは無愛想な娘さんの方だった、というところで、前回text:07の文章は「どうやらわたしの農場初体験は芳しいものではないようだった」で終わっています。
今回も難しいですね。まずtextをプリントにとり、自分で訳出してみてください。翻訳者を「苦行僧」のようだとたとえることがありますが、ほんとうに、傍で見るとなんでそんなに進まないの? と問いたくなりますね。
ところで「苦行僧」――、世界文学でその姿を求めれば、プーシキンの『ボリス・ゴドゥノフ』ですね。舞台ではムソログスキーがオペラにした『ボリス・ゴドゥノフ』。苦行僧は悪童どもにからかわれながら、この世に怒り悲しんで「月は照らえず、仔猫は泣あく、行者よ起きて、お祈りしやれ!」(佐々木彰訳)と歌います。あれは、何幕だったか……。東京公演でお目にかかったネステレンコさん、まだお元気だろうな、それと苦行僧を演じたはたしかリリック・テノールのA.フェディンさん、あの舞台(東京公演、1989年)はすごかった。
■翻訳者って、偉いんだ
ぼくが翻訳したロシア語の『ボリショイ劇場 バレエ&オペラ写真集』(IPC、1989年)を手にされたネステレンコ夫人が、「翻訳とはすごいことをされた。尊敬する翻訳者にサインをお願いします」といわれサインしたっけ。もちろんこちらもネステレンコさんのサインをもらっている。もったいないから、だれにも見せずに書架に飾っています。「翻訳者って偉いんだ!」と、こうしたおしゃべりを得意気にして顰蹙(ひんしゅく)を買いながら、なんとか原文を、一語一語たどるのが翻訳者ですね。刺繍、編み物、織物、その手元を見ているだけでは何が出来上がってくるか分かりませんが、翻訳も同じです。翻訳者はたった一文字の、たとえば今回のテキストでいえばpresence一語で夜を明かします。面白いといえばこれほど面白い仕事は他にないでしょうし、怖い、といえば、まさに翻訳は怖い仕事です。翻訳者は翻訳という作業で自分の能力、人格を世に問うのですから、よほど翻訳が好きでなければできない仕事ですね。
眠り姫さん、ビュシーノさん、今回で7回目の公開講座、去年の7月からのお付き合いですからこのお正月で7か月目、がんばってきましたね。上手くなったかな、と思うと、一転、八幡の藪の中、抜けたかな、と思うとまた藪の中、その繰り返しだけど、質的には変貌してきているのではないかな。そこらにある藪だったのが、だいぶ生い茂っている藪になってきました(いうなれば文学の森)。藪の中には底なしの沼があるし、怪魚・怪獣が生息しているかもしれません。いっそうと気を入れていかないとここらで「脱落」しますよ。耐えに耐えて学んでいく、ほかに道はありません。
text 08:
No Naomi and no romance, thus far!
My room was clean--oppressively clean. I quite longed to see a little dust somewhere. My library was limited to the Bible and the Prayer-book. My view from the window showed me a dead flat in a partial state of cultivation, fading sadly from view in the waning light. Above the head of my spruce white bed hung a scroll, bearing a damnatory quotation from Scripture in emblazoned letters of red and black. The dismal presence of Miss Meadowcroft had passed over my bedroom, and had blighted it. My spirits sank as I looked round me. Supper-time was still an event in the future. I lighted the candles and took from my portmanteau what I firmly believe to have been the first French novel ever produced at Morwick Farm. It was one of the masterly and charming stories of Dumas the elder. In five minutes I was in a new world, and my melancholy room was full of the liveliest French company. The sound of an imperative and uncompromising bell recalled me in due time to the regions of reality. I looked at my watch. Nine o'clock.
Ambrose met me at the bottom of the stairs, and showed me the way to the supper-room.
解題:
No Naomi and no romance, thus far ! : 「ナオミなし、ロマンスない、これまでのところ!」となりますが、これでは面白くない。前節のつなぎです。こうした感嘆符のある文章は、翻訳者が得意とするところ、と言いたいのですが、ここは得意どころか「苦手」とするところですね。もっとも、作者コリンズの気分にすっぽり浸りこんでいれば、「得意」になるかもしれません。
――こうして落ち着いてはみたが、ナオミもいなければ恋物語のひとかけも見当たらない。
これでは訳しすぎかな。カタカナ語で「ロマンスもない」で済ませておいた方が無難ですが「ナオミの存在、そのナオミへのアンブローズの恋心を語るような何かがあるはずなのに」という気持ちがあるはずです。それは何か? ナオミがここで暮していれば(たとえ彼女が留守であっても)、どこか人目に付くところに彼女の帽子とかショールとか、何か身につけるものが置いてあるかもしれない、香水の香りが残っているかもしれない、彼女が使う、それらしい食器があるかもしれない、それだけではない、馬車で農場まで案内してくれたアンブローズが、ナオミのいないことを気遣ってそわそわしたり、逆にそうした素振りをわざと見せまいとしたり、何か、ぎこちない様子を見せるはず……。
■記号では工夫をこらせて
My room was clean―oppressively clean. :ここで文中に記号ダッシュ「―」があります。「わたしの部屋は――息詰まるほどに清潔でした」。翻訳では文中のダッシュ記号を二倍にした方が読みやすいですね。このように原文の言葉通りに訳してもいいいし、こうした記号を使わないで、「あまりにも清潔で(きれいで)を強調して、「……は、といえば」の言い回しを使って、
――部屋はといえば、清潔すぎて圧倒されるほどでした。
と翻ってもいいでしょう。現代の読者であれば、― 記号が挿入される文章に慣れているし、文章を書くときも、息継ぎ(間合い)、発想の切り替え、補足・注記、感情移入、思わせぶりの休止符として使いますね。幸い横組みでも縦組みでも使える記号なので安心して使えます(: ; / などは縦組みでは使えません)。
I quite longed to see a little dust somewhere.:「思わず、チリのひとかけらでも落ちていればいいものを、と願ったほどでした」。dustを「チリ」とカナ表記にしましたが、漢字の「塵」でもいいでしょう。でも、「ちり」と映るかな。I quiteの文頭は「思わず……していればいいものを、と」ときませんか?
■間違いか? 場違いか?
眠り姫:(私の部屋は耐えがたいほど清潔で、)どこかに少しでも埃があればいいのにと心の底から願っていました。
「心の底から」は間違いではないけど、場違いかな。でも、これを「心底願わずにはいられなかった」とすると、皮肉っぽく、小馬鹿にした調子がでてきます。もちろん、そうした調子はここではやはり場違いですが。
ビュシーノ:ちょっとしたほこりが恋しくなってきたぐらいだ。
「ほこり」と平仮名表記にしたのがまず気になった。「恋しくなった」もどうかな。ほこりを恋するのは場違いだな。(言葉のはずみよ、そんなこと分からなくって、よくもシャアシャア講義するわね、と叱られそうだな。)
My library was limited to the Bible and the Prayer-book.
ここで誤読しやすいのは、先に出たMy roomとMy libraryです。農場で寝室とは別に書斎を用意してくれたのか、と思ってしまいます。ぼくらの英和辞書的な語感からいって、libraryとあれば「書庫、書斎、読書室」になってしまいますが、安ホテルでよくみるように、部屋の一角に机があって、引き出しに聖書が、いや、書架に何冊かの本があった、というlibraryですね。be limited to ~も、コリンズのような文章家の表現ですね。少し翻訳者が気取ってもいいでしょう。いずれにしても、この農場に着いた「わたし」の印象は暗く、皮肉っぽい書き方をしていますね。
――部屋には小机と書架があって、みると聖書と祈祷書だけが収まっていた。
眠り姫:私は聖書とお祈りの本しか持っていませんでした。
ビュシーノ:置いてある本は聖書と祈祷書のみだし、(窓の外に目をやると、)
My view from the window showed me a dead flat in a partial state of cultivation, fading sadly from view in the waning light. 逐語的に言葉を追うと、
――わたしが窓からみる眺めは、わたしに、死んだような平地を示していた、まだ開墾中と思える平地で、それは、弱まっていく夕日の中で、視界から悲しげに色褪せていった。
fadingは分詞構文の-ingで、a dead flatを主語としています。flatは「平地(ひらち)、平原」とありますが、ここではどんな風景でしょう。荒涼とした大地で、大部分がまだ開墾されていない(大げさかな?)、という文脈になるでしょう。「部分的に開拓されている状態にある、静まり返った(死んだような)平地」があるのですが、これでは翻訳調ですね。
――窓から外を見ると、平原の大部分がまだ開墾されないまま残っていて、荒涼とした大地がひっそりと横たわっていた。
こう訳すと、未開の大地でもの寂しい、という気分がでますね。deadとあったので「横たわる」としましたが、どうかな?
眠り姫:窓からは部分的に耕作している不毛の平原が見え、弱まっていく光の中で視界から少しずつ悲しげに姿を消していきました。
ビュシーノ:(置いてある本は聖書と祈祷書のみだし、)窓の外に目をやると、見わたす限りの平原に開墾途中の畑が散らばった光景が、衰え行く光の中で悲しげに視界から薄れていこうとしていた。
「見わたす限りの平原に開墾途中の畑が散らばった光景」。眠り姫と同じで、この部分だけなら上出来なんだけど、なにか変だな。「畑が散らばった」で、おいら腰が砕けたよ、これは日本の景色だ。
■枕元、頭、頭部、上部、先、先端、奥
Above the head of my spruce white bed hung a scroll, bearing a damnatory quotation from Scripture in emblazoned letters of red and black. ここも、同じように逐語的に言葉を追うと、
――こざっぱり整えられた白いベッドの頭の上に軸がかけてあって、聖書からの断罪の言葉があった、赤と黒の飾り文字で書かれていた。
この文章は、A scroll was hung above the head of my bed.というところを視線の流れから見たままを書いたため、倒置文ですね。scrollは厄介です。「掛け軸」とすると日本の座敷のようになるし、「スクロール」ではバタ臭い。ようするに壁に掛ける巻物ですから、「軸を掛ける」とすればいいですね。damnatory quotationは「断罪の引用句・言葉」です。聖書は天罰を加える言葉の宝庫でもあります。それはどういう言葉があるか? と問われるとぼくには皆目見当がつきません。どなたか聖書に詳しい方がいらしたら教えてください。【この質問に答える】
現在分詞bearingは分詞構文で、a scroll bore a damnatory quotation.といっています。 emblazoned lettersは「飾り文字」でいいでしょう。
眠り姫:私のこぎれいな白いベッドの頭の位置の上には、赤と黒のあざやかな色で飾られた文字で書かれている聖書からの戒めの引用を伝える表が取りつけられていました。
「ベッドの頭の位置の上」。その通りだけど、困りますね。ベッドの位置では、これまで何度も遭遇して、その都度悩んでいます。枕元、頭、頭部、上部、先、先端、奥、などとそのつど工夫してきました。眠り姫さん、「こぎれい」、「表」は駄目だな。
ビュシーノ:こざっぱりした白いベッドの頭上の壁飾りは、聖書から引用した非難の言葉が赤と黒の飾り文字を使って記されているという代物だった。
「ベッドの頭上」ね、駄目だな。「非難の言葉」は日本の読者にはどんな言葉であるか分からない。眠り姫の「戒めの言葉」をとるな。
■presenceの1語が……やはり臨場か?
The dismal presence of Miss Meadowcroft had passed over my bedroom, and had blighted it.
この文章だけを取り出して理解するとしたら困りますね。前節(講座第8回でミス・ミドウクロフトが「夕食は九時になりますよ」と、夕食を作るのが家の女に不当に科せられた義務とでもいうように言い放って部屋を出て行った、という状況があります。したがってpresenceは直接的に対応語を当てれば「霊(霊気・幽霊、亡霊)」でしょう。
――ミス・メドウクロフトの陰気な霊気がわたしの寝室を通り抜けて出ていって、その部屋に暗い影を落としていった。
「陰気な霊気」は“解釈”であって、“翻訳”では少し考えなければおかしいでしょう。
――彼女が部屋から出て行くと、陰気な霊気が通り抜けていって、寝室は暗い影に覆われてしまった。
――ミス・メドウクロフトの陰気な霊がさっと部屋をかすめていって、せっかくの寝室に暗い影を落とした。
眠り姫:暗い存在のメドウクロフト氏の娘が私の寝室を通り過ぎたので、その場の雰囲気がすっかり悪くなってしまいました。
「暗い存在のメドウクロフト氏の娘」。どうにかしてよ、読者は「翻訳ものだから」と納得して読んでくれるかな。
ビュシーノ:メドウクロフト嬢の陰気な趣味があちこちに反映されている寝室は実に居心地が悪かった。
これまた困った。こういう翻訳はよくありますね。ビュシーノさん、弄(いじく)っているうちに原意から独り立ちしてしまって……困った! presence一語から迷い出したな。考えると、メドウクロフト嬢の陰気な性格がそこここに現われていて、と解釈できないこともない。作者コリンズが語っているのはメドウクロフト嬢がその部屋に「臨場」していたという臨場感。でも、どのように表れているのかな、部屋は圧倒されるほど清潔であるといっている。壁際を飾る調度がない、だからといって、陰気な性格とはいえないな。メドウクロフト嬢が、夕食のことで男どもを詰(なじ)った捨て台詞が耳に残って、と考える方が素直でしょう。
My spirits sank as I looked round me. Supper-time was still an event in the future.
spiritsと複数形なので「気分, 心持, 気炎」。Supper-time was still an event in the future. では悩みます。「夕食は、これから後に起こる行事だった」と読めるかな。supper-timeとan eventが同格です。-timeがついていますが、ここでは「夕食」でいいですね。ちなみに、eventも気になるのでCobuildを見たら、次のようになっています。
――An event is something that happens, especially when it is unusual or important. You can use events to describe all the things that are happening in a particular situation.(eventとは、特別なときに、あるいは、大切なときにとくに起こること。ある特別な状況で起こるすべてのことを述べるときeventを用いる)
したがって対応語は「事件、出来事、行事」となります。いずれにしても「夕食時はまだ後の(時間的に先の)行事だった、未来の行事だった」ではなんとも野暮な日本語だな、と笑われますね。コリンズたち英語圏の人たちの語感がぴたりと分からないので、こうした英文に出会うと、どうして? なぜ? と疑問が湧いてきます。オールド・ミスの陰気で無愛想な亡霊に負けまいとして抽象文を書いたのかもしれません。
――辺りを見わたしたが、気分が沈むだけだった。夕食はまだ先のことで、だいぶ時間があった。
ここでもうひと工夫を。
――彼女がいまいましげに予告した大行事の夕食はまだ先のことで、だいぶ時間があった。
眠り姫:自分の周りを見回したとき、気分が滅入りました。夕食は依然として未来の出来事なのです。
ビュシーノ:周りを見回しているうちにだんだん気持ちが滅入ってきた。夕食までにはまだ相当時間がある。
I lighted the candles and took from my portmanteau what I firmly believe to have been the first French novel ever produced at Morwick Farm. It was one of the masterly and charming stories of Dumas the elder.
Dumas the elderは『三銃士』や『モンテクリスト伯』を書いたAlexandre Dumas(1802-70)です。息子も『椿姫』で有名作家。どちらも同じアレクサンドルなので、父親をthe elder(senior)、息子をfilsとして区別しています。動詞produceは「世に表わす、上演する」で、「制作する」ではありません。the elderについては、本作品の後段で、Mr. Meadowcroft the elder(ミスター・メミドウクロフト老)という表現があります。
――ロウソクを灯し、鞄からフランス小説を取り出したが、あの大デュマのお色気たっぷりの傑作から選んできたものだったので、このメドウクロフト農場開闢以来の最大珍事といえるかもしれない。
「開闢(かいびゃく)以来の最大珍事」。もう死語ですね。神話が語られなくなったので消えたのか? 難しい漢字ですが門がまえに「辟」ですから覚えやすい。なにかで使ってみるといいな。もっとも、かくいうぼくも初めて使った。色懺悔のダルタニアンが新大陸の田舎の農場に現れるなんて、一大珍事だもの。お許しを。
眠り姫:私はろうそくに火をともし、かつてモルウィック農場で初めて作られたフランス語の小説だとかたくなに信じているものを、おおきな旅行かばんから取り出しました。それは兄のほうのデュマが書いた大家にふさわしい魅力的な話でした。
これは落第。語学の問題じゃないよ。いくらかフランス文学の知識も持たなくては。岩波文庫で少なくとも百冊はあるでしょう。一週間で一冊として二年かかるか。駄目だな。平均二日で一冊の勢いで読んでいけば比較的短時間で読み終えるはず。逆にフランス語の翻訳を専門とする人だって英独露の文学は最低知識、必読書はやはり五百点は越えるかな。現代作家を訳すのだから古い「教養」なんて必要ない、というかも知れないけど、欧米の現代作家は彼らの古典文学を糧にして育ってきています。
ビュシーノ: そこでろうそくを灯し、想像するに、このメドウクロフト農場始まって以来初めて持ち込まれたに違いないフランス小説を旅行かばんから取り出した。それは思わず引き込まれる大ジュマの名作だった。
In five minutes I was in a new world, and my melancholy room was full of the liveliest French company.
the liveliest French company:先にproduceで「上演する」とやったので、「一座」が出てきたんだけど、こうした連想、嫌われるかな?
――五分ほどで、わたしは新世界に入りこみ、陰気だった部屋はたちまち陽気なフランス一座の面々でいっぱいになった。
眠り姫:五分後、私は新しい世界におり、陰気な部屋は最高に楽しいフランス人の話し相手で満たされていました。
ビュシーノ:五分もしないうちに私は別世界に入りこみ、この陰鬱な部屋は最高に陽気なフランス人達で一杯になった。
The sound of an imperative and uncompromising bell recalled me in due time to the regions of reality. I looked at my watch. Nine o'clock.
――そうしているうちに、鐘が鳴った。有無をいわせない、妥協の余地のない響きで、現実世界に呼び戻された。時計を見た。ちょうど九時だった。
眠り姫:はっきりとした威厳のあるベルが、しかるべき時間に現実の世界へと私を呼び戻した。自分の腕時計を見ました。九時だ。
ビュシーノ:やがて、断固としたベルの響きが私を現実の世界へ引き戻した。時計を取り出してみるとちょうど九時だった。
Ambrose met me at the bottom of the stairs, and showed me the way to the supper-room.
――アンブローズが階段の下で待っていて、食堂へと案内してくれた。
さて、今回はここまで。眠り姫さん、ビュシーノさんの訳文と、藤岡訳を掲げます。
眠り姫訳:
この時点では、ナオミもいなければロマンスもない。
私の部屋は耐えがたいほど清潔で、どこかに少しでも埃があればいいのにと心の底から願っていました。私は聖書とお祈りの本しか持っていませんでした。窓からは部分的に耕作している不毛の平原が見え、弱まっていく光の中で視界から少しずつ悲しげに姿を消していきました。私のこぎれいな白いベッドの頭の位置の上には、赤と黒のあざやかな色で飾られた文字で書かれている聖書からの戒めの引用を伝える表が取りつけられていました。暗い存在のメドウクロフト氏の娘が私の寝室を通り過ぎたので、その場の雰囲気がすっかり悪くなってしまいました。自分の周りを見回したとき、気分が滅入りました。夕食は依然として未来の出来事なのです。私はろうそくに火をともし、かつてモルウィック農場で初めて作られたフランス語の小説だとかたくなに信じているものを、おおきな旅行かばんから取り出しました。それは兄のほうのデュマが書いた大家にふさわしい魅力的な話でした。五分後、私は新しい世界におり、陰気な部屋は最高に楽しいフランス人の話し相手で満たされていました。はっきりとした威厳のあるベルが、しかるべき時間に現実の世界へと私を呼び戻した。自分の腕時計を見ました。九時だ。
アンブローズは階段の下で私と会い、夕食を食べる部屋へと案内しました。
ビューシノ訳:
これまでのところ、ナオミにもロマンスにもまだ出会っていない!
私の部屋は何と言うか、息苦しくなるほど清潔だった。ちょっとしたほこりが恋しくなってきたぐらいだ。置いてある本は聖書と祈祷書のみだし、窓の外に目をやると、見わたす限りの平原に開墾途中の畑が散らばった光景が、衰え行く光の中で悲しげに視界から薄れていこうとしていた。こざっぱりした白いベッドの頭上の壁飾りは、聖書から引用した非難の言葉が赤と黒の飾り文字を使って記されているという代物だった。メドウクロフト嬢の陰気な趣味があちこちに反映されている寝室は実に居心地が悪かった。周りを見回しているうちにだんだん気持ちが滅入ってきた。夕食までにはまだ相当時間がある。そこでろうそくを灯し、想像するに、このメドウクロフト農場始まって以来初めて持ち込まれたに違いないフランス小説を旅行かばんから取り出した。それは思わず引き込まれる大ジュマの名作だった。五分もしないうちに私は別世界に入りこみ、この陰鬱な部屋は最高に陽気なフランス人達で一杯になった。やがて、断固としたベルの響きが私を現実の世界へ引き戻した。時計を取り出してみるとちょうど九時だった。
アンブローズが階段の下で待っていて、食堂へと案内してくれた。
藤岡訳:
こうして落ち着いてはみたが、ナオミもいなければ恋物語のひとかけも見当たらない。部屋はといえば、清潔すぎて圧倒されるほどだった。部屋には小机と書架があって、聖書と祈祷書だけが収まっていた。窓から外を見ると、平原の大部分がまだ開墾されないまま残っていて、荒涼とした大地がひっそりと横たわっていた。白いベッドがこざっぱりと整えられていた。頭の上には軸がかかっていて、聖書からの断罪の言葉が赤と黒の飾り文字で書かれていた。ミス・メドウクロフトの陰気な霊がさっと部屋をかすめていって、せっかくの寝室に暗い影を落としていた。辺りを見わたしたが、気分が沈むだけだった。彼女がいまいましげに予告した大行事の夕食はまだ先のことで、だいぶ時間があった。ロウソクを灯し、鞄からフランス小説を取り出したが、あの大デュマのお色気たっぷりの傑作から選んできたものだったので、このメドウクロフト農場開闢以来の最大珍事といえるかもしれない。五分ほどで、わたしは新世界に入りこみ、陰気だった部屋はたちまち陽気なフランス一座の面々でいっぱいになった。そうしているうちに、食事の鐘が鳴った。有無をいわせない、妥協の余地のない絶対的な響きで、現実世界に呼び戻された。時計を見た。ちょうど九時だった。
アンブローズが階段の下で待っていて、食堂へと案内してくれた。
新しい提案です
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦していこうと 考えています。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」は当然ですが、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新 しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでく れ」と希望されれば、藤岡啓介が原文・翻訳を読みます。よかったら(あるいは何回か改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。版権がない英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイが対象作品。【この提案を真剣に考える】


























