入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第7回

藤岡啓介
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第1章の結びですが、いよいよアメリカ娘ナオミが……

さて、物語の語り手がアメリカの親戚を訪ねて、若者アンブローズの出迎えを受けます。そしてちょうど今、ナオミというアメリカ娘が彼らと一緒に暮らしているという話をききます。どうやらアンブローズはこのナオミにぞっこんの様子。Ambroseという名前は聖アンブロシウスにからいただいた名で、悪人につける作者はいないでしょうね。だいぶ以前TVドラマ『大草原の小さな家』のローラが結婚した青年がアンブローズだったはず。(ローラ、可愛かったな。)ぼくはこのアンブローズ役の俳優さんが好みでなかったので、おかげで役名まで覚えているのですが。なにかで「違和感」があるのも記憶に残りますね。

また、脱線しそうです。text:06 ですね。

今回はテキストと掲げてみます。目で読むだけでなく、自分の手で(文章で)翻訳しておいてください。訳してその結果を検討すると、それまで気がつかなかった言葉にはっと驚く発見がありますよ。翻訳とは、その驚きを楽しむことかもしれません。

ところで、前回でしたが、この“The Dead Alive”の書籍版を買いますよ、といいましたが、うまい具合に講座に間に合いました。ちょっと変な本です。“The Dead Alive and A House to Let”(Wilkie Collins, Bibliobazaar,2008)。まず、表題がおかしいですね。“A House to Let”はまったく別の短篇集で、ディケンズ、コリンズ、ギャスケル、などが書いている連作ものです。この原書の隅から隅まで調べたのですが(大げさですが)、目次にも本文にも作者が記載されていません。解説もありません。この本だけを手にしたら、七篇の作品が全部コリンズのものと思うかもしれませんね。後者にはギャスケルの“Manchester Marriage”という面白い作品も収められています。ペーパーバック170頁で1977円でした。ヴィクトリア朝花形作家の小品が楽しめますよ。残念ながらこの本の編集はずさんですが、Gutenbergで入手するtextよりは迫力があります。やはり小説は本で読まなければ。

この講座で講師であるぼくが皆さんに期待している手順をいうと、

1.Text 06を自分の力で翻訳してください。それも眼で追い頭の中で訳すだけではダメ。それだと、英文科の訳読になります。教師も生徒もいい加減で勉強になりません。翻訳は文章として書いたものでなければなりません。現在はパソコンでwordに書き込みますが、以前は原稿用紙に書いていました。自分の手にペンを握って書くと、気力、想念、情感がペン先から流れていくような覚えがありました。キーボードが相手になっても、そうしたエネルギーは伝えられますね。そうした覚えがありませんか? 【この質問に答える】

2.翻訳したら、必ずプリントにとります。紙の上に現われた自分の訳文を睨みます。皆さんの翻訳を本で読む読者に近くなりますね。プリントは、小説の翻訳ですから、wordのページレイアウトを縦組みにしてプリントします。

3.画面でも何度か自分の訳文を推敲したでしょうが、改めてプリントで改訂を加えます。これでよし、と納得した段階で、次の「解題」に移ってください。解題はこれまでと趣向を変えて、細切れですが、眠り姫訳、ビューシノ訳、藤岡訳を並べてみました。最後に改めて3人の訳文を掲げています。

Text 06:
"He was always a speculating man," Ambrose went on. "Tried one thing after another, and failed in all. Died, sir, leaving barely enough to bury him. My father was a little doubtful, before she came here, how his American niece would turn out. We are English, you know; and, though we do live in the United States, we stick fast to our English ways and habits. We don't much like American women in general, I can tell you; but when Naomi made her appearance she conquered us all. Such a girl! Took her place as one of the family directly. Learned to make herself useful in the dairy in a week's time. I tell you this—she hasn't been with us quite two months yet, and we wonder already how we ever got on without her!"

Once started on the subject of Naomi Colebrook, Ambrose held to that one topic and talked on it without intermission. It required no great gift of penetration to discover the impression which the American cousin had produced in this case. The young fellow's enthusiasm communicated itself, in a certain tepid degree, to me. I really felt a mild flutter of anticipation at the prospect of seeing Naomi, when we drew up, toward the close of evening, at the gates of Morwick Farm.

解題:

A=B、さてどう訳そうか?

テキスト:
"He was always a speculating man," Ambrose went on. "Tried one thing after another, and failed in all. Died, sir, leaving barely enough to bury him. My father was a little doubtful, before she came here, how his American niece would turn out.

a speculating man:「投機をする(相場に手を出す)男」です。「彼は……の男である」という言い方は自然ではないですね。ここでは「彼はいつも相場に手を出していた」くらいがいいかな。A=B、とあるとき、「さてどうしようかな?」と考えるのが翻訳です。

Tried one thing after another, and failed in all.:「次から次へと試みては、なにをやっても(いつも)失敗していた」in allだから「すべてにおいて」では大人ではないな。「何をやっても」「いつも」でいいですね。

遺産があったの? どこに書いてあるの?

Died, sir, leaving barely enough to bury him.:言葉を追うと、「彼は、そうなんです、自分を葬るにかろうじて足りるだけを残しました」となりますね。文中のsirは意味がないといえばないでしょう。死者のことを訪問者に語るので、言葉が改まった、という程度ですね。単なる語りのリズムと思えばいいですね。ところで、上の逐語訳では翻訳になりません。

――死んだときは遺産どころか、葬式を出すのが精いっぱいだったといいます。

と訳したいですね。「遺産」なんて書いていないぞ、と言われるかもしれませんがleaveに込められていますね。この訳文で「遺産どころか」の語句を省いても読者は十分に理解してくれるでしょうが、こうして補ったからといって、邪魔だとは思わないでしょう。それからそうそう、動詞buryで「葬式を出す」は正確ではないですね。簡単に「埋葬する」ですが、「教会に頼みこみ、墓地の片隅で埋葬式をやる」と考えるべきですね。でも、「葬儀文化」が東西であまりにも違うので、訳語に補いをつけるか、それとも豪傑訳で我慢するか。ここでは物語を左右する事項ではないので、豪傑訳でいいでしょう。

なじんだ言葉でも、語義の再確認を

My father was a little doubtful, before she came here, how his American niece would turn out.:a little doubtful:「いくらか疑問に思っていた」。ここで「疑っていた」という訳語を選ぶと変になりますね。「心配していた」程度の疑問です。

how his American niece would turn out.:ここでは動詞のturn outをしっかりと見なければ駄目ですね。『リーダーズ』でturn outを見ると、消す、追い出す、から始まってずらりと対応語が並んでいます。おやっと思ってお気に入りの『講談社英和』を覗くと、turn outの(11)項に「結果……になる、……であることが分かる」と出ています。『英辞郎』では句動詞-1、句動詞-2と語義を二つに大別し句動詞-2の項で、「子供は立派に育ってくれた、My kids have turned out well」と用例まであって、一発でした。翻訳をするときは記憶にある対応語を安易に使わないこと。一語一語確認しなければ。

眠り姫訳:
「彼はつねに、いろいろと考えを張り巡らせる人だった...つぎつぎと挑戦してはすべて失敗して、結局、かろうじて彼を埋葬するのには不自由のないお金を残して死んでしまった。 ナオミがここにやって来るまえ、アメリカ人のいとこがどんなふうにやっていくのか父はすこし不安だったんですよ

ビューシノ訳:
「ナオミの父親は山師みたいなところがあって」と、アンブローズは続けた。「儲け話を見つけては次々と手を出して、その度に失敗してね。死んだ時には、なんと、葬式をやっと出せるぐらいの金しか残っていませんでした。おやじはナオミに会うまでは、アメリカ人の姪がどんなふうに育ったのか少し疑ってかかっていましたよ。

藤岡訳:
あの人は投機に手を出しては」と、アンブローズは続けた。「つぎからつぎへと失敗ばかりして、死んだときは遺産どころか、葬式を出すのが精いっぱいだったといいます。だから、うちの父はアメリカ娘の従姉妹がどんな風に育ったものか、ここにやってくるまで、ちょっとばかり心配していました。

テキスト:
We are English, you know; and, though we do live in the United States, we stick fast to our English ways and habits.

――ご存知のとおり、わたしたちはイギリス人です。こうしてアメリカに住んでいますが、わたしたちはイギリス流に暮らし、習慣をぴったり守っています。

Englishはどうでしょうか、「英国人」「イギリス人」の二通りがありますね。どちらもオカシイといえばオカシイのですが、百年以上もこの言い方が通用してきているので、どちらかを選び、統一したいですね。ぼくは「アメリカ娘」があるので、「イギリス人」としようかな、というところ。どうしてもこうでなければならないという法則はありません。

we do live inは「わたしたちは、現在こうして、暮らしている(住んでいる)」という意味の強調ですね。stick fastは「しっかり固執する」。

記号を総動員して文章の特徴を出していた

テキスト:
We don't much like American women in general, I can tell you; but when Naomi made her appearance she conquered us all. :

挿入句があります。コリンズはセミコロンが好きですね。彼の時代は新聞や週刊誌、月刊誌が数多く出版させて、いわゆるジャーナリズムが成長してきたときです。作家たちは表題のつけかた、章の割り方、文章法、記号( )“”‘’~?!;:―/etc.&$£¢*などを用いる、長い文章を避けて改行を多くする、引用符で括る会話を加える、といろいろなところで自分の特徴を出そうと苦心していました。

でもwhen Naomi made her appearance she conquered us all.という文章は古風ですね。「ナオミが彼女の出現をなしたるとき、彼女はわれわれ全員を征服した」。まさか、皆さんこうした翻訳はしないでしょうね。

ビューシノ訳:
ぼくたちは英国人ですからね。アメリカに住んではいますが、イングランド流のやり方や習慣をずっと変えずに暮らしいます。正直言ってぼくらはアメリカの女が苦手なんです。それなのにナオミがやって来たら全員が彼女に参ってしまいました。

眠り姫訳:
ご存知のとおり僕達はイギリス人です。アメリカにもちろん住んでいるけれども、イギリス人としての習慣や気質にとてもこだわっているのです。つまり、一般的にアメリカ人女性はまったく好きではないんですよ。でもナオミが姿を現したとき、不安はすっかり吹き飛ばされてしまいました。

藤岡訳:
だってそうでしょう、ぼくらは英国人です。そりゃ、今は合衆国に住んでいますが、英国流の暮らし方や習慣はしっかり守っているんですから。ぼくらは、あえていうならアメリカ女はさほど好きじゃない。でも、ナオミが姿を見せるや、ぼくら家族全員を征服してしましたよ。

余談ですが、「(アメリカ)女」としては駄目かな? 犯罪ニュースでは「男」「女」といっているけど、そうでないときは「女性」としなければいけないのかな?「女は愛嬌」は「女性は愛嬌」? いやこれは内容が差別! 困るな。【この質問に答える】

テキスト:
Such a girl! Took her place as one of the family directly. Learned to make herself useful in the dairy in a week's time. I tell you this—she hasn't been with us quite two months yet, and we wonder already how we ever got on without her!"

ここではShe took her placeの主語Sheがありません。Such a girl! と書いたとき(書くじゃないな、ペン先から迸ったとき、ですね)、コリンズの頭の中では強調符!もいっしょに塊になってsheなんですね。次の文章も主語抜きでLearnedです。会話だから主語を省略しているのでしょうが、作者はナオミの出現に的を絞っている、読者の注意を引きつけている、といったところ。翻訳も、コリンズの意を汲んで張り切らなければ。

dairy:『英辞郎』をみると、明快に「酪農所」「(乳製品)貯蔵所」です。すこし不安になって『リーダーズ』を見ると、

――牛乳・生クリームを貯蔵しバター・チーズなどを製造する所(部屋, 建物), 乳製品工場; 乳製品販売店;乳業会社; 酪農, 乳業: 酪農場 (dairy farm); →DAIRY CATTLE;乳製品 (dairy products)

とあります。このように対応語が1語で書かれていない言葉があると翻訳者は大変です。どの言語でも、多語義の言葉があるのですが、dairyのように酪農・牧畜文化圏の言葉は農耕文化圏の日本語では「よそもの」ですね。

だからといってカタカナ語「デアリ」にできない。専門用語、酪農、と検索していくと、http://www.weblio.jp/category/occupation/raknoに出会います。

すてきな用語集なのですが、どうもこの場での対応語が浮かびません。どなたかこの場に相応しい、農家で使っている対応語を教えてください。ちょうどギャスケルの短篇を訳していて、dairyの訳語に悩んでいました。【この質問に答える】


セントラルパークにあるdairyで1870年に建てられたもの。
コリンズの小説の舞台とは思えませんが、dairyがどのような造りになっているかは理解できます。
http://www.centralpark.com/pages/attractions/dairy.html

眠り姫訳:
いったいなんという女の子なのだ!すぐに家族の一員に取って代わりました。一週間で酪農で役に立てることを学んだんです。ルフランクさんにこれをお話しておきます。ナオミはまだたった二ヶ月しか僕達といっしょに過ごしていないのですが、もしナオミがいなかったら、僕達は今まで楽しく暮らしてこれたものかどうかと、もうすでに思い始めているんです!

ビュシーノ訳:
すごいなんですよ!家族の一員としてすぐにとけ込んだし、一週間で搾乳所の仕事をこなせるようになったしね。まったく、ナオミがここに来てからまだ二ヶ月も経っていないけど、今まで一体どうやってあの娘なしで暮らしてきたのかとみんなが思っていますよ」

藤岡訳:
 すてきな娘ですよ! すぐに家族の一員になりました。一週間もしないうちに、自分で乳しぼりを覚え、立派な働き手になりましたよ。まだ、ほんの二ヶ月しかいっしょでないんですよ、でもいいですか、彼女がいなかったら、これまで、いったいどんな風に仕事をやってきたんだろうって、家中の者が、そう思っているんですよ」

penetration=洞察、がすぐ見えましたか?

テキスト:
Once started on the subject of Naomi Colebrook, Ambrose held to that one topic and talked on it without intermission. It required no great gift of penetration to discover the impression which the American cousin had produced in this case.

文頭のOnceも気合いがかかっていますね。「ひとたび……するや」という調子です。talked on it without intermissionは気取っているんでしょうね。「幕間の中断も入れずに」とやると、叱られるな。古い表現を使うと、「一瀉千里に」「一気呵成」となるかな。駄目だな。ここでは「休む間もなく一息に」。

no great gift of penetration to discover:……を発見する大きな貫通の贈り物がなく、とした人がいますか? それでは読者が泣きます。penetrationは「洞察力」。前回紹介した『講談社英和中辞典』だと、第2語義に出てきます。『英辞郎』は第3語義、もちろん『リーダーズ』にも収録されています(第3語義)が、扱いが違います。文学ものでは川本先生の『講談社英和』」がいい。皆さんも経験があるでしょうが、本屋さんにしてもブティツクなどのお店であっても、その店のディスプレーの仕方で、探し物がぱっと目に飛び込んでくるでしょう。辞書も同じです。難しい理屈はさておき、「自分に、自分の翻訳対象に相応しい」辞書があるものです。それを知るか否かが翻訳環境づくりのキーですね。

末尾のin this caseは「この場合」かな。訳出するか、訳さなくてもいいのでは、と迷いますね。

眠り姫訳:
一度ナオミコールブルックの話題になると、アンボワーズはひとつの話題にこだわり、絶え間なく話し続けた。この場合、洞察力というすばらしい天賦の才能がなくても、アメリカ人のいとこが創りだしていた印象を見いだすことができた。

ビュシーノ訳:
いったんナオミの話を始めたら最後、アンブローズはその話題のみを休む間もなく話し続けた。アメリカ人の従妹がもたらした印象がどんなものだったかは並みはずれた洞察力がなくても容易にわかった

藤岡訳:
話がナオミのこととなると、アムブローズはもうとどまるところがない、一気に話しだした。アメリカ娘がこの一家に与えた印象がどれほど衝撃的だったか、改めて「偉大なる天与の洞察力」などもちだすこともないだろう。

リズム良く、頭から訳す

テキスト;
The young fellow's enthusiasm communicated itself, in a certain tepid degree, to me. I really felt a mild flutter of anticipation at the prospect of seeing Naomi, when we drew up, toward the close of evening, at the gates of Morwick Farm.

慣れないと訳しに食い文章です。ここまで読んで訳してくると、もう眼は活字になく、あらぬ方を眺めるような調子でキーを叩いている――もしそうであればプロの翻訳者でしょうね。頭から訳しておきます。

――この若者の熱狂ぶりは、いくらか微温の度合いであったが、私にとって。

これでは駄目です。翻りますね。

――若者の感激ぶりが伝わってきた。といっても、その度合いはアンブローズのそれとは比べものにならなかったが、

後半も、時系列で描写を進めています。ここをお尻から訳すのも間違いではないでしょうが、リズムよく、Naomiを中心に展開していきたいですね。

at the gates of Morwick Farm: 「モルウィック農場の門」かな? gatesと複数形になっていますね。Cobuildを見ると、可算名詞で、‘A gate is a structure like a door which is used at the entrance to a field, a garden, or the grounds of a building.’とあります。日本の建築用語の「門」は家に入るための構造物ですね。「ゲート」は農場や牧場につけてある出入り口。複数形なのは開き扉だと門扉が対になっていすからかな? 詳しい方がいませんか?【この質問に答える】

when we drew up:drew upは「(馬車を)止める」ですから、「ゲートで馬車を止めたとき」。眠り姫は「止まったとき」としましたが、これだと、手綱を引く気配が見えてこないな。

眠り姫訳:
この若い男は興奮気味であったが、素っ気なく話そうとしているように感じられた。夕暮れの闇へとむかい、モルウィック農場の門のまえで止まったとき、私はナオミに会えると思うと、期待に胸が震えるのをつよく感じた。

ビュシーノ訳:
若者の熱い気持ちが微熱程度にだが、私にも伝染したようで、夕やみの迫るモルウィック農場の門のところで馬車が止まった時、これからナオミに会うのかと思うとじっさい軽いときめきを感じた。

藤岡訳:
 若者の感激ぶりがわたしにも伝わってきた。といっても、その度合いはアンブローズのそれとは比べものにならなかったが、話のナオミに会うと思うと、心なしか胸が躍るようだった。夕闇がせまり、馬車はモルウィック農場のゲートに近づいた。

さて、これで原作の第1章が終わります。第2章は、

Immediately on my arrival, I was presented to Mr. Meadowcroft, the father.

The old man had become a confirmed invalid, confined by chronic rheumatism to his chair.……

という文章から始まります(textは本講座の第1回に収めています)。これだけじゃ雰囲気が分かりませんね。やはりwithout intermissionで読み、解き、訳してください。

眠り姫、ビュシーノ、そして藤岡と、三者の訳文をまとめて掲げます。通読すると、「解題」の細切れの訳文では気がつかなかった誤訳・不適切訳が見えてきますが、でも、二人ともこの5か月で、だいぶ翻訳らしくなってきています。「翻訳」「翻訳者」を意識するとしないとでは大違いです。眠り姫さんは今年に入ってようやく意識するようになったので、進歩の度合いはビュシーノさんに遅れをとっていますが、勉強ぶりは大丈夫のようですね。

眠り姫訳:
「彼はつねに、いろいろと考えを張り巡らせる人だった...つぎつぎと挑戦してはすべて失敗して、結局、かろうじて彼を埋葬するのには不自由のないお金を残して死んでしまった。ナオミがここにやって来るまえ、アメリカ人のいとこがどんなふうにやっていくのか父はすこし不安だったんですよ。ご存知のとおり僕達はイギリス人です。アメリカにもちろん住んでいるけれども、イギリス人としての習慣や気質にとてもこだわっているのです。つまり、一般的にアメリカ人女性はまったく好きではないんですよ。でもナオミが姿を現したとき、不安はすっかり吹き飛ばされてしまいました。いったいなんという女の子なんだ!すぐに家族の一員に取って代わりました。一週間で酪農でお役に立てることを学んだんです。ルフランクさんにこれをお話しておきます。ナオミはまだたった二ヶ月しか僕達といっしょに過ごしていないのですが、もしナオミがいなかったら、僕達は今まで楽しく暮らしてこれたものかどうかと、もうすでに思い始めているんです!」
 一度ナオミ・コールブルックの話題になると、アンボワーズはひとつの話題にこだわり、絶え間なく話し続けた。この場合、洞察力というすばらしい天賦の才能がなくても、アメリカ人のいとこが創りだしていた印象を見いだすことができた。この若い男は興奮気味であったが、素っ気なく話そうとしているように感じられた。夕暮れの闇へとむかい、モルウィック農場の門のまえで止まったとき、私はナオミに会えると思うと、期待に胸が震えるのをつよく感じた。

ビュシーノ訳:
「ナオミの父親は山師みたいなところがあって」と、アンブローズは続けた。「儲け話を見つけては次々と手を出して、その度に失敗してね。死んだ時には、なんと、葬式をやっと出せるぐらいの金しか残っていませんでした。おやじはナオミに会うまでは、アメリカ人の姪がどんなふうに育ったのか少し疑ってかかっていましたよ。ぼくたちは英国人ですからね。アメリカに住んではいますが、イングランド流のやり方や習慣をずっと変えずに暮らしいます。正直言ってぼくらはアメリカの女が苦手なんです。それなのにナオミがやって来たら全員が彼女に参ってしまいました。すごい娘なんですよ!家族の一員としてすぐにとけ込んだし、一週間で搾乳所の仕事をこなせるようになったしね。まったく、ナオミがここに来てからまだ二ヶ月も経っていないけど、今まで一体どうやってあの娘なしで暮らしてきたのかとみんなが思っていますよ」
 いったんナオミの話を始めたら最後、アンブローズはその話題のみを休む間もなく話し続けた。アメリカ人の従妹がもたらした印象がどんなものだったかは並みはずれた洞察力がなくても容易にわかった。若者の熱い気持ちが微熱程度にだが、私にも伝染したようで、夕やみの迫るモルウィック農場の門のところで馬車が止まった時、これからナオミに会うのかと思うとじっさい軽いときめきを感じた。

藤岡訳:
「あの人は投機に手を出しては」とアンブローズは続けた。「つぎからつぎへと失敗ばかりして、死んだときは遺産どころか、葬式を出すのが精いっぱいだったといいます。だから、うちの父はアメリカ娘の従姉妹がどんな風に育ったものか、ここにやってくるまで、ちょっとばかり心配していました。だってそうでしょう、ぼくらは英国人です。そりゃ、今は合衆国に住んでいますが、英国流の暮らし方や習慣はしっかり守っているんですから。あえていうならアメリカ女はさほど好きじゃない。でも、ナオミが姿を見せるや、ぼくら家族全員を征服してしましたよ。
 すてきな娘ですよ! すぐに家族の一員になりました。一週間もしないうちに、自分で乳しぼりを覚え、立派な働き手になりましたよ。まだ、ほんの二ヶ月しかいっしょでないんですよ、でもいいですか、彼女がいなかったら、これまで、いったいどんな風に仕事をやってきたんだろうって、家中の者が、そう思っているんですよ」
 話がナオミのこととなると、アムブローズはもうとどまるところがない、一気に話しだした。アメリカ娘がこの一家に与えた印象がどれほど衝撃的だったか、改めて「偉大なる天与の洞察力」などもちだすまでもないだろう。若者の感激ぶりがわたしにも伝わってきた。といっても、その度合いはアンブローズのそれとは比べものにならなかったが、話のナオミに会うと思うと、心なしか胸が躍るようだった。夕闇がせまり、馬車はモルウィック農場のゲートに近づいた。

ビュシーノさんの自問自答

今回はアンブローズが話しまくる場面でしたが、会話文の翻訳も難しいですね。アンブローズの年齢や性格そして場面に合った話し方になっていると良いのですが。どの言葉を漢字にするか選ぶのも難しかったです。ひらがなにして眺めては漢字に戻したり、その逆を繰り返していました。

Died, sir, leaving barely enough to bury him.の sir ですが、呼びかけの言葉なので無視しようかと思ったのですが、その後に続く話に注意を促す為に言った言葉と判断して「なんと」と訳してみたのですがおかしいですか?

私の辞書にはEnglishの正確な訳は「イングランド人、イングランドの」だと書いてあるのですが、「イギリスの」とか「英国の」とかの方が日本では一般的のように思います。これはあまりこだわらなくてよいかと思って両方使ってみました。

眠り姫さんの自問自答

前回の講座で仮定法過去の解説をしていただき、私なりによく理解できたと思っていたのですが。いずれにしても、私にとっては仮定法過去や二重否定などの文法は苦手です……。どういうわけか、課題文では、第二文を現在形で考えていたのも大きな過ちでした。けっして先生に責任転嫁しているわけではないのですが、「原文から離れてみては?」とのお声に従い、離れてみたところ、原文からあまりにも離れすぎてしまい全然違うことを一人でいろいろと考えていたようです。完全に自分の妄想の世界でした……。妄想の世界に浸ってしまったのも、文法がわかっていないからだと思っております。

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新しい提案です!!

本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦していこうと 考えています。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」は当然ですが、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新 しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでく れ」と希望されれば、藤岡啓介が原文・翻訳を読みます。よかったら(あるいは何回か改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。版権がない英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイが対象作品。【この提案を真剣に考える】

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2008年11月17日号