藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第4回
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因果関係も、接続助詞で2文に分ければ
解題
前回はtext03のパラグラフ冒頭の1文で中断してしまいました。改めて読んでいきます。
I had chosen the voyage to America in preference to any other trip by sea, with a special object in view. :
語句を頭から追って日本語に移していくと、
――1.わたしはアメリカへの航海(大航海、遠洋航海)を選んだ、2.他のどんな海での旅(近海の船旅)よりも優先して(アメリカへの航海を選んだ)、3.ある特別な目的をもって(アメリカへの航海を選んだ)、4.実現しそうな(特別な目的をもって)
となります。英文は1つの文章になっていますが、訳してみると二つの文に区切った方が読みやすくなります。
2.他のどんな海での旅よりも優先して、1.わたしはアメリカへの航海を選んだ
4.実現しそうな、3.ある特別な目的をもっていた
ここまでくれば、後はもう接続詞の問題です。助動詞「だ」+助詞「が」、つまり翻訳文によくみられる接続詞「だが」の登場です。
――わたしはアメリカ航路を選んだのだが、あちこちと船旅を重ねるよりも、アメリカ行きの大航海に期するものがあった。
この「だが」を翻訳文によく見られるといいましたが、外国語の文章は一つの文章でことの因果関係や状況を、思いつくままに書き連ねていので、翻訳者は原文に接続詞butがない文なのに、「ここでは、しかし、かな、困ったなと」、悩んではやたらと文末に接続助詞の「が」「だが」「けど」「での」「から」「し」「て」「ながら」をつけて後段の文につないでいくのですね。上の訳文も2文にして、
――わたしはアメリカ航路を選んだ。あちこちと船旅を重ねるよりも、わたしはアメリカ行きの大航海に期するものがあった。
とすると「だが」を避けられます。最近のことですが、勉強のためモームの“Summing Up”を訳していたのですが、たしかに原文が理屈っぽく、訳していてあまりにもやすやすと「だが」「が」が現われてくるので、訳しながら我ながら驚いて句点で止めていました。
A relative of my mother's had immigrated to the United States many years since, and had thriven there as a farmer. :a farmerは「農場主」がいいでしょう。自分の土地を持っている農民です。それに対して「小作農」のpeasantがあります。素直に訳すと、「母の親戚が、ずいぶんと昔に合衆国に移民していて、そこで農場主として成功していた」ですね。
He had given me a general invitation to visit him if I ever crossed the Atlantic. :a general invitationが曲者です。眠り姫さんは「世間一般の招待状」、ビュシーノさんは「いつでもたずねてほしい」と名詞句を避けて訳しています。眠り姫の「世間一般の」はおそらく「通り一遍の」が浮かんでこなかったのではないかな。
この作品を読んでいけば分かってくるのですが、新大陸に移住した親戚、といっても付き合いが濃いわけではない、たまに手紙のやり取りをするだけ、という程度の親戚です。generalは「ありきたりの、おおざっぱな」というところ。最近はどうか知りませんが、転居通知の末尾で「近くにおいでの節は、ぜひともお立ち寄りのほどを」と挨拶を書きますね。だれも本気で誘ってもいないし、ご招待を受けたとも思っていません。そういった「挨拶」と思えばいいですね。ビュシーノさんの訳がよかったな。眠り姫は英和辞書でgeneralを見て訳語に悩んでいたのだろうけど、辞書を離れて、自分の状況判断力で内容を読みとるといいな。
The long period of inaction, under the name of _rest_, to which the doctor's decision had condemned me, could hardly be more pleasantly occupied, as I thought, than by paying a visit to my relation, and seeing what I could of America in that way. :ここは長ったらしい文章で、翻訳者泣かせです。小説を読み慣れていれば、ここにある叙述は原文を読まなくてもおよその察しがつくところです(したがって上手な翻訳者ほど誤訳をしてしまうところともいえるのですが)。でもここは翻訳講座です、ゆっくりと読んでいきましょう。inaction、rest、condemned、などの単語をしっかりととらえないと、藪の中をさまようことになりますね。
inaction:無活動、休息、ですが、restがあるので、ここは「無活動」「動きを止める」「仕事など何もしないでぶらぶらしていること」。the long period of inaction(長期間の無活動)で、この文章の主語です。
rest:_rest_と表記されていますがtextの約束事でイタリック体です(本講座は、Project Gutenberg からtextをもらっています)。ここでは括弧でくくった「休養」で表記するといいですね。
condemn ~ to ~:「~を~するように運命づける、追い込む」。the doctor's decision had condemned me to rest (inaction)。医者の決定が私を休養に運命づけた。
could hardly be more pleasantly occupied,:(長期間の無活動が……したり……するよりも)より楽しく過ごされるとは考えられない。be occupied byは「~して過ごす, して忙しい」ですから、ここでは「by visiting、by seeingで過ごす」。抽象名詞を主語にして「長期間の無活動が……するよりも、また~するよりも、より楽しく過ごされるはずはない」という発想はおかしいですね。日本語になりません。ここはまずよくある日本語の表現を借りてきます。
――長い間何もしないでぶらぶらしているくらいなら、いっそのこと……
こうすると、「より楽しく過ごされるはずはない」という妙な表現が浮かんできません。
――長い間何もしないでぶらぶらしているくらいなら、いっそのこと親戚を訪ねたり、その間にこれまで知らなかったアメリカについて大いに見聞を広げて過ごしている方がましだ。
言葉が多くなりましたが、こうして読み解いてから訳文を作ります。それにしても、「無活動」という日本語がおかしいですね。心理学や医学のいわゆる学術用語かな?【この質問に答える】
さて、二人の訳を覗いてみます。
眠り姫訳
――私が思っていたように、医者の判断が宣告していた「休息」という名のもとで、何もしない長い期間が、親戚を訪ね、このようにアメリカへの旅行を経験すること以外にどう考えてもさらに楽しくなるはずがない。
思い切り原文から離れてみては
文中のas I thoughtはこの文章全体を受けて「……と考えた、思ったのだが」でしょうね。文頭で「私が思っていたように」は重かったな。残念ながら眠り姫訳はいまだ「文意不明」ですね。小学校の子供たちにゆっくりと話しして聞かせるつもりで訳したらどうかな。そんなこといったら原文がどこかへ飛んで行ってしまいます、というかもしれないけど、誤訳・混沌訳よりはいい。それに、原文から離れたと思うまでうんと離れてしまうと、意外や意外、原文に忠実に翻訳することになっています。思いきって訳さなければ。
ビュシーノ訳
――医者の見立てで取らざる得なくなった、休養という名の、仕事もせずにぶらぶらと過ごす長い月日は、この親戚を訪ね、そうしながらアメリカの地で何が出来るか様子を見ることが、精一杯の楽しい過ごし方ではないか、と考えたのだ。
否定文を肯定文に
まだビュシーノさんもごてごてするな。「医者が私に命じた休養とは、たとえば、こうしてアメリカにいる親戚を訪ねてぶらぶら過ごすこと」。これが伝えたいことですね。英語の否定文をそのま-ま訳すのは至難の業です。肯定文にして訳すと、次のようになります。
――長い期間の無活動で過ごすことは、すなわち、医者の決定で追い込まれた「休養」という名の無活動ではあるが、自分の親戚を訪問し、そこに滞在してアメリカについて見聞を深める方が、他に何かして「休養」をとるよりも、いっそうと楽しいはずであろう、とわたしは考えたのだった。
でも、これでは翻訳というよりも、説明文になっていますね。思いきって次のように訳してみました。
――医者の下した診断結果とはいえ、「休養」という名目で何もしないで長期間ぶらぶらするなら、せっかくの親戚だ、彼のところを訪ねてみよう、その暮らしぶりをみて、アメリカがどのようなところか知ることができよう、この方がよほど楽しい休養になる、と考えたのだった。
After a brief sojourn at New York, I started by railway for the residence of my host--Mr. Isaac Meadowcroft, of Morwick Farm.:sojournは「一時逗留」。もう日本語では使っていない言葉。イギリスだってshort stayじゃないかな。でも、Cobuild English Dictionaryに[LITERARY(文章語)]として収まっているので、10万語程度の語彙に入っているのでしょう。sojourn、residenceなど、海外旅行の入国手続きで使う言葉です。
the residence of my host--Mr. Isaac Meadowcroft, of Morwick Farm:私の受入れ人であるモルウィック農場のアイザック・メドウクロフト氏の居住地。「モルウィック農場」は、そこの土地の名称です。固有名詞の表記は悩ましい問題ですが、ここに現れるような人物の場合、つまり歴史的著名人でないかぎり、ぼくは『リーダーズ第2版+プラス』を使っています。
There are some of the grandest natural prospects on the face of creation in America. :the face of creation in America難しいですね。faceは「地表に表れている、露出している」 から「露呈」という漢語を選びました。
some of the grandest~:someとあるからといって、「もっとも雄大な、いつくかの自然の景観」としては読みが中断されてしまいますね。creation in America:アメリカにおける天地創造。これではつまらないので「アメリカ創世記」ではどうかな。新大陸アメリカの景観はヨーロッパのそれと大いに異なる、という事実はすでに知れていたのですが、それでも、ジャーナリストたちはことあればアメリカの荒々しい自然について物語っていた時代です。コリンズの小説も、「アメリカ情報」を提供しているわけです。
――雄大な自然の景観が連なり、アメリカ創世記の地勢が露呈していた。
There is also to be found in certain States of the Union, by way of wholesome contrast, scenery as flat, as monotonous, and as uninteresting to the traveler, as any that the earth can show. :the Unionは、「アメリカ合衆国」の古い名称。実際に翻訳するときはこだわらなくて「アメリカのいくつかの州によっては」と考えればいいでしょう。
by way of wholesome contrast:「健全な(健康によい)対象を例にして」。奇岩絶壁、荒野の風景だけでは恐ろしくなるが、それを宥めるかのように……と読みたいですね。
as any that the earth can show.:(旅行者にとって)この大地が見せるうる、どんな景色にも(恐ろしい奇岩絶壁、荒野の風景もの)見劣りしない(同じように平坦な、単調な、面白くない)景色。as~as any (scenery)は、「だれにも負けず(劣らず)」。
さて、語句は分かった。だが、どう訳すか。難しいですね。もし翻訳者が合衆国をくまなく旅行しているなら、ここで作者の言いたいことを理解して、原文をよく読まずに、そうなんです、よく読まずに訳していきます――母方の親戚、とんでもない僻地に住んでいるようだ、いやだな、いくら休養といっても……というのが主人公の気分でしょう。その気分も生かしていきたいな。
眠り姫訳:
アメリカにおいて創造上には 、最も壮大な自然の風景が多少ある。アメリカのいくつかの州では、地球が示せる何かのように平地で、単調で旅行者にとってつまらないような景色もまた、精神的に良いコントラストのつもりで発見されている。
ビュシーノ:
この上もなく壮大な自然の景観がアメリカを形作る大地には存在している。その一方で連邦に所属するいくつかの州では、健全なる対照を織り成す為に、旅行者にとって地球上のどんな場所よりも平たんで、単調で、面白みのない景色も見ることが出来る。
藤岡訳:
雄大な自然の景観が連なり、アメリカ創世記の地勢が露呈していた。そしてまた、その驚きをなだめる配剤とでもいうのだろうか、この新天地には旅行者があきれ果てるほどに平坦で、単調な風景の続く地方があるのだが、それもこのアメリカという大地が表わす景観のひとつといえよう。
The part of the country in which M. Meadowcroft's farm was situated fell within this latter category.:fell within this latter category:後者の範疇に属する、となりそうですが、「後者の部類に含まれる」とでもすれば現代文かな。
I looked round me when I stepped out of the railway-carriage on the platform at Morwick Station; and I said to myself, "If to be cured means, in my case, to be dull, I have accurately picked out the very place for the purpose.":モルウィック駅で車両を出てフラットフォームに降り、あたりを見渡したとき……と読んできますね。そうなると、次に出てくる言葉は、「思わず……と独り言した、つぶやいた」となりますね。
後半を直訳すると――もしも、私の場合、直ること(治療すること)が怠惰であることであるなら(ぼんやりしているのが治療だというのなら)、わたしは正確に、その目的にぴったりの場所を選んでいた。
眠り姫訳:
――「私の場合、もし退屈で財産が保たれているのなら、目的のためにぴったりの場所を正確に選び出していたのだ」と私は独り言を言った。
ビュシーノ訳:
――「体を回復させることが、私の場合、退屈するということなら、間違いなく正に目的どおりの場所を選んだわけだ」
藤岡訳:
――「ぼんやり療法がお勧めだというなら、ここはまさに狙い通りの場所ではないか」と、つぶやいた。
ここで、くどいけど、礼のごとく、三人の訳文を並べてみます。
眠り姫訳
心に特別な目的を持って船での旅なら一番と、私はアメリカ行きの旅行を選んでいました。私の母の親族が何年も前からアメリカに移住しており、農場経営者としてそこで成功していたのです。大西洋を渡っていた時はいつでも親戚は自分達を訪ねる世間一般の招待状を私に渡していました。私が思っていたように、医者の判断が宣告していた「休息」という名のもとで、何もしない長い期間が、親戚を訪ね、このようにアメリカへの旅行を経験すること以外にどう考えてもさらに楽しくなるはずがない。ニューヨークでのつかの間の滞在の後、鉄道でモルウィック農場の私のおもてなし役のアイザック・メドウクロフト氏の邸宅に向けて出発しました。 アメリカにおいて創造上には、最も壮大な自然の風景が多少ある。アメリカのいくつかの州では、地球が示せる何かのように平地で、単調で旅行者にとってつまないような景色もまた、精神的に良いコントラストのつもりで発見されている。
メドウクロフト氏の農場が定められていた田舎の地方は後者のカテゴリーにあてはまった。モルウィック駅のプラットフォームで車両から出た時、自分の周りを見回し、「私の場合、もし退屈で財産が保たれているのなら、目的のためにぴったりの場所を正確に選び出していたのだ」と私は独り言を言った。
ビュシーノ訳
数ある船旅の中でもアメリカ行きの航海を選んだのは、ある意図があったからだ。母方の親戚の一人が何年も前に合衆国へ移住しており、そこで農場を経営し成功していた。その人物からもし大西洋を渡ることがあればいつでも訪ねて欲しいと言われていたのだ。医者の見立てで取らざる得なくなった、休養という名の、仕事もせずにぶらぶらと過ごす長い月日は、この親戚を訪ね、そうしながらアメリカの地で何が出来るか様子を見ることが、精一杯の楽しい過ごし方ではないか、と考えたのだ。ニューヨークに短期間滞在した後、私を受け入れてくれるモーウィック農場のアイザック・メドウクロフト氏の住まいへと汽車で出発した。
この上もなく壮大な自然の景観がアメリカを形作る大地には存在している。その一方で連邦に所属するいくつかの州では、健全なる対照を織り成す為に、旅行者にとって地球上のどんな場所よりも平たんで、単調で、面白みのない景色も見ることが出来る。メドウクロフト氏の農場がある地域は後者に属していた。車両を出てモーウィック駅のホームに降り立った私は自分の周りを見回し、「体を回復させることが、私の場合、退屈するということなら、間違いなく正に目的どおりの場所を選んだわけだ」と、心の中でつぶやいた。
藤岡訳:
わたしはアメリカ航路を選んだのだが、あちこちと船旅を重ねるよりも、アメリカ行きの大航海に期するものがあった。だいぶ昔の話だが、母の親戚が合衆国に移民して、農場をやって成功していた。もし大西洋を渡って当地においでならお立ち寄りを、と便りをくれていた。医者の下した診断結果とはいえ、「休養」という名目で何もしないで長期間ぶらぶらしているなら、せっかくの親戚だ、彼のところを訪ねてみよう、その暮らしぶりをみて、アメリカがどのようなところか知ることができよう、この方がよほど楽しい休養になる、と考えたのだった。ニューヨークに少し滞在してから、汽車でモルウィック農場のアイザック・メドウクロフト氏の居住地に向かって出発した。そこがわたしの選んだ保養地だった。
雄大な自然の景観が連なり、アメリカ創世記の地勢が露呈していた。そしてまた、その驚きをなだめる配剤とでもいうのだろうか、この新天地には旅行者があきれ果てるほどに平坦で、単調な風景の続く地方があるのだが、それもこのアメリカという大地が表わす景観のひとつといえよう。メドウクロフト氏の農場のある地方は、この後者の部類に含まれている。
モルウィック駅で車両を出てフラットフォームに下り、あたりを見渡したとき、思わず「ぼんやり療法がお勧めだというなら、ここはまさに狙い通りの場所ではないか」と、つぶやいた。
さて、ここまで書いてきて、この猛暑の中よくぞ頑張って書いてきたな、とにんまりしたところに、ビュシーノさんからの「自問自答第2便」が飛び込んできました。次回はこの問い掛けに答えなければなりません。この講座、実況中継で行こう、といってきたのだから、これはもう逃げられない。
大西洋航路の時刻表は?
ビクトリア時代の大西洋航海について調べていましたが、なかなかぴったりのサ イトに行き当たりません。
なぜ調べようかと思ったかと言うと、2つ理由があります。
まず一つは、the first steamer that sailed for New York の部分を読んだとき「始発」と言う言葉がまったく思い浮かばなかったからです。当時大西洋を渡る船が1日に飛行機のように何本もあるなんて想像できず、せいぜい1週間に2本程度かなと思いました。そんなわけで当時の船の時刻表はないかしらと思ったのですが見つかりませんでした。
ただ、当時はアメリカに移住する人の数が多かった為、船会社が競って船を出していたという記述があったのでもしかしたら1日に何本もあったのでしょうか?
どなたか19世紀初頭の大西洋航路について詳しい方がおられませんか? 教えてください。【この質問に答える】
次の理由はText 03 の最初の行、
I had chosen the voyage to America in preference to any other trip by sea, with a special object in view.
ここの a special object in view を「ある意図があったからだ」と訳した理由なのですが、
――私はここを単に「アメリカにおじさんがいて遊びに来いと言ってくれてるし、退屈な時間を少しでも有意義に過ごす為に前から興味のあったアメリカを見てみようか」こんな意図があったので、他の船旅より優先してアメリカ行きを選んだ。
と、こんな風に考えました。voyage とtripの違いは気づきませんでした。私が調べたサイトでは10~15%の人が航海中に亡くなっていたという情報があったので確かにかなりの決心と期待を持って航海に出かけたのでしょうね。


























