入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱
公開講座 プロになるぞ!! 第3期
第6回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』(第四章 その6)
――【text】をクリックするとテキスト全文が現われます――

藤岡啓介
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THE DEAD ALIVE
By Wilkie Collins
CHAPTER IV.
THE BEECHEN STICK.

猛暑御見舞いのご挨拶

我ながら、ことあるたびに、いかにも教養の欠落と思うのですが、それが「挨拶文」です。いわゆる時候の挨拶ほど困るものはない。通り一遍の挨拶は書くんだけど、天邪鬼だから、並みの表現は気にくわない。「相変わりませず」じゃない「相変わりますよう」になどと気取っていて、それでも、どこかで秋口の挨拶を覚え「朝夕秋冷を覚える候と相成りましたが」を得意としていたときもあったけど(幼なかったな)、同じ挨拶を人からもらってやめてしまった。

女性は挨拶がうまい。まさか、ラブレターで時候の挨拶があったわけではないけど、ご本人が「わたしは女だから」と思って幼い時から気にかけて習得していたのか、といいたくなるような「挨拶」をよくもらう。その一つがtext:28の訳文提出に添えられたモーモーさんの挨拶文。今回は猛暑の中の「8月9日号」です。ぼくの挨拶もモーモーさんの挨拶文に添えて一筆啓上とさせてもらいます。

モーモーさんとは今年の三月からのお付き合い、まだ面識はない、稲村ガ崎との距離は600キロかな、でも、毎月講座で一緒なんだから、そう遠いところの人とは思えない、モーモーさんも、きっとそんな感じでいるだろうな。いつか会えるだろうな、そうだ、カザフスタンにいる桜井則子さんとだって、もう二度も会っている、メールのやり取りも300通になるかな。この九月には三回目の「おしゃべり」ができそう。どうしてモーモーさんから桜井さんになったのかな、年配が同じだからかな。

モーモーさんからの挨拶と、課題訳の問題点:
 梅雨とはいえ、連日のように豪雨のニュースを耳にする毎日です。いかがお過ごしでしょうか?鎌倉でも、ゲリラ豪雨は降りましたか?当地では、幸い洪水にはなりませんでしたが、まるで南国のような豪雨が何度か降りました。
 雨もあまりに激しいと、恐れを感じます。家の真ん前に市のポンプ場があって、下水を川へ送り出しているのですが、最近はフル回転で稼働しています。普段はきれいな芝生とほどよい立木に小鳥たちがやってきて、とてものどかなのですが、今は地鳴りのような音が響いてきて、なんだか不気味です。洪水の被害者の方たち、本当にお気の毒ですね。 こんなに洪水が増えてくると、子どもたちの将来も不安になります。

 さて、いきなり暗い話題で申し訳ありません。公開講座text28の課題訳ができましたので、お送りいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

 今回は前回と違って喧嘩のセリフではないので、少しほっとしました。ルフランクが諭しているところなので、落ち着いた感じで訳したつもりです。サイラスはまだ興奮しているようですが、ルフランクに対しては丁寧に話すだろうと考えました。

 今回悩んだのは、中ほどの、
“Silas Meadowcroft made no advance of the same friendly sort on his side.” です。 要するに、サイラスの方には仲直りする気はなかったということですね。“the same”は、「ジェイゴと同様な」という意味でしょうか。
――サイラスの方には、ジェイゴのような仲直りする気持ちはまるでなかった。
と、はじめは訳しました。でも、ルフランクの視点を意識した方がいいかと思い、
――親しくしようという素振りなどまるで見えなかった。 としてみました。ちょっと意訳しすぎたでしょうか?

 最近、句読点の打ち方にとても悩むようになりました。
 以前は何気なく打っていたのですが、自分の打ち方が間違っているかもしれないと、気になるようになったのです。特に、読点の方に自信がありません。『日本語の作文技術』(本多勝一著)を読んだりしていますが、書かれている法則に当てはめようとすると、不自然になってしまうことがあります。もちろん、自然になるように文を変えなければいけないのですが、それがうまくできなくて四苦八苦しています。また、どの法則があてはまるのかわからないときもあります。今ごろ句読点で悩むなんて、情けない話ですね。(後略)

ところで、ぼくの近況をいうと、三度目の『白痴』です。今回はロシアで作ったDVD(5枚組)まで買い込んで、観たり読んだり、少々「狂気」の世界に浸っています。モーモーさんが文章法で悩んでいるようなので、里見弴の『文章の話』(岩波文庫)を推薦したのだけど、古書にあったかな。文章に法則なんてありゃしない、現すのも現れるのも人格だ、「感得する力」だな。いい言葉だな、この感得、ここで呻っておけばいい文章が書けるかも。

あッそうだ、二〇〇八年に八九歳で作家デビューをされた久木綾子さんの第二作『禊の塔 羽黒山五重塔仄文』も読みました。女性は天性の語り部だな。

text:28
"I accept your apology, Mr. Jago," I answered, "on the understanding that you, as the older man, will set the example of forbearance if your temper is tried on any future occasion as it has been tried today. And I have further to request," I added, addressing myself to Silas, "that you will do me a favor, as your father's guest. The next time your good spirits lead you into making jokes at Mr. Jago's expense, don't carry them quite so far. I am sure you meant no harm, Mr. Silas. Will you gratify me by saying so yourself? I want to see you and Mr. Jago shake hands."
John Jago instantly held out his hand, with an assumption of good feeling which was a little overacted, to my thinking. Silas Meadowcroft made no advance of the same friendly sort on his side.
"Let him go about his business," said Silas. "I won't waste any more words on him, Mr. Lefrank, to please _you_. But (saving your presence) I'm d--d if I take his hand!"
Further persuasion was plainly useless, addressed to such a man as this. Silas gave me no further opportunity of remonstrating with him, even if I had been inclined to do so. He turned about in sulky silence, and, retracing his steps along the path, disappeared round the corner of the house. The laborers withdrew next, in different directions, to begin the day's, work. John Jago and I were alone.

この勿体ぶった言い回し、でも彼は弁護士だった

解題:

on the understanding that :「……という条件で」ですが藤岡訳では「……を前提として」になっています。

――ただしこれから先、また今日のように気持ちを逆なでされても、年上の者として自制心のお手本を見せると約束してください。(モーモー)

――今後、今日みたいにかんしゃくを起こしたくなっても、年長者として、寛容な態度で模範を示してくれるというのでしたら、あなたの詫びを受け入れましょう。(ヨシノスケ)

――この先、今日のように癇癪を起したくなったとしても、そこは寛容の模範を示さなければ。これが前提ですよ。(藤岡)

モーモーさんの言うとおり、喧嘩の言葉のやり取りではないので、たしかにtext:17に比べると訳しやすいかもしれませんが、青年弁護士ルフランクの言い回しが大仰ですね、ほんとにこんな風に話したのかな、弁護士だからこうなるのかな、そんなことを考えながら言葉を選ばなければなりません。「寛容の模範」「前提」という漢語をあえて使ったのもルフランンクが弁護士だからです。それと上に引用した部分で藤岡訳は「癇癪」などの漢語を使っていますが、モーモー、ヨシノスケ二人の漢字使用数は17字、18字、藤岡は13字です。読みやすく訳すのと、読みやすく表記するのは不即不離の関係です。意図して用いる漢字の数を決めるわけでなく、結果論ですが、ときどき文章の「漢字含有率」を調べるのも訳文評価につながります。(一般的に含有率は40%ほどといわれています。)


if your temper is tried on any future occasion as it has been tried today. :あなたの機嫌が、それが(貴方の機嫌が)今日試練を受けたように、将来いつか、試練を受けたときに。

your father's guest :あなたの父親の客。ここでは「この家の主である貴方の父親の」という気分ですね。「お父上の客」とすると、言葉の響きが悪い。「客人」になるな。

your good spirits lead you into making jokes at Mr. Jago's expense, don't carry them quite so far. :あなたのご機嫌がミスター・ジェイゴを犠牲にして(相手にして)冗談をいいたくなるように導いたなら。ここで、藤岡訳は「一杯機嫌でミスター・ジェイゴを相手にからかおうっていう気分になったとしても」とだいぶ翻ってしまいましたが、お酒を飲まなくても「一杯機嫌」は使えますね。

I am sure you meant no harm, Mr. Silas. Will you gratify me by saying so yourself? I want to see you and Mr. Jago shake hands.":この部分は言葉を補って訳せば、
――きっとサイラスさん、あなた本気で杖を振りまわしてジェイゴを痛めつける気じゃなかったんでしょう、あんたの言葉で、たしかにそうだった、本気でやる気じゃなかったっていってくださいよ。それを聞かないと、ぼくは安心できないじゃないですか。(ナオミに頼まれているんですから、だれもが疑心暗鬼に陥っている中で、ぼくが正気にさせなければいけないんだから。) さあ、二人とも機嫌を直して握手してくださいよ。

Let him go about his business," said Silas. :奴には奴の仕事をせっせとさせなければ。位はジェイゴが上でも、サイラスはこの家の主の息子です。喧嘩なんかやっている暇はなかった、ジェイゴの奴にはせっせと働いてもらわなければ、という気分があります。

“I won't waste any more words on him, Mr. Lefrank, to please _you_. But (saving your presence) I'm d--d if I take his hand!" :奴のことでこれ以上言うことなんてないね、ミスター・ルフランク、この家の客人に御満足頂けるような器用なことはいえないな。といって、あんたの顔を立てるために奴と握手するなんて、まっぴらご免だな。


以上、少し駆け足の解題でしたが、どうかな、問題が残ったかな? モーモーさん、ヨシノスケさんとは、あと二回のお付き合いですが、次回から、そろそろ「送る言葉」も考えなければ。以下にモーモー、ヨシノスケ、藤岡の順で訳文を掲げますが、「要再考」の個所を橙色にしています。どうして「要再考」なのかは、藤岡訳を吟味しながら考えてください。


モーモー訳:

もういいんですよ、ミスター・ジェイゴ」わたしは答えた。「ただしこれから先、また今日のように気持ちを逆なでされても、年上の者として自制心のお手本を見せると約束してください。それから、あなたにもお願いしなければなりませんね」と、次はサイラスの方を向いて言った。「お父上の客として、わたしの頼みを聞いてください。今度また勢い余って、ジョン・ジェイゴをだしに冗談を言いたくなるようなことがあっても、あんまり度を越してはいけません。きっと悪気はなかったんですよね、ミスター・サイラス。そうだと言って、わたしを安心させてくれませんか? おふたりが握手しているところを見たいですね」

ジョン・ジェイゴはすぐに片手を差し出した。少しわざとらしくは感じられたが、仲直りすることを受け入れたようだ。そんなジェイゴと違い、サイラス・メドウクロフトの方には、親しくしようという素振りなどまるで見えなかった。

「奴に仕事にかかるように言ってください」とサイラスは言った。「もう無駄口はたたきませんよ、ミスター・ルフランク、他でもないあなたのためにね。でも、あなたの前で失礼だけど、奴と握手するくらいなら地獄へ堕ちた方がましですよ!」

こんなようすの人間を、これ以上説得しても無駄なのは明らかだった。たとえもっと忠告したいと思っても、サイラスがそうはさせなかった。むっつりと黙ったまま向きを変えると、来た道を引き返し、家の角を曲がって行ってしまった。次に農夫たちが、その日の仕事を始めようとそれぞれの方向へ引き上げた。そして、ジョン・ジェイゴとわたしだけになった。


ヨシノスケ訳:

「分かりました。今後、今日みたいにかんしゃくを起こしたくなっても、年長者として、寛容な態度で模範を示してくれるというのでしたら、あなたの詫びを受け入れましょう。それから、あなたにはお願いをしなくてはいけませんね」わたしはサイラスに向かうと、こう言い足した。「お父上の客人であるわたしのために、どうぞ頼まれてください。今度、ご機嫌がよろしくて、ジョン・ジェイゴをからかいたくなったとしても、あまり行き過ぎないようにしてください。危害を加えるつもりなどなかったんですよね。わたしのために、そうだとおっしゃってください。さあ、お二人とも握手をして」

ジョン・ジェイゴはさっと手を差し出した。友好を装っているようだったが、わたしにしてみれば少々大げさにやりすぎていた。一方サイラスはというと、同じ調子で親しげに歩み寄る様子はなかった。

「あいつもう仕事にかからせてやりましょう」サイラスは言った。「あいつのことでこれ以上無駄話をするなんて御免です。ミスター・ルフランク、いくらあんたを喜ばせるためでもね。あんたの前ですが言わせてもらいますよ。あいつと手を握るだって、くそいまいましいね」

こういう男に向かって、これ以上説得してみても無駄なことは明らかだった。わたしがそうしたいと思ったところで、相手の方で諫言する隙を与えてくれなかった。サイラスは不機嫌に黙り込んだまま、くるりと向きを変え、もと来た道を引き返した。そして家の角を曲がって、姿を消した。つづいて、農夫たちもそれぞれの場所に引き上げ、その日の仕事に取りかかった。ジョン・ジェイゴとわたしの二人だけが残された。



藤岡訳:

「お分かりいただけて結構でした、ジョン・ジェイゴ」と、わたしは答えた。「なんといってもあなたは年長者なんだから、この先、今日のように癇癪を起したくなったとしても、そこは寛容の模範を示さなければ。これが前提ですよ」こういってから、今度はサイラスに向かって意見した。「それと、この家の主の客人として、ぜひともきいてもらいたいのですが、一杯機嫌でミスター・ジェイゴを相手にからかおうっていう気分になったとしても、行きすぎちゃ駄目ですよ。今だって、危害を加える気はなかったんでしょう、そうですね、ミスター・サイラス。そうだった、といってください。ここで、ミスター・ジェイゴと握手をしてくださいよ」

ジョン・ジェイゴはすぐさま右手を差し出したが、大げさに、わざと好意を示しているように思えた。サイラス・メドウクロフトは、自分の方も同じように好意的に出ようとする気配を見せなかった。

「奴には仕事に行ってもらわねば」と、サイラスがいった。「いくらこの家の客人だといっても、これ以上奴には何も言うことはない、ミスター・ルフランク、あんたの顔を立てるといって、奴と握手するなんて、死んだ方がましだな」

こうした男をこれ以上説得しても無駄だった。たとえわたしがさらに言葉を尽くそうと思ったにしても、サイラスの方がそれを許さなかった。彼はむっつりしたまま向きを変え、来た道を戻っていき、屋敷の角を曲がって消えていった。ついで、農夫たちがその日の仕事につこうと、それぞれの方向に姿を消していった。ジョン・ジェイゴとわたしの二人が残った。

ヨシノスケさん、いいとこついているな

――モーモーさんもヨシノスケさんも、回を重ねるごとに問題とする箇所が本格的になってきたし、自問自答の展開も翻訳者のそれになってきました。その証拠じゃないけど、今回の巻末はヨシノスケさんの指摘する問題点。

 今回のルフランクの言葉、押し付けがましく偉ぶった印象に受け取ったのですが、本当にそれほどの言葉つきだったのか、解釈を間違っているのではないかと不安です。
 この家にやってきたばかりの人物が、昨日まで見ず知らずだった人に向かって「許してあげます」とか「頼まれてください」「握手してください」など、これほど出しゃばるでしょうか。

 言葉遣いは丁寧ですが、尊大な態度です。

 ナオミから頼まれたとはいっても、他の人たちはそれを知らないわけですし、「余計なお世話だ、引っこんでろ」と言われるのが落ちだろうと思うのですが。この時代、客人はとても敬われていたということでしょうか、それともアメリカに英国からやってきた人ということで一目置かれていたのでしょうか。(はたまた私が感じているほど図々しい態度ではなかったのでしょうか)

 good spiritsと複数形なんですね

 The next time your good spirits lead you into making jokes at Mr. Jago’s expense, の good spirits に悩みました。
 good spirits で調べると「善霊、意気揚々、上機嫌」などと出てきました。最初に読んだときは「素晴らしいお心を持っているにもかかわらず、ジェイゴをからかいたくなったら」という意味にとらえたのですが、spirits と複数形になっているので、「心」ではなく「気分、精神状態、元気」という意味になると考え直しました。そこで「ご機嫌よろしくて」と少し嫌味っぽく訳してみたのですが、しっくりきませんでした。

 一つ疑問があるのですが、「私」と「わたし」の違いは何でしょうか。

 今までは、フィクションは「わたし」、ノンフィクションは「私」を使うのだろうと漠然と考えていたのですが、注意して読んでみるとそうとも限らないようです。一つの小説のなかで「私」と「わたし」の両方を使っている場合もあります。「私」だと客観的に感じ、「わたし」だと主観的に感じるという説明がありましたが、今一つピンときません。 会話のなかで自分のことを言うときは「わたし」よりも「私」というイメージもありましたが、手元にある本をさらりと見た限り(じっくり読んだわけではないので確かではありませんが)、そうはっきりと区別されているわけではないようです。

 藤岡先生は「わたし」を多く使われていますが、例えば講座第1期の第2回では、「私をおどかそうとしたのではない」(会話ではない)、第2期第7回「あなたが親切にも私の話を聞いてくれたら」(会話、ナオミの言葉)と、「私」が使われているところもいくつかありました。使い分けをするのに何か明確な区別があるのでしょうか。

わたし、わたくし、私――ご免なさい、書いているときはなにか基準があって書きわけているつもりでも、意外と矛盾しているんですね。ヨシノスケさんの炯眼を逃れるわけにはいかなかった。

ぼくの基準は、物語りの語り手は「わたし」、物語の主人公も「わたし」、それからが難しい、主人公と親しい女性は「わたし、わたくし」、少し離れた関係の男性、女性は「私」、といったところですが、訳しているときは夢中になっていて、異なる表記を許しているときがありますね。最後は「校正」のときに一貫性をもたせます。(それでも、見落とすときがありますが。)

ヨシノスケさんがいうフィクションとノンフィクションのジャンルで使い分けをすることはないでしょう。日本語の一人称が多数あるので、それを使い分けるのが翻訳者の原書読解力になるでしょうね。


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フィクション、ノンフィクションいずれもOK。本のタイトルと著者名、出版社名、おすすめする理由を添えて以下の応募フォームよりご連絡下さい。締切りは、9月末。ご応募いただいた方みなさまの、おすすめ本とコメントを10月に一挙公開します。抽選で1名様にアマゾンギフト券1000円を進呈します。さてさて、どんな本のリストが出来上がるでしょうか。お気軽にご応募ください。お待ちしております!(編集部)

「わたしのおすすめ本」応募フォーム

―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――

本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。

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藤岡先生コメント(抜粋)

  • 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
  • (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
  • 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。

このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。

編集部記

2010年8月9日号
(第4巻165号)