入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱
公開講座 プロになるぞ!! 第3期
第5回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』(第四章 その5)
――【text】をクリックするとテキスト全文が現われます――

藤岡啓介
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THE DEAD ALIVE
By Wilkie Collins
CHAPTER IV.
THE BEECHEN STICK.

翻訳者泣かせの喧嘩言葉

モーウィック農場の息子のひとりサイラスと、農場の管理人ジェイゴが激しく言い争っています。この物語の語り手ルフランクが仲裁するのですが、さて、どうなっていくのでしょうか。

解題に移る前に、つぎに引用するパラグラフを思い出してください(赤字部分にとくに留意を)。

――何か理由があってのことだろうが、ジョン・ジェイゴは自分と同じアメリカ人であるナオミがいると、少しも寛いでいないように思えた。手元の皿から眼をあげて、探るようにナオミを見るかと思えば、眉を寄せ、その視線をゆっくりと戻すのだった。わたしが彼に話しかけても、いやいや応えるといった様子だし、自分がメドウクロフト老に話すときでもどこか構えたようにみえたが、そうしたとき、その視線は二人の若者に向けられているようだった。食事になったとき、サイラス・メドウクロフトの左手にギブスがあてがわれ、肩から吊るしているのに初めて気がついた。そこで注意して見ていると、ジョン・ジェイゴがその茶色い眼を走らせて、テーブルについている人たちに順繰りにちらちらと眼をやっていたのだが、サイラスのギブスの左手にも、好奇心たっぷりな意地の悪い詮索の眼を向けていた。

第二章 (text:12) です。ここで、サイラスのギブスが書かれているし、ジェイゴがそのギブスの関係があった様子が窺われます。また、次に引くtext:23も思い出してください。第三章のナオミの言葉です。

――あら、嫌だわ。あなたにこんなこと言うなんて。もう時間だわ。十時になるわ。お休みなさいをいわなければ。こうしてあなたに聞いてもらって、ほんとによかった。お別れに、繰り返すことになるけど、あなたの影響力で、お願いだわ、あなたに力を貸してほしいの、この邪悪渦巻く屋敷の中で、男共が、自分たちの こと恥ずかしいと気づくようにしてほしいの。あの人たちが融和というか、もっと穏やかになるように仕向けてほしいの。

コリンズはさすが一流の作家です、これまでにさまざまな伏線を設けています。今回のtext:27で読者は「そういえばサイラスのギブスのこと書いていたっけ」、また「第三章の『月夜の密談』でナオミが農場の平和を口にして、ルフランクに力を貸せといっていたが」と思い当たります。

これが小説の面白いところですね。いくつかの伏線(仕掛け)を設けておき、だんだんにそれを明らかにしていくのです。この第四章ですべての伏線が読みとられていくのか、それとも謎は謎を呼びと、さらに複雑怪奇な物語に進展していくのか。

ヨシノスケさんの便りに、コリンズがヤングアダルトものよりも数段に面白くなってきたとありましたが、現代ものの作者よりも、コリンズたち十九世紀の作者たちは、小説を読み書き、楽しむ気持ちがはるか上質だったのではないかな――こんなこというとYA作者や読者に叱られるな。

ところで、喧嘩言葉の翻訳は難しいですね。とくに女性の翻訳者にとって、品の悪い言葉のやり取りは難しい。ジェーン・オースティンの小説にあるような、「品はいいけど辛辣な皮肉の応酬」だったらそれほど困ることはないでしょうが。翻訳者のgenderは編集者にとって問題になります。

「それなりの語彙」で訳せ、といっても、てんからその「語彙」がない翻訳者が大勢います。日ごろから、落語を聞いてね、といっていますが、落語や歌舞伎の喧嘩言葉のやり取りはさすが放送に乗るだけあって使えますよ。山本周五郎、柴田連三郎、池波正太郎の時代物も、幅広い語彙をもっています。そういえば、「鬼平」を全作品繰り返し読んでいる、といっていた女性翻訳者がいたけど、彼女どうしているかな、語彙が豊富だった。思いついた! 寅さんシリーズがいいや。寅さんとタコ社長のやりとり、あれは落語の調子です。

さて、解題なのですが、ヨシノスケさんが課題訳につぎのような便りをくれました。まずは……。

ヨシノスケさんの便り:
 最近、『月長石』や『白衣の女』など、コリンズの作品を読んでいたので、その雰囲気で(半ば実験的に)、言葉遣いを工夫してみたのですが、違和感がでてしまったようです。 まだ、言葉の上辺だけで、言葉自体をしっかりと自分に取り込めていないのだと思います。
 頭の中で、ジェイゴだったらこんな言葉を使うかもしれない、と古臭い言葉を引っぱり出して言わせてみたりするのは楽しいのですが、独りよがりにならないように気をつけなくてはいけないと、少し冷静になりました。『WEBマガジン 出版翻訳』新企画の『競訳』にも取り組んでいるところですが、こちらもどのような口調にすればよいか、悩んでいます。

という様子です。モーモーさんも悩みは同じようです。末尾に、ヨシノスケ、モーモーさん二人の感想文を掲げます。

text:26

John Jago cast one of his sardonic side-looks at the farmer's wounded left hand. "Don't forget your own skin, Mr. Silas, when you threaten mine! I have set my mark on you once, sir. Let me by on my business, or I may mark you for a second time."

解説:

"Don't forget your own skin, Mr. Silas, when you threaten mine!

――ミスター・サイラスよ、おれを脅すとき、自分の皮膚を忘れるなよ。

冒頭にあるように、これはジョン・ジェイゴとの争いでサイラスが怪我をしたことをいっています。「おいおい、いい気になってるが、まさか腕のギプスを忘れはしまいな」という「啖呵」ですね。

markは、「お印(しるし)」かな。「おいらがほんのお印に、お見舞い申したその向う傷」とでもいうときの「お印」です。でも、この言葉はもう古いかな。「あんたにはもう覚えがあるだろう」という「身に覚え」の「覚え」だろうな。

――自分の怪我のことを忘れちゃいけませんよ、ミスター・サイラス、怪我するぞとわたしを脅すんならね! あなたには一回傷跡をつけてさしあげたでしょう。(モーモー)

――ミスター・サイラス、わたしを脅すときは、ご自身のことを思い出してくださいね。一度、わたしに傷つけられたことがあったんじゃないですか。(ヨシノスケ)

藤岡コメント:

モーモーさんの「……ならね」などとまだるっこしい喧嘩語法はない。

いずれも喧嘩らしくない。困ったな。恋の口説で、くどくどと女性を口説くんなら、わざとだらだら語った方が相手に余裕を与えて、いつのまにか自分のペースに乗せることもあるだろうけど、喧嘩だ、そんなの日が暮れちゃうよ!

モーモー訳:

ジョン・ジェイゴは嘲るように、横目でサイラスの左手の怪我を見た。「自分の怪我のことを忘れちゃいけませんよ、ミスター・サイラス、怪我するぞとわたしを脅すんならね! あなたには一回傷跡をつけてさしあげたでしょう。さあ、通してください、仕事があるんです。でなきゃ、もう一度傷をつけてあげてもいいんですよ」

ヨシノスケ訳:

ジョン・ジェイゴは冷やかに、サイラスの左手の傷を横目で見た。「ミスター・サイラス、わたしを脅すときは、ご自身のことを思い出してくださいね。一度、わたしに傷つけられたことがあったんじゃないですか。さあ、もう行かせてください。これ以上邪魔すると、傷が増えることになりますよ」


藤岡訳:

ジョン・ジェイゴは皮肉っぽく、ギブスをしたサイラス旦那の左手にちらりと目をやった。

「その怪我が何だったか、知っての上でいうのかい、ミスター・サイラス、脅すのもいい加減にするんだな。ジェイゴさまのお印をお忘れなく願うぜ。用があるんだ、どいてくれ。それとももうひとつ、お印が欲しいのかい」

藤岡コメント:

「サイラス旦那」としましたが、ここでサイラスは自分が采配を振るう農場のlaborers(雇い人、農夫)といっしょです。「旦那」くらいつけてサイラスの身分を匂わせておくのもいいでしょう。

サイラスとジェイゴの言葉は前回から「声高」になり、殺気立ってきています。いくらジェイゴが丁寧な言葉遣いで話してきたといっても、この場になれば、もう堪忍袋の緒が切れた、「この野郎!」といった調子です。

text:

Silas lifted his beechen stick. The laborers, roused to some rude sense of the serious turn which the quarrel was taking, got between the two men, and parted them. I had been hurriedly dressing myself while the altercation was proceeding; and I now ran downstairs to try what my influence could do toward keeping the peace at Morwick Farm.

解題:

動詞liftを「振り上げる」としましたが、Cobuildをみると、

――If you lift something, you move it to another position, especially upwards.(何かをliftするとは、その何かを別の位置に、とくに上方に、動かすこと)

とあります。日本語の対応語は「もち上げる、掲げる」になりますが、ここでは対象がステッキなので「振り上げる」が日本語ですね。
roused to some rude sense of the serious turn which the quarrel was taking:
――争いが重大な転機になってきたということに、はっきりはしないが何か大雑把な感じに襲われて

とでも読んだらいいですね。ヨシノスケさんが「これは大変なことになりそうだ」と訳しましたが、上手かった!

後段はナオミとの約束ですね。もっとも、第三章から一気に読んでくる読者には、藤岡訳の「補い」は不要でしたね。ついつい気が回ってしまいます。わたし(ルフランク)にとって、ナオミの存在はこの物語の最後までseriousなのですから。

モーモー訳:

サイラスはブナのステッキを振り上げた。口げんかから殴り合いに変わろうとしていることに農夫たちが気づき、間にはいってふたりを引き離した。言い争いが続くなか、わたしは慌てて服を着ていたが、ちょうどこのとき、モーウィック農場の平和を保つために何ができるか試してみようと、走って階下へ下りた。

藤岡コメント:

「ちょうどこのとき……」から変だな。
I had been hurriedly dressing myself while the altercation was proceeding;
――わたしは大慌てで、着替えをしていた、この激論が交わされている間。

「ちょうどこのとき」はないな。

ヨシノスケ訳:

サイラスはステッキを上げた。これは大変なことになりそうだと感じたのだろう、農夫たちが両人の間に割って入った。この言い争いの最中、わたしは大急ぎで身支度をしていたが、間もなく階段を駆下りていった。このモーウィック農場で平和を守るために、わたしはどのような影響を及ぼすことができるのか、やってみようではないか。

藤岡コメント:

後半でふたりとも情景が掴めなかったのか。ヨシノスケさんの「間もなく」はないよ。
and I now ran downstairs to try what my influence could do toward keeping the peace at Morwick Farm.:
――そしてつぎに、わたしは階下に走った(階段を駆け下りた)、やってみようと思って、わたしの影響力がモーウィック農場の平和を守ることに対して何ができるか(やってみようと思って)。
あった!nowだな。でも違った。and nowの気分だ。



藤岡訳:

サイラスは握っていたブナのステッキを振り上げた。農夫たち口喧嘩がなにやら大ごとになりそうなのに気づいて、二人の男の間に割って入り、引き離した。サイラスたちが口論している間に、わたしは急いで着替えをして、階段を走り下りた。何ごとも、このモーウィック農場に平和あれかしとつくすのがナオミとの約束だった。

米川ドストエフスキーで「卑劣漢」が多用されていました

text:

The war of angry words was still going on when I joined the men outside.
"Be off with you on your business, you cowardly hound!" I heard Silas say. "Be off with you to the town! and take care you don't meet Ambrose on the way!"
"Take _you_ care you don't feel my knife again before I go!" cried the other man.

解題:

The war of angry words was still going on when I joined the men outside.:
――怒りの言葉の戦い(激しい口論)はまだ進行していた、わたしが外にいる男たちに加わったとき。
Be off with you on your business, you cowardly hound!:
――おまえの仕事にさっさと出ていけ、この臆病ものの卑劣漢奴!
Be off with you! は「行っちまえ, 出て行け」ですね。

ぼくらの世代なのかな「卑劣漢」という言葉を眼にすると、米川正夫のドストエフスキーで多用されていたのが思い出されます。米川先生はドストエフスキーの翻訳で新しい日本語を創ってこられた。「あなたは何度米川カラマーゾフを読みましたか?」。文学青年の合言葉だったな。作家椎名麟三は文体まで米川調だった。もちろん、米川訳は今でも瑞々しい。罵詈雑言も、米川先生の手になると品がいい。

そういえば、話が飛びますが、本誌の新企画『競訳』はいろいろな意味でこれまでの雑誌にない「発明企画」です。読者の皆さんがどしどし参加されるのを願っています。藤岡は「競訳」の作品評価には参加していませんが、作品がディケンズなのでついひと言。

課題作品のタイトルが“The Poor Relation’s story”ですが、ドストエフスキーといえば彼の処女作が『貧しき人々』です。変な連想ですが、「卑劣漢」からディケンズの表題にまで思いがつながってきました。

小説の表題というのは、作家の自由だ、といえばそうなのですが、実は不自由きわまるもので、作者の母語の文化が大いに影響します。編集者が作者に無断で表題を変えた例もあります。翻訳でも同じです。poorに相当する表題日本語では「貧しい」はなく「貧しき」です。宮本百合子に『貧しき人々の群』がありますが、この他の例がありません。作家だったらこれ以上「貧しき」を使うのが嫌なんですね。類語も避けてしまいます。「貧しい」や「哀れな」「可哀そうな」「不幸な」は表題になりません。翻訳者も、作家と同じセンスをもっていなければなりません。したがって、実際には翻訳していませんが、藤岡訳では『貧しき縁者の話』になりますね。

I heard Silas say. "Be off with you to the town! and take care you don't meet Ambrose on the way!":
――サイラスが云うのをきいた。「(用があるという)町にさっさと行ってしまえ! そして、自分のことを注意するんだ、お前が道中アンブローズに合わないように」

モーモー訳:

外へ出て彼らのところへ着いたときも、罵り合いはまだ続いていた。
「さっさと仕事に行けよ、この臆病者め!」とサイラスの声が聞こえた。「とっとと町へ行っちまえ! 途中でアンブローズに会わないよう気をつけるんだな!」
「そっちこそ、その前にまたナイフでやられないよう気をつけるんだな!」とジョン・ジェイゴも声を荒げた。

藤岡コメント:

「罵り合い」は良かった。このパラグラフではモーモーさん、滑らかだ。

ヨシノスケ訳:

わたしがその場に着いたときも、いまだ舌戦は続いていた。
「さっさとうせろ、意気地のない野郎だぜ」サイラスが言うのが聞こえた。「さあさあ、町に行っちまえ。途中でアンブローズに会わないように用心しろよ」
「そっちこそ、わたしが出かけるまでの間に再びナイフを味わうなんてことがないよう用心するんだな」ジェイゴも声を荒げている。

藤岡コメント:

「……までの間に再びナイフを」は駄目だな。イタリック体のyouを三人が揃って「そっちこそ」とやったんだから最適訳でしょうね。when I joined the menでは二人とも「着いた」としていますが、それほどの距離ではなかった。「仲間入りした」も変なので、「中に入った」と曖昧に訳すといいかな。


藤岡訳:

外に飛び出して男たちの中に入ったが、まだ、激しい口論が続いていた。
「何の用かしらないが、さっさと消え失せろ、この臆病犬奴!」サイラスがこう叫び、さらに「お前さんの町の仕事とやらに行っちまえ!途中でアンブローズに出会わないよう気をつけるんだな」
ジェイゴが応じた。
「そっちこそ、おれが出る前に一撃をくらわんよう用心することだな!」

text:

Silas made a desperate effort to break away from the laborers who were holding him.
"Last time you only felt my fist!" he shouted "Next time you shall feel _this!_"
He lifted the stick as he spoke. I stepped up and snatched it out of his hand.
"Mr. Silas," I said, "I am an invalid, and I am going out for a walk. Your stick will be useful to me. I beg leave to borrow it."

モーモー訳:

サイラスは、自分を押さえている農夫たちの手を振りほどこうと必死にもがいた。
「まえは拳だけだったがな!」とサイラスが怒鳴った。「今度はこいつをお見舞いしてやる!」
そう言いながらステッキを振り上げた。わたしは近より、そのステッキを彼の手から奪い取った。
「ミスター・サイラス」とわたしは言った。「わたしは病人でしてね。散歩に出かけるところなんですが、あなたのステッキが役に立ちそうなんですよ。貸していただけませんか」

ヨシノスケ訳:

サイラスは農夫らの手を振りほどこうと必死になっていた。
「この前はこぶしだけでやめてやったがな、今度はこいつを味あわせてやる」
そう叫びながら、サイラスはステッキを振り上げた。わたしは近づいていって、その手からステッキをもぎとった。
「ミスター・サイラス、わたしは身体を悪くしてしまいましてね。これから散歩に出かけるのですが、そのステッキが役に立ちそうです。お貸しいただいてもよろしいですか」


藤岡訳:

サイラスは農夫に抱きかかえられ、振りほどこうと必死になってもがいていた。
「あんときは拳を見舞ったが、今度はこいつを食らいやがれ、これだぞ、これだ!」

こういいながらサイラスはステッキを振り上げた。わたしは飛び込んでステッキを取り上げた。
「ミスター・サイラス、わたしはリハビリ中で、今散歩に出ようと思って出てきたんですが、ちょうどこのステッキが役に立つんです、借りていきますよ」

藤岡コメント:

藤岡訳の「リハビリ中」はもちろんおかしい。でも翻訳者がちょっと近況を織り込むのも面白いな。左様、藤岡先生は只今整形外科でリハビリ中、肩と腰への低周波治療とマッサージ。invalidだから「肢体不自由者」が正しい。ここでは心身の保養なので、「保養中」くらいかな。

「どっと笑う」か「げらげら笑う」か?

text:

The laborers burst out laughing. Silas fixed his eyes on me with a stare of angry surprise. John Jago, immediately recovering his self-possession, took off his hat, and made me a deferential bow.
"I had no idea, Mr. Lefrank, that we were disturbing you," he said. "I am very much ashamed of myself, sir. I beg to apologize."

モーモー訳:

農夫たちがどっと笑い出した。サイラスは、怒りと驚きの混じった目でわたしをぐっと睨んだ。ジョン・ジェイゴはすぐに落ち着きを取り戻し、帽子を脱ぐと、うやうやしく頭を下げて言った。
「あなたにご迷惑をおかけしていたとは気づきませんでした、ミスター・ルフランク。まことにお恥ずかしいかぎりです。どうぞお許しください」

ヨシノスケ訳:

農夫たちはどっと笑いだした。サイラスは不意打ちを食らい怒りに満ちた顔つきで、こちらをじっと睨んだ。ジョン・ジェイゴはすぐにいつもの冷静さを取り戻したようで、帽子を取ると、わたしに恭しく頭を下げた。
「ミスター・ルフランク、お邪魔をするつもりなど毛頭なかったんです。実にお恥ずかしい。お詫び申し上げます」

藤岡コメント:

The laborers burst out laughing.:
「農夫たちはどっと笑いだした」たしかにこうなんだけど、情景に似合わない。「お嬢さんたちがどっと笑い出した」と訳してもおかしくないでしょう? その「おかしくない」のが気になります。お嬢さんに対する言葉と、農夫に対する言葉に違いがあるでしょう。


藤岡訳:

わたしがこういうと、農夫たちがげらげら笑い出した。サイラスはこの奇襲に怒り狂ってわたしを睨みつけた。ジョン・ジェイゴはすぐ冷静になって、帽子をとると、わたしに向かって最敬礼をした。
「これはこれはミスター・ルフランク、ここで騒ぎ立てるつもりは毛頭なかったのですが。まことにお恥ずかしい話です。お詫びします」

課題解題は以上ですが、ヨシノスケさん、モーモーさんの便りを掲げます。モーモーさんが言及している「もっと現場的に」という藤岡用語については、次回でくわしくおしゃべりします。

ヨシノスケさんの感想:
 ついにジェイゴも声を荒らげてきました。雰囲気を出すのが難しかったです。説明的にならないように、と何回も直していたら、原文と随分変わってしまったように思います。
 この口論の中では、サイラスのskin(前回)に対してジェイゴもskinを使ったり、business、 take care など同じ言葉を使って言い返しているようなので、訳でもこの掛け合いの感じを表現したかったのですが、どうにもたどたどしくなってしまいました。
 サイラスはステッキを2回 lift しました。
 1回目は、ジェイゴの言葉に頭にきて、思わずステッキを上げただけで、2回目は本当に殴ろうとして振りかざしたのだろうと解釈したのですが、いい表現が浮かびませんでした。英語では、同じ単語を繰り返して使用するのを避ける、と聞いたことがありますが、ここで同じ lift という単語を使っているのには、何か意図があったのでしょうか。
 会話が続いているとき、特に今回のように口論を訳すときは、気持ちが入り込み過ぎてしまうと、言葉が先に出てしまって意訳になりすぎてしまうし、冷静になると直訳になりすぎたり説明的になってしまったりして、その加減が難しいです。

モーモーさんの感想:
 前回のtext:26も反省点が多々あって、ほんとうに反省文を書いている中学生のような気分です。
 一番ひどいのは、"Naomi Colebrook is meat for your master!" の"meat"を"meant"と読み違えたことです。
 " be meant for" で、「~になるように予定されている」という意味だと思い、「そうか、いずれアンブローズと結婚するからナオミもご主人さまになるってことね」と勝手に思い込んでしまいました。何度も読んだはずなのに、ほんとうにお恥ずかしい限りです。

 言葉づかいも、こうして改めて読むと何だか変な感じです。「あんた」が続くのもしつこいと思って、「おたく」に換えてみたり、年上らしさを出そうと、最後の語尾を「思わないでしょうな」と「な」にしてみたりしたのですが、工夫したつもりが、かえって不自然になってしまいました。
 先生のように流れるような会話にするには、やはり読書でしょうか? ヨシノスケさんも、とても語彙が豊富で上手に訳しておられますね。きっとたくさん本を読んでおられるのでしょうね。少しでも追いつけるよう、わたしも頑張りたいと思います。 

 先生からいただいたコメントの中の「もっと現場的に」という言葉に、はっとしました。以前公開講座のバックナンバーを読みなおしていたときにも、「これを現場的に訳すと」という言葉を見つけて、普段聞きなれない言葉だけれど、翻訳の場にはぴったりだなあと、印象に残っていました。
 「現場的に」――これをしっかり頭に入れて、課題に取り組んでいきたいです。(中略)でも、家事と介護という地味な日常の中で、翻訳の勉強が「生きがい」になっているのを感じます。そういえば、『WEBマガジン出版翻訳』の「今週のバックナンバー」は、先生の書かれた『生きがいとは』でしたね。
 たしかに、「生きがい」は人から与えられるものではないと思います。ずいぶん前に、精神科医の神谷美恵子さんの著作を続けて読んだことがありました。神谷さんは「生きがい」について研究しておられましたが、その中で、ひとりのハンセン氏病の患者が独学でフランス語を学び、一冊の本の、世に出るあてのない翻訳を毎日続けている、という話がありました。
 当時はまだ翻訳のことは頭にありませんでしたが、生きがいについて深く考えさせられ、いつまでも心に残るエピソードでした。はからずも、わたしも翻訳家を目指すようになり、こうして遅々とした歩みながら勉強を続けているのも、何か不思議な縁かもしれません。

―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――

本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。

応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。

手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。

英語圏以外の知られざる作品も

ドイツ語翻訳者のたかおまゆみさんの『ヤギ飼い少年 モニ』は、ヨハンナ・シュピリの隠れた名作です。「隠れた」というのは、『ハイジ』に隠れて、あまり一般には知られていない、といった意味ですが、そういった、英語以外の古典新訳も受け付けています。あなただけのとっておきの名作を発表しませんか?藤岡先生が的確なコメントとアドバイスをくださいます。藤岡先生によるフィードバックの一部をご紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさま、参考にしてください!

藤岡先生コメント(抜粋)

  • 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
  • (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
  • 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。

このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。

編集部記

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2010年6月28日号
(第4巻161号)