入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱
公開講座 プロになるぞ!! 第3期
第3回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』(第四章 その3)
――【text】をクリックするとテキスト全文が現われます――

藤岡啓介
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THE DEAD ALIVE
By Wilkie Collins
CHAPTER IV.
THE BEECHEN STICK.

モーズレーで忘れ物がありました

講座を進める前に、忘れ物が。「巻頭エッセー」で【回答】を呼びかけて、3月18日号の「番外」でとりあげた下記の課題文、後半を訳していなかったのです。いっぱし、講釈はしましたね。これがあの『西国立志編』を書いたスマイルズの著書から引用したもので、大発明家モーズレーの言葉ですよ、そういえば、このモーズレーやスマイルズのこと、いろいろと書いておきたいな……といったのでしたが、連休中、まさにぼくの生涯でありえなかった「休養」をとっていて、原稿を書く気にならぬままでいました。

もう大丈夫。今日5月10日は、新橋演舞場に駆けつけます。そうです。三月、四月と歌舞伎座の「御名残大歌舞伎」に飛んで行き、最後に団十郎、玉三郎が演じた『助六』を、所変わって演舞場で海老蔵、福助の若手で観ようという「元気」なんです。

さて、忘れ物。

――First, get a clear notion of what you desire to accomplish, and then in all probability you will succeed in doing it.

です。全文を訳すと、

――まず、自分がやりとげようと思っているのが何かをはっきり理解せよ。さすれば十中八九、自分の考えていることを成功させることができる。

上の訳で悪くはないのでしょうが、この言葉は機械技術発明家のモーズレーが弟子のネイスミスに語ったという言葉なのですね。もう少し現場的に訳すとどうなるかな。

――まずは、自分が手がけようとしていることをしっかりと見定めるんだな、そうすれば、成功の糸口がつかめるよ。

文法的にいうと、助動詞willは「推測」の「~するに十分である」です。probabilityがあるのだからそんなの当然ではないか、と咎めないでください。will, shall, can, may, must, should, wouldなどの助動詞・法助動詞の語法をその都度しっかりと理解しておかないと誤訳の元になります。横道ですが気がついたので、そこで、応用問題になるかな、法助動詞のmayに着目して、つぎの文章を訳してください。みなさん御存じのCobuildにある例文です。【この質問に答える】※この質問は締め切りました

――Any two persons may marry in Scotland provided that both persons are at least 16 years of age on the day of their marriage.

俗な言葉は筋が通らない

さて、講座です。海老蔵の助六を見てきました。いよいよ元気です。これほどの役者と同時代にいるなんて、幸せだな。ため息が出るほど「幸せ」です。

text:25

"Next time you go courting a young lady in secret," said Silas, "make sure that the moon goes down first, or wait for a cloudy sky. You were seen in the garden, Master Jago; and you may as well tell us the truth for once in a way. Did you find her open to persuasion, sir? Did she say 'Yes?'"

John Jago kept his temper.

解題:

go courting(女性に言い寄る, 口説く)、 go down(太陽、月が、没する、沈む)の成句があります。こういうのが作家の発想でしょうね。

the moon goes down first, or wait for a cloudy sky.:firstは「まずは」というところかな。意地悪なサイラスが「月が煌煌と辺りを照らすときは駄目だよ」といって、「それとも何だな、月のない夜でも待つんだな」。接続詞orは受験勉強で印象的だった「(前言に対する補足説明を導いて) …でなければ」。歌舞伎を観るなどというと、「闇があるから覚えておけ」という台詞が聞こえてくるような。「闇」という言葉は「闇市」「闇将軍」「闇カルテル」というと俗ですが、「闇討」「闇雲」「暗闇」「暗闇の丑松」とくると、ずいぶんと文学的ですね。

and you may as well tell us the truth for once in a way:「(見られたんだから仕方がない)今回だけは、本当のことをいったほうがいい」。as wellは「~した方がいい」。for onceは「今回だけは、たまには、一度くらいは」。in a wayは、「ある程度、いくぶん」。

こう並べても、品のないサイラスの言葉にするのは別のセンスだな。

――さあ、今度だけは本当のことを言った方がいいぞ。(モーモー)

――今回ばかりは本当のことを言ったほうがいいぞ。(ヨシノスケ)

二人とも品がいいし、論理的だな。俗な人間の俗な語りは、俗な言葉だけでは面白くない、ちょっと、理屈が通らないところが欲しい。

――なんだかだ、ぶちまけた方がいいじゃないかい。(藤岡)

とすると、どうですか、どこかサイラスになりませんか。ここで、Master Jagoと呼びかけがありますが、これは小馬鹿にしたいい方ですね。二人とも「ジェイゴの旦那」「ジェイゴさんよ」と上手く捉えています。Did she say 'Yes?'" では困りますね。ぼくは思い切って「イエス」としましたが、モーモーさんの「いいわ」も、ヨシノスケさんの「いい返事」、いずれもよかった。

モーモー訳:

「またこっそり若い女を誘い出すときは」とサイラスが言った。「ちゃんと月が沈んでからにするか、空が曇るのを待つんだな。庭にいるのが丸見えだったぜ、ジェイゴの旦那。さあ、今度だけは本当のことを言った方がいいぞ。ナオミは口説きやすかったか?『いいわ』って言ったのか?」

ジョン・ジェイゴは平静を保っていた。

藤岡コメント:

「ちゃんと月が沈んでからにするか、空が曇るのを待つんだな」。これではお行儀のいい文章になってしまった。「ちゃんと」はどうかな? 「空が曇る」もうるさいな。「丸見え」だと、ぼくなんかには久米の仙人の話になってしまう。

「平静を保っていた」も、「要再考」ですね。ヨシノスケさんの「我慢していた」の方がいいな。

ヨシノスケ訳:

「今度若いご婦人にこそこそ言い寄るときは、まず月が隠れていることを確認しておくんだな、隠れてなかったら雲がかかるまで待ってろ」サイラスは言った。「ジェイゴさんよ、お前は庭にいるところを見られてるんだ。今回ばかりは本当のことを言ったほうがいいぞ。簡単に口説けるとでも思ったのか?彼女はいい返事をしてくれたか?」

ジェイゴはじっと我慢していた。

藤岡コメント:

「まず月が隠れている」の「まず」だけど、「まずは」とするとどうだろう。「は」一文字で意味合いが変わって来ないかな?


藤岡訳:

「こんだ女の子にこちょこちょいいよるときは」とサイラスがいった。「まずはお月さまが沈んでからだな、さもなければ、曇った夜を待つんだ。庭にいるのを見ちゃったんだよ、ジェイゴさんよ。なんだかだ、ぶちまけた方がいいじゃないかい。口説きはうまいこといったんでしょうね。彼女『イエス』って答えたのかい」

ジョン・ジェイゴは我慢していた。

text:

"If you must have your joke, Mr. Silas," he said, quietly and firmly, "be pleased to joke on some other subject. You are quite wrong, sir, in what you suppose to have passed between the young lady and me."

Silas turned about, and addressed himself ironically to the three laborers.

解題:

「冗談もほどほどに願いますよ」という落語の言い回しが出てきますね。ロンドンじゃない、江戸じゃない、新天地アメリカの片田舎だから、それにしてもコリンズの英語は品がいい、訳すのが難しいですね。

モーモー訳:

「ミスター・サイラス、どうしても冗談をおっしゃりたいのなら、だれか別の人でやってくれませんか」ジェイゴは、穏やかに、落ち着いた声でこう言った。「ナオミとわたしの間に何か起こったと思うなんて、まったく勘違いも甚だしいですよ」

サイラスは振り向いて、三人の農夫たちに皮肉っぽく話しかけた。

ヨシノスケ訳:

「今度若いご婦人にこそこそ言い寄るときは、まず月が隠れていることを確認しておくんだな、隠れてなかったら雲がかかるまで待ってろ」サイラスは言った。「ジェイゴさんよ、お前は庭にいるところを見られてるんだ。今回ばかりは本当のことを言ったほうがいいぞ。簡単に口説けるとでも思ったのか?彼女はいい返事をしてくれたか?」

サイラスは振り返り、三人の農夫たちに向って皮肉たっぷり話しかけた。


藤岡訳:

「どうしても冗談をいいたいなら、ミスター・サイラス」と、穏やかだが確固とした口調でいった。「なにか他のネタで願いたいな。まったくのお門違いですね。あのお嬢さんとわたしの間で何かあったと思っているのでしょうが、残念だったな」

サイラスは振り向いて、三人の男たちに皮肉っぽく声をかけた。

text:

"You hear him, boys? He can't tell the truth, try him as you may. He wasn't making love to Naomi in the garden last night--oh dear, no! He has had one wife already; and he knows better than to take the yoke on his shoulders for the second time!"

Greatly to my surprise, John Jago met this clumsy jesting with a formal and serious reply.

解題:

He has had one wife already; and he knows better than to take the yoke on his shoulders for the second time!":彼は、すでに一人の(だれとははっきりいえないがだれか、ある)妻をもっていた。そして、彼は知っている(分かっている)、二度目に、自分の肩にくびきをかけるのがよくないことを(するほどバカじゃない)。

know better than to では、know better than to quarrel(喧嘩するようなバカではない)の例文がありますね。

状態動詞という動詞があるのも知っておかねば

もうずいぶん以前のことですが、早稲田大学の教育学部大学院の院生たちに翻訳の仕事を頼んだことがあります。このとき、動詞knowの対応語を吟味しているとき「状態動詞なんだから……」とつぶやいていたのを聞いたことがあります。上記で動詞knowを「知っている、分かっている」としていますが、この「……いる」の動詞です。彼はこの「いる」の英語を研究していました。

「知る」と「知っている」との違いを日本語の文法で説明すると、【動詞の連用形に助詞「て」の付いた形を受ける。主体の動きが継続・進行中であること】(大辞林、文法の記述でとくにすぐれた辞書です)とありますが、英文法では「状態動詞」といって、「知る」の意味ではlearn、あるいはfind outを使います。knowは状態が継続している意味なので、「学ぶ」ではないのですね。

――be, belong (to) , consist (of), contain, depend (on), deserve, differ, equal, exist, have, involve, own, possess, remain

などの動詞があります。(『表現のための実践ロイヤル英文法』綿貫陽、マーク・ピーターセン、旺文社、2006年)

ときには、知っている、分かっている、もっている、などの「いる動詞」を書きながら、これって学問なんだな、と考えるのもいいでしょう。翻訳者でなければ、なかなか思い至らない問題ですね。

ここで、モーモーさんが独り言。モーモーさん、クリスチャンだったのかな?

 「くびきを背負う」なんて、現代の日本の読者が読んで、ピンとくるでしょうか? わたし自身、見たことがありませんし……でも、この時代の、しかも農場で暮らしている人々にとっては、とてもしっくりくる言葉だったんでしょうね。また、聖書にも、「くびき」を使った有名な聖句があります。

「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和でこころのへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」(マタイ・11章28~30節)


 ですから、「くびきを負う」という言葉は、英米人なら今でも使うかもしれませんね。
 となると、これを残すべきかなと思いました。
「もう一度くびきを負って、女房の奴隷になるほど馬鹿じゃないとさ!」とか……。
 でも、これは喧嘩中のセリフなんですよね。とくにサイラスは気が立っているし、回りくどいセリフじゃおかしいかな、と考えて、結局「くびき」は、わたしの胸の中へしまい込みました。「くびき」さん、ごめんなさい。

ぼくは単純に日本語にしようとして上手くいかず、気障に「夫婦の縁」なんて「発明」をしてしまったけど、ヨシノスケさんの「二度も結婚しようなんて思うほど馬鹿じゃないだろう」がよかった。モーモーさんは「くびき=尻に敷かれる」としたけど、この言葉も古いんだろうな。

そしてモーひとつ、モーモーさんの感想です。

 “formal and serious reply” でも考えました。「きちんとしたまじめな返答で応じた」でいいかなと、はじめは思ったのですが、前回の講座で「語句・文節を『塊』として捉える」という先生のアドバイスを思い出し、一言で表せるいい言葉がないかと、考えてみました。
 (くそまじめな、まじめくさって、鯱鉾ばって……などなど)
 でも、いろいろこねくり回してるうちに原文から離れていきそうで、結局、これだ!という言葉は見つかりませんでした。

モーモー訳:

「おい、聞いたか? どうせ本当のことなんか言えっこないさ、いくらでも訊いてみな。昨夜ナオミに言い寄ってたんじゃなかったんだとよ――ああ、そうだろうとも! まえにも女房がいたからな、もう一度尻に敷かれるほど馬鹿じゃないとさ!」

するとまったく驚いたことに、ジョン・ジェイゴはこの下手な当てこすりに対して、威儀を正してまじめに答えた。

ヨシノスケ訳:

「聞いたか?あいつは本当のことが言えないんだ。おまえたち、好きなようにやっていいぞ。昨夜ナオミと庭にいたってのに、言い寄っていないだって?ふざけるな。昔は女房持ちだったんだからな。二度も結婚しようなんて思うほど馬鹿じゃないだろう」

わたしはとても驚いたのだが、このサイラスの人を傷つけるような冷やかしに対して、ジョン・ジェイゴはあらたまった調子で、生真面目に言葉を返した。


藤岡訳:

「おい、聞いたかい。奴はほんとのこといえないんだ。よかったら訊くんだな。昨日の夜庭でナオミとなにしていたんじゃないのかい……ちぇ、たまんないぜ。なにしろ奴は、一度は妻ってものもってたんだ。ふんばって、もういちど夫婦の縁(めおとのえにし)を結ぶほどの馬鹿じゃないんだ」

驚いたことに、ジョン・ジェイゴはこの当て擦りにあっても、しごくまともな返答をしていた。

―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――

本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。

応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。

手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。

英語圏以外の知られざる作品も

ドイツ語翻訳者のたかおまゆみさんの『ヤギ飼い少年 モニ』は、ヨハンナ・シュピリの隠れた名作です。「隠れた」というのは、『ハイジ』に隠れて、あまり一般には知られていない、といった意味ですが、そういった、英語以外の古典新訳も受け付けています。あなただけのとっておきの名作を発表しませんか?藤岡先生が的確なコメントとアドバイスをくださいます。藤岡先生によるフィードバックの一部をご紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさま、参考にしてください!

藤岡先生コメント(抜粋)

  • 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
  • (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
  • 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。

このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。

編集部記

2010年5月17日号
(第4巻155号)