藤岡啓介の翻訳玉手箱
公開講座 プロになるぞ!! 第3期
第2回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』(第四章 その2)
――【text】をクリックするとテキスト全文が現われます――
THE DEAD ALIVE
By Wilkie Collins
CHAPTER IV.
THE BEECHEN STICK.
いつまでコリンズなのかい、といわれそうですが、コリンズ、面白いですよ。推理小説の嚆矢といわれる『月長石』など長いものもいいのですが、コリンズの天才ぶりは短編にあるのではないかな。どの作品も「趣向を凝らし」ていて、モーパッサンの短編のように、あるいは古典落語のように、いくつかのパターンに分類できるのですが、テキストの『死者は生きていた』は珍しい「冤罪もの」です。新弟子を迎えて、物語もいよいよ佳境に入るところです。これまでの四人の先輩たちの勉強あってのこの「第三期」です。ヨシノスケさん、モーモーさんのコメント、ご覧のように悩んだり決断したり……
二人とも、コリンズを含めてヴィクトリア時代の文学を猛勉強中だというから、それだけでも、今回の入門は意味があったな。でも、100冊の本を読んで身につくのは1冊ていど。これが200冊になると10冊は大丈夫かな。1000冊になれば500冊分は理解でき読んだことになる。10000冊のレベルなら、もう読まなくても分かっちゃうだろうな。原書の話でもあるけど、これ、司馬遼太郎を読んでいて悟ったこと。
「は」か「が」か?
text:24-1
PERSONS of sensitive, nervous temperament, sleeping for the first time in a strange house, and in a bed that is new to them, must make up their minds to pass a wakeful night. My first night at Morwick Farm was no exception to this rule. The little sleep I had was broken and disturbed by dreams. Toward six o'clock in the morning, my bed became unendurable to me. The sun was shining in brightly at the window. I determined to try the reviving influence of a stroll in the fresh morning air.
解題:
Persons of sensitive, nervous temperament, sleeping for the first time in a strange house, and in a bed that is new to them, must make up their minds to pass a wakeful night. :
この文章、受験勉強の高校生が喜ぶかな。大きな名詞句がある、-ing語がある、分詞構文だ、
えーと、
主語が、PERSONS of sensitive, nervous temperament,(人々、神経質な、臆病な気質の人々)で、述語の動詞がmust make up their minds(覚悟しなければならない)、to pass a wakeful nightは、動詞make upにかかる副詞句だ。(恐ろしい一夜を過ごすべく、覚悟しなければ……)
といった具合に原文を読んで、
分詞構文は、「見知らぬ家で、そして、自分たちにとって新しいベッドで、初めて眠るとしたら」でいいだろう。分詞構文とは-ingが「動詞と接続詞」兼ねた働きをする。ここで接続詞は何だ? 文脈からいえば、「……寝るのであるのだから」か。では、接続詞はasか。
こうした読み方をすると、文章の解釈で迷うことはないようです。
しかも、最近復刻された名著『山崎貞 新自修英文典』(研究社、2008年)があれば、文法に弱いといわれる帰国子女でも、翻訳者に必要な英文法が理解できるし。
さて、こんな具合に講釈すると、新弟子のモーモーさん、ヨシノスケさん、冗談じゃない、悩みはそんなところにあるのではない、「直訳してみたら、堅苦しくて読みにくい文章になってしまい、でも、読みやすく直そうとしたら、だらだら長くなって、冷や汗が出そうでした」(モーモー)だったようです。
そうですね。上記の訳文を「翻訳以前さん」として並べてみます。
翻訳以前さん:
人々、神経質な、臆病な気質の人々は、見知らぬ家で、そして、自分たちにとって新しいベッドで、初めて眠るのであるのだから、恐ろしい一夜を過ごすべく、覚悟しなければならない。
一応、日本語になっていますが、これでは英文科の原書講読の教室のようですね。本誌の読者の100人のうち95人が、一見して、頭の中で上記のような「読解」をしているでしょう。でも、ここからが「翻訳」なんですね。「頭の中」から文字に打ち出すのは容易ではありません。
ヨシノスケ訳:
繊細で神経質な人間は、見も知らぬ家でいつもとは違うベッドにはじめて寝るとき、眠れぬ一夜を過ごす覚悟をきめなければならない。
「人間は」の「は」で文章を決めている。
モーモー訳:
敏感で神経質なたちの人間が、他人の家で、しかも慣れないベッドに初めて寝ようと思ったら、まずその夜は眠れないと覚悟したほうがいい。
「人間が」の「が」で文章を決めている。
藤岡訳:
神経質で、なにかにつけ臆病な気質の者が、他人様の家に初めて泊り、慣れないベッドで寝るとしたら、眠れぬ夜を過ごすと覚悟しなければならない。
「なにかにつけ」で「だれも」を示す。
面白いですね。同じ英文が、三つの、それぞれに特色のある訳文になっています。文章の「特色」というとなんでしょう。語彙かな。たしかに語彙、それも形容詞、副詞で翻訳者の使い癖(文体、というほどの特徴ではなく)が現れます。でも、この文章の訳文全体でみると、主語を受ける格助詞が、「は」であるか「が」であるかで響きが違った文章になっていきます。
原文の主語がpersonsとあるので、「人間」でいいのですが、これは「普通一般に」「だれでも思い当たるであろうが」という、とくに「誰」であるかを特定しないいい方です。したがって、「……な人間は」と訳すと、論理は通っているけど面白味が欠ける文にならないかな。モーモー訳では「人間が」としていますが、「が」のおかげで定義っぽさが抜けています。
文章では、上のような評価があって、その次に語彙・表記に移りますね。
等価等量の翻訳
sensitive, nervous temperamentとは、コリンズも意地悪ですね。英和辞典でみれば、どちらの語にも「神経質な」という対応語があります。藤岡訳では「神経質で、なにかにつけ臆病な気質」とし、しかも神経質、臆病と語順を変え、おまけに「なにかにつけ」と余計な言葉を加えています。
sensitiveは「気遣いがある、神経過敏である」、nervousは「神経質な、臆病な」を意味していますから、この小説の情景から読むと、どういうことになるのでしょう。ロンドンで新進弁護士として華やかに活躍していた青年が、過労で倒れた、直ちに転地療法をしろといわれてアメリカの親戚の家に厄介になることになった、そこに暮らす一家の人間関係はぎすぎすしていて、薄気味悪い、不気味な雰囲気がある、そういった家で転地療法第1日目を過ごすことになるのだが――Persons of sensitive, nervous temperamentとあるのは、「主人公は薄気味悪い思い」をしているんですね。訳文で「敏感」「神経質」と漢語を二つ並べただけでは面白くない。「なにかにつけ」が最適とはいわなくても、
sensitive, nervous temperament
神経質で、なにかにつけ臆病な気質
と並べてみると、語句の長さが同じになっています。英語の読者も日本語の読者も、同じスピードで脳細胞を働かせ、読みとっていきますね。ことさらに同じ文字列にしようと考えることではないのですが、作家と同じような気分になって訳していくと、上のようになることがあります。これを等価等量の翻訳といいます。(英語の場合に限るようです。とくに工業英語で、フォントの大きさ、一行の文字数設定を同一にしたときに「等価等量」の訳文が生まれてきます。1パラグラフが10行くらいの文章だと、プラマイ1行で収まります。「等量」から大いに外れるとすれば、カタカナ語が多い、記号:;― などが多用されているなどの、外れるだけの理由があります。)
My first night at Morwick Farm:「モーウィック農場で過ごしたわたしの第一夜」がいいでしょう。「初夜」も「最初の夜」も落ち着かない。
no exception to this rule:this ruleは日本語でいえば「枕が変わると眠れない」という「道理=通説=法則」ですね。「流暢な翻訳」をごてごて論じると、ここはもう「訳し込んで」、「法則」なんて野暮な言葉は使わない、ということになりますが、いつも「流暢」だ「野暮」だいっていると、訳出に窮することがあります。
The little sleep I had was broken and disturbed by dreams.:わたしがもったほとんどない眠りは、夢々によって壊されたり乱されたりした――これでは「翻訳以前」ですね。
ヨシノスケさんが、
――ほとんど眠れず、やっと訪れた眠りも、いくつも夢を見るせいですぐに覚めてしまうのだった。
モーモーさんが、
――ほんの少し寝入ったと思ってもすぐ目が覚めたり、夢にうなされたりした。
と訳しているけど、どうかな、二人とも張り切りすぎて「流暢」すぎるな。よくいえば、翻訳ものでなく、お行儀のいい女流作家の小説のようかな。こう訳していくと、どこかで躓き、ボロが出てきそうだな。英訳の得意なひとにこの二人の訳文を翻訳してもらうと、コリンズの原文とずいぶんと離れた英文になりそう。
ここでのキーワードは動詞のbreak、disturbだけど、「目覚める」「うなされる」という言葉とは違うな。
――眠りは浅く、うとうとしては夢に乱されていた。
と、あっさりした方が疲れないな。だれが疲れるの? そりゃ、もちろん翻訳者だ。でも、読者も案外「野暮」に納得するかもしれないな。
Toward six o'clock in the morning, my bed became unendurable to me.:六時に向かって、朝に、わたしのベッドはわたしにとって我慢できなくなった。
コリンズさん、ここはあまりにも英語的な発想で、残念ながら「野暮」すぎて日本語にならない。日本語の発想にとらわれたいのはtowardですね。二人とも上手に訳しています。
――朝の六時ごろになると、そうしてベッドの中にいることに耐えられなくなってきた。(ヨシノスケ)
――朝の六時頃には、もうベッドにいるのが耐えられなくなった。(モーモー)
――朝の六時になろうというとき、もう寝てはいられなくなった。(藤岡)
青マーカーは上手く訳したところ、赤マーカーはレフリーが「レッドカード」を出したところ。藤岡先生お得意のコメント、「要再考」なんだけど、気がついたかな? 二人とも、「ベッドの中に」「ベッドにいる」とbedを捉えているけど、日本語の表現では要らない。こういうとき、昔の大人は、無くて丁度いいな、と言っていたっけ。
The sun was shining in brightly at the window. I determined to try the reviving influence of a stroll in the fresh morning air.:太陽は、窓のところで、明るく輝いて入り込んでいた。わたしは決意した、散歩のもつ、意識を回復させる作用を試そうと、新鮮な朝の空気の中で(散歩)。
文節ごとに訳語を与えると、上のようになります。パソコンのおかげで、容易にこれら七つの文節を組み合わせることができます。訳書がたくさんある大先生の翻訳でも、訳語の語順が前後して意味がとりにくいときがあります。ああ先生、受験英語のレベルでもう一度解読すればいいのにな、読点ひとつを上手にふればいいのに、読み返していないな、と思ってしまいます。「文節区切り対訳法」は文章を構築する上できわめて大切です。
ヨシノスケさんは、
――窓には日がまぶしく差し込んでいる。わたしは朝の新鮮な空気の中、散歩をして英気を養うことにした。
と訳したのですが、ここで、ヨシノスケさんのコメントがあります。
ヨシノスケ・コメント:
the reviving influence of a stroll. reviving を「英気を養う」としたのはちょっと大げさすぎるような気もします。類語辞典では、refresh と同義とありましたので、「気分転換に行く」くらいの軽い意味でよかったのかな、とも思います。
たしかに迷っただろうな。influenceは「power=力」ですね。普通は「影響力」で使っていますが、「働き、作用」がいいときがあります。上記の逐語訳で「意識を回復させる作用を試そうと」としましたが、ぼくが考えたのはinfluenceで、ヨシノスケさんはreviving。同じところといえばそうなんですが、ぼくの発想には「英気」が出てこなかった。こだわり方が違いましたね。「不愉快だった一夜の思い」を払しょくするとき、「英気を養う」というかな。まだ「気分転換に行く」のほうがよかった。
モーモーさんの、
――窓からは、まぶしい朝日がさんさんと降りそそいでいる。朝の新鮮な空気を吸いながら散歩すれば、生き返るかもしれないと思い、ためしてみることにした。
こちらが素直だな。「空気を吸いながら」は駄目、訳文で動詞を補うときは慎重に。藤岡訳は、
――窓からさんさんと朝の光が差し込んできて、さわやかな朝の大気の中で、活力回復の散歩をやってみようと思った。
どうかな。少し気取ってしまったな。「活力回復」なんて漢字語あるのかな、と叱られそうですが、たまには自分の言葉を作ってもいいですね。
語句・文節を「塊り」として捉える
この調子で講釈をすると、まだまだ(だらだら)誌面(画面)が必要になります。そうなると、ヨシノスケさんとモーモーさんの他に読者がいなくなる。ここで、後半ははしょります。
いずれにしても翻訳の解題は不十分なものです。講座ものはえてして講師の独演会、自分に都合のいいことばかり挙げ連ねます。この公開講座ではそういうことのないよう心しているのですが、そうすればおしゃべりが多くなって……。困ったな。
text:24-2
Just as I got out of bed, I heard footsteps and voices under my window.
The footsteps stopped, and the voices became recognizable. I had passed the night with my window open; I was able, without exciting notice from below, to look out.
The persons beneath me were Silas Meadowcroft, John Jago, and three strangers, whose dress and appearance indicated plainly enough that they were laborers on the farm. Silas was swinging a stout beechen stick in his hand, and was speaking to Jago, coarsely and insolently enough, of his moonlight meeting with Naomi on the previous night.
解題:
ヨシノスケさん、モーモーさんがうまい具合にコメントを寄せています。
ヨシノスケ・コメント:
without exciting notice from below:「興奮させるような注目なしに、窓の下にいた人たちから」と直訳で考えました。下にいる者が見られていることに気付いて興奮してしまうこともなく、と解釈したのですが、ちょっと強引すぎたような気もします。
without notice from below なら「下の人に気付かれずに」となると思うのですが、exciting の修飾がうまくできませんでした。「下にいる人たちに気付かれて刺激することなく」では説明的すぎると思ったので、「気付かれて」という部分を省略しました。
たしかに、excitingは難しい。動詞exciteで考えると「好奇心を呼び起こす、そそる」だから、noticeもふくめれば、「わざわざ窓の下にいる者たちの注意を引くまでもなく」というニュアンスになりそうです。「わざわざ」という発想があると語感がつかめるのですが、どうかな。
モーモー・コメント:
訳語を選ぶときも、とても迷いました。たとえば、appearance ですが、「風貌」にしましたが、その前にdressがあるので、「顔つき」だけにした方がいいかなとも思いました。でも、作者は全体の感じを言いたいのかも知れないと考えて「風貌」にしたのですが、今でも迷っています。
coarselyもinsolentlyも、辞書には訳語がいっぱい載っていて(coarselyは粗野、下品、みだら、insolentlyは横柄、生意気、無礼、傲慢などを見つけました)、どれを選べばいいか迷うばかりでした。自分の力の無さを実感するばかりの課題訳になってしまいましたが、もう締め切りもじわじわと迫ってきましたので、思い切って送らせていただきます。どうかよろしくお願いいたします。
だれでも、モーモーさんと同じように悩むでしょうね。ぼくは「人相風体」とまるで漱石の時代のような言葉を選びましたが、「dress=服装」を強いて訳さずともいいのではないか、whose dress and appearance indicated plainly enough that……を「ひとつの塊り」として読むと、最適訳ではないけど、「人相風体」という面白い日本語表現が出てきます。
それからcoarsely and insolently enoughも同じですね。コリンズがジェイゴの口調を強調しています。ばらばらに訳さず、藤岡訳は、
――サイラスは頑丈そうなブナのステッキを手にもって振り回し、ジェイゴに向かい、昨夜ナオミと月夜の密談があったようだが、いったい何だったんだ、と粗野な言葉で問いただしていた。
「いったい何だったんだ」と乱暴な言葉の文節を挿入して、原文とは異なる構文で訳しました。こうした翻訳法もあっていいでしょう。この場合、括弧「」は不要です。
そうそう、ヨシノスケさんがindicated plainly enough that…と用いられるときのplainly やenoughが悩ましい、といっていましたが、これも、塊り、として訳せばいいでしょう。じゃ、何なの? それは次の三人の訳文で。
話が緊張してくると、訳文も緊張して……
ヨシノスケ訳:
ベッドから起き上がったちょうどそのとき、窓の下に足音と話し声が聞こえた。
足音が止むと、声の主がはっきりとしてきた。わたしは夜の間窓を開けたままにしていたので、下にいる人たちを刺激することなく覗き見ることができた。
そこにいたのは、サイラスとジョン・ジェイゴ、それに見たことのない者が三人。三人は服装や外見から判断して、この農場で働く労働者であることに間違いないだろう。サイラスは手に持った頑丈そうなブナ材のステッキを振り回しながら、ひどく荒っぽい横柄な態度で、前の晩、月明かりの中でナオミと話をしていたことについて、ジェイゴに問い質していた。
モーモー訳:
ベッドから出たとたん、窓の下で何人かの足音と声がした。
足音が止むと、声がはっきり聞こえてきた。昨夜はずっと窓を開けたままだったので、下にいる人たちに気づかれずに覗くことができた。
窓の下にいたのは、サイラス・メドウクラフトとジョン・ジェイゴ、そして三人の知らない男たちだった。その三人は、服装や風貌からみて、農場の農夫たちに違いない。サイラスは、頑丈なブナ材のステッキを手に持って振り回していた。そしてジェイゴに、昨夜月明かりのもとでナオミと会っていたことを、ずいぶん荒っぽく生意気な口調で問いつめていた。
藤岡訳:
ちょうどベッドを離れたとき、窓の下で足音がして話声が聞こえた。
足音がとまり、話が聞きとれた。夜通し窓を開けておいたので、下にいる者たちに気づかれずに外の様子が見えた。
窓の下にいたのは、サイラス・メドウクロフトとジョン・ジェイゴ、それに三人の男たちで、人相風体からみて、明らかにこの農場で働いている農夫たちと思えた。サイラスは頑丈そうなブナのステッキを手にもって振り回し、ジェイゴに向かい、昨夜ナオミと月夜の密談があったようだが、いったい何だったんだ、と乱暴に問いただしていた。
三つの訳文、読み比べると面白いですよ。「いよいよ事件になるぞ」と翻訳者も緊張しています。文字数を見ると、上から「270字」「252字」「238字」。少しの違いですが、緊張すると文章がしまってくる(文字数が少なくなる)はずです。
―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。
応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。
手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。
英語圏以外の知られざる作品も
ドイツ語翻訳者のたかおまゆみさんの『ヤギ飼い少年 モニ』は、ヨハンナ・シュピリの隠れた名作です。「隠れた」というのは、『ハイジ』に隠れて、あまり一般には知られていない、といった意味ですが、そういった、英語以外の古典新訳も受け付けています。あなただけのとっておきの名作を発表しませんか?藤岡先生が的確なコメントとアドバイスをくださいます。藤岡先生によるフィードバックの一部をご紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさま、参考にしてください!
藤岡先生コメント(抜粋)
- 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
- (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
- 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。
このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。
編集部記
(第4巻151号)




























