藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第3回
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文章を読む、自分で書く、自他の文章を評価する
この公開講座も第3回になりました。「眠り姫」「ビュシーノ」の二人の名前がいつのまにか方々の翻訳講座の先生たちに使われて「これじゃまだ眠り姫だな」とか「ビュシーノさんだったらもっとましに訳すよ」と言われているようです。いやいや、それだけではありません。去る6月13日の「洋書の森」開設一周年記念パーティーに初めて参加したぼくのお弟子さんが二人いたのですが、初々しく振舞っていたのが目を引いたのか、「あの眠り姫さんたち、あなた方なの?と声をかけられた、それも一人二人じゃありません、眼が合うとすぐ言われました」と訴えてきたから、意外と人気があるようです。
張り切らなければ。
さて、前回同様、ます二人の課題訳を掲げます。テキストの原文は本講座予告編にのせています。翻訳は「文章を評価する」ことから始まります。英文を解釈して日本語に書き改める作業も「評価する」ことだし、自分の文章を推敲するのも「評価する」とこです。したがって、今皆さんがこうして読んでいる講座は「文章を評価する基準を高める目的」で書かれたものです。そのためにはあらゆる文章を読む、自分で書く、自他の文章を評価する――この作業を繰り返していかなければなりません。眠り姫さん、ビュシーノさん、三回目の課題挑戦ですが、はたして勉強の成果が上がっているかしら、それともまだまだ迷宮にさ迷っているかな。(プリントにとって、気のついたことを赤字で書き込んでおき、それから解題、藤岡訳に進んでください。)
眠り姫訳
心に特別な目的を持って船での旅なら一番と、私はアメリカ行きの旅行を選んでいました。私の母の親族が何年も前からアメリカに移住しており、農場経営者としてそこで成功していたのです。大西洋を渡っていた時はいつでも親戚は自分達を訪ねる世間一般の招待状を私に渡していました。私が思っていたように、医者の判断が宣告していた「休息」という名のもとで、何もしない長い期間が、親戚を訪ね、このようにアメリカへの旅行を経験すること以外にどう考えてもさらに楽しくなるはずがない。ニューヨークでのつかの間の滞在の後、鉄道でモルウィック農場の私のおもてなし役のアイザック・メドウクロフト氏の邸宅に向けて出発しました。
アメリカにおいて創造上には、最も壮大な自然の風景が多少ある。アメリカのいくつかの州では、地球が示せる何かのように平地で、単調で旅行者にとってつまらないような景色もまた、精神的に良いコントラストのつもりで発見されている。 メドウクロフト氏の農場が定められていた田舎の地方は後者のカテゴリーにあてはまった。モルウィック駅のプラットフォームで車両から出た時、自分の周りを見回し、「私の場合、もし退屈で財産が保たれているのなら、目的のためにぴったりの場所を正確に選び出していたのだ」と私は独り言を言った。
ビュシーノ訳
数ある船旅の中でもアメリカ行きの航海を選んだのは、ある意図があったからだ。母方の親戚の一人が何年も前に合衆国へ移住しており、そこで農場を経営し成功していた。その人物からもし大西洋を渡ることがあればいつでも訪ねて欲しいと言われていたのだ。医者の見立てで取らざる得なくなった、休養という名の、仕事もせずにぶらぶらと過ごす長い月日は、この親戚を訪ね、そうしながらアメリカの地で何が出来るか様子を見ることが、精一杯の楽しい過ごし方ではないか、と考えたのだ。ニューヨークに短期間滞在した後、私を受け入れてくれるモーウィック農場のアイザック・メドウクロフト氏の住まいへと汽車で出発した。
この上もなく壮大な自然の景観がアメリカを形作る大地には存在している。その一方で連邦に所属するいくつかの州では、健全なる対照を織り成す為に、旅行者にとって地球上のどんな場所よりも平たんで、単調で、面白みのない景色も見ることが出来る。メドウクロフト氏の農場がある地域は後者に属していた。車両を出てモーウィック駅のホームに降り立った私は自分の周りを見回し、「体を回復させることが、私の場合、退屈するということなら、間違いなく正に目的どおりの場所を選んだわけだ」と、心の中でつぶやいた。
解題:
こうして課題を公開される二人も緊張するでしょうが、二人の訳文を比較しながら読む皆さんも緊張するはずです。細かく読んでみると、まるで別の語句、文章を訳したのではないかと思いませんか。異なっていても、それぞれに間違いでなければ、それぞれが正しい解釈をして個性的な翻訳をしているのなら、その異なりの様子を評価できるのですが、なかなか難しいですね。ふつうは、どちらかに(あるいは双方に)明らかな誤訳があるのです。翻訳講座は、そうした誤訳も正していかなければなりません。
I had chosen the voyage to America in preference to any other trip by sea, with a special object in view.:この文を分解すると、下記のようになります。
- I had chosen the voyage to America――わたしはアメリカへの航海を選んだ――主文。Voyageは長旅。
- in preference to any other trip by sea――他のどんな海での旅よりも優先して――副詞句、動詞chooseを修飾。名詞preferenceの動詞preferで書けば、prefer the voyage to America to any other trip by seaになります。tripは小旅行。前出のvoyageと対応させて大旅行、小旅行のニュアンスを生かすと面白い。
- with a special object――ある特別な目的をもって――副詞句。動詞chooseを修飾。
- in view実現しそうな――副詞句。形容詞specialを修飾。
となります。ここで眠り姫の訳文をみると、
――心に特別な目的を持って船での旅なら一番と、私はアメリカ行きの旅行を選んでいました。(眠り姫)
となりますが、どこか変です。「心に特別な目的を持って船での旅なら一番と」がおかしい。「特別な目的」と「船での旅」という二つの主題が一つの文章になっているのですね。普通はこうした文章では読点を打てば読みやすくなるのですが、眠り姫さん、どうですか?
――心に特別な目的を持って、船での旅ならアメリカ行きが一番と決めて
これなら読めそうですね。何がおかしかったのか? 「一番」です。何が一番で、その一番がどうしたのか? という前後の説明がないのです。誤訳があろうとあるまいと、因果関係があいまいな文章は読んでもらえません。
そして、眠り姫さん、今度は誤訳の問題。もちろん辞書を引いているのでしょうが、in preference toとin viewをきちんと理解していない、訳文に反映できていない。前回指摘したのだけど、眠り姫は「辞書を使っていない」のと同じだな。単語を全部引いても、文章にならないのは、辞書から適切な対応語を選べない、「翻訳だから」と思い込んで、自分でも不自然と思える訳文を残してしまうのだろう。翻訳であろうとなかろうと、まずは「正しい日本語」で文章を書かなければ。それがもし誤訳であってもいいじゃないか。原文に負けるなよ、頑張れ頑張れ、とエールを送りたいな。
ところで、同じ個所をビュシーノさんはどう訳したか?
――数ある船旅の中でもアメリカ行きの航海を選んだのは、ある意図があったからだ。(ビュシーノ)
そうか、「数ある……」か。数あるなんてくると、次郎長一家の子分達の顔が浮かんでくる。そりゃ先生、あんたが古いよ、そうさね、古いやね。その古いセンスがここにあるんだ? in preference to any other trip by seaをうまい具合に置き換えたんだが、これは「翻訳だから」と緊張しないで、もっと素直に訳していいところだな。「ある意図があった」もどうかな。自分の生涯の出来事を語るとき、あの行動には……という意図があった、と語るかしら。「意図」は悪い言葉じゃないけど、このように使うと「邪悪な狙い」のように思えてしまう。
というわけで、この一文の藤岡訳はつぎのように。
――わたしはアメリカ航路を選んだのだが、あちこちと船旅を重ねるよりも、アメリカ行きの大航海に期するものがあった。
この文章は、主人公が親戚のいるアメリカに渡る、しかも、自分の健康を取り戻すという決意をもって旅行する、という決意を述べているところ。自分にとって「一大決心だった」ということを訳出したい。
ところで、当時の人々にとって、大西洋を横断するアメリカ行きは「大航海、大旅行」でした。少し前ですがディケンズがアメリカに渡った時は、生きて帰れないことを予期していたといいます。また、この小説の拵えがアメリカの南部の田舎の話であることは、当時の読者にとって目新しい話なのですね。小説が情報の担い手でした。
と、ここまで調子よくまとめてきたのですが、ここで先月来の問題がふと浮かんできて、それも、藤岡訳に誤りがあることに気付きました。解題の続きは勝手ですが次回にして……
講座の解題を書き終えると、公開前に、真っ先にお弟子さん二人に送って、「何か質問があったら遠慮なく」と書き添えます。こうしたときビンビン反応があって質問攻めになると往生するのですが、今回はビュシーノさんから、次のような便りがありました。
――「テーブル」や「医者が話し終えるや」や「海風」は私なりの考えがあって訳した部分なので、何故そうしたか理由を聞いていただこうと思ったのですが何度か原稿を読んでいる内に納得できたので質問はありません。
これは気になる。結論としては藤岡訳で満足したようだが、どこをどのように納得したのかが分からない。読みようによっては藤岡訳もしょうがないな、この程度しか分かっていない、と叱られているようにもとれる。そこで「自問自答しないで、なにが問題だったか教えてください」といったら、次のような返事があった。張り切って囲み記事にしたのでご覧ください。
思い込みは誤訳のもと
「自問自答しないで」と言っていただいたので、先生のコメントで指摘された訳語をどうして選んだか説明させていただきます。(ビュシーノ)
desk, table
私も最初机が妥当だと思いましたし、辞書にも仕事台という意味があると書いてありました。ただ、最初卒倒したところでdeskと言っていたのに次の場面でtableを使ったのは何か意味があるのかなと考えてしまいました。ちょうどそのとき藤岡先生の『ミスター・リズモアと未亡人』を勉強していて、美しい家具が並んだビクトリア時代の夫人の居間を見たばかりだったので、弁護士事務所にも美しいしサイドテーブルがあってそこに関係書類を並べてあったのかしらと想像しました。
藤岡:ビュシーノさん、この弁護士のオフィスにdeskと、それとは別にtableがあると考えたのですね。原文の当該個所をとりだすと、下記のようになります。
text:01(第1回掲載)
So the doctor spoke, in my chambers in the Temple (London); having been sent for to see me about half an hour after I had alarmed my clerk by fainting at my desk.
text:02(第2回掲載)
"Rest!" I repeated, when my medical adviser had done. "My good friend, are you aware that it is term-time? The courts are sitting. Look at the briefs waiting for me on that table! Rest means ruin in my case."
明らかです。desk、tableの二つの家具があっておかしくない。藤岡訳は間違っていました。前者はものを書くときに使う、引き出しのある机、片袖、両袖、袖なし机、いずれでもいいのですが、desk(日本語では「机」)ですね。そして後者は、食事で、あるいはオフィスでの会議や接客なので使うテーブルtable(「卓」)なのですね。弁護士が会議用のテーブルの上に書類を積んでおく、と見ればいいのですね。
この小説で、テンプルにある弁護士のオフィスがこれからも現われてくるのであれば、つまりこのオフィスが小説の主要な舞台になるなら、作者のコリンズももっと細かな描写をしていたかもしれません。原文を素直に読んでいるビュシーノさんが正しく訳して、「テーブルに書類をゴテゴテ置くものか」という思い込みで「机の上を見てくださいよ」と訳した藤岡訳が落第でした。着るもの、置くもの、据えるもの、飲み食いするもの、作家がそれを混同したり軽々しく言い換えたりするはずはないですね。(ご免なさい、訂正してください。)
「休養ですか!」医者が話し終えるや……と訳しましたが
原文で、"Rest!" I repeated, when my medical adviser had done.とありますが、"Rest !"と強調しているところを、わたしなりに強調して訳そうとしました。医者は友達かもしれませんが私には主人公より年上に思えました。そのため「休養ですか!」と比較的丁寧な表現を選んだので、それを補おうとしました。(ビュシーノ)
藤岡:ぼくが問題にしたのは「~し終えるや」という表現でした。ビュシーノさんは年長の医者に対する主人公の「気持、態度」を、医者の診断に対する主人公の反発を、この単純な文章に訳し込もうとしたのですね。さて、どうかな。
「いなや、否や」は文法用語では「連語」で、「~すると直ちに、すぐに」という言葉です。それも現代文では古臭い語法になっています。対応する英語はas soon as。もし強調符!に主人公の気持ちを込めるというなら、"Rest!" I repeatedでやっておかなければ。藤岡訳は、
「休養ですって!」、思わず繰り返してしまった。
としましたが、「~ですって」「思わず」と言葉を加えて訳しましたが、ここで処理すべきですね。
The ocean airを「海風」としたのは
子供の頃から「塩を含んだ海風は体に良い」と聞いていたような気がします。翻訳をする時日本人がなじみ易い表現、我々が日常使う表現はなんだろうと考えますが、それが行き過ぎると良くないのかもしれませんね。「外洋の空気」の方がスマートだし原文にぴったりです。(ビュシーノ)
藤岡:まずはぼくの「外洋の空気」を認めてくれてよかった。oceanという言葉から「洋」という漢字がすぐ浮かんでくるといいですね。ところで、「海風」ですが、「陸風」と対になっている言葉。気象情報で使うような言葉で医者が患者にいうときの語彙に入っているのかな。古い言葉で「海気(かいき)」はまだ使うかな。
ところで、言葉には故事来歴、諺、金言、比喩など、いろいろな意味と用法があります。優秀な翻訳者は日本語の辞書をよく使う、と言われています(皆さんが接触する編集者はとくに辞書に詳しい)。最近、素晴らしい日本語の辞書が出版されました。購入予定に入れておかなければ。
【この質問に答える】 始発、医師・医者について回答が寄せられました
回答1.my passage for America in the first steamerのthe first steamerは「始発」なんだと思います。もしそうでないなら、つまり「フィリップがとにかく急いで乗れる船」ということならfastest になりませんか?(ジャニス)
藤岡:まず「始発」という言葉、紛らわしいですね。神戸始発、横浜始発、というと神戸、横浜を起点としている、という意味で、ある日の一番早い時間に出発するのではないのですね。もちろん、後者の意味もあります。この小説の設定では、翌日一番早く出発するニューヨーク行きをつかまえて、ですね。これを「始発」というか「一番早い時間に」とするか。難しい。ジャニスさんの「とにかく急いで」という語感がいいな。
回答2.医者か医師か? 学研の現代新国語辞典を引いたら、次のように出ていました。医療と保健指導に従事する職業(の人)。医者。〔医者より公的ないい方〕(ジャニス)
回答3.やはり、医師の方が権威があって、医者はもっと庶民的で身近な存在なのでしょうか。(ぱんだこ)
藤岡:せっかく「医者よりも公的ないい方」まで分かったのですから、厚生労働省まで突入すると良かったですね。同省のホーム頁からも言葉の使用例は調べられますが、確実なのは直接電話して確認することです。医師と医者、医院と病院の違いは、それらの対応英語は? など丁寧に答えてくれます。辞書・事典を調べるのもいいのですが「帰国子女」などという妙な言葉も作っている厚労省です。こうした調べ方をするのも翻訳の芸の内です。ぜひ試みてください。
そして、【この質問に答える】で回答してください。


























