藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第2期第10回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』
この藤岡コメント:は一覧表で本文とは別に印刷できます。
読者参加を歓迎する【この質問に答える】も設けています。
当該個所の質問だけでなくどしどしご意見を寄せてください。
なお、“The Dead Alive”の原文は【text】をクリックすると現われます。
第一期で、第一章と第二章が終了しました。
藤岡先生の全訳はこちらです。
→ウィルキー・コリンズ作、藤岡啓介訳 『死者 は生きていた』 [PDF 版]
密談でした、よかった!
“The Dead Alive”も今回で第3章を完読、完訳しました。ガブガブさん、みかんみかんさん、何ヶ月になるかな、2009年の7月が第2期の始まりだから、もう8カ月の付き合いですね。ガブガブさんとは残念ながら直接の面談はないけど、みかんみかんさんとはWEB上だけでなく、この講座のおかげで、すっかり仲良しになっています。カブガブさん、なかなか「日常」から抜け出せないでしょうが、せっかく翻訳をするんだから、直接「師匠」と話した方が「翻訳出版」の夢が膨らむはずだな、ちょっと藤岡道場を覗いたら、お次は神楽坂の「洋書の森」、それと、本誌の発行元サン・フレアで編集の人たちと挨拶をすること。これから先10年かな、30年かな、翻訳をしたりエッセーを書くなら、その機会を与えてくれるのが編集。これくらいは予定した方がいい。傍の人には無駄と思える無駄を重ねて、やっと一人前になるんだから。どの仕事でもそうだろうけど、坐して果報を待つわけにはいかない。
ところで、text:23で、ガブガブさんが興味あるコメントを寄せてくれました。講釈をする前にまずは読んでみてください。
ガブガブコメント
今回のtext:23、全体に難しく感じました。
1.とくに冒頭の数行、false wretch、bitterやuglyをどう訳すか。(ナオミが、他の女性の容貌を醜いと言い切ってしまうって、どうなのよ? つまり魅力的に描かれているナオミに「あの人醜いから」と言わせることにどうしても(文化的?・倫理的?)抵抗を感じてしまう。そう言わせることが翻訳者としては正しいのだろうか?)
2.「猫っかぶり」をミス・メドウクロフトに使うには無理があるだろうか。30代くらいだと推察されるので、同性から見て使うのはアリと判断。
3.助動詞の処理にも悩みました(I could tell you such things!)。
4.charmingとチャーミングは意味がまったく同じだろうか、魅力的・魅惑的とするよりもチャーミングの方がここの語感に近いような。
5.最後の方、「密会」はダメかなあ。「月夜の話し合い」ではどうも舌足らずな感じ。会合じゃないし、密会以外思いつかない。meetingって以外と難しいですね。
ガブガブさんのコメントと順序が違いますが、まず第5項、第3章の章のタイトルになっているThe Moonlight Meetingが問題でした。ぼくはこれを「月夜にかわした話」としていたのですが、今回、この章を訳してみて、やはりこれで良かったなと、安堵しています。ここは「密議」「密会」 ではなく、「話」ですね。月夜の……とくると、言葉の相性がいいのかロマンチックな情景があって、「密会」が浮かんできます。たいていはその相性がいい「自然であること」を理由に問題がないのですが、この小説は作家コリンズがサスペンスものとして軽く書いたのではなく、英国でも話題になったアメリカの「冤罪事件」を可能な限り忠実にとりあげたものです。翻訳も、可能な限り「表現」に気を使わなければいけませんね。
第1項のugly。女性の容姿の美醜を女性翻訳者が表現する場合、といった、翻訳者の個人的な「場合」の話ではないようです。小説を書く作家にしても、それを翻訳する翻訳者にしても、男であろうと女であろうと、ガブガブさんが気がかりをみせた問題は共通しています。
たまたま、岡本綺堂の『半七捕物帳』を読んでいたら『川越次郎兵衛』の話で、
――お霜は二十七八、眼鼻立ちもみにくくなく、見るからに甲斐がいしそうな女であった。
という文章がありました。「醜い」でなくひらがな表記だと、いがいと軟らかく読めます。この文章だけでなく、小説には良くも悪くも女性の容貌を描写する箇所が数多くあります。翻訳ではuglyがあれば、「醜い、 見苦しい、無器量な、ぶかっこうな」(研究社 リーダーズ英和辞典第2版+プラス)を使います。これがさらに、暴力、犯罪の卑語・俗語が頻出する作品や、人種・性差別、身障者、ののしり語などがあると、人によっては「翻訳できない!」と尻込みするでしょう。いわゆるindescribable wordです。――ぼくがヴィクトリア朝の小説をテキストに選んでいる理由の一つが、慎みのある、社会道徳の規範がある社会を描いていて、たとえ犯罪者が登場していても、その行為・言葉に翻訳者が尻込みしないですむからです。
さて、話が飛びましたが、共通した感覚であるといったけど、このコリンズでガブガブさんが気遣いをみせるとは、少し繊細でありすぎはしないかな、過剰反応ではないかな、といいたいから。この場面とは逆に、醜女であると自認している女性が美女に「あんたは美人だからね」という言葉を投げつけることがあります。
これには翻訳者の「尻込み」はありませんね。読者のみなさん、あなただったら、このuglyをどのように訳しますか?【この質問に答える】(この2行をあなたの言葉で訳してください。Old as she is, Mr. Lefrank, and ugly as she is, she wouldn't object (if she could only make him ask her) to be John Jago's second wife. )
ガブガブさんのその他の項目は、解題の中で考えていきます。いつものように、まず今回のtext:23 です。本気で勉強するなら、ぜひともプリントをとり、自分の翻訳をしてください。今回の文字数だと、初訳に3時間はかかるかな。それから時間をおいて、推敲に1時間。ぼくの解題は2時間かな。合計6時間を1年間24回繰り返していけば、最低限、企画書に添える「本文訳」が訳せるでしょう。
text:23
"Of course it was. Ah! she has imposed on you as she imposes on everybody else. The false wretch! She is secretly at the bottom of half the bad feeling among the men. I am certain of it--she keeps Mr. Meadowcroft's mind bitter toward the boys. Old as she is, Mr. Lefrank, and ugly as she is, she wouldn't object (if she could only make him ask her) to be John Jago's second wife. No, sir; and she wouldn't break her heart if the boys were not left a stick or a stone on the farm when the father dies. I have watched her, and I know it. Ah! I could tell you such things! But there's no time now--it's close on ten o'clock; we must say good-night. I am right glad I have spoken to you, sir. I say again, at parting, what I have said already: Use your influence, pray use your influence, to soften them, and to make them ashamed of themselves, in this wicked house. We will have more talk about what you can do to-morrow, when you are shown over the farm. Say good-by now. Hark! there is ten striking! And look! here is John Jago stealing out again in the shadow of the tree! Good-night, friend Lefrank; and pleasant dreams."
With one hand she took mine, and pressed it cordially; with the other she pushed me away without ceremony in the direction of the house. A charming girl--an irresistible girl! I was nearly as bad as the boys. I declare, _I_ almost hated John Jago, too, as we crossed each other in the shadow of the tree.
Arrived at the glass door, I stopped and looked back at the gravelwalk.
They had met. I saw the two shadowy figures slowly pacing backward and forward in the moonlight, the woman a little in advance of the man. What was he saying to her? Why was he so anxious that not a word of it should be heard? Our presentiments are sometimes, in certain rare cases, the faithful prophecy of the future. A vague distrust of that moonlight meeting stealthily took a hold on my mind. "Will mischief come of it?" I asked myself as I closed the door and entered the house.
Mischief _did_ come of it. You shall hear how.
課題解題:
text:
"Of course it was. Ah! she has imposed on you as she imposes on everybody else. The false wretch! She is secretly at the bottom of half the bad feeling among the men. I am certain of it--she keeps Mr. Meadowcroft's mind bitter toward the boys.
原文にAh!とあるので、「ああ!」とします。でも、そうやると、「翻訳調だな」といわれます。日本人の発想に相槌を打ちながら話の尾にいつく話法で「もちろんよ」「それでね」はあっても、「ああ!」という発想はないでしょう。強いて選べば「ほんと」かな。これは「本当」でなく、仮名の「ほんと」です。
The false wretch!:「猫っかぶり」に対応するcatを含む成句なんかがあれば、問題なく「猫っかぶりの恥知らず」なんだけど、形容詞felineが「猫のような」と、意味で同じニュアンスをもっているようです。「猫の額」「猫の手」など、日本語には「猫」を使う常套語句があるけど、英語ではどうなんだろう。調べると論文が書けそうですね。いけない! 問題はfalseです。わが家には飼い猫チャコがいるので、falseには賛成できない。チャコには「偽り」も「不実」もありやしない。それが証拠に、ぼくの手はいつも彼女の爪攻撃を受けている。みかんみかんさんの「くわせもの」が近いかな。
She is secretly at the bottom of half the bad feeling among the men.:彼女は、ひそかに、原因である、……の半分だけ(原因である)、悪感情、男たちの間の。
ガブガブさんもみかんみかんさんも上手に訳しています。
Mr. Meadowcroft:人名です。ルフランクやナオミが厄介になっている屋敷の主です。「ミスター」をつけるのは当然なのですが、日本語になると、しかもそれが話の中に現れると、いやはや、と翻訳者、嘆きます。藤岡訳でその嘆きぶりをごらんください。
ガブガブ訳:
「もちろんそうよ。ああ! あの人ったら、みんなをだましたように、まんまとあなたのこともだましちゃったのね。猫っかぶりの恥知らずだわ! ここの男たちがいがみ合ってるのは、半分には彼女が陰で糸を引いてるからよ。間違いないわ、息子たちにたいする点が辛くなるようにミスター・メドウクロフトの心をあやつってるのよ。
みかんみかん訳:
「その通りよ。まったく、あのひとったら、あなたのこともまんまと騙していたのね。あのひとは誰でも騙してしまうの。とんだ食わせ者だわ!この家ではみなが憎しみあっているけれども、その元凶は彼女だと言っても言い過ぎじゃないのよ。はっきり言うと------ミスター・メドウクロフトが息子たちに不信感を募らせているのも、彼女の入れ知恵のせいなのよ。
藤岡コメント:
「まんまと」「いがみ合う」「食わせ者」「元凶」――ふたりとも、語彙が豊富です。こうして自由自在に自分の言葉を使えれば、もう一人前の物書きです。言葉が躍って、訳文の物理的分量が膨らんでしまった。
藤岡訳:
「そうなの、あの人のことよ。ほんとうに、みんな騙されているけど、あなたも同じなのね。とんでもない恥知らずだわ。ここの男連中がいがみ合っているのも、半分はあの人のせいよ。わたし、分かっているの。ご老体が息子たちに辛く当るよう、彼女が仕向けているのよ。
財産を残す、残さない、うまいいい方がありますよ
text:
Old as she is, Mr. Lefrank, and ugly as she is, she wouldn't object (if she could only make him ask her) to be John Jago's second wife. No, sir; and she wouldn't break her heart if the boys were not left a stick or a stone on the farm when the father dies. I have watched her, and I know it.
ガブガブ訳:
あの人、年もいってるでしょ、それに見た目も良くないから、ジョン・ジェイゴの後妻に納まることに異論はないはずよ、まあ彼にプロポーズさせることができたらの話だけど。そうに決まってるわ。そして父親の死に際に、弟たちが農場の財産をこれっぽっちも残してもらえなかったとしても、彼女の心はちっとも痛まないでしょうよ。わたし、あの人のことずっと見てきたからわかるの。
みかんみかん訳:
ミスター・ルフランク、聞いてちょうだい。あの齢で、しかも器量良しとはいえない彼女が、まんがいちジョン・ジェイゴに求婚されたとして彼の後妻になることを嫌がるかしら。答えは、いいえ、に決ってるわ、ミスター。それに、彼女というひとは、父親が死んだとき、たとえ二人の弟が農場の石ころひとつ、木切れ一本さえ遺産として受け取れなくても、ちっとも気が咎めないような人間なのよ。わたしはあのひとをずっと観察してきたから、だからわかるの。ええ、そう断言できるのよ。
藤岡コメント:
「財産を残す」の件で、文字どおりに「棒っきれひとつ石ころひとつ、何ひとつ残さなかった」とするか、「財産をこれっぽっちも残してもらえなかった」とするか。こういうときの常套句に「竈の灰まで何一つ残さずに」があるので、あれもこれも、と考えてしまいますね。英語で「真っ赤な顔をしている」というのを名訳ぶって「鍾馗の火事見舞い」としてはおかしい、ディケンズは鍾馗さまを知らなかったはずだ、といったことがあるけど(『翻訳は文化である』丸善ライブラリー)、笑いごとではないですね。毎日、「等価・等量」の翻訳を考え、文化人類学まで勉強しなければ駄目なんだから、翻訳者は因果な商売です。
藤岡訳:
あの人、もう年だわ。ね、そうでしょう、それにあんなこわい顔ですもの、ジョン・ジェイゴの後妻さんになったってご本人は満足よ。もっとも、彼にプロポーズさせるのが先決だけど。きっとそうなるわ。それに、ご老体が亡くなって、息子たちに棒っきれひとつ石ころひとつ、何ひとつ残さなかったとしても、お姉さまのミス・メドウクロフトは嘆き悲しむことなし、だわ。ずっと観察してきて、わたしには彼女がどういう人か分かったの。
text:
Ah! I could tell you such things! But there's no time now--it's close on ten o'clock; we must say good-night. I am right glad I have spoken to you, sir. I say again, at parting, what I have said already: Use your influence, pray use your influence, to soften them, and to make them ashamed of themselves, in this wicked house.
I could tell you such things!:わたしは、できた、あなたに、そうしたことどもを、告げることが(できた)。変ですね。これは婉曲語法。「嫌だわ、わたしこんなことお話してしまって」というのが山の手のお嬢さんのことばかな。でも、これはちゃきちゃきのアメリカ娘、どう訳そうか。カブガブさんの「われながら」の発想が良かった。みかんみかんさんは、ここらで電話でも入ったのかな、飛ばしてしまった。
ガブガブ訳:
ああ! われながらこんな話をよくあなたにできたものね! でももう時間がないわ。まもなく十時よ。わたしたちお休みを言わなくちゃ。あなたにお話できて本当に良かった。お別れに、もう一度改めて言わせて。あなたの影響力をふるってちょうだい。どうか、このひどい家で彼らの心をやわらげ、自分たちのことを恥ずかしく思えるように、あなたの力を貸してちょうだい。
みかんみかん訳:
あら、もう時間がないわ------そろそろ十時になるもの。おやすみを言わなくちゃ。お話できて本当によかったわ、ミスター。さよならを言う前に、もういちど、さっき頼んだことをあらためてお願いしたいの。どうか力を貸してちょうだい。お願いよ、あなたの力が必要なのよ、ミスター。このみじめな家のひとたちに争いを止めさせてほしいの。そして、彼らに反省をさせてほしいのよ。
藤岡コメント:
influenceにぞっとしますね。娘さんの会話に「影響力を行使する」はどうにもおかしい。といって、「力」かな、どうかな。ガブガブさんが、
お別れに、もう一度改めて言わせて。あなたの影響力をふるってちょうだい。
と訳しているけど、句読点を含めて上のようにできれば「影響力」という漢語も気にならない、上手な訳だな。みかんみかんさんの訳よりも迫力があるな。
藤岡訳:
あら、嫌だわ。あなたにこんなこと言うなんて。もう時間だわ。十時になるわ。お休みなさいをいわなければ。こうしてあなたに聞いてもらって、ほんとによかった。お別れに、繰り返すことになるけど、あなたの影響力で、お願いだわ、あなたに力を貸してほしいの、この邪悪渦巻く屋敷の中で、男共が、自分たちのこと恥ずかしいと気づくようにしてほしいの。あの人たちが融和というか、もっと穏やかになるように仕向けてほしいの。
text:
We will have more talk about what you can do to-morrow, when you are shown over the farm. Say good-by now. Hark! there is ten striking! And look! here is John Jago stealing out again in the shadow of the tree! Good-night, friend Lefrank; and pleasant dreams."
ガブガブ訳:
明日、農場を見せてもらうときに、あなたにできることをもっと話し合いましょう。そろそろお別れね。ほら! 十時の鐘だわ!それに見て!ジョン・ジェイゴがまたそうっと家を抜け出て、木陰に来てるわ!お休みなさい、ルフランク。楽しい夢を」
みかんみかん訳:
明日、牧場を案内しがてら、これからお手伝いしていただくことを詳しく打ち合わせましょう。じゃあ、おやすみなさい。ほら、時計が十時を打ったわ。見て、ジョン・ジェイゴよ。楡の木陰からまたも、いつのまにか現れてきたわ!おやすみなさい、ルフランクさん。よい夢を」
藤岡コメント:
みかんみかんさんの「……案内しがてら、これからお手伝いしていただくことを詳しく打ち合わせましょう」は駄目だな。ここは、「案内するとき、何をあなたにお願いしたいか、話すわ」がいい。結びの挨拶、このまま日本語では照れくさいな。
藤岡訳:
明日、農場を案内するとき、何をあなたにお願いしたいか、話すわ。今はもうお別れ。あら、十時がなっているわ。それにほら、ジョン・ジェイゴよ、家から滑り出てきて木陰に行くわ。お休みなさい、ルフランクさん、お休み」
text:
With one hand she took mine, and pressed it cordially; with the other she pushed me away without ceremony in the direction of the house. A charming girl--an irresistible girl! I was nearly as bad as the boys. I declare, _I_ almost hated John Jago, too, as we crossed each other in the shadow of the tree.
ガブガブ訳:
彼女は片手で私の手を取り、心をこめて握りしめたかと思うと、もう一方の手で私を家の方へと遠慮なしに押しやった。なんてチャーミングなんだろう、この娘(こ)には心惹かれずにはいられない! 私はといえば、兄弟たちと五十歩百歩のろくでなしだった。告白する。何を隠そうこの私も、木陰ですれ違いざま、ジョン・ジェイゴにほとんど憎悪の念を抱いたのだ。
みかんみかん訳:
彼女はいっぽうの手でわたしの手を優しく握り、もういっぽうの手でわたしを親しげに、そっと屋敷の方向へ押しやった。なんてかわいいんだ------最高にかわいらしい女性だ!わたしはというと、あの兄弟と似たり寄ったりの愚かものだった。白状しよう。このわたしも、楡の木陰でジョン・ジェイゴと相対したときには、彼に対して憎しみのようなものを感じていたのだ。
藤岡コメント:
たしかに「チャーミング」が似合いそうですね。「かわいい」もいいや。これが声に出す言葉なら二人の訳語を頂いてもいいけど、独り言、というか考えていること、感じていることなので、こういうときは思い切って漢語をつかってもいいでしょう。
I declare, _I_ almost hated John Jago:ここで人称代名詞I をイタリックにしています。「このわたしが」という強調です。hateは「憎む」ではあるけど、憎む原因は嫉妬でしょう。そうなると、「憎々しく思えた」がいいな。
藤岡訳:
こういうと、ナオミはわたしの手をとりやさしく握ってくれた。そして、もう一方の手でささっと屋敷の方に押しやるのだった。何と魅惑的な娘(こ)なんだろう。たまらない魅力だ。困った、これじゃあの息子たち兄弟と同じじゃないか。木陰でジョン・ジェイゴとすれ違ったのだが、わたしも、ジョン・ジェイゴが憎々しく思えたのだった。
text:
Arrived at the glass door, I stopped and looked back at the gravelwalk.
ガブガブ訳:
ガラス戸のところに着くと、私は立ち止まり、振り返って砂利道を見た。
みかんみかん訳:
屋敷のガラス扉の前まで来ると、わたしは立ち止まって砂利道のほうを振り返った。
藤岡訳:
ガラスのドアまでくると、立ち止り、砂利道の方を見た。
text:
They had met. I saw the two shadowy figures slowly pacing backward and forward in the moonlight, the woman a little in advance of the man. What was he saying to her? Why was he so anxious that not a word of it should be heard?
ガブガブ訳:
彼らは会っていた。月明かりの中で二つの薄ぼんやりした影が前後にゆっくり動くのが見えた。女の影が男のそれに少し先立っている。いったいやつは彼女に何の話をしてるんだろう? なんでまた、あれほどまでに話を人に聞かれたくなかったんだろう?
みかんみかん訳:
ふたりの姿が目に入った。月明かりに照らされて、影法師がふたつ、女のやや後ろに男がつき従うような形で、ゆっくりと行きつ戻りつしている。
あの男は彼女にどんな話をしているのだろう? あの男はナオミとの会話がひとことたりとも外に洩れないよう強く望んでいたけれども、それはなぜなんだろう?
藤岡訳:
二人が会っていた。月明かりの中を二つの影がゆっくりと行きつ戻りつしていた。女の影が男よりも少し前を行っていた。男は、彼女に何を話しているのだろうか? なぜに、男は話の漏れるのを嫌ったのだろうか?
text:
Our presentiments are sometimes, in certain rare cases, the faithful prophecy of the future. A vague distrust of that moonlight meeting stealthily took a hold on my mind. "Will mischief come of it?" I asked myself as I closed the door and entered the house.
Mischief _did_ come of it. You shall hear how.
ガブガブ訳:
時に、ごくまれだが、胸騒ぎというものは未来を正確に言い当てることがある。その夜の月明かりの密会について、漠然とした疑念が人知れず私の心にわだかまった。「これが元で災いが起きるのではないか?」ドアを閉め、家に入りしな、私は自分にそう問いかけた。
実際、そこから災いはやってきたのだ。いかにしてか、やがて読者は真相を知ることになるだろう。
みかんみかん訳:
虫の知らせというものは、ごくまれにとはいえ、見事に的中することがある。この月夜の密会について、表にこそ出さなかったが、わたしは漠とした不安を覚えていた。「のちのち災いの種になるかもしれないな」そうつぶやきながら、わたしは扉を閉めて屋敷に戻った。
災いは、はたして訪れた。それがどんなものだったのか、これからお聞かせしよう。
藤岡コメント:
presentiments、faithful prophecy、mischief、嫌ですね。「勝手にしろ!」とわめいちゃう。カブガブさんの「胸騒ぎ」、みかんみかんさんの「虫の知らせ」、いずれも「お見事!」
藤岡訳では「予感」「預言」と括弧で括っている、この先生、困るとわめいて括弧を持ち出すんだな。
藤岡訳:
そうめったにあることではないが、「予感」というものがある。未来を告げる「預言」といってもいいだろう。この月夜の密談で何が語られたのか、不信感がつのり、口には出せない疑念が残った。
「密談のせいで災いを招くことにならなければいいが」
こう呟き、ドアを閉めて家に入った。
この密談が、たしかに災いを招いた。それがどのように襲ってきたものなのか、これから物語るとしよう。
さて、ここでガブガブさん、みかんみかんさんへの「送る言葉」になりますが、次回3月1日号で。
ガブガブ訳:
「もちろんそうよ。ああ! あの人ったら、みんなをだましたように、まんまとあなたのこともだましちゃったのね。猫っかぶりの恥知らずだわ! ここの男たちがいがみ合ってるのは、半分には彼女が陰で糸を引いてるからよ。間違いないわ、息子たちにたいする点が辛くなるようにミスター・メドウクロフトの心をあやつってるのよ。あの人、年もいってるでしょ、それに見た目も良くないから、ジョン・ジェイゴの後妻に納まることに異論はないはずよ、まあ彼にプロポーズさせることができたらの話だけど。そうに決まってるわ。そして父親の死に際に、弟たちが農場の財産をこれっぽっちも残してもらえなかったとしても、彼女の心はちっとも痛まないでしょうよ。わたし、あの人のことずっと見てきたからわかるの。ああ! われながらこんな話をよくあなたにできたものね! でももう時間がないわ。まもなく十時よ。わたしたちお休みを言わなくちゃ。あなたにお話できて本当に良かった。お別れに、もう一度改めて言わせて。あなたの影響力をふるってちょうだい。どうか、このひどい家で彼らの心をやわらげ、自分たちのことを恥ずかしく思えるように、あなたの力を貸してちょうだい。明日、農場を見せてもらうときに、あなたにできることをもっと話し合いましょう。そろそろお別れね。ほら!十時の鐘だわ!それに見て!ジョン・ジェイゴがまたそうっと家を抜け出て、木陰に来てるわ! お休みなさい、ルフランク。楽しい夢を」
彼女は片手で私の手を取り、心をこめて握りしめたかと思うと、もう一方の手で私を家の方へと遠慮なしに押しやった。なんてチャーミングなんだろう、この娘(こ)には心惹かれずにはいられない! 私はといえば、兄弟たちと五十歩百歩のろくでなしだった。告白する。何を隠そうこの私も、木陰ですれ違いざま、ジョン・ジェイゴにほとんど憎悪の念を抱いたのだ。
ガラス戸のところに着くと、私は立ち止まり、振り返って砂利道を見た。
彼らは会っていた。月明かりの中で二つの薄ぼんやりした影が前後にゆっくり動くのが見えた。女の影が男のそれに少し先立っている。いったいやつは彼女に何の話をしてるんだろう? なんでまた、あれほどまでに話を人に聞かれたくなかったんだろう? 時に、ごくまれだが、胸騒ぎというものは未来を正確に言い当てることがある。その夜の月明かりの密会について、漠然とした疑念が人知れず私の心にわだかまった。「これが元で災いが起きるのではないか?」ドアを閉め、家に入りしな、私は自分にそう問いかけた。
実際、そこから災いはやってきたのだ。いかにしてか、やがて読者は真相を知ることになるだろう。
みかんみかん訳:
「その通りよ。まったく、あのひとったら、あなたのこともまんまと騙していたのね。あのひとは誰でも騙してしまうの。とんだ食わせ者だわ!この家ではみなが憎しみあっているけれども、その元凶は彼女だと言っても言い過ぎじゃないのよ。はっきり言うと------ミスター・メドウクロフトが息子たちに不信感を募らせているのも、彼女の入れ知恵のせいなのよ。ミスター・ルフランク、聞いてちょうだい。あの齢で、しかも器量良しとはいえない彼女が、まんがいちジョン・ジェイゴに求婚されたとして彼の後妻になることを嫌がるかしら。答えは、いいえ、に決まってるわ、ミスター。それに、彼女というひとは、父親が死んだとき、たとえ二人の弟が農場の石ころひとつ、木切れ一本さえ遺産として受け取れなくても、ちっとも気が咎めないような人間なのよ。わたしはあのひとをずっと観察してきたから、だからわかるの。ええ、そう断言できるのよ。あら、もう時間がないわ------そろそろ十時になるもの。おやすみを言わなくちゃ。お話できて本当によかったわ、ミスター。さよならを言う前に、もういちど、さっき頼んだことをあらためてお願いしたいの。どうか力を貸してちょうだい。お願いよ、あなたの力が必要なのよ、ミスター。このみじめな家のひとたちに争いを止めさせてほしいの。そして、彼らに反省をさせてほしいのよ。明日、牧場を案内しがてら、これからお手伝いしていただくことを詳しく打ち合わせましょう。じゃあ、おやすみなさい。ほら、時計が十時を打ったわ。見て、ジョン・ジェイゴよ。楡の木陰からまたも、いつのまにか現れてきたわ!おやすみなさい、ルフランクさん。よい夢を」
彼女はいっぽうの手でわたしの手を優しく握り、もういっぽうの手でわたしを親しげに、そっと屋敷の方向へ押しやった。なんてかわいいんだ------最高にかわいらしい女性だ!わたしはというと、あの兄弟と似たり寄ったりの愚かものだった。白状しよう。このわたしも、楡の木陰でジョン・ジェイゴと相対したときには、彼に対して憎しみのようなものを感じていたのだ。
屋敷のガラス扉の前まで来ると、わたしは立ち止まって砂利道のほうを振り返った。ふたりの姿が目に入った。月明かりに照らされて、影法師がふたつ、女のやや後ろに男がつき従うような形で、ゆっくりと行きつ戻りつしている。
あの男は彼女にどんな話をしているのだろう? あの男はナオミとの会話がひとことたりとも外に洩れないよう強く望んでいたけれども、それはなぜなんだろう? 虫の知らせというものは、ごくまれにとはいえ、見事に的中することがある。この月夜の密会について、表にこそ出さなかったが、わたしは漠とした不安を覚えていた。「のちのち災いの種になるかもしれないな」そうつぶやきながら、わたしは扉を閉めて屋敷に戻った。
災いは、はたして訪れた。それがどんなものだったのか、これからお聞かせしよう。
藤岡訳:
「そうなの、あの人のことよ。ほんとうに、みんな騙されているけど、あなたも同じなのね。とんでもない恥知らずだわ。ここの男連中がいがみ合っているのも、半分はあの人のせいよ。わたし、分かっているの。ご老体が息子たちに辛く当るよう、彼女が仕向けているのよ。あの人、もう年だわ。ね、そうでしょう、それにあんなこわい顔ですもの、ジョン・ジェイゴの後妻さんになったってご本人は満足よ。もっとも、彼にプロポーズさせるのが先決だけど。きっとそうなるわ。それに、ご老体が亡くなって、息子たちに棒っきれひとつ石ころひとつ、何ひとつ残さなかったとしても、お姉さまのミス・メドウクロフトは嘆き悲しむことなし、だわ。ずっと観察してきて、わたしには彼女がどういう人か分かったの。
彼女はいっぽうの手でわたしの手を優しく握り、もういっぽうの手でわたしを親しげに、そっと屋敷の方向へ押しやった。なんてかわいいんだ------最高にかわいらしい女性だ!わたしはというと、あの兄弟と似たり寄ったりの愚かものだった。白状しよう。このわたしも、楡の木陰でジョン・ジェイゴと相対したときには、彼に対して憎しみのようなものを感じていたのだ。
あら、嫌だわ。あなたにこんなこと言うなんて。もう時間だわ。十時になるわ。お休みなさいをいわなければ。こうしてあなたに聞いてもらって、ほんとによかった。お別れに、繰り返すことになるけど、あなたの影響力で、お願いだわ、あなたに力を貸してほしいの、この邪悪渦巻く屋敷の中で、男共が、自分たちのこと恥ずかしいと気づくようにしてほしいの。あの人たちが融和というか、もっと穏やかになるように仕向けてほしいの。
明日、農場を案内するとき、何をあなたにお願いしたいか、話すわ。今はもうお別れ。あら、十時がなっているわ。それにほら、ジョン・ジェイゴよ、家から滑り出てきて木陰に行くわ。お休みなさい、ルフランクさん、お休み」
こういうと、ナオミはわたしの手をとりやさしく握ってくれた。そして、もう一方の手でささっと屋敷の方に押しやるのだった。何と魅惑的な娘(こ)なんだろう。たまらない魅力だ。困った、これじゃあの息子たち兄弟と同じじゃないか。木陰でジョン・ジェイゴとすれ違ったのだが、わたしも、ジョン・ジェイゴが憎々しく思えたのだった。
ガラスのドアまでくると、立ち止り、砂利道の方を見た。
二人が会っていた。月明かりの中を二つの影がゆっくりと行きつ戻りつしていた。女の影が男よりも少し前を行っていた。男は、彼女に何を話しているのだろうか? なぜに、男は話の漏れるのを嫌ったのだろうか? そうめったにあることではないが、「予感」というものがある。未来を告げる「預言」といってもいいだろう。この月夜の密談で何が語られたのか、不信感がつのり、口には出せない疑念が残った。
「密談のせいで災いを招くことにならなければいいが」
こう呟き、ドアを閉めて家に入った。
この密談が、たしかに災いを招いた。それがどのように襲ってきたものなのか、これから物語るとしよう。
―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。
応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。
手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。
新企画、ぞくぞく
この欄でご紹介させていただいた北海道在住の「みゅうの母」さんこと佐藤志敦(さとうしのぶ)さんのバーネット夫人『わたしのロビン』。奥津絵葉さんの素敵な文章とともに掲載し、大変好評でした。みなさまも、あたためている企画がある、大好きな作家のわたしなりの新訳をした、など、発表したい作品があったら編集部までご連絡下さい。佐藤さんからは、次回作の企画書の提出もあり、今、一緒に練っているところです。また、他の方々からの企画書も検討中。『わたしの新訳』コーナーは、にぎやかになりそうです。翻訳したものがある、翻訳したからには誰かに読んでもらいたい、けど、自信がない、はずかしい…などと躊躇している方。心配しないで下さい。藤岡先生が的確なコメントとアドバイスをくださいます。
ここで、藤岡先生が佐藤さんに宛てたフィードバックの一部を紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさまに、参考にしていただければ幸いです。
藤岡先生コメント(抜粋)
- 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
- (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
- 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。
このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。
編集部記
(第4巻144号)




























