入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第2期第9回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』

藤岡啓介
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読者参加を歓迎する【この質問に答える】も設けています。
当該個所の質問だけでなくどしどしご意見を寄せてください。
なお、“The Dead Alive”の原文は【text】をクリックすると現われます。

第一期で、第一章と第二章が終了しました。
藤岡先生の全訳はこちらです。
ウィルキー・コリンズ作、藤岡啓介訳 『死者 は生きていた』 [PDF 版]

年頭、みかんみかんさん、憂える

講座をもっていて楽しいのは、受講者はもちろん、読者のみなさんから便りを頂くことです。

元気なみかんみかんさんが、年末でしたが、どこか憂いを含んだ文章で、つぎのような便りをくれました。これを年頭にもってくるのは妙かもしれないけど、皆さんといっしょに考える話題なんだから、とあえて「年頭に憂える」で掲げますね。それは「某雑誌の翻訳者座談会」で、

――翻訳ものは登場人物の名前を覚えるのがたいへんで、読みにくい

という読者の反応に対して、ある翻訳者が、

――これだけハードルを下げているのに、外国名だから登場人物の名前が覚えられないっていうのは、はっきり言って小説を読まない人の言いがかりだと思う。

と発言していることに、これはオカシイゾ、とみかんみかんさんが「考えた」ということです。(某雑誌とかある翻訳者が、などと気を持たせる書き方でご免なさい。どこでだれが、は本稿では遠慮しますね。きっと雰囲気から窺って、早川書房さんの雑誌でしょうね。)

みかんみかん:

通称ボブ、すなわち名前はロバート君くらい読者も覚えましょう、という主旨です。そのすぐ後に別の翻訳者が「でも、わたしもやっぱり名前が覚えられない。メモしながら読んでる」という発言をして座の笑いを誘っていましたから、最初の発言も、座談も盛り上がり、ジョークや軽口がポンポン飛び交う中でのものだったんでしょう。

とはいえ、この雑誌は一般誌です。読者のほとんどは翻訳者でも通訳者でもありません。そんな雑誌で、「ハードル下げてる」なんて言葉を使うのは、ちょっとデリカシーに欠けるんではないかという気がします。こんな言い方されると、とくに翻訳ものが苦手な読者は、翻訳ものの何が偉いっていうのよ、翻訳者がナンボのもんよ、と文句を言いたくならないでしょうか。

読者におもねることはありませんが、もう少し別の言い方があったと思います。あの翻訳者さんだって、日本人の活字文化の劣化を憂う憂国の志士として、敢えて読者を挑発しようとしたわけではないんですから。

――翻訳者ももっともっと努力しますから、読者のみなさんにもご協力を(涙)

とでもいえばユーモアで済む話なのに……とはいうものの、わたしが持病の「小姑病」の発作を起こしているだけで、世間のひとびとは私ほど気にしないのかもしれませんね。苛々しやすいひとはカルシウムが不足しがちということですから、今日のお昼にはチリメンジャコを山盛り食べます!

以上が小姑みかんみかんさんの便り。皆さん、ご意見がありませんか?? どうぞ【この質問に答える】でご意見を聞かせてください。小姑さんはチリメンジャコをむしゃむしゃやっているようだから、鎌倉在のご隠居さんは「釜揚げしらす」でも食べようかな。

ロシアの人たちには父親がだれかって示すための「父称」があって、「名+父称+姓」が正しい姓名、これに愛称があるから翻訳者も困るけど読者は読むのをやめてしまう。世界文学の編集者が短冊の栞(しおり)を開発、主要登場人物の一覧表を作成したことがあった。なにしろ相手がトルストイやドストエフスキーだ、読者よ、我慢してついて来い、というわけなんでしょうが、原著者は愛称、父称、名、姓、フルネーム、敬称、尊称、略称などなど、きちんと使い分けて書いている。この使い分けをどのように、無理なく読者に伝えるかが翻訳者の腕なんだろうに。

でも、この「名称使い分け」の議論ならついていけるけど、上記の「レベルを下げる」発言は、英語教育のレベルが高く、文化理解のレベルの低い翻訳者の、資質の問題なんじゃないかな。(叱られるかな。)

さて、講座に移ります。いつものように、本気で勉強するなら、textをコピーし自分の訳文を打ち込み、それを手元で広げながら読んでください。ちなみに、今回のテキストの分量だと、まず1時間か2時間で訳文を作成、翌日、それを推敲して第2稿を作る、それに最低一時間かけます。この程度の時間をかけていけば、いわゆる翻訳のコツがつかめるのではないかな。

text:22
His eyes rested with a last anxious, pleading look on Naomi's face. He bowed to us, and melted away into the shadow of the tree. The distant sound of a door closed softly came to us through the stillness of the night. John Jago had re-entered the house.
Now that he was out of hearing, Naomi spoke to me very earnestly: "Don't suppose, sir, I have any secrets with _him_," she said. "I know no more than you do what he wants with me. I have half a mind not to keep the appointment when ten o'clock comes. What would you do in my place?"
"Having made the appointment," I answered, "it seems to be due to yourself to keep it. If you feel the slightest alarm, I will wait in another part of the garden, so that I can hear if you call me."
She received my proposal with a saucy toss of the head, and a smile of pity for my ignorance.
"You are a stranger, Mr. Lefrank, or you would never talk to me in that way. In America, we don't do the men the honor of letting them alarm us. In America, the women take care of themselves. He has got my promise to meet him, as you say; and I must keep my promise. Only think," she added, speaking more to herself than to me, "of John Jago finding out Miss Meadowcroft's nasty, sly, underhand ways in the house! Most men would never have noticed her."
I was completely taken by surprise. Sad and severe Miss Meadowcroft a listener and a spy! What next at Morwick Farm?
"Was that hint at the watchful eyes and ears, and the soft footsteps, really an allusion to Mr. Meadowcroft's daughter?" I asked.

解題:

今回は原文を文章ごとに逐一掲げず、「これどう訳すかな」と少々工夫を要する文章をとりあげます。

His eyes rested with a last anxious, pleading look on Naomi's face. :これを素直に「文節区切り法」で追うと、

――彼の目は、留まった、最後の心配げな、懇願の顔つきで、ナオミの顔に

となる。もちろんこれでは文章にならない。

――彼の目は、最後の心配げな、懇願の顔つきで、ナオミの顔に留まった、

こう文節を動かすと、日本語にはなってくれるが、小説の文章ではない。ぼくの感覚では原文にある形容詞lastをどう扱うかで勝負かな。つぎの文章が、He bowed to us, and melted away into the shadow of the tree.とあるので、lastは「ナオミの顔に眼をやって、それを最後に」と読んでいいでしょう。それでは品詞が違う、構文が違うという議論がでてきますが、それを議論しては翻訳なんて初めからやらない方がいいな。

思い切って、

――彼はどこか不安げな、頼み込むような目つきでナオミを見つめたが、それを最後に私たちにお辞儀をし、

と訳すと、この場の様子が無理なく伝わりませんか?

少し先に行きます。

"Having made the appointment," I answered, "it seems to be due to yourself to keep it. If you feel the slightest alarm, I will wait in another part of the garden, so that I can hear if you call me.
" She received my proposal with a saucy toss of the head, and a smile of pity for my ignorance.

ここでは、頭のhaving made the appointmentという分詞構文です。「~した以上、いったん~したからには」と受験英語の成果がうずまきますね。これらをはずして、

――約束したんだから、とうぜんのこと、それを守らなければ。

としたらどうかな? みかんみかんさんとガブガブさん、英語が達者で翻訳も上手い。もう残り一回(text:23)で武者修行に送り出すんだから、道場主、奥の手「発想法」で勝負するか。物語の始まりでは主人公ルフランクもどこか遠慮勝ちだけど、ナオミが二人っきりの木陰で家庭内のごたごたを打ち明けてくれたので、だいぶ遠慮がなくなる、そこで、「~なんだから」という口語調が出てきて、「それゃぁ、当然のことだよ」という流れになる。

道場でエイヤッとやっているうちはお行儀よく、「対訳に耐えられるように訳す」けど、これが武者修行に出たら「市販に耐えられなければ」ならない。正眼の構えだけではない、地ずり正眼もあれば上段の構え、八双の構え、諸羽青眼崩し二刀流も出てくるな。

みかんみかん訳:

約束してしまったからには、それを守るのが筋だと思いますよ。もしなんとなく不安だというなら、あなたが呼べばすぐ駆けつけられるよう、わたしが庭の向こうに控えておきましょう。

ガブガブ訳:

約束してしまったからには、守らなくちゃならないでしょうね。ちょっとでも不安なら、庭のどこか別のところで待機していてあげますよ。呼んでくれたら聞こえるようにね。

二人とも上手い。きちんと言葉を捉え状況を読んではいるんだけど、これではまだお教室のなかかな。「控える」「待機する」と苦心の動詞だけど、気になった。「~するようにね」は回りくどくないかな。「待っているよ、安心しな」というのが素直な日本語の発想です。

ところで、みかんみかんさんがジェイゴの性格を分析してくれました。テキストは中断して紹介します。

ジェイゴの人物像――みかんみかん

わたしのなかのジョン・ジェイゴは、雇い主の娘婿に請われるほど有能で計算高く、問題解決には血を流すこともいとわないほど残忍かつ暴力的で、それなのに、失恋すると自暴自棄になってしまう純情の持ち主、という人間くさい悪人です(犯罪者ですが憎めない一面があるという意味では、カラマーゾフのミーチャに通じるものがあります)。

過労で倒れるまで順風満帆の人生を歩んできた坊ちゃんで、満月の夜に男が女を呼び出す理由がわからない朴念仁(今風にいえば草食男子?)のフィリップ・ルフランクと比べると、その野性味がいっそう強調されてみえます。

日本人の読者にとって時代考証は重要ではありません。が、ジョン・ジェイゴという人物の輪郭をはっきり描き出すために、フィリップ・ルフランクとは異質な言葉づかいをさせたほうがよいと判断し、科白まわしをぶっきらぼうで、やや田舎くさい(これまた今風にいえば、昭和の匂いのする)ものにしてみた、というわけです。

とはいえ、いまWEB上で読み返すと、ジョン・ジェイゴの話し方に陳腐さを感じてしまいます。この陳腐さが頭でっかちな翻訳の限界なんですね。先生の御指摘とおり、自分の身の丈から離れた言葉づかいをするというのは、息切れのもと、失敗の父、誤訳の母ですね。よくよく心いたします。

上記みかんみかんさんの人物像は見事ですね。男二人の言葉を使い分けているのですが、ここまで考えると、もう一人立ちですね。

さて、お次は気の強いアメリカ娘ナオミの様子です。

She received my proposal with a saucy toss of the head, and a smile of pity for my ignorance.

――彼女は受け取った、私の申し出を、生意気な頭のつんのめりで、そして微笑で、私の無知を憐れんで。

これが、

――この申し出を聞いた彼女は、ぷいと上を向くと、わたしの無知を憐れんで苦笑いした。(みかんみかん訳)

――私の申し出に、彼女は頭をつんと反らし、かわいそうに何にも知らないのね、とでも言いたげな微笑で応じた。(ガブガブ訳)

――こういったのだが、彼女はせっかくの提案なのに、首をつんと反らせ、「何も分かってないのね」とでもいうように笑みを浮かべた。(藤岡訳)

ignorance=無知、とすると、これはもう常套語句で自然に「無知を憐れんで」と字画の多い「憐」を使うことになります。でも、他に適切な表現がないかな、と考えると面白い。藤岡訳では原文にない括弧でナオミの気持ちを括っていますが、この方が読みやすかったら、あえて括弧を使ってみましょう。

工業英語では「原文至上主義」が尊重されますが、これで文芸ものを押していくと、作者の語彙・語法に振り回されて翻訳になりません。原文重視なら、翻訳でなく原文で読むべきです。

調べてみたら、婦人参政権獲得までまだ50年近く――ガブガブ

つぎのパラグラフはナオミの言葉です。ルフランクを相手にしているけど、自分に言い聞かせている、ジェイゴのいったことを確認している、という心理ですね。ガブガブさんがナオミの言葉のニュアンスを出しきれないが、と悩んでいます。ナオミの性格だけでなく、彼女がどういう時代に生きていたのか、それと英国生まれの紳士と旧植民地アメリカ生まれの娘。

ガブガブ・コメント:
we don't do the men the honor of letting them alarm us.: これは皮肉めかしてるんだろうか? それとも客観的な物言いなのか? ニュアンスがつかみきれない(こういうとき、文学に通じたネイティブが近くにいたらいいのに!といつも思う)。ナオミの性格からして、率直に思ったままを口にしていると取るべきか。でもアメリカのその頃の女性ってそんなに強かったっけ? ちなみに調べてみたら、婦人参政権獲得までまだ50年近くもあるけれど――。イギリス人のアメリカ観が出てるのかな。

このように考えて、待てよ、ともうひとひねり。「文学に通じたネイティブが近くにいたら」迷いがけし飛ぶのかな。文学のニュアンス、それも原書と、翻訳する日本語のいずれおも語れるネイティブ――そんなお誂えの人なんかいやしない。ガブガブさん、こう考えるでしょう。

うまいぐあいにそういった人物がそばにいないのだから、自分の翻訳が成立する――こう思わなければ、翻訳なんてできるわけないもの。

リービ英雄さんという異能の文学者・思想家がいます。彼の存在を初めて知ったのはラジオでの対談でした。だれが話しているのか知らないで聞いていたら、内容がすばらしい、面白く、見事な語りだったのですが、彼の日本語にどこか、日本語のネイティブ藤岡啓介には違和感がありました。その後、彼が書いた文章を読んだのですが、内容、発想ぶり、お見事だったのだけど、翻訳オペラを歌舞伎でやっているような妙な感じが残りました。言葉、文化には長い間の伝統があります。ぼくが日本語を書いている分には、少しばかりインチキ語法があったり、表現に過不足があっても、いいじゃん、と開き直れますが、英語圏の日本語達人が書けば、イチャモンがつく。

怖いな。翻訳は!! ところでつぎのパラグラフは、アメリカ娘が英国紳士に「あなたはやっぱりイギリス人なのね」と噛みつくところ。

女か女性か、男か男性か

"You are a stranger, Mr. Lefrank, or you would never talk to me in that way. In America, we don't do the men the honor of letting them alarm us. In America, the women take care of themselves. He has got my promise to meet him, as you say; and I must keep my promise. Only think," she added, speaking more to herself than to me, "of John Jago finding out Miss Meadowcroft's nasty, sly, underhand ways in the house! Most men would never have noticed her."

みかんみかん訳:

やっぱり外国の方ね、ミスター・ルフランク。さもなければ、そんなものの言い方をするはずがないもの。アメリカには、男に脅かされて泣き寝入りするような女はいないのよ。アメリカでは、女だって自分の身は自分で守るものなの。わたしはあのひとに会うと約束したんだから、あなたの言うとおり、わたしがその約束を守るのは当り前のことだわ。ただ、ひっかかるのは……」そこから先は、わたしに話しているというよりも、まるでひとりごとのようだった。「ジョン・ジェイゴが、ミス・メドウクロフトが屋敷でこそこそやっている、あの破廉恥で下品な行為に気付いていたなんて!だれも知らないと思っていたのに。

ガブガブ訳:

あなたはよそから来た方ですものね、ミスター・ルフランク、そんな話し方なさるのも無理ないわ。アメリカじゃ、男性を立てるために女性が助けを求める側に甘んじる、なんてことはないの。この国では女性は自分のめんどうは自分で見るのよ。おっしゃるとおり、彼はわたしと落ち合う約束を取りつけてしまったから、約束は守らなくちゃならないわ。ただ考えてみて」と、私にというよりは自分自身に話しかけるように、言葉を継いだ。「ジョン・ジェイゴは、ミス・メドウクロフトが家の中でこそこそと陰険に立ち回っていることに気がついてるのよ! ふつうだったら気づくはずもないのに。

藤岡訳:

やっぱりあなたはよそ者なんだわ。アメリカ人だったら、そんな言い方するはずないわ。ここでは、わたしたち女は、男の人に守ってくれなんて、けっして頼まないの。アメリカでは、女たちは自分で自分たちの面倒をみるのよ。おっしゃる通り、約束したんだから、わたし約束を守ります。これだけは考えておかなければ」彼女はわたしというよりも、自分自身に語るようにいった。「ジョン・ジェイゴには油断できないの。ミス・メドウクロフトが家ん中を陰険にこそこそかぎまわっているのを知っているのよ。卑怯なのよ。たいてい、男の人って彼女のことなんか気にもしないのに。

みかんみかんさん、藤岡さん、「女」、「男」を使いました。ガブガブさんのように「女性」「男性」としても問題ないのですが、どうかしら、この文章で「女性」「男性」かな。ガブガブさん、他の方の【この質問に答える】をお待ちしています。

あえて、ネイティブとして言わせてもらえば、前者の方が圧倒的にいい。それはこのヴィクトリア朝の翻訳だけではないですね。そういえば、【回答】を頂いていました。text:22とはここでお別れして、nessさんの「平和か和平か」の議論を取り上げます。これこそ、辞書を離れたネイティブの問題でしょう。

平和か和平か、国民か人民か

本講座第8回(12月21日号)で

――辞書は素晴らしいけど、無責任でもありますね。問題は翻訳者の日頃の言葉に対するセンスです。「平和」と「和平」、「人民」と「国民」を使い分けていますが、皆さん、使い分けの基準がありますか?

との質問にnessさんが【回答】を寄せてくれました。
――平和は状態、和平は平和な状態になること。国民はある国家を構成する人々一般、人民はある国家を想定しているとは限らず、どちらかというと被支配者的イメージが強い。

なるほど。これは辞書にありそうな、たしかな語義ですね。nessさん、有難う。

ここで、言葉のニュアンスを感じとり、どのような場で表現しているのでしょう。たとえば「和平」です。これをぼくらは日常的に使うことはありません。ジャーナリズムが好んで使う、「和平を講ずる」「和平交渉」など、国家などの大きな争い、つまり戦さ・戦争を終わらせるときの言葉なのです。仲直りして「平和」になること、をいいます。

「国民」「人民」の違いは、やはり語法にあります。リンカーンの名演説で「人民のための人民による人民の政治」という「人民」がありますが、もとの言葉はpeopleで、国民でも差支えなかったはずです。(もっとも、「国民」には「国籍」が重なっています。)明治時代のだれかが「人民」と訳したのですね。この時代の日本人にとっては「人民」が新鮮だったのです。官位のない、一般の人々をいう言葉でずいぶん古くから使われていたのですが、中村正直あたりが明治維新を意識して「新鮮に」使いだしたのでしょう。 第2次大戦の後、世界が西と東に分かれ、中華人民共和国ができてくると、東側の施設や団体の名称に「人民」使われるようになります。「人民」とするのが反体制の言葉でもあったのです。

ぜひとも日本国語大辞典、類語辞典でお調べを。

みかんみかん訳:

彼は切々と哀願するような眼をして、ナオミの顔をじっと見つめた。そしてわたしたちに一礼すると、そのまま楡の背後の闇に吸いこまれていった。夜のしじまに、遠くで静かに扉の閉まる音が響いた。ジョン・ジェイゴが邸内に戻ったのだ。

彼の耳に入る心配がなくなったとたん、ナオミが必死な顔で訴えてきた。「ミスター、わたしには、あんなひとと人目を忍んで会う理由なんてないのよ、わかってちょうだい。あのひとが何をしたいのか、わたしだって、あなたと同じように見当がつかないのよ。十時の約束にしたって、反故にしたものかどうか迷ってるくらいよ。もしあなたがたわたしの立場だったら、どうすると思う?」
「いったん約束してしまったからには、それを守るのが筋だと思いますよ。もしなんとなく不安だというなら、あなたが呼べばすぐ駆けつけられるよう、わたしが庭の向こうに控えておきましょうか」
この申し出を聞いた彼女は、ぷいと上を向くと、わたしの無知を憐れんで苦笑いした。 「やっぱり外国の方ね、ミスター・ルフランク。さもなければ、そんなものの言い方をするはずがないもの。アメリカには、男に脅かされて泣き寝入りするような女はいないのよ。アメリカでは、女だって自分の身は自分で守るものなの。わたしはあのひとに会うと約束したんだから、あなたの言うとおり、わたしがその約束を守るのは当り前のことだわ。ただ、ひっかかるのは……」そこから先は、わたしに話しているというよりも、まるでひとりごとのようだった。「ジョン・ジェイゴが、ミス・メドウクロフトが屋敷でこそこそやっている、あの破廉恥で下品な行為に気付いていたなんて!だれも知らないと思っていたのに」
驚きのあまりあいた口がふさがらなかった。あの陰気で堅物そうなミス・メドウクラフトが、盗み聞きに覗きだって! この先、モーウィック農場ではいったい何が待ち構えているのだろう?
「さっき彼が、監視の目、盗み聞きの耳、忍び足、という言い方でほのめかしていたのは、ほんとうにメドウクラフト氏の娘さんのことなんですか?」わたしは聞き返した。

ガブガブ訳:

最後に悩ましげな、訴えるような視線をナオミの顔にそそぐと、彼は私たちに会釈して、木陰の中へと消えていった。夜のしじまを通して、遠くでドアがそっと閉まる音が聞こえてきた。ジョン・ジェイゴは再び家の中だった。

さあこれで彼の耳には届かない、とばかりに、ナオミは躍起になって私に話しかけてきた。
「よりによってあの人と内緒事があるなんて勘ぐらないでね。いったい彼がわたしに何の用があるのか、あなたはもちろん知るはずもないけど、わたしだってさっぱり分からないの。十時になっても、約束破ってしまおうかと思うくらい。あなただったらどうなさる?」
「約束してしまったからには、守らなくちゃならないでしょうね。ちょっとでも不安なら、庭のどこか別のところで待機していてあげますよ。呼んでくれたら聞こえるようにね」

私の申し出に、彼女は頭をつんと反らし、かわいそうに何にも知らないのね、とでも言いたげな微笑で応じた。
「あなたはよそから来た方ですものね、ミスター・ルフランク、そんな話し方なさるのも無理ないわ。アメリカじゃ、男性を立てるために女性が助けを求める側に甘んじる、なんてことはないの。この国では女性は自分のめんどうは自分で見るのよ。おっしゃるとおり、彼はわたしと落ち合う約束を取りつけてしまったから、約束は守らなくちゃならないわ。ただ考えてみて」と、私にというよりは自分自身に話しかけるように、言葉を継いだ。「ジョン・ジェイゴは、ミス・メドウクロフトが家の中でこそこそと陰険に立ち回っていることに気がついてるのよ! ふつうだったら気づくはずもないのに」

まったく寝耳に水とはこのことだった。陰気で厳めしいミス・メドウクロフトが、盗み聞きをする間諜とは!モーウィック農場ときたら、お次はいったい何が飛び出してくるんだ?
「遠まわしに監視の目と耳と足音、なんて言っていたのは、本当にミスター・メドウクロフトの娘さんのことだったんですか?」私は尋ねた。

藤岡訳:

彼はどこか不安げな、頼み込むような目つきでナオミを見つめたが、それを最後に私たちにお辞儀をし、木陰にとけこんでいった。あたりの静まりかえった中で、だいぶ離れたところでそっとドアをしめる音がきこえた。ジョン・デェイゴは家の中に戻った。もう、何を話しても彼には聞こえない。ナオミがひどく真剣な面持ちでわたしに話してきた。「わたし、誤解しないでくださいね、あんな奴と秘密なんかもっていませんからね。彼、いったい何の話があるのかな、もちろんあなたには分からないでしょうね、でも、わたしだってほんとうに分からないのよ。十時になったとき、約束通り出てこれるかしら。半々だわ。あなただったら、どうするかしら」
「約束したんだから、とうぜんのこと、それを守らなければ。でも、少しでも危険を感じているなら、声をあげてください、この庭の反対側で待ってますよ」

こういったのだが、彼女はせっかくの提案なのに、首をつんと反らせ、「何も分かってないのね」とでもいうように笑みを浮かべた。
「やっぱりあなたはよそ者なんだわ。アメリカ人だったら、そんな言い方するはずないわ。ここでは、わたしたち女は、男の人に守ってくれなんて、けっして頼まないの。」
「おっしゃる通り、約束したんだから、わたし約束を守ります。これだけは考えておかなければ」彼女はわたしというよりも、自分自身に語るようにいった。「ジョン・ジェイゴには油断できないの。ミス・メドウクロフトが家ん中を陰険にこそこそかぎまわっているのを知っているのよ。卑怯なのよ。たいてい、男の人って彼女のことなんか気にもしないのに」

まったく驚いてしまった。地味でいかめしいミス・メドウクロフトが立ち聞き屋でスパイであるとは!モーウィック農場で、お次はいったい何が飛び出してくるというのだ。
「盗み目、立ち聞き、忍び足。彼のいったことはほんとうに、この家の主メドウクロフト老の娘さんこと?」

信じ難く、わたしはこう聞き返した

―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――

本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。

応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。

手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。

新企画、ぞくぞく

この欄でご紹介させていただいた北海道在住の「みゅうの母」さんこと佐藤志敦(さとうしのぶ)さんのバーネット夫人『わたしのロビン』。奥津絵葉さんの素敵な文章とともに掲載し、大変好評でした。みなさまも、あたためている企画がある、大好きな作家のわたしなりの新訳をした、など、発表したい作品があったら編集部までご連絡下さい。佐藤さんからは、次回作の企画書の提出もあり、今、一緒に練っているところです。また、他の方々からの企画書も検討中。『わたしの新訳』コーナーは、にぎやかになりそうです。翻訳したものがある、翻訳したからには誰かに読んでもらいたい、けど、自信がない、はずかしい…などと躊躇している方。心配しないで下さい。藤岡先生が的確なコメントとアドバイスをくださいます。

ここで、藤岡先生が佐藤さんに宛てたフィードバックの一部を紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさまに、参考にしていただければ幸いです。

藤岡先生コメント(抜粋)

  • 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
  • (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
  • 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。

このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。

編集部記

2010年2月1日号
(第4巻142号)