入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第2期第7回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』

藤岡啓介
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第一期で、第一章と第二章が終了しました。
藤岡先生の全訳はこちらです。
ウィルキー・コリンズ作、藤岡啓介訳 『死者 は生きていた』 [PDF 版]

コロンもダッシュもイタリック体も引用符も、訳すとなると……

奥さんが亡くなってから顔を剃っていない、という髭むじゃむじゃのジョン・ジェイゴがいきなり現れて話を聞いてくれ、というので、ナオミがびっくりしたところ。しかも彼女、月夜に楡の木の下で英国紳士のルフランクと二人だけで話していたところ。さて、どう展開するか。

毎度のことですが、講座の訳文は眼で見る、読むだけでなく、自分でも実際に訳出してください。自分の翻訳が他の人の翻訳とどう違うのか、その違いは何なのか、といったことを考えるのが勉強です。引用符は原文と同じ扱いか、それとも日本語の文脈で捉えた方がいいか? コロンは強いて意味づけするのか? 訳していくと、楽しいやら苦しいやら。本稿の末尾の「ガブガブ・コメント」で、ガブガブさんが大いに悩んでいますが、こうした悩みがあるから翻訳したくなるんですね。

text:20
"Do you mean that you want to speak to me to-night?" Naomi asked, in undisguised surprise.
"Yes, miss, if you please, at your leisure and at Mr. Lefrank's." Naomi hesitated.
"Won't it keep till to-morrow?" she said.
"I shall be away on farm business to-morrow, miss, for the whole day. Please to give me a few minutes this evening." He advanced a step toward her; his voice faltered, and dropped timidly to a whisper. "I really have something to say to you, Miss Naomi. It would be a kindness on your part—a very, very, great kindness —if you will let me say it before I rest to-night.
" I rose again to resign my place to him. Once more Naomi checked me.
"No," she said. "Don't stir." She addressed John Jago very reluctantly: "If you are so uch in earnest about it, Mr. John, I suppose it must be. I can't guess what you can possibly have to say to me which cannot be said before a third person. However, it wouldn't be civil, I suppose, to say 'No' in my place. You know it's my business to wind up the hall-clock at ten every night. If you choose to come and help me, the chances are that we shall have the hall to ourselves. Will that do?"

素人か、玄人か?

"Do you mean that you want to speak to me to-night?" Naomi asked, in undisguised surprise.:

in undisguised surprise.:「あからさまな驚きをもって」「あからさまに驚いて」と訳しておけばいいのですが、ここで、小説を読みなれていると、こうした訳では月並みだな、それに、情景からいっても少しいじりたい、という気持ちになりますね。

みかんみかんさんが「唖然とした面持ちでナオミは聞き返した」としていますが、たしかに月並みでない、この方がいわゆる「作家」が書いた文章のように思えます。しかも、askedを「聞き返した」としているのをみると、「お主、只者ではないな」といいたくなりますね。(こうして褒めると、つぎのテキストで思わず「ナヌッ」と叫びたいような駄文に接することがあります。お疲れなのか、気が抜けたのか、面白くなかったのか、いろいろでしょうが、それが見抜かれるのが「素人」ですね。「玄人」だと、月並みに訳しても、あまりにも陳腐な表現で自分でも辟易しても、わざとこうした語句・表現を選んだという風に訳しますね。)

"Yes, miss, if you please, at your leisure and at Mr. Lefrank's." Naomi hesitated.:

ここでおやっと思います。「ナオミさん、あなたが、そしてミスター・ルフランクが手が空いているときに」となりますが、これでいいのかしら? 二人が一緒にいるときに話があるようにとれます。ここでandとあるのが曲者です。ナオミが手すきのとき、そして、ルフランクが手すきのとき――ルフランクは「そして」という存在なのですね。「ナオミさん、あなたがお手すきのときに、そして、ミスター・ルフランク、あなたには別の折に」となるでしょう。

"I really have something to say to you, Miss Naomi. It would be a kindness on your part--a very, very great kindness--if you will let me say it before I rest to-night.":

a very, very great kindnessとveryが繰り返して使われていますが、これを「非常に、非常に偉大な親切」と訳して知らん顔をしていたら落第です。ご覧のとおり、ガブガブさん、みかんみかんさん、それぞれに上手に訳しています。ガブガブさんが「どうか私の気持ちを……」として、自然な訳文を導いているし、みかんみかんさんは、ほんとうにありがたいと、恩にきると……」と翻しています。

ガブガブ訳:「本当にあなたにお伝えしたいことがあるんですよ、ミス・ナオミ。どうか私の気持ちを汲んでください――そしたらどんなに、どんなに助かることか――お願いです、私の話を聞いてもらえませんか、今夜のうちに」

みかんみかん訳:「わたしはね、あんたにぜひとも聞いてもらわなきゃならない話があるんですよ、ミス・ナオミ。今晩、もしあんたがわたしの話を聞いてくれるなら、ほんとうにありがたいと、恩に着ると、心の底からそう思いますよ」

I rose again to resign my place to him. Once more Naomi checked me. :

ここはルフランクがベンチから立ち上がりジョンに席を譲ってやった、ナオミがそれには及ばない、ちょっと待って、とルフランクの肩に手をやって(あるいは仕草で)示した、という場面です。この前に、ジョンが現れたときルフランクが「何者?!」と立ち上がってナオミに制止されていたので、once moreなのですね。こうしたとき、自分がその場面をどのように訳したか、チェックしておいた方がいいでしょう。

"No," she said. "Don't stir." She addressed John Jago very reluctantly:"If you are so much in earnest about it, Mr. John, I suppose it must be. I can't guess what you can possibly have to say to me which cannot be said before a third person. :

ここで、very reluctantlyを含めて三人の訳文を見てください。

ガブガブ訳:
彼女はいかにも気乗りしない様子で、ジョン・ジェイゴにこう言葉を返した。
みかんみかん訳:
それから彼女は、露骨に厭そうな顔をして、ジョン・ジェイゴに向かって口を開いた。
藤岡訳:
こういって、ナオミはいかにも気が進まないといった様子でジョン・ジェエゴの方を向いた。

「いかにも気乗りしない様子」「露骨に厭そうな顔をして」。さて、どちらがいいだろうか? ぼくはガブガブさんの「気乗りしない」に近かったのですが、このreluctantly、古い小説では頻度高く使われていて、難しい言葉です。並べてみると、みかんみかん訳が冴えているかな。

However, it wouldn't be civil, I suppose, to say 'No' in my place. You know it's my business to wind up the hall-clock at ten every night. If you choose to come and help me, the chances are that we shall have the hall to ourselves. Will that do?":

ここでin my placeはナオミの「立場」のことですね。翻訳では少し言葉を補って「この家でのわたしの立場」と膨らませた方がいいでしょう。

今回のtext20では言葉のあや、丁寧語の限界(というかジョンの丁寧語、それに応じたアメリカ娘ナオミの丁寧語)が難しい。小説だからそれが当然と言えば当然なのですが、ジョン・ジェイゴはモーウィック農場の農場主のメドウクロフト老が信頼する管理人で、ナオミは老人一家の他に身寄りのないアメリカ娘、居候です、言葉遣いが難しいですね。この小説を訳し終えてから、読者が読むのと同じ縦組みのプリントをとって手を加えなければいけないでしょう。

ガブガブ訳:
「今晩、わたしと話したいっていうの?」ナオミはあからさまに驚いて尋ねた
「ええ、お嬢さん、よろしければあなたとミスター・ルフランクがお暇なときに」

ナオミは躊躇した。
「明日まで待てない話?」
「明日は農場の用事で一日中留守なんですよ。ぜひとも今晩、ちょっとだけお時間をいただけませんか」一歩、彼女の方に足を踏み出した彼だが、その口調は訥々として、自信なげな囁き声になった。「本当にあなたにお伝えしたいことがあるんですよ、ミス・ナオミ。どうか私の気持ちを汲んでください――そしたらどんなに、どんなに助かることか――お願いです、私の話を聞いてもらえませんか、今夜のうちに」

私は自分の席を彼に譲ろうと、ふたたび立ち上がった。またしてもナオミは私を制した。「だめよ、動かないで」彼女はいかにも気乗りしない様子で、ジョン・ジェイゴにこう言葉を返した。「そうまで真剣におっしゃるからには、ミスター・ジョン、そうしなくちゃならないようね。あなたという人が、いったいわたしにどんな話を是が非でもしなきゃいけないのか、さっぱりわからないわ。それも第三者の前で言えないようなことだっていうんですもの。でも、わたしの立場で「ノー」なんて言ったら失礼に当たってしまうわね。ご存知でしょ、毎晩十時に玄関ホールの柱時計のねじを巻くのがわたしの仕事なの。もしホールにいらして手伝ってくださるっていうなら、たぶん二人きりでお話できるわ。それでいいでしょう?」

みかんみかん訳:
「それは、今晩、わたしと二人っきりで話をしたい、ということなの?」唖然とした面持ちでナオミは聞き返した。
「そうです、お嬢さん。むろん、あんたにもミスター・ルフランクにも、差し支えなければのことですが」
ナオミは、一瞬、口ごもった。
「明日でも別にかまわないんじゃないの?」
「明日は、一日中、農場の仕事で外出しなきゃならないんですよだから、ほんの少しでいいですから、今晩中に時間を割いてほしいんです」彼はナオミのほうに一歩踏み出すと、震える声で、言葉をしぼりだした。「わたしはね、あんたにぜひとも聞いてもらわなきゃならない話があるんですよ、ミス・ナオミ。わたしは立ち上がった。彼のために場所を空けようと思ったのだ。が、またもナオミから引き止められた。

まずは「だめよ」と、つぎに「そこから動かないで」と言われたのだ。それから彼女は、露骨に厭そうな顔をして、ジョン・ジェイゴに向かって口を開いた。「そこまで言うなら、ミスター・ジョン、あなたには話さなきゃならないことがあるんでしょうね。でもね、わたしのほうには、あなたなんかに、わざわざ人目をはばかるようにして言われなきゃならないようなことなど何もありゃしないわ。そうはいっても、いやだから『いやよ』と言うだけでは、たんなる礼儀知らずですものね。あなた、わたしが毎晩十時に広間の大時計のねじを巻いているのは知っているでしょう。それを手伝いに来てくれれば、そのとき広間で二人で話せるわ。これでいかが?」

藤岡訳:
「つまり、どうしても今夜わたしに話がある、というのね?」ナオミは、ほんとうに驚いていた。
「どうでしょう、ナオミさん、あなたがお手すきのときに、そして、ミスター・ルフランク、あなたには別の折に」

ナオミはためらい、「明日ではいけないの?」と訊いた。

「明日は農場のことで出かけているんです、まる一日です。お願いです、今夜、ほんの少し」。こういって、彼はナオミの方に一歩踏みだしたのだが、その声は震えていて、おずおずとまるで囁くような声になっていた。「ほんとうに、聞いてもらいたいことがあるんです、ミス・ナオミ、どんなにか有り難いことか、そうなんです、あなたが親切にも私の話を聞いてくれたら、すごく有り難いんです、そうでなければ、安心して眠れないんです」

わたしは再び立ち上がり、今度は彼に席を譲ろうとした。またしても、ナオミがそれを押しとどめた。
「駄目よ」と、彼女はいった。「動かないで」。こういって、ナオミはいかにも気が進まないといった様子でジョン・ジェエゴの方を向いた。
「それほど思いつめて、どうしても話しておきたいというのなら、ミスター・ジョン、きっとそれなりのお話なのよね。見当がつかないわ、他ならぬあなたが、第三者のいないところで、なんとしてもわたしに話しておきたいって、いったい何かしら。でも、この家でのわたしの立場を考えれば、「嫌です」と断ったら失礼になるわね。毎晩十時に大時計のゼンマイを巻くのがわたしのお役目なのは知っているでしょう。そのとき手伝いにきてくれれば、ホールにはだれもいないわ、お話できるわよ」

ガブガブコメント・コメント:
※He advanced a step toward her; のセミコロンがまたもやというか、さらに逆説っぽくて悩ましい。あとに続くhis voice 以下とベクトルが反対ではないか。これも並列というのだろうか。「しかし」と接続詞を補いたくなる。

斎藤道場のマーク・トウェインでも前回、セミコロンが出てきたが、典型的な使い方だった。参考としてアルクのサイトが挙げられていたが、そこでの説明は「セミコロンは、ピリオドより弱いので、前後にあるセンテンスにおける「テーマの共通性」を維持できます。また、コンマよりは強いので、接続詞を使わずに、2つのセンテンスを結ぶことができます。つまり、内容が共通している2つの独立節を接続詞抜きで結びたいときに使うのがセミコロンです。」ここでは、2つの独立節の内容が共通しているとは思えない。コリンズ独特の使い方なのか、19世紀に広く見られる用法なのか??
※falterは「口ごもる」とすると“ためらってはっきり言わない”という意味に取られかねないから、「訥々と」がいいかな。ジェイゴは言いたいことは言っているわけだし。
※続くジェイゴの口説き文句も訳しづらい。意訳してみるがうまくいったかどうか。これ、ささやき声で言われたら不気味かも。

―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――

本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。

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この欄でご紹介させていただいた北海道在住の「みゅうの母」さんこと佐藤志敦(さとうしのぶ)さんのバーネット夫人『わたしのロビン』。奥津絵葉さんの素敵な文章とともに掲載し、大変好評でした。みなさまも、あたためている企画がある、大好きな作家のわたしなりの新訳をした、など、発表したい作品があったら編集部までご連絡下さい。佐藤さんからは、次回作の企画書の提出もあり、今、一緒に練っているところです。また、他の方々からの企画書も検討中。『わたしの新訳』コーナーは、にぎやかになりそうです。翻訳したものがある、翻訳したからには誰かに読んでもらいたい、けど、自信がない、はずかしい…などと躊躇している方。心配しないで下さい。藤岡先生が的確なコメントとアドバイスをくださいます。

ここで、藤岡先生が佐藤さんに宛てたフィードバックの一部を紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさまに、参考にしていただければ幸いです。

藤岡先生コメント(抜粋)

  • 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
  • (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
  • 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。

このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。

編集部記

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2009年12月7日号