藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第2期第5回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』
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当該個所の質問だけでなくどしどしご意見を寄せてください。
なお、“The Dead Alive”の原文は【text】をクリックすると現われます。
第一期で、第一章と第二章が終了しました。
藤岡先生の全訳はこちらです。
→ウィルキー・コリンズ作、藤岡啓介訳 『死者 は生きていた』 [PDF 版]
読みにくいにもほどがある!
今回のtext18は、ナオミの語りで、しかも改行なしで丸1頁でした。みかんみかんさんの感想に「A4の1ページをまるまる費やすほど長い科白なのに、段落分けもされてないなんて、読みにくいにもほどがある!」とありましたが、たしかに訳しにくかったでしょう。
ここで、原文の語数が461語です。小説などの単行本だと、通常A5で、1行が10語程度かな。これが5行あって1パラグラフですね。1パラグラフ50~60語で馴染んできたところにこんな長台詞があるので、厭だな、と思うのでしょう。
日本の書籍でも、最近の傾向は5、6行で改行というのが当たり前ですが、少し前の小説では、意外と改行の少ないものがあります。太宰治が「少し前」になるかどうか分かりませんが、たまたま読んでいる新潮文庫の『津軽』で、何箇所も改行なしのパラグラフが出てきます。太宰文学は多彩な文体で書かれています。文章が短いもの、句読点が少なく長いもの、漢字の配分(使い方の基準)など、文章があっての太宰文学です。小説の顔である「印刷紙面」をみて、だれもがこれは太宰だと気がつきます。もし朗読を聞いたとしても、その一節で太宰であることが分かります。
文章の視覚的要素
いずれ「番外」で小説の表記法について考えていることを書きますが、今回はコリンズですね。コリンズの、原書で1頁に及ぶ改行なしの課題ですが、じっくり読むと(見ると)面白いことに気がつきます。(ここにtext 18全文を引くと長くなるので、本講座のリードにあるように、【text】をクリックして取り出してください。)
コリンズは、カンマ、ピリオドだけでなく、疑問符、強調符の記号はもちろん、ダッシュ、セミコロン、パーレンを多用し、sir, Mr. Lefrank, in spite of that, Oh yes! , for anything I knowなどの挿入語句を使い、書体でもイタリック体が何箇所かあります。ありとあらゆる文章法を駆使している、といっていいでしょう。視覚的な工夫です。これはネイティブでなければほんとうの味が分からないでしょう。コリンズの時代の読者にとって、この改行なしの長々しいナオミの言葉は、美しく分かりやすく響いたことでしょう。
- 私は決して誇張法を用いて描写しているのではない。この疾風怒濤の如き接待は、津軽人の愛情の表現なのである……
これが改行なしに40行続く太宰治の『津軽』と大衆小説のコリンズとを並べるとは怪しからんと叱られそうですが、翻訳ものに限らず、改行なしのパラグラフで書かれている文学作品が数多くあります。(工業英語の分野では、style guideが規格化されていて、長大パラグラフを用いないよう定めています。拙著『技術英語 表現・表記ハンドブック』(工業調査会)をごらんください。)
というわけで、みかんみかんさん、text18はコリンズ得意の場面なのですね。ナオミがルフランクを追って外に出てきて、彼と並んでベンチに腰掛け、ルフランクがうすうす感づいている一家の事情を物語ります。彼女は、おそらくルフランクの顔を見ていないでしょう、じっと正面を見ながら、自分に言い聞かせるように語っているのです。monologue、独白体です。そう、独白体ならやはり太宰でした。
- 不思議な蘇生の場面であった。
長火鉢へだてて、老母は瀬戸の置き物のように綺麗に、ちんまり坐って、伏目がち、やがて物語ることには、――あるは、わたくしの一人息子で、あんな化け物みたいな男ですが、でも、わたしくしは信じている。あれの父親は、ことしで、あけて、七年まえに死にました。まあ、昔自慢してあわれなことでございますが、父の達者な頃は、前橋で、ええ、国は上州でございます、前橋でも一流中の割烹店でございました。大臣でも、師団長でも、知事でも、……
(太宰治『火の鳥』より、新潮文庫『新樹の言葉』収載)
未完の中篇『火の鳥』でこの老母の語りは文庫本で三頁、改行なしに綴られています。こうした小説を読んでいると、しみじみと、自分が日本人であり日本語を味わえる、よかった、と思います。コリンズの文章が英国人にどう理解されているかは分かりませんが、ディケンズだったら、あのジョージ・オーウエルが外国人にはディケンズが分かるはずがない、と断言しています。作家が文章でいちばん苦労するのが会話文でしょう。苦労。苦心して、いちばん得意に思うのも会話文でしょう。
おしゃべりが長くなりましたがいつものこと、お許しのほどを。講座に移ります。大きなパラグラフを六分割しました。今回は「解題」を少なくしています。全文が独白文という珍しい課題文になったので、ゆっくり各自の訳文を読むことにしました。
text: 18
"Just my sentiments, sir. But I don't know: it's likely we may be wrong. There's nothing against John Jago, except that he is so odd in his ways. They do say he wears all that nasty hair on his face (I hate hair on a man's face) on account of a vow he made when he lost his wife.
解題:
just my sentiments, sir. But I don't know: it's likely we may be wrong.:当然ですが、text17を受けています。
「……密かに経験者を探したの。これは良くないことだったわ、そう思うでしょう、ルフランク、でも、ほんきで人探しをしたの。そうして、なんてことでしょう、ジョン・ディエゴのことを耳にしたのよ。あなた、ジョン・ディエゴのこと気に入って?」
「そうだな、今のところ好きじゃないな」
という問答を受けているのですが、ジョンのことを気に入ったか、いや好きでない、という問題ではなく、老人が息子たちが無能なのでジョンを探し当てた、ことでナオミが「わたしの考えは、いいかしら、まだはっきりといえないけど、わたしたち……」とつながるのでしょう。藤岡訳ではmy sentimentsを「わたしの考え」としましたが、これ、考え違いでないといいのですが。
ガブガブ訳:
「わたしも同感よ。でもどうかしら、こちらが誤解してるってこともありそう。ジョン・ジェイゴには何も落ち度はないんですもの、かなりの変わり者だって事以外は。顔中汚らしい髭面をしてるんだって(わたし、殿方が髭をたくわえるのは嫌だわ)、奥さんを亡くしたときに誓いを立てたからだっていうのよ。
コメント:文中の括弧で囲む挿入句は、できるだけ遠慮した方がいいでしょう。「落ち度」「かなりの変わり者」など、いいな。his wifeは考えたでしょうね。「奥さん」がもっとも自然な発想だと思うけど、みかんみかんさんのようにあっさり「妻」とした方がいいのかも。藤岡訳は「奥さん」だけど、訳しながら、未だに迷っています。昔の小説だから「奥さん」でいいじゃないか、という意見もあるだろうし、村上春樹ではこうしているよ、という情報もあるかな。【この質問に答える】※この質問は締め切りました
みかんみかん訳:
「わたしだって同じよ。ただ、よくわからないところもあるの。ひょっとすると、わたしたちが思い違いをしているのかもしれないわ。だって、ジョン・ジェイゴには風変わりなところはあっても、それ以外は特に文句をつけるようなところが見当たらないの。わたしの大嫌いな、あのむさくるしい髭面だって、彼は妻を亡くしたときに何かの誓いを立てたらしいんだけど、その誓いの証なんですって。
コメント:地元の話では、というニュアンスをうまく出している。「風変わりなところはあっても、それ以外は特に文句をつけるようなところが見当たらない」はよかった。
藤岡訳:
「これはわたしの考えなの、いいかしら、はっきりは言えないのだけど、きっとわたしたち間違っているのかもしれないわ。ジョン・ジェイゴには何も変なところはない、ただ自分流で押し通しているだけなのかもしれない。顔中、ムジャムジャ髭だらけだけど、それも奥さんが亡くなったときに誓ったのだという話でしょう。わたし、髭男なんてまっぴらなんだけど。
text:
Don't you think, Mr. Lefrank, a man must be a little mad who shows his grief at losing his wife by vowing that he will never shave himself again? Well, that's what they do say John Jago vowed. Perhaps it's a lie. People are such liars here! Anyway, it's truth (the boys themselves confess _that_), when John came to the farm, he came with a first-rate character. The old father here isn't easy to please; and he pleased the old father. Yes, that's so. Mr. Meadowcroft don't like my countrymen in general. He's like his sons--English, bitter English, to the marrow of his bones.
解題:
he came with a first-rate character.:このcharacterは「人物証明書、推薦状」。ガブガブさんたちだけでない、高名な英文学の先生だって躓いています。
The old father:ミスター・メドウクロフトのことですが、これは訳しにくい。「老いた父親、ご老体、ご老人」。一貫性を持たせたのだけど、コリンズが厭だといっています。こうればもう「気分」の問題ですね。
to the narrow of his bones:「骨の髄まで」。成句です。
ガブガブ訳:
二度と髭を剃らないと誓いを立てて、それで奥さんの死を悼むだなんて、ちょっと気違いじみてないかしら、そう思いません? ええ、ジョン・ジェイゴがそういう誓いを立てたといううわさなの。でもたぶん嘘だわ。ここではみんなひどい嘘つきだもの! とにかくジョン・ジェイゴが農場にやってきた時は、申し分のない人柄だったというのは本当なの。兄弟自身が、そう言うんですからね。ここの老人は頑固者でしょ、それなのにジョンはうまく取り入ったのよ。ええ、そうよ。ミスター・メドウクロフトはふだんからこの国の人が好きじゃないの。親子でそっくり、英国人なのよ、辛らつな英国人、骨の髄までね。
コメント:「気違い」は差別用語。「兄弟自身」はこう使うと誤用になるな。
みかんみかん訳:
でもね、ミスター・ルフランク、いくら哀悼の誓いの証とはいえ絶対に髭を剃ろうとしないなんて、とても正気の沙汰とは思えないわ。そうじゃない? とにかく、ジョン・ジェイゴが髭を剃らないのは心に誓うものがあるからだと、そういわれているの。わたしとしては、そんなのは嘘だと思っているけれども。あっちもこっちも、この家には嘘つきばかり! それはともかく、ジョン・ジェイゴが、折り紙つきの立派な人物、という触れ込みでモーウィック農場にやって来たというのは本当よ。サイラスとアンブローズが、はっきりそう言っていたもの。それでね、この二人の父親、つまりミスター・メドウクラフトというのは常に不機嫌なひとなのよ。そのミスター・メドウクラフトが、ジョン・ジェイゴに会ったら、すっかり御機嫌になったんですって。この事実がすべてを物語っているわ。もともとミスター・メドウクラフトは、わたしの国の人間のことがお気に召さないの。なぜって、息子たちと同じように、あのひとも英国人だから。骨の髄まで、気難しい英国人なのよ!
コメント:「正気の沙汰」はお見事なのだけど、状況に即していないな。いろいろと補足をしながら丁寧に訳したのだけど、五行ほど多くなっちゃった。こういう訳文に「補足」「穿つ」という評語を当てるけど、みかんみかんさんの日頃のメールから判断して、これは「元気」かな。元気よく、エイヤッと訳したんだな。
藤岡訳:
でも、ミスター・ルフランク、この話、ちょっとおかしいんじゃないかしら。奥さんが死んだからといって、二度と剃刀を当てないと誓うなんて、それが哀悼の念なのかしら。そうなのよ、ジョン・ジェイゴがそう誓ったという話なの。たぶん、嘘でしょうね。ここではだれもがいい加減なのよ! 本当なのは、これはアンブローズたち兄弟がいっていることだけど、ジョンがこの農場にきたとき、立派な推薦状をもってきたこと。この家のご老人は気難し屋だけど、ジョンはうまく取り入った。そうなのよ。ミスター・メドウクラフトはだれであろうと、アメリカ人が好きじゃない。ご老人は息子たちも同じだけど、英国人なの、それも骨の髄まで辛辣な英国人なのよ。
ところでEnglishはどうしよう? 「英国人」「イングランド人」のいずれかに思いえるのだけど決めないでいます。Englandはカタカナ語で「イングランド」で落ち着いているのですが。皆さんはどう使い分けをしていますか?
【この質問に答える】
text:
Somehow, in spite of that, John Jago got round him; maybe because John does certainly know his business. Oh yes! Cattle and crops, John knows his business. Since he's been overlooker, things have prospered as they didn't prosper in the time of the boys. Ambrose owned as much to me himself.
ガブガブ訳:
それなのに、どういうわけかジョン・ジェイゴは老人にうまく取り入ったの。たぶんジョンが自分の本分を間違いなく知っているからね。そうに違いないわ! 牛と穀物のこと、ジョンは心得たものよ。兄弟のときはパッとしなかったのに、彼が目を配るようになってからは万事うまくいってるんですもの。アンブローズ自身、それは認めてるわ。
コメント:訳文が、きわめてなめらかに流れている。「心得たものよ」などの言い方は縦組みにして読むといっそうと魅力的。ガブガブさんは語彙が豊富だな。
みかんみかん訳:
にもかかわらず、どういうわけなのか、ジョン・ジェイゴのことだけは気に入ってしまった。たぶん彼の有能さを買っているんでしょうね。ジョン・ジェイゴの家畜や農産物の管理手腕といったら、それはたいしたものですもの。彼が梃入れしてからは、それまで息子たちが手を焼いていた事業がうまくいくようになったというし。アンブローズだって、その点については脱帽ものだと感心しているわ。
コメント:「梃入れ」は悪くないけど、この場でナオミが使うのかな、と思ってしまった。みかんみかんさん、豊かな語彙だけど、軸が少し「小説的」からずれているかもしれないな。
藤岡訳:
それでいて、変でしょう、ジョン・ジェイゴはうまくご老人にとりいったの。きっと、仕事を心得ていたから、そうなんだわ、牧場と畠なの、ジョンはどうすればいいか分かっていたのね。彼が面倒をみるようになってからというもの、息子たちがやっていたときとは大違い、何もかもが信じられないくらいうまくいったの。アンブローズが自分でそう言っているんだから、ほんとうのことだわ。
コメント:わざと「牧場と畠」にしてみたけど、どこか似合わない。「牛と穀物」がいい。
text:
Still, sir, it's hard to be set aside for a stranger; isn't it? John gives the orders now. The boys do their work; but they have no voice in it when John and the old man put their heads together over the business of the farm.
ガブガブ訳:
それでも、よそ者に取って代わられて除け者扱いにされたんじゃあ、つらいわ、そうじゃありません? ジョンは今では命令するのよ。兄弟は自分たちの仕事をこなしてるけど、ジョンと老人が農場経営のことで額を寄せあって相談してるときに、彼らは口も出させてもらえないの。
コメント:「ジョンは今では命令するのよ」。何気ない訳文だけど、うまいですよ。
みかんみかん訳:
話はまだまだこれからよ、ミスター・ルフランク。部外者だからといって、そ知らぬ顔はしていられなくなったでしょう。そうよね? 今では、ジョン・ジェイゴのほうが息子たちよりも立場が上なの。息子たちだって仕事をしているわ。でも農場の経営については、ジョン・ジェイゴとミスター・メドウクラフトが二人で相談して決めてしまうので、息子たちは蚊帳の外なのよ。
コメント:「部外者だからといって、そ知らぬ顔はしていられなくなったでしょう」。相手を取り違えちゃった。「蚊帳の外」。困ったな!「乳母車」「蚊帳」「蠅帳」などなど、残念ながら死語。要再考。
藤岡訳:
でも、よそ者がきたおかげで自分たちが無視されるのはたまらないわ。そうでしょう? 今や、ジョンがいろいろ指図して、アンブローズたち兄弟が働いているのよ。農場のことでジョンとご老人が顔を合わせて何か相談していても、息子たち兄弟は口出しできないでいるの。
text:
I have been long in telling you of it, sir, but now you know how the envy and the hatred grew among the men before my time. Since I have been here, things seem to get worse and worse. There's hardly a day goes by that hard words don't pass between the boys and John, or the boys and their father. The old man has an aggravating way, Mr. Lefrank--a nasty way, as we do call it--of taking John Jago's part. Do speak to him about it when you get the chance.
ガブガブ訳:
そのことをあなたにお伝えするまで長々とかかってしまったけど、もうお分かりね、わたしがここにやって来る前に、男たちのあいだの妬みと憎しみがどれほど大きくなっていたか。わたしが来てからというもの、事態はますます悪くなっているみたい。兄弟とジョン、兄弟と父親のあいだにひどい言葉が飛び交わない日はないの。老人のやり口ったらないのよ、ミスター・ルフランク。しゃくにさわるくらいにジョン・ジェイゴの肩を持つの。ほんと意地が悪いったらないわ。機会があったらそのことを彼に聞いてみるといいわ。
コメント:単純に「男たち」としないで「この家の男たち」の方がいいな。「男共、男ども」がもっといいのだけど、やめた。「兄弟とジョン、兄弟と父親のあいだにひどい言葉が飛び交わない日はない」。ここは改訂だな。いわゆる「翻訳調」になっている。「機会があったらそのことを彼に聞いてみるといいわ」。ここで「彼」はご老人のことなんだけど……。
みかんみかん訳:
ずいぶんと長い話になったけれども、ここまで話せば、わたしがこの家に来る前から、ここの男たちがお互いに激しく妬みあい、憎しみあっているという説に納得がいったでしょう。わたしが来てからは、事態はますます悪くなるばかりよ。息子たちとジョン・ジェイゴが、あるいはその父親が、ののしりあわないような日は一日だってなかったわ。しかも、ミスター・メドウクラフトというひとは事態を悪いほう、悪いほうへと引っ張るようなことばかりしているの。これは本当なのよ。ろくでもないというのは、ああいうことをいうのよ…あのひとはジョン・ジェイゴの肩を持ちすぎるの。だからあなたには、折をみて、それではいけないとミスター・メドウクラフトに言い聞かせてほしいの。
コメント:「憎しみあっているという説」。うまいんだろうけど「説」が怖いや。「ののしりあわないような日は一日だってなかったわ」はガブガブさん同様に要改訂。末尾、きちんと捉えています。「折をみて」がいいな。「みて」を仮名表記にしているのが気に入ったぞ。
藤岡訳:
このことを聞いてもらおうと思って、ずいぶんおしゃべりしてしまったわ。これでお分かりになったでしょ。わたしが来るまでに、この家の男たちの間で、嫉妬と憎しみがどんなにかはげしく渦巻いていたか。わたしがここで暮らすようになってからは、何もかも、ますます悪くなっていくの。息子兄弟とジョンはもちろん、息子たちと父親がいがみ合って、毎日のように怒鳴り合っているわ。ミスター・ルフランク、もうご存じね、ご老人ったら、ますますことを荒立てていくの、ジョン・ジェイゴの肩をもっていくの、変だわ、すごく意地が悪いでしょう。お願いだわ、折をみてこのことでご老人に話してほしいの。
text:
The main blame of the quarrel between Silas and John the other day lies at his door, as I think. I don't want to excuse Silas, either. It was brutal of him--though he _is_ Ambrose's brother—to strike John, who is the smaller and weaker man of the two. But it was worse than brutal in John, sir, to out with his knife and try to stab Silas. Oh, he did it! If Silas had not caught the knife in his hand (his hand's awfully cut, I can tell you; I dressed it myself), it might have ended, for anything I know, in murder--"
ガブガブ訳:
先だってのサイラスとジョンの喧嘩だって、責任の大半は、彼のせいだと思うわ。といってサイラスだって許せない。野蛮だわ。アンブローズの弟には違いないけれど、自分より小柄で体力もない相手をぶつなんて。でもジョンは野蛮よりももっと悪いわ、だってナイフを使ってサイラスを打ち負かして、切りつけようとしたのよ。ああ、彼はそれをやったのよ! もしサイラスが手でナイフを受け止めていなかったら――深手を負ったのよ、手当てしたのはわたしだから、断言するわ――ひょっとしたら殺されてたかもしれない……」
コメント:strikeでは訳語に悩んだでしょうね。「ぶん殴る、一発くらわせる」などの方がアメリカ的だけど、言葉に出すのが女性のナオミです。でも「ぶつ」は穏やかすぎたな。「深手」はうまい。
みかんみかん訳:
このあいだのサイラスとジョン・ジェイゴの暴力沙汰にしたって、その原因の大半はミスター・メドウクラフトが作ったのよ。だからといって、サイラスのこともとても庇えたものじゃないけれど。たとえアンブローズの兄とはいえ、自分よりも小柄で力の弱いジョン・ジェイゴにむかって殴りかかるなんて、サイラスは乱暴が過ぎるわ。でも、ジョン・ジェイゴのほうは乱暴どころか、もっと悪質だわ。そう思うでしょ。ナイフよ。サイラスにナイフで襲いかかるなんて!そのときのサイラスの手の傷といったら、思い出してもぞっとするわ。手当をしたのはわたしだったの。だからわかるのよ。サイラスがあのときナイフをつかみそこねていたら、きっと、殺されていたはずだわ」
コメント:このパラグラフが今回のみかんみかん訳でいちばん無難だったね。訳者の気分(心の内)までは窺えないけど、長い長い改行なしの原文に挑みながら、ついに最後が見えてきた、ほっとしたな、という気分かな。スポーツでも言われているけど、何ごとも肩の力を抜かなければ。
藤岡訳:
この間のサイラスとジョンの喧嘩だって、ご老人が原因なのよ。サイラスも、いえ、ジョンも、どちらも許そうとは思わないけど、サイラスが凶暴だったわ。アンブローズの兄弟だから贔屓したいけど、サイラスは自分よりも小さくて弱いジョンに一撃見舞ったのよ。でも、凶暴というならジョンの方がひどかったわ。ナイフでサイラスを突こうとしたんですもの。そうなったら、大変だったわ。サイラスがナイフを腕で受けたからよかったけど、きっと殺人事件になっていたわ。おかげで、サイラスは大怪我、そうなの、わたしが腕の手当をしたので、どんな怪我か、よく知っているの」
ガブガブ・コメント
*ナオミの長台詞ですが、夢中で話している様子が出るように、言葉が流れるように心がけました。口調が小娘っぽくなってしまって、修正が難しくなってきました。あまりおきゃんにはしたくないと思うのですが―。
*かっこが3箇所出てきます。訳文に落とし込むとかえって読みづらくなるかなと思いました。かっこのままか、ダッシュを使う方が読みやすいように思いました。
*ナオミはどんな眼の色、髪の色や長さ、顔つきをしてるのでしょう。今のところ華奢な体つき以外、具体的な姿の描写が見られません。率直ぶりばかりが強調されているようです。かっこうは130年前ですから、上半身のラインのはっきりしたロングスカートでしょうね。
みかんみかん・自問自答--書式の謎
課題の18章を初めて見たときは、ひええええ、と心の中で叫んでしまった。 A4の1ページをまるまる費やすほど長い科白なのに段落分けもされてないなんて、読みにくいにもほどがある!
ここで、いくつかの「なぜだろう」が浮かんでくる。
1.英語圏の人間は、段落に分かれていない長い文章を平気な顔して読んでいるのか?
2.原著者は、どうしてあんなに読みにくい形式を選んだのか?
3.このような文書を日本語に訳すとき、翻訳者としてはどのような処置をほどこすべきなのか?
「1」については、その答えはノーだろう。学生時代に、米国人教師から
“UNREADABLE. SHOULD use more paragraphs”
と朱書されたレポートを突っ返されたことがあるからだ。
では、「2」はどうか? プロの書いたものだから、そこには何らかの意図があるんだろう。が、それが何かはわからない。
それでは「3」は? わからない。訳者としては、読者に「読みづらいから、読まない!」と本を投げ出させてはならない。
かといって、Collinsの作品に勝手に手を加えてはならない。どうすればいいのか?
正解は師匠の訳例を待とう。とりあえず、ナオミが息継ぎしそうなところに空の一行を挿入してみる。
それにしても、この謎は脅威だ。今回の課題はもちろんだが、翻訳を続けていれば、いずれまた同じような壁にぶつかることは明白だ。
そんな壁にぶつかるたびに、どうしてよいかわからず、うなだれている自分が頭に浮かび…ひええええ、とまたも叫んでしまった。
―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。
応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。
手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。
挑戦者、あらわる
この提案には、これまで数名からの提案がありましたが、ついに「一応のレベルに達している」挑戦者があらわれました。北海道在住の「みゅうの母」さんです。みゅうの母さんは、「公開講座 プロになるぞ!!」を熱心に勉強されており、多くのコメントもお寄せくださっています。この度、長年温めてきた翻訳作品を編集部に持ち込まれました。藤岡先生からのフィードバックを元に、ただ今、改訂版に取り組んでらっしゃいます。『わたしの新訳』コーナーに発表する日も近いかもしれません。
さて、ここで、藤岡先生がみゅうの母さんに宛てたフィードバックの一部を紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさまに、参考にしていただければ幸いです。
藤岡先生コメント(抜粋)
- 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
- (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
- 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。
このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。
編集部記




























