藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第2期第4回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』
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読者参加を歓迎する【この質問に答える】も設けています。
当該個所の質問だけでなくどしどしご意見を寄せてください。
なお、“The Dead Alive”の原文は【text】をクリックすると現われます。
第一期で、第一章と第二章が終了しました。
藤岡先生の全訳はこちらです。
→ウィルキー・コリンズ作、藤岡啓介訳 『死者 は生きていた』 [PDF 版]
『論語』でも読んで「礼」を知ろうよ
こういう講座を書いていて、ぼくがいちばん楽しく思うのは、講座に参加したみなさんが、
――そうだったのか、こういう考えがなければほんとうの翻訳にならないのだな。
――単語や文法でいくら調べても、それが必ずしもいい翻訳につながらない。いい点を指摘していただいた。
――英語の理解がなければ翻訳にならないが、良い翻訳は良い日本語なんだな。
という感想を抱いてくれることです。そして、ぼくにとっていちばん嫌なことは、
――解題を読むと一応は納得するが、でも、面白くない。自分の理解はこうだが、なぜいけないのだ? 他の受講者の訳文と比べて、どこが悪いというんだろう。自分がいかに深く読んでいるか、講師に教えてやらなければ。
といった態度に接することです。これだったら、講座に参加する必要はないでしょう。ぼくが生徒だったら黙って教室を出て行くでしょうね。
本講座第1期で、たまたまビュシーノさんから「感想」がきて、それが翻訳修行中の読者のみなさんと共有できる苦心であり疑問であると考えて(ビュシーノさんの苦心ぶりに共鳴して、理解して、というかな)、「自問自答」としてコラムの名称を作り出し掲載したことから始まっています。大学の演習だったら、先生が「どうしてこう解釈したんだね、キーワードを取り違えたのかな」といわれて、率直に「実は……」と答える図ですね。
今期のガブガブさん、みかんみかんさん、ちょっと様子が違っています。二人とも元気がいいのは嬉しいのですが、どこか「わたしは、原文をかみ砕いて、ここまで考えているんだぞ」と主張しているようにとれる「感想」があったりすると、それは語らなくてもいいよ、といいたくなります。課題訳にすべてが現われています。よくて「得意」、悪くて「言い訳」にとれるようなことは言わない。もしあなたが翻訳者であろうとするならば、それはプロになることでしょう?プロは、自作について、ことさらに寡黙です。
また、
――前回の先生の訳文、なんだか私たちと先生の訳とが逆になってきましたね(違う訳し方をしたくなるのでしょう、分かる気がします)。
とくると、不愉快を通り越して、ナオミの話ではないけど、blows and knivesだな。「分かる気がします」と文章は優しそうだけど、「わたしにだって考えがあるんだ、一方的に引っ込んではいないぞ」という気持ちが現れて、「先生の気持ち」を生徒が忖度(そんたく)しているようにとれます。幼いときからお利口ちゃんね、と褒められて育ってきたんだろうな。自分に欠陥があるとは指摘されたことはもちろん、考えたこともないんだろうな。
翻訳は言葉の技でもあります。日ごろの言葉遣い、言い回しに人一倍気を付けなければ。出版界は言葉で勝負しています。編集長は言葉の達人です。そして、人一倍、言葉に神経過敏です。丁寧、謙虚、鞠躬如、恭敬、謙譲、いくらこういう態度を示しても、それが上っ面で、言葉だけであるか否か、実があるかないか、たちどころに見抜きます。
上記のメモは、先生に親しみを込め、なんの悪気もなく書いたのでしょうが、これは「無礼」です。でも、今の世の中「無礼」などという言葉ないのでしょうね。snowを見たことのないシンガポールの人に「赤道直下だもの、ここには雪がないんですね」と訊いてキョトンとされたことがあったけど、それと同じかな。
もう間に合わないかもしれないけど、だれの注解でもいい『論語』を読みたいな。手元には貝塚茂樹先生の中公文庫があるけど……。あるいは吉川幸次郎先生の講義はいかが?
ところで、今回の講座、text、ガブガブ訳、自問自答、みかんみかん訳、自問自答、藤岡訳と進めます。これまで自問自答に何もコメントを入れなかったのですが、課題解題のつもりで、藤岡コメントを書き込みます。
text 17:
My curiosity was powerfully excited. To what sort of household had I rashly voyaged across the ocean in search of rest and quiet?
"May I know all about it too?" I said.
"Well, I will try and tell you what Ambrose told me. But you must promise me one thing first, sir. Promise you won't go away and leave us when you know the whole truth. Shake hands on it, Mr. Lefrank; come, shake hands on it."
There was no resisting her fearless frankness. I shook hands on it. Naomi entered on her narrative the moment I had given her my pledge, without wasting a word by way of preface.
"When you are shown over the farm here," she began, "you will see that it is really two farms in one. On this side of it, as we look from under this tree, they raise crops: on the other side--on much the larger half of the land, mind--they raise cattle. When Mr. Meadowcroft got too old and too sick to look after his farm himself, the boys (I mean Ambrose and Silas) divided the work between them. Ambrose looked after the crops, and Silas after the cattle. Things didn't go well, somehow, under their management. I can't tell you why. I am only sure Ambrose was not in fault. The old man got more and more dissatisfied, especially about his beasts. His pride is in his beasts. Without saying a word to the boys, he looked about privately (_I_ think he was wrong in that, sir; don't you?)--he looked about privately for help; and, in an evil hour, he heard of John Jago. Do you like John Jago, Mr. Lefrank?"
"So far, no. I don't like him."
ガブガブ訳:
好奇心がむくむくと頭をもたげてきた。私が休息と静けさを求めて、取るものもとりあえずはるばる海を越えて旅してきたのは、いったいどんな家族のもとだったのか?
藤岡:「来たはいいけど、とんでもないところにやってきた!」といっているんですが、その気分が出ていない。原文の構文に負けたかな
「僕にもすべてを教えてくれませんか?」
「ええ、アンブローズが話してくれたことをすっかり聞かせてあげましょう。でも、その前に一つ約束してください。真実をすっかり知った後で、私たちを置いて逃げ出したりしないと。約束のしるしに握手して、ミスター・ルフランク、さあ、約束よ」
物怖じしない彼女の率直ぶりに、抗うことなどできなかった。私は誓いの握手をした。約束を取りつけるや、前置きに言葉を弄することなくナオミは物語に入っていった。
藤岡:やたら言葉を弄してはいけないな。without wasting a word by way of prefaceでは、「前置きなく単刀直入に」。これをナオミの態度で表現しなければ。「誓いの握手」はどうかな?聖書に手を載せて誓う、はあるが、英語でも日本語でも妙ではないかな。「お願い、約束よ、握手して」と発想すれば逃げられるでしょう
「ここの農場を案内してもらうとお分かりになるでしょうけど、実際には二つの農場からなっているの。この木の下から見えるように、こっち側は作物を植えてあって、あっち側は、つまり所有地の大部分なわけだけど、牛の放牧をしているのよ。
藤岡:困ったな。「作物」「植える」「放牧」――これは駄目。辞書通りに素直に「穀物」「育てる」「牛を飼う」だな。なにを迷ったんだろう?
ミスター・メドウクロフトは高齢と病気のせいで農場のめんどうを見ることができなくなって、若い者が(アンブローズとサイラスのことよ)仕事を分担することにしたの、アンブローズは作物を、サイラスは牛を見る、というふうに。でも、彼らの管理ではどういうわけかうまくいかなかった。何故だかわからないわ。確かなことは、アンブローズに落ち度はなかったということだけ。老人はだんだん失望の色を見せ始めたわ、特に家畜のことにね。なんといってもご自慢の家畜のことですもの。老人は息子たちには一言も相談せずに、助けてくれそうな人を探したの、こっそりとね(私、この点は彼に落ち度があったと
藤岡:look for helpは難しい。「助けを求める」でいいのだけど、具体的には肉親でない、経験のある赤の他人を雇いたかったわけですね。ぼやけるけど「人を求める、探す」こと。ガブガブさんの訳もいいけど、みかんみかんさんの「助っ人」も面白い。こういう英語には困りますね。
思うの、そう思いません?)。そして運の悪いことに、ジョン・ジェイゴのことを耳にしたというわけ。ジョン・ジェイゴのことはお好き、ミスター・ルフランク?」
「今までのところはノーだな、虫が好きませんね」
ガブガブ自問自答:
まず前回の反省から。
Mr.Lefrankという人名が挿入されているとき、ここまで機械的に訳していましたが、「つなぎの言葉」として訳すというのはなるほど、と思いました。勉強になりました。それからblows and knivesのところですが、「ナイフは飛び交うことなし」とコメントされましたが、ダメでしょうか。もちろん実際に「飛ぶ」ことはないでしょうが、比喩的に使えないでしょうかねえ。「パンチやナイフの応酬があったとは」とすれば良かったでしょうか。ここはblows and knives が二回も出てきます。まず刀傷沙汰という言葉が使えそうだと思ったのですが、最初は具体的イメージを出そうと「パンチやナイフが飛び交った」としたのでした。「殴り合いや切り合いがあったとは」と開くと迫力がなくなってしまうように思いました。二回も出てくるので、具体的にナイフの刃がきらめいてる感じがして、つい「飛び交って」しまったのでしたが―。グーグルで「ナイフが飛び交う」を検索すると26100件。まあ実際に「飛んでる」のも入ってるかもしれませんし、やはり少ない=不適切と見るべきですかね…。まだモヤモヤしています。
藤岡:ガブガブさんが悩む箇所から少し先のtext18で、ナオミが具体的に話しています。それと、自問自答は結構だけど、もっと文章を整理した方がいいな。
それからyour impressionのところですが、どう訳していいかわからずそのまんま訳してしまって恥ずかしいです。先生のように「読者のみなさんが感じられたのと同じように」とすべきでしたね。
今回のコメント:
例によってナオミの口調に手こずりました。品格を保ちつつ軽やかにしたいと思って、語尾を消しては直しの繰り返しでしたが、あまり自信なし(現実の会話では統一感なくしゃべっているとは思うものの、やっぱり読み物としては「です」調なら「です」調で統一したくなってしまいます。保守的なのかも!?)。
「古典ものの言葉遣い、特に女性のそれをどう訳すか」これは大きな命題かもしれないですね。『女ことば今昔』はまだ通読に至っていませんが、p219佐藤春夫の引用部分が気になりました。「~てよ」「~だわ」は大正時代の小説家の工夫なのだとか。それを読者がまねて一般に広まったというのですから小説の力はすごいものがあったんですね。現代はむしろ逆で、一般大衆のことばを小説がまねているのかもしれません。翻訳ものも例にもれず、というところでしょうか。ただ、時代小説を読む楽しみというのもあると思うのです。コリンズはヴィクトリア朝の作家ですから、時代性を感じさせる文体、言葉遣いで訳すという考え方があってもおかしくないと思います。ナオミの台詞にはsirがよく出てきますが、目上のジェントルマンを立てているのでしょうか、そのへんも無視するわけにいかない気がします。先生、皆さんの意見、それにできれば出版社の方の意見も伺ってみたい気がします。【この質問に答える】
中ほどの---on much the larger half of the land, mind---のmindをどう処理するか悩みました。深読みすれば「所有地の大部分だということに注意してください(ジェイゴが管理しているのはこっちの大部分の方ですよ)」という意味合いでしょうか。挿入句なのでつながりがうまくいかなくなるのと、2行に分けるまでもないかなと思って「大部分なわけだけど」と流しましたが、ほかに手を思いつきませんでした。
藤岡:後段に掲げる「藤岡訳」でぼくの回答を読み取ってください。
最後の方、he looked about privately (I think he was wrong in that,~)のところ、thatは何を指すか? 前文を指すのでしょうが、privatelyの直後に括弧がきているので「こっそりと」に括弧がかかるようにしました。それと人称代名詞Iがイタリックで強調されてますが、「私に言わせてもらえば」ということでしょうか。長くなるので「私、~と思うんですけど」としました。カッコ内のことをあわてて言い添えたために、looked about for helpのfor helpが抜けて、言い直してますが、こういうところ、どうしたらいいものやら。ここは読みやすさを優先してすっきり一文にしました。
藤岡:どうなのかな、これでは授業がガブガブさんの質問で終始してしまいます。ぼくに「自問自答」を送る前に、もういちど自問自答してください。ガブガブさんが問うていることには「藤岡訳」がすべて答えていると思います。
さて、以上がガブガブさんの「自問自答」です。
「自問自答」はやはり掲載するだけで、ぼくがとやかくコメントしなくてもよかったのかもしれません。でも、ガブガブさんから言えば、課題に挑戦した以上は、自分の苦心したところ、迷ったところ、上手に訳した思えるところを聞いてもらいたい、という思いがありますね。
しかし、正直言って、こういった文章に対応するのは疲れます。それぞれに発言してもらうのは得難い機会なのですが、ぼくと違ったところで発想されると、言葉の端端までが気になるのでしょうね。講座は普通講師の一人相撲ですから、きわめて勝手なものなのです。
いつか機会を得てガブガブ、みかんみかんのそれぞれと顔を見ながらおしゃべりできれば、そうだな、半日は必要かな、話が通じるようになるでしょう。
ところで、みかんみかんさんの課題訳です。
みかんみかん訳:
好奇心が爆発しそうだった。休息と静寂を求めて、無鉄砲に大西洋を越えるということまでして辿りついたこの家は、いったいどんな所なのだろうか。
藤岡:「好奇心が爆発」はずいぶんと元気がいい。たしかにpowerfully excitedは「爆発」らしくはあるな。でも、「好奇」は珍しいことや未知のことに気持ちがひかれること、語法からいって、「好奇心」は「爆発」するものではない。「辿りついたこの家は、」ではガブガブさんと同じように素直な読みではないな。ぼくのコメント用語では「要再考」となります。
「ええ、アンブローズが話してくれたことをお話しするわ。でも、その前にひとつ約束してちょうだい。本当のことを知っても、わたしたちを置いてけぼりにしたり、ここからいなくなったりはしないと、約束してほしいの。そう約束してくれるなら握手して、ミスター・ルフランク。さあ、約束の握手よ」
彼女に率直に正面切ってこういわれたら、もうどうしようもない。わたしは手を差し出した。こうしてわたしの約束を取り付けたナオミは、前置きはきれいさっぱり飛ばして、いきなり本題に入った。
「ここからモーウィック農場全体を見渡すと」、ナオミはそう話を切り出した。「この農場が二つの部分からなっていることがわかるでしょう。ひとつはこちら側の、この木の下から見渡せるような農地で、もうひとつはあちら側の、農場の半分をゆうに超えるほど広い、牛を飼っている牧場よ。メドウクロフト伯父さまが年を取って体も壊して農場を管理できなくなると、息子たち(アンブローズとサイラス)は、伯父さまのやっていた仕事を二人で分担することにしたの。農地はアンブローズが、牧場はサイラスが引き受けたわ。ところが両方とも、どうしても、息子たちではうまく切り盛りできない。どうしてそうなってしまうのか、わたしにはわからないわ。はっきりしているのは、それがアンブローズのせいではないことだけよ。伯父さまは、そんな状態が不満で不満でしかたがなかったの。牧場については、なおさらだったわ。だって牧場は彼の誇りなんですもの。そこで息子たちには一切の相談もなく、黙って、(あくまでわたしの考えなんだけれども、その点では伯父さまがよくないと思うの。そう思わない?)あちこち探しまわったのよ。息子の助っ人はいないものかと、黙って、探しまわっていたの。そんな伯父さまの耳に入ってきたのが、運悪く、ジョン・ジェイゴだったというわけ。あなたはジョン・ジェイゴのことを好きなの、ミスター・ルフランク?」
「今のところ、好きとはいえませんね」
藤岡:「伯父さま」はどうかな? コリンズが「ミスター・メドウクロフト」と書いているのはナオミが事件を第三者の立場で語ろうとしている様子を見せたいから。「そんな状態が不満で不満でしかたがなかった」と不満を重ねたのは上出来。いい工夫でした。ソフトのMS wordで入力すると赤の下線(波線)を引いて自動的に注意しているけど、自然な日本語であることがありますね。そんなとき、「ビル・ゲイツの奴め!日本語が分からんくせに!」ともの書きはうめいています。
みかんみかん自問自答:
1.Promise you won't go away and leave us when...
この文章を読みながら頭に浮かんできた文章は「わたしたちを置いてきぼりにしないで」というものだった。だが、原文で二つの文章(動詞が二つある)を訳文で一つの文章(述語を一つ)にしてよいものか迷う。結局は、素直な文章が一番と判断し、「わたしたちを置いてけぼりにしたり、ここからいなくなったりはしないで」と訳した。
2.There was no resisting her fearless frankness.
ああ、再びわたしの苦手なパターン! "her fearless frankness" では、抽象的な名詞を抽象的な形容詞で修飾している。ガブガブさんがテキスト15の"innocent frankness"でおっしゃっていたように、頭の中でこねくりまわしているうちにわけがわからなくなる。
そこで先生の「テキスト15」の訳(いかにも乙女らしく率直にナオミにこういわれると)を踏襲することにした。すなわち、二つの言葉を共に副詞として訳し(乙女らしく率直に)、ナオミの状態を表す述部(いわれる)を補足する。で、出来上がったのが次の訳文。
「彼女に率直に正面切って求められたら、いやだと言えるはずがない」
だが、この「求められたら」はテキスト15の「白状する」(to speak one's mind plainly to Naomi)と同じく、ちょっとオーバーな表現かもしれない。第二案としては、
「彼女に率直に正面切ってこういわれたら」
この場合は、次にまた「言う」という言葉は使えないので、
「彼女に率直に正面切ってこういわれたら、もうどうしようもない」
第一案と第二案で迷うが、どうしても「求める」にひっかかりを感じてしまうので、第二
案にする。
3.without wasting a word by way of preface
前口上なし、というだけなら簡単だけれども、"not waste a word"の香りをつけた訳文を作るにはどうすればよいのか悩みに悩む。積極的に省略するという意味を持ち、さらにスピード感があるという意味で、「すっ飛ばして」を使いたかった。が、「すっ」という接頭語はカジュアルすぎて不適切な感じもするので諦めた。最終的に「前置きはきれいさっぱり飛ばして」に落ち着く。
4.畑か農地か農園か…
cropsをraiseする場所ときいて、まず頭に浮かぶのは「畑」だった。が、「畑」では、豪農の経営する大規模農場の一部としては弱い感じがした。かといって、「農地」は若い娘さんの語彙ではない感じがするし、「農園」では穀類を育てているイメージが湧かない。ちなみに、農園とは、『広辞苑』によれば、おもに園芸作物を栽培する農場とのこと。『新明解国語辞典』によれば、野菜・草花・果樹などを栽培する農場とのこと)。さんざん迷うが、アンブローズの言葉にナオミは農業という仕事に嬉々として取り組んでいるというものがあったので、彼女は恋人と農場経営について熱心に語り合ったと理解することにし、お役所風な響きを持つ「農地」を選択。
藤岡:やはり、答えようがないな。本人も、答えを求めているのではないでしょう。次回から「自問自答」は要点を1,2点に絞り、簡潔に、そして読者の共感を呼ぶような小エッセイにしてほしいな。
藤岡訳:
話を聞いて、いやが上にも好奇心がつのった。休養だ、安静だ、と海を渡ってやってきたのだが、いかにも軽率だった。とんでもない家族の中に飛び込んでしまったらしい。
「さあ、どんなことがあったのか聞かせてください」と訊いた。
「いいわ、アンブローズから聞いたことだけど、すっかり話しますね。でも、その前に約束してください、いいでしょう、この話を全部聞いてしまったからって、出て行かないで、私たちを置いていかないでほしいの。ねっ、お願いミスター・ルフランク、約束よ、握手をしてちょうだい」
こうも率直に出られて、嫌とはいえない。彼女の手をとり、出て行かないと誓うと、ナオミはすぐさま、前置き抜きに本題に入った。
「農場を案内してもらったら」と彼女は切り出した。「すぐさま分かると思うけど、ここは実際には二つの農場なの。こちら側の、この楡の木の下から見えている方で穀物を育て、反対側で、そっちの方が半分といってもずっと大きいけど、牛を飼っているの。ミスター・メドウクロフトは、おじのことよ、年をとってきて病気がちになり、自分の農場を独りで面倒見切れなくなって、息子たち、つまりアンブローズとサイラスなんだけど、この二人に仕事を分けてやらせたの。アンブローズが穀物の面倒を見て、サイラスが牛の面倒を見たのよ。
でも、どこか、彼らの管理ではうまくいかなかったの。理由は分からないわ。はっきり言えるのはアンブローズに落ち度があったわけではないの。だんだん、老人は我慢できなくなってきて、とくに、牛のことが。家畜は、老人の誇りなのよ。息子たちには何も言わず、密かに経験者を探したの。これは良くないことだったわ、そう思うでしょう、ルフランク、でも、ほんきで人探しをしたの。そうして、なんてことでしょう、ジョン・ディエゴのことを耳にしたのよ。あなた、ジョン・ディエゴのこと気に入って?」
「そうだな、今のところ好きじゃないな」
―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――
本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。
応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。
手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。
挑戦者、あらわる
この提案には、これまで数名からの提案がありましたが、ついに「一応のレベルに達している」挑戦者があらわれました。北海道在住の「みゅうの母」さんです。みゅうの母さんは、「公開講座 プロになるぞ!!」を熱心に勉強されており、多くのコメントもお寄せくださっています。この度、長年温めてきた翻訳作品を編集部に持ち込まれました。藤岡先生からのフィードバックを元に、ただ今、改訂版に取り組んでらっしゃいます。『わたしの新訳』コーナーに発表する日も近いかもしれません。
さて、ここで、藤岡先生がみゅうの母さんに宛てたフィードバックの一部を紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさまに、参考にしていただければ幸いです。
藤岡先生コメント(抜粋)
- 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
- (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
- 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。
このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。
編集部記




























