入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳玉手箱

藤岡啓介の翻訳玉手箱 第3篇
公開講座 プロになるぞ!! 第2期第2回
ウィルキー・コリンズ作『死者は生きていた』

藤岡啓介
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新弟子さんを迎えて第2回目、これまでの眠り姫さん、ビュシーノさんと、どこか変った所が出ているかな? なにしろ、ガブガブさんもみかんみかんさんも、どちらも斎藤静代の翻訳勝抜き道場で鍛えられているし、それに、これまで翻訳にはだいぶ「月謝」を払ってきているようです。

ここでのんびり修業しなさいよ、なんていっていられない、こちらが「道場破り」を食らっているのかもしれません。

text 15:

There was no choice but to speak one's mind plainly to Naomi. I acknowledged the impression which had been produced on me at supper-time just as plainly as I have acknowledged it in these pages.
Naomi nodded her head in undisguised approval of my candor.

解題:

There was no choice but to speak one's mind plainly to Naomi. :そこには(……以外にいかなる)選択もなかった、自分の心を率直に語るより(語る以外にいかなる選択もなかった)、ナオミに対しては。

よくある構文ですが、訳文は以下にみるように、だいぶ個性的に異なっています。

――ナオミにたいしてはすっかり胸襟を開いてみせるより他なかった。(ガブガブ訳)
――ナオミにかかっては、誰でも何もかも白状してしまうしかないのだ。(みかんみかん訳)

どうだろう、面白い。ガブガブさんはこれまで飽きるほど出会ってきた構文に、「しょうがないな、参考書的にやっても詰まらないし、といって大きく外れることはできない。「胸襟を開く」とでもやっておくか。でも「胸襟」ではunbosom oneself (to sb) があるな、いいや、こうして訳してみると、生硬じゃないや。

一方のみかんみかんさん、ナオミの「威力・魅力」に力点をおきたかったのか、「……かかっては、白状するよりほか」と翻っています。

構文も単語の一語一語も、すべてに疑問がなく理解できると、翻訳者はすっかり自由に言葉を展開させ、楽しく翻訳していきます。でも、そこまで原文が理解できるのはめったにありません。自由を楽しんでいると、今度は思わぬ苦しみに出会います。

否定か肯定か?

藤岡訳は、これまでにそうした楽しみ苦しみを経験してきたからか、「話すべきだと思った」とあっさり片付けました。「胸襟」「白状」、いずれも悪くはないが、こうして訳していくと先が思いやられるな、力を抜いて、それこそplainlyに訳していく方がいいな。

――ナオミには、自分が感じたままを話すべきだと思った。(藤岡)

「より他ない」「しかない」にみる係助詞「しか」の語法は何かを強く打ち消して「それに限る」というときに使います。藤岡訳では否定ではなく肯定文にしましたが、どうでしょう、上の二人の訳文とくらべて、意味合いに違いがありますか?

日本語では日常的に反語文、否定文、二重否定文をつかいません。素直な心優しい民族なのかな。措辞に未熟なのかな。日本語には、疑問符?、強調符!、引用符‘’“”、コロン:セミコロン;がなかったし、関係代名詞、分詞構文、不定詞、受動態、時制という文法概念もありませんでした。翻訳をするとき、漢文調の文章をつかうと意外にすらすらと訳せるのに、できるだけ「大和言葉」で展開させようとすると藪の中に迷い込んでしまいます。

でも、ゆたかな、感性あふれる語彙をもつ日本語です。できるだけ、平明に訳していきたいですね。

文節区切り対訳法

I acknowledged the impression which had been produced on me at supper-time just as plainly as I have acknowledged it in these pages.: 

前回でも述べたように原文を最小限の文節に区切って訳語・訳文を当てて行くと、眼で追っていただけでは気がつかなかった意味合いが読めてくることがあります。その「文節区切り対訳」で追いかけると、

I acknowledged the impression ――わたしは印象を認めた、
which had been produced on me at supper-time ――その印象とは、夕食のときわたしの上に(わたしに対して)作り出していた印象である(夕食時に、わたしが得た印象)。
just as plainly as I have acknowledged it in these pages.:――同じようにまったく率直に、わたしがこれらの頁で(これまで述べてきた)その印象を認めてきたのと(まったく同じように率直に)。

the impression を「印象」としてもいいのですが最近の英和辞書では「頭に焼きついたイメージ」と平明に砕いて原義を示しているものがあります。「感じ」「思い」「気持」も使えますね。

Naomi nodded her head headin undisguised approval of my candor.:――ナオミは、頭を上下に振った、わたしの率直であることのあからさまな承認として。

undisguised: 使いにくい言葉ですね。「変装していない、真顔の、あからさまな」ですが、作者はここでナオミの表情を思い浮かべているのでしょう。ただ「率直」だったらplainもあればfrankもありますね。「自問自答」でガブガブさんがナオミのことをキャサリン・ヘップバ-ンじゃないか? といっていますが、ぼくにもキャサリンの顔が浮かんできます。「アメリカ女」ですね。

ガブガブ訳:

ナオミにたいしてはすっかり胸襟を開いてみせるより他なかった。私は晩餐の席で受けた印象について正直に認めた。ここまで自分の感じたままをしたためてきたのと、率直さにおいて変わるところがないくらいに。私の正直ぶりをいかにも了承するように、ナオミは頷いてみせた。

みかんみかん訳:

ナオミにかかっては、誰でも何もかも白状してしまうしかないのだ。わたしは夕食の席で感じたままを、ここまで書いてきた通りに、包み隠さず打ち明けた。わたしの率直な感想に、まったくその通りだという風に、ナオミは大きく頷いてみせた。

藤岡訳:

ナオミには、自分が感じたままを話すべきだと思った。夕食のときわたしがどのような気持でいたか、それはもうここに書いてきたことだが、できるだけはっきりと伝えた。遠慮なく、あのときどういう気持ちでいたか話すと、ナオミはわたしの率直な話しぶりに大きくうなずいて、答えた。

text:
"That will do, that's speaking out," she said. "But--oh my! you put it a deal too mildly, sir, when you say the men don't seem to be on friendly terms together here. They hate each other. That's the word, Mr. Lefrank--hate; bitter, bitter, bitter hate!" She clinched her little fists; she shook them vehemently, by way of adding emphasis to her last words; and then she suddenly remembered Ambrose. "Except Ambrose," she added, opening her hand again, and laying it very earnestly on my arm. "Don't go and misjudge Ambrose, sir. There is no harm in poor Ambrose."

解題:

このパラグラフにセミコロンが三箇所もあります。こうなると、文章を整える単なる記号ではなく、しっかりした意味をもつ言葉のつもりなのでしょう。

"That will do, that's speaking out," she said.: ――「それで結構です、遠慮なくいってくれました」と彼女がいった。
"But--oh my! you put it a deal too mildly, sir, when you say the men don't seem to be on friendly terms together here.:―― 「しかし、とんでもないわ! あなたはそれをとても控え目に扱われました、こう言われたでしょう、男たちが、仲良しであるようには思えなない、ここにいっしょにいて」
"They hate each other. :――彼らは互いに憎んでいます
That's the word, Mr. Lefrank--hate; bitter, bitter, bitter hate!" :――それこそ、こう言っていいでしょう、ミスター・ルフランク、そうです、憎悪に満ちた、憎悪に満ち満ちた憎しみなのです!
She clinched her little fists; she shook them vehemently, by way of adding emphasis to her last words; :――――彼女はその可愛らしいこぶしを握りしめた。彼女はそのこぶしを激しく振った、彼女の最後の言葉に語勢を与えるように。

セミコロンが伝えるもの

ここでセミコロンです。えっ? ナオミが握りこぶしだって? と読者に読み直してもらいたいところなのですね。しかも、この部分、セミコロンで挟んでいますね。どのように訳しているかな?

――小さな両のこぶしを握りしめ、最後の言葉を強調するように激しく振った。そしてふいに、(ガブガブ訳)

――この締めくくりの台詞をいっそう強調しようと、ナオミは小さな両の握りこぶしを荒々しく突き上げた。とたんに、(みかんみかん訳)

新弟子、なかなかの奮闘ぶりです。

――こういうと、「憎み合う」という言葉にさらなる思いを込めるかのように、ナオミは小さなこぶしを握りしめ激しく振りまわすのだった。こうしながら、突然(藤岡訳)

藤岡訳では「憎み合う」と括弧で括っていますが、これもセミコロンの力かな。

and then she suddenly remembered Ambrose. :――そしてこのとき、彼女は突然アンブローズを思い出した。
"Except Ambrose," she added, opening her hand again, and laying it very earnestly on my arm.:――アンブローズは除いて」と彼女は加えた、自分の手を再び開きながら、そしてそれをわたしの腕に非常に真剣に(真面目に)のせながら。
"Don't go and misjudge Ambrose, sir. There is no harm in poor Ambrose.":――「このままアンブローズを誤って理解しないでください。可哀そうなアンブローズには悪意がありません」

ガブガブ訳:

「それでいいのです。遠慮なさらず言ってくださいました。でも、まあ何ということでしょう! ここの男性たちは親しそうには見えないだなんて、あなたのおっしゃりようは穏やかに過ぎますわ。彼らは憎みあっているのです。それがぴったりな表現ですわ、ルフランクさん。憎しみです。ひどい、まったくひどい憎しみなんです!」小さな両のこぶしを握りしめ、最後の言葉を強調するように激しく振った。そしてふいに、彼女はアンブローズのことを思い出した。「アンブローズは違います」握っていたこぶしを開くと、気持ちを込めて私の腕に置きながらそう言う。「どうか間違ってもアンブローズのことを誤解なさらないで。かわいそうに、アンブローズには何の悪意もないのです」

みかんみかん訳:

「ありがとうございます。忌憚ないところを聞かせていただきました」と彼女は言った。「ただ…はがゆいこと!事態を甘く見過ぎているところがおありです、ルフランクさんには。彼らは親しそうには見えなかった、とおっしゃったところです。あの人たちは憎しみ合っているのです。正しく、ルフランクさん…憎しみ合い、です。それも、烈しい、烈しい、烈しい憎しみ合い!」 この締めくくりの台詞をいっそう強調しようと、ナオミは小さな両の握りこぶしを荒々しく突き上げた。とたんに、さっと、その胸にはアンブローズの影がよぎった。「でもアンブローズだけは別です」と言うや、ナオミは握りこぶしをゆるめると、今度はその手でわたしの腕をわしづかんだ。「どうかアンブローズのことを誤解しないで下さい、ルフランクさん。悪気なんてちっともないのです、かわいそうなアンブローズには」

【今回も、ガブガブさん、みかんみかんさんから「自問自答」が寄せられています】

みかんみかん・自問自答:
that will do:オクスフォード現代英英に、"used to order sb to stop doing or saying sth"とある。ナオミがルフランク氏の話を制している、と理解。
that's speaking out:speakingは動詞の進行形でoutは副詞? outが副詞なら"clearly and loudly so that people can hear"。
Cobuildのspeak outでは、"you say publicly that you think it is a good thing or a bad thing"とある。ナオミは、ルフランク氏の主旨をきちんと理解したことを示している、と理解。「よくわかりました」の方が自然だったかも。「主旨をきちんと」のニュアンスを出したかったので「忌憚ない・・・」としたが考えすぎか?
感動詞:oh my god! 日本人は溜息をつくか、言葉にならない音声を発するので、文字化できないのでは?
and then she suddenly remembered Ambrose.:突然、ナオミの内面の動きを描写する。それまでは外面の描写ばかりだったのに。セミコロンの多用も含めて、今回のテキストの中でいちばん頭を悩ませたところ。ものすごく不満足な訳。

藤岡訳:

ナオミには、自分が感じたままを話すべきだと思った。夕食のときわたしがどのような気持でいたか、それはもうここに書いてきたことだが、できるだけはっきりと話した。遠慮なく、あのときどういう気持ちでいたか話すと、ナオミはわたしの率直な話しぶりに大きくうなずいて、答えた。
「その通りだわ。まったく、その通り、すごく変なのよ。でも、あなたの言葉は優しすぎるわ、だって、あの人たちはここにいて、とげとげしい物言いをしていると思ったんでしょう? あの人たち、憎みあっているんです。そうなのよ、ミスター・ルフランク、憎み合っているの、それも、冷酷に、無慈悲に、憎悪をこめて、憎み合っているのよ」

こういうと、「憎み合う」という言葉にさらなる思いを込めるかのように、ナオミは小さなこぶしを握りしめ激しく振りまわすのだった。こうしながら、突然アンブローズのことが気になったのだろう、「アンブローズは別なの」と加えた。握っていたこぶしを開き、怒りをおさめ大真面目でわたしの腕に手をかけた。
「アンブローズのこと、思い違いしないでくださいね。あの人、けっして悪気はないんです」

text:
The girl's innocent frankness was really irresistible.
"Should I be altogether wrong," I asked, "if I guessed that you were a little partial to Ambrose?"
An Englishwoman would have felt, or would at least have assumed, some little hesitation at replying to my question. Naomi did not hesitate for an instant.
"You are quite right, sir," she said with the most perfect composure.
"If things go well, I mean to marry Ambrose."
"If things go well," I repeated. "What does that mean? Money?"
She shook her head.

解題:

text:
The girl's innocent frankness was really irresistible.:
――少女の無邪気な率直さは、ほんとうに、たまらなく魅力的だった。
"Should I be altogether wrong," I asked, "if I guessed that you were a little partial to Ambrose?":――わたしはまるっきり間違っているかもしれませんが」と、わたしはきいた。「もしも、わたしが推測したならば、あなたがアンブローズに対して少し贔屓にしていると」
An Englishwoman would have felt, or would at least have assumed, some little hesitation at replying to my question.:――英国婦人は(……であればだれでも )感じたであろう、あるいは、少なくともそうした様子を見せるだろうが、わたしの質問に答えて、どこか少しばかり躊躇を(感じたであろう)。
Naomi did not hesitate for an instant.:――ナオミは躊躇しなかった、ほんの少しの間も。
"You are quite right, sir," she said with the most perfect composure.:――「まったくあなたの言う通りです」彼女はいった、もっとも完全な冷静をもって。
"If things go well, I mean to marry Ambrose."――「もし物事がうまくいけば、わたしは予定しています、アンブローズと結婚することを」
"If things go well," I repeated. "What does that mean? Money?":――もし物事がうまくいけば」、とわたしは繰り返した。「それは何を意味しているのですか? お金ですか?」
She shook her head.:――彼女は首を振った。

ガブガブ訳:

この娘(こ)の一本気な率直な態度といったら、実に抗しがたい魅力があった。
「ぼくの思い違いでしょうか、少々アンブローズに肩入れなさっているようにお見受けしますが?」

英国女性だったら、こんな質問をされたら多少のためらいを感じるか、少なくともそのような素振りを見せるところだ。ところがナオミは一瞬たりとも躊躇することがなかった。
「おっしゃるとおりですわ。万事うまくいけば、アンブローズと結婚するつもりです」見事に落ち着きはらって答える。
「万事うまくいけば、とはまたどういうことです? お金ですか?」
彼女はかぶりを振った。

ガブガブ・自問自答:

1段目の第2文、それに3段目"innocent frankness"などに苦労しました。

1段目は、後ろから訳すかどうかで迷いましたが、ごたごたするので前からにしました。"the impression which had been produced on me"は「(彼らが)私に抱かせしめた印象」とでもなるのでしょうか。言い換えました。したためるは漢字で書くと「認める」なんですね!

"innocent frankness"ですが、主人公がナオミに感じる魅力を正確に伝えないと、ナオミの魅力が半減して、物語全体が台無しになってしまいます。innocentは「無邪気な」とするとちょっとお馬鹿さんな感じがしてしまうような。franknessは「臆面のなさ」だと何だかぬけぬけとした感じ。「てらいのなさ」も違いますね。「あけっぴろげ」だと下品な感じだし。「一本気な率直さ」でしょうか。座りが悪いですね。頼みの電子辞書SR-G10001でもこの2語を含む例文はヒットしませんでした。"frank innocennceとしたらまた違った意味になるのか?→Googleで検索すると、同じくらいの数でヒットしました(-Frank'sとして)。いろんなことを考えているとわけがわからなくなってきました…

ナオミは私のイメージでは、キャサリン・ヘップバーンが浮かんできてしまいます。フランスではヘップバーンと言えばオードリーではなくキャサリンの方が断然人気があったようですが、フランス系の「私」もキャサリンタイプに惹かれるのかなと、思ったりしました。(日本ではオードリーの方が人気があるように思いますが、私はやっぱりキャサリン派です!)みなさんはどう感じていますか?【この質問に答える】※この質問は締め切りました

みかんみかん訳:

この幼子(おさなご)のように素直なお嬢さんは、ひとに有無を言わせないところがある。
「まったくの見当外れかもしれませんが」、そうわたしは質問を切り出した。「ひょっとすると、アンブローズはあなたの思い人ですか」

英国女性だったら、こんな質問をされたら多少のためらいを感じるか、少なくともそのような素振りを見せるところだ。ところがナオミは一瞬たりとも躊躇することがなかった。

イギリスの御婦人方なら、このような質問に答えることにはいささかのためらいを感じるか、そうでなくとも、せめてそんな素振りを見せようとするはずだ。が、ナオミは一瞬たりともためらうことはなかった。
「おっしゃる通りです、ルフランクさん」そう返したナオミは、平静そのものだった。「心配ごとに片が付けば、わたしたちは結婚するつもりです」
「心配ごとに片が付けば」、わたしは鸚鵡返しに繰り返した。「それはどういう意味でしょうか。金の問題ですか」
ナオミは首を横に振った。

みかんみかん・自問自答:

irreisistible:作者は「ちょっと強引だけど、抗いがたい魅力がある」という、二重の意味を付与しているのか? 迷ったけれど、付与していないと結論づける。
be a little partial to:”a little”がついているので、やや婉曲な表現にした。
見当違い?見当外れ?:広辞苑には見当外れはなし。間違った用法か?
An Englishwoman:英米の一般的女性同士を比較するという意味で、不定冠詞Anを使ってあると理解。が、日本語では複数にしたほうが「一般としておさまりがよい」感じしたので「御婦人方」とした。
英文和訳のテストなら駄目か!"if Naomi was an englishwoman"の含みがあるとすれば、やはり「イギリスの御婦人なら」とすべきか???

藤岡訳:

いかにも乙女らしく率直にナオミにこういわれると、もう返す言葉はなかった。
「ところで、こうひとつ、これも誤解かもしれないけど、あなたはアンブローズに少々肩入れしすぎているんじゃないかな」

もしも英国婦人であったなら、わたしの不躾な言葉に一瞬ひるむ様子を見せるか、あるいはわざと見せるのだろうが、ナオミはほんのわずかも、ひるんだ様子を見せなかった。
「あなたの言う通りだわ」ナオミは動じることなく、落ち着きはらっていった。
「万事うまくいけば、わたしアンブローズと結婚するつもりです」
「万事うまくいけば」と、わたしは繰り返した。「どういう意味なんですか。お金ですか」

彼女はそうではないと、首を振った。

みかんみかん・自問自答:

女ことば:

ナオミの台詞が続くので、あいかわらず女性の話言葉の文体について考える。(先生の書架には『杉本すすむ著作集』が揃っていたが、「杉本つとむ先生の『女ことば今昔』を読みましたか?」という「天の声」が聞こえてくるな。「あー読もうとは思っているのですが…」と言葉を濁すしかない。身が縮こまる。)

近所の市民図書館で関連書籍を数冊ざっと拾い読みしたり、ネットサーフィンしたりした結果、見つけたのが「てよだわ言葉」という用語。

この用語をもっと早く知っていれば、前回の自問自答で「少女小説に出てくる『ごきげんよう』に代表される語彙」なんていう、まどろこしい言い方をしなくて済んだのに。

この「てよだわ言葉」、識者の間で色々な議論が交わされていることがわかった。たとえば、日本語の豊かさに寄与するものであるとか、虐げられた女性史の傍証であるとか。
が、わたしにとっては頭の痛い問題である、翻訳書の「てよわだ言葉」は原書の魅力を損なうや否や、というポイントから論じた文献には今のところお目にかかれず。残念。調査続行。

なお、映画字幕の「てよわだ言葉」については、個人的には、バーグマンやへプバーンやモンローなら許せるが、モニカ・ベルッチやC・ゼタ・ジョーンズやジュリア・ロバーツになると舌打ちしたい気分になる。また、小津の映画の登場人物が「てよわだ言葉」をしゃべっていても気にならないが、明治・大正を舞台にした現代映画でそれを聞くと、ちょっと背中が痒くなる。(例:「それから」の三千代役の藤谷美和子)わたしは色々と許容範囲の狭い人間であるという自覚はあるが、さて、みなさんはどうなのだろう?【この質問に答える】

―― 「わたしの新訳」に挑戦しましょう ――

本誌は「翻訳者の登竜門」です。読者の皆さんの翻訳作品を「わたしの新訳」欄に積極的に推薦します。条件は「本誌の読者」であること。この「公開講座 プロになるぞ!」をはじめとして、「翻訳勝ち抜き道場」を担当されている斎藤静代さんや新しく「入門翻訳勝ち抜き道場」を担当される藤田優里子さん、「部屋」をもたれている原田勝さん、岩坂彰さんの愛読者・講座登録者が、「私の翻訳を読んでほしい」と希望されれば、本講座の藤岡先生が原文・翻訳を読み、一応のレベルに達していると判断したら(あるいは何回かダメをだして改訂をしてもらってから)本誌の編集部に推薦して、掲載を依頼します。条件は、あなたが新人で、これまで公けの媒体に翻訳を発表したことのない人(原稿料・翻訳料をもらった経験のない人)。翻訳する作品は、版権がない(原則没後50年たった)英米作家の文芸作品で、短編小説かエッセイ。サキ、O・ヘンリー、ビアスなどの短篇作家には、新しい翻訳が望まれていますよ。ハーディーやD.Hロレンスにも短編があります。

応募を受けて推薦しない場合、その旨を伝えします。

手をつけている作品がありますか? 新刊の版権フリー本だけが市場ではありませんよ。編集部宛てに「自己紹介」と翻訳する作者(作品)を教えてください。手順を案内します。

挑戦者、あらわる

この提案には、これまで数名からの提案がありましたが、ついに「一応のレベルに達している」挑戦者があらわれました。北海道在住の「みゅうの母」さんです。みゅうの母さんは、「公開講座 プロになるぞ!!」を熱心に勉強されており、多くのコメントもお寄せくださっています。この度、長年温めてきた翻訳作品を編集部に持ち込まれました。藤岡先生からのフィードバックを元に、ただ今、改訂版に取り組んでらっしゃいます。『わたしの新訳』コーナーに発表する日も近いかもしれません。

さて、ここで、藤岡先生がみゅうの母さんに宛てたフィードバックの一部を紹介します。これから挑戦されることを検討していらっしゃるみなさまに、参考にしていただければ幸いです。

藤岡先生コメント(抜粋)

  • 提出していただいた翻訳は、翻訳コンテストでは優秀作でしょうが、でも、これを翻訳者が実名で発表するとなると、もうひと工夫ふた工夫がほしくなります。登竜門への挑戦です。頑張りましょう。
  • (藤岡先生の)参考訳をよくごらんください。翻訳しながら悩んだこと、迷ったことへの回答があるでしょう? 英文解釈もさることながら、この作品は低学年の子供たちが読むものです。こどもの読解力に迎合してやさしくするのではなく、一定の語彙・表記・表現の幅を踏まえながら、子供たちに日本語の正しい発想で読み書きすることを教えなければなりません。いわゆる「翻訳臭」を徹底的に避けます。基本的には、みゅうの母さんの日本語は温かく、すてきな感性を表しています。
  • 語りかける作家の姿勢は?ここで翻訳者は「翻訳者」でなく、日本の作家にならなければ駄目でしょうね。参考訳は一案で、他にもいろいろ考えられるところです。この商品の「決め手」になるでしょう。

このほか、原稿のフォーマットについての指示など丁寧なアドバイスをしています。
藤岡先生の参考訳は、A4 一頁に及び、訳文を改訂する際に十分な量の訳例を提示しています。
どうぞみなさん、果敢に挑戦してください。お待ちしております。

編集部記

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2009年8月3日号