Think Of England-その7 Her Share of Happiness
〈母〉から電話がきた。ジョジーばあさんにちょっといいことが巡ってきたらしい。 おととしに死んだじいさんは、子供がいなかったので、最後まで世話をした〈母〉とジョジーばあさんに持ち物をすべて譲っていった。実を言うと、じいさんには姪っこと、その恋人の間に生まれた娘がいて、じいさんがいよいよ危ないとなってからは顔を見せるようになっていたので、あかの他人である〈母〉やジョジーに財産を残すとはみんな考えてもいなかった。だが、いつのまにかじいさんは弁護士に遺言書をつくらせていて、三分の一は〈母〉、もう三分の一はジョジーばあさん、そして残りの三分の一は二匹の縞猫に残してあった。
もちろん猫たちは自分で銀行に行くわけにはいかないので、〈母〉が遺言執行人に指名され、彼らの身柄も引き受けることになった。
で、何がいいことなのかというと、このジョジーばあさんに、八三歳にしてついに春が巡ってきたのである。なにしろ彼女の人生は傍目からみてもかなりひどいものだった。
若いときは第二次世界大戦の真っ最中で、女中として働いていたロンドンで空襲にあい、命からがら田舎に戻ってからは女子挺身隊だかなんだか、兵隊に行った英国男児の銃後を守って農場で牛を追いかけ、羊の毛を刈り、トラクターを運転し、真っ黒になって働いた。ようやく戦争が終わって、言い交わした人が帰ってくるのを首をながくして待っていたのに、その人は戦場で行方不明になってしまった。友達のエルシーのところには、パラシュート部隊で不時着したときに頭をやられてちょっとねじが緩んだとはいえ、一応、五体満足でバーロー(後のじいさん)が帰ってきた。そういう幸せな人たちを横目に見ながら、ジョジーは黙々と鳥小屋を掃除し、麦刈りを手伝った。
三〇に届くころ、世話をしてくれる人があって、ジョジーはトミーといういくつか年上の商売人と結婚した。しかしこのトミーがろくでもない男でジョジーをさっさと妊娠させると、町の余っている女たちに(なにしろ戦争で男の数がだいぶ減っていたので)かたっぱしから声をかけ、浮気にせいをだした。そっちにせいを出しすぎて店は傾き、とんでもない借金をかかえ、それでもジョジーが大事に貯めていた壷の中の金を持ってはパブに繰り出し、景気よく遊んだ。
子供が生まれたら人が変わるというのはおとぎ話のなかだけで、当然トミーは子供になど目もくれず、よくもまあ、これだけ女がひっかかるものだと感心するほど遊び続けた。
もちろんジョジーはそのあいだ、夜明けから農場で働き、夜は人の家の洗濯をして家計の足しにして、一人娘を育てつづけた。そしてそんなある日、ちょっとした事件が起きた。トミーとその相手の女が撃たれたのだった。これまでは独り身の女にしか手を出さなかったのに、ちょっと面白そうだと人の奥さんにちょっかいを出し、悪いことにその旦那が戦争帰りで家に拳銃を持っていたのだった。撃ちどころがよかったのか悪かったのか、トミーは死に損ない、ジョジーは黙って入院費を出し、せっせと看病に通い、夜は人の家の洗濯をして稼いだ。しかし、その真心が通じて改心するかと思えば、医者もあきれるほど元気になったトミーは、退院するとまた遊びはじめた。驚いたことに八〇を過ぎた今も遊び続けている――
――という話をジョジーばあさんは、ティンマスの海岸でベンチに腰かけ、作ってきたツナとリンゴときゅうりのサンドウィッチをすすめてくれながら、ゆっくりと語った。ちょうどわたしが短い結婚に失敗してイギリスに里帰りしたときで、たぶん慰めてくれようとしていたのかもしれない。少しはなれたところで、〈母〉と〈父〉はじいさんと並んでポットの紅茶を飲み、フィッシュアンドチップスをつまんでいた。
ジョジーばあさんの人生に少し陽がさしはじめたのは、ある日、じいさんの家を訪ねたときからだった。若い頃に友達だったじいさんの奥さんのエルシーがしばらく前に死んだことは知っていたが、もう行き来も途絶えていて、とくにじいさんに会いに行くこともなかった。しかし、通りの向かいの八百屋のなかだちで、じいさんの洗濯物の面倒を見てくれる人を探していた〈母〉に会い、仕事を引き受けることになったのだ。働いていた農場はとっくに売られてしまい、年も八〇近くていまさらトラクターを運転するわけにもいかない。若い頃、婦人部隊に入っていたおかげで年金が出るけれど、ジョジーは今も人の家の洗濯物を引き受けて暮らしのたしにしていたのだった。
気難しいじいさんに、エキセントリックな〈母〉。物静かで働き者で我慢強いことだけがとりえのジョジーばあさんはかなり戸惑った。しかしじいさんはサンデーランチには必ずジョジーを誘うといって聞かず、やがてジョジーも〈母〉の気取ったクイーンズ・イングリッシュに慣れていき、穏やかな〈父〉の運転する車で、折々にデヴォンの小さな村々を巡る午後を楽しむようになった。
数年が過ぎ、じいさんが病に倒れた。今度も台所のたたきのところで倒れ、まずいことに頭を打っていた。一度は〈母〉に急を知らせた猫のフィリックスもすでにこの世になく、二日もたってからじいさんを見つけたのは買い物がないかと聞きにきた〈父〉だった。
それから十ヶ月、長い長い時間をかけて、じいさんは少しずつ向こう側の世界に移る準備をしていった。回復しても体に麻痺が残ると知ると、じいさんは治療を断り、海の見える老人ホームに移った。毎日、〈母〉と〈父〉はじいさんを見舞い、ジョジーはショッピングカートをひいては洗濯物をとりにいき、ぴしっとアイロンをかけて届けた。
じいさんの金が入ってから、ジョジーは人の家の洗濯をやめることにした。そして映画を週に一度、観に出かけるようになった。ラドウェイ・シネマという町で唯一の映画館では、六〇歳以上の客は木曜日の朝一番の上映がたった一ポンドだ。その上お茶とビスケットが無料で配られる。だから木曜日は、ここは町に住む老人たちの社交場になっている。
去年の十一月のある木曜日、ジョジーはここで一人の老紳士に声をかけられた。「あんた、昔、ソルター農場で働いていなかったかね?」聞いてみると、その紳士は、戦争で負傷し、戦後、しばらくソルター農場にやっかいになっていたという。しかし何しろ五〇年以上も前のことだ。自分だって娘の頃とはずいぶん面変わりしているし、見分けられるとはとても思えない。
「いやいや、その後もあんたのことは何度か見かけていたんだよ。だが、トミーの女房になったって聞いてね。わしは結局、独り身さ」
老紳士は隣の席をぽんぽんと叩いてジョジーばあさんをうながした。「トミーのやつはもうどうにもならんよ、ジョジー」
来月、ジョジーばあさんはトミーと正式に離婚する、と電話口で〈母〉は言った。この頃、毎週木曜日に老紳士とラドウェイ・シネマで待ち合わせ、並んで映画を観て、それから向かいにあるシモンズ・ティー・ハウスでお昼をご馳走になるのが決まりになっているという。このあいだ、〈母〉は老紳士にヴィクトリア・ホテルの夕食に誘われたジョジーと一緒にヴァニティ・フェア洋品店に出かけ、薄い水色の花柄のドレスと白とピンクのスカーフを選んでやった。ジョジーの青い目と雪のような白い髪に映えることだろう。
ずいぶんと時間がかかってしまったけれど、ジョジーにもささやかながら幸せの取り分がめぐってきたのかもしれないね、そう言うと、早口にしゃべっていた〈母〉はちょっと言葉をとぎらせた。「じいさんが生きてたら、悔しがったわねえ。ジョジーのことが好きだったんだから。そうそう、昨日、買い物の帰りにじいさんの古い家の前を通りかかったらね、黄水仙がそれはきれいに咲いてたのよ。あそこに球根を植えたのはもうずいぶん前のことなのに。日陰だから無理なのかと思ってたら今頃あんなに咲きそろうなんて、不思議ねえ」





























