Think Of England その4 ビッグ・イッシュー
洋書の森がある飯田橋の駅前に、おじさんが雑誌らしきものを持って突っ立っている。消極的な宗教勧誘のようにも見えなくもないけれども、その正体は日本版ビッグ・イッシューの販売員さんである。日本のイッシュー売りさんたちは辛抱強く、ただ黙って街角に立っているので、気づく人も少ないかもしれない。げんに、洋書の森ボランティア仲間の藤田さんも、教えてあげるまで知らなかった。ビッグ・イッシューとは、イギリスではじまったホームレスの人の自立を支援するための雑誌で、売り上げの一部が販売するホームレスの人々の収入になる。

ビックイッシュー 日本語版
社会活動に熱心な映画俳優やミュージシャンのインタビュー記事が目玉で、そのほかも政治、環境保護やアート関連のエッジーな記事が多い。雑誌の性質上、マイノリティ関連もよく取り上げられる。イギリスで読んでいたころ、新宿のおじさんたちを思い出して、日本版もできないかなぁと思っていたら、数年を経て創刊されていた。喜ばしいことである(というか、イッシュー売りが成立するほどホームレスさんたちがいる、というのは悲しむべきことなのかもしれないが)。
〈父〉と〈母〉との生活があまりに心地よく、ロンドンもろくろく知らずに、デヴォンの田舎(その他の地域よりもおよそ30年ほど時代がずれているにちがいない)をこれぞイングランド! と思い込んでしまったわたしは、なんとかしてイギリスとかかわりのある仕事につこうと画策をはじめた。じいさんがわたしと〈母〉との会話をこっそりと隠しテープレコーダーで録音していて(「フォフォフォ、口がまわっとらんのう、フォフォフォフォ」)、こりゃあ通訳はだめだ、とあきらめ、それではと翻訳をしようと思いつき、そして今にいたるのであるから、真剣に翻訳を志した人に言ったらヒンシュクをかってしまうかもしれない。でもまあ、本当なのだからしかたがない。
ただ、このときは日本の小説を英訳したい、というとんでもない野望を持っていて、その野望を実現するべく、イギリスの大学に留学することを心に決めた。さすがに本物の両親に頼るのは申し訳なく、3年ほど働いて貯金し、その一方でブリティッシュ・カウンシルに通っては大学の情報を集めた。バース大とリーズ大で迷ったが、費用がいくらか安く、コースが翻訳に特化されているリーズ大に決めた。しかし、この大学のあるリーズが、男でも夜の公園を歩くのは命と貞操の危機がある、というダイハードな町であることはちっとも知らなかった。
さて、大学は長い坂のてっぺんにある。坂を上りきるのに十分ほどかかるのだが、毎週火曜日は、のぼりも下りも五分は余計にかかる。なぜかというと、イッシュー売りの人々が前に立ちふさがるからである。リーズに到着した当初はこの坂が怖くてしかたがなかった。なにしろ、ドレッドな兄ちゃんが鎖をじゃらじゃら言わせ「イッシュー!」といいながらいきなり軒下から飛び出してきたり(このときはあやうく腰を抜かした)、顔いっぱいにスタッドピアスをし、唇と目の上を真っ黒けに塗ったおそろしげな姉ちゃんに「イッシュー、イッシュー、ほれほれ」とわけのわからない雑誌を押し付けられたりするのだ。いったいこの「イッシュー」とはなんの合言葉であろうか。
スーパーマーケットがどこにあるのかさえわからず、大学の売店で買うサンドウィッチで露命をつないでいるわたしに、この人々はいったいなにを要求するというのか。ほとほとリーズが嫌になり、下調べもしないでとんでもないところにふらふらとやってきてしまった自分が情けなくなっていたころ、またしてもイッシュー売りが目の前に立ちふさがった。
「ヘイ、イッシュー!」
ヘイじゃないよ。そう思って上目遣いに相手の顔を見ると、それほど恐ろしげな容貌ではない。服も珍しく皮ではない。鎖もついていない。
「・・・・・・ヘイ」
「どうしたの。英語しゃべれんの? 学生でしょ。日本人?」おや、珍しく言っていることが分かる。このあたりはヨークシャーなまりが強くて、まだ授業もはじまらず、フラットメートも到着していないこの数日、わかる言葉を聞いたのは大学の事務をのぞけばこれがはじめてだった。「はい。わたしは日本人であり、大学院生である」と答えると、かれは「Ted, Nice to meet you」といって手を差し出した。「あー、わたしはあつこと申します」「Ats・・・? 難しい名前だね」
リーズではじめて握手をかわした人はイッシュー売りのテッドであった。
テッドになぜこの道には「イッシュー!」といって飛び出してくる人が多いのか尋ねると、それは、大学があるからイッシューみたいなクールな雑誌を買う人が多いからだよ、ということであった。テッドにモリソンという大きなスーパーマーケットのありかを教えてもらって(「向かいにあるじゃない、ほら黄色にMのマークのついてる袋をもってる人がいっぱいいるでしょ」)、なんとかわたしはサンドウィッチ生活から抜け出し、リーズでの食生活を確立するめどを立てることができた。
はじめの数ヶ月、テッドはいつも郵便局の前にいたので、必ず彼からイッシューを買い、たまに1ポンドでビッグマックが買えるマクドナルドのサービス券をあげ、ちょっと言葉を交わすこともあったけれど、わたしが友達と一緒のときは、テッドはあまり声をかけてこなかった。でもだれもいないときは、イッシュー売り仲間に「すげえだろ、クールだろ、俺、日本人の友達がいるんだぜ、トーキョー、トーキョー」と自慢することもあった。
けれど厳寒の冬がやってくると(ほんとうに冗談じゃなく寒い)、彼はどこかにいなくなってしまった。そういえば、いったいどんな事情があって路上生活になったんだろう。「友達」とはいっていたけれど、テッドの姓も知らないし、年齢も知らないし、出身も知らない。春になったら帰ってくるかな、と思っていたけれど、テッドは姿をあらわさなかった。真っ黒な口紅の姉ちゃんにちょっと聞いてみたけれど、姉ちゃんはスコットランド弁がヘビーでなにを言ってるかよく分からなかった。ずっと気になって、なんとなくイッシューの「尋ね人」欄で毎週、テッドの顔を捜すのが習慣になった。
夏になり、秋が来て、また風が冷たくなるころ、テッドの郵便局から、本や身の回りのものを詰め込んだ箱を二つ、日本に向けて発送した。リーズとのお別れだ。窓の外を見ると、テッドと座ってクリスプスを食べた塀には別の人が寄りかかっていた。
日本版ビッグ・イッシューに「尋ね人」欄はない。





























