Think Of England その3 アップルツリーコテージ

コテージ:初夏の我が家の庭。はじっこの青い物体が〈母〉です。高い塀越しに隣のアップルツリーコテージの壁が見えます。これでは見えませんが、古いかやぶき屋根の上にはわらでつくったキジが乗っかっています。
〈母〉の家は隣と二軒つづきになっている。イギリスは何軒もつながった長屋(テラスハウス)とか二軒長屋(セミデタッチトハウス)が少なくない。たとえばバースにある観光名所のクレッセントもつまるところはお金持ち版の長屋である。
わが家と隣は建てられた当初はおそらく一軒の家であったらしく、そのころの玄関だった部分はうちの方にあり、どっしりした石づくりの暖炉があるメインの部屋は隣にある。この暖炉は本当に立派で巨大だ。中に火が入っていても暖炉の中に入れそうである。昔読んだドリトル先生の本に「暖炉の中にみんなで座ってマシュマロを焼いて食べた」というなぞめいたくだりがあって、二〇年間ぐらいずっと気になっていたのだが、この暖炉を見てはじめてなっとくがいった。これならブタのガブガブも焼き豚にならないですむだろう。
隣の家は庭にたくさんリンゴの木があるのでアップルツリーコテージという名前がついている。しばらくは持ち主が夏の間だけ住んでいたのだが、いつのまにか貸し別荘として使われるようになった。夏になるとロンドンや外国から休暇を過ごしに家族連れがやってくる。子供たちがわめきながら走り回る音とそれを両親が怒鳴りつける声が朝から晩まで薄い仕切りの壁を通して筒抜けになる。壁のこちらがわでは犬たちが恐ろしがって震えている。もっと悪いことには、犬たちが庭に出ると隣の悪ガキどもがパチンコで狙う。足の短い、くるくるした真っ白な巻き毛の羊みたいな小さな犬たちが緑の芝生をうろうろしているところは、まあ、的としてなかなか魅力的なのだが、当然のことながら〈母〉は頭から湯気を出して隣に怒鳴り込みにいく。
コテージの庭に薔薇やラヴェンダーやフォックスグローブが咲き乱れ、夕闇の静けさの中には妖精パックやタイタニアが潜んでいるかもしれない・・・・・・なんていうイングランドの夏はここにはない。わが家の夏はパチンコの玉が飛び交い、犬が吠え、〈母〉と隣の両親が怒鳴りあい、〈父〉と〈母〉が怒鳴りあい、隣の子供と親が怒鳴りあい、死人も飛び起きそうな狂乱のありさまである。隣がドイツ人一家だったときは第三次世界大戦が起こるのではないかと心配になった。
ところがそんなある年、隣の持ち主がついにこの家を売ることを決めた。〈母〉情報によれば、持ち主はロンドンに住んでいるゲイのカップルだったのだが、一人がパリで若いフランス男と恋におちて別れることになってしまい、財産分けをすることになったのである。
「もう二度と貸し別荘はおことわりよ。今度こそだれかに住んでもらわなきゃ」
〈母〉はそういうと、おもむろにロンドンに住む女友達のキャロルに電話をかけた。キャロルは〈母〉が大昔、ロンドンで看護婦をしていたときからの友達だ。このキャロルにアップルツリーコテージを買わせようというのである。「え? 家を買え? なに? 隣の家を買えですって?」朝っぱらの電話でたたき起こされたキャロルはぼうっとしていてしばらく要領を得なかったが、もともと近い将来この町で暮らすつもりだったので、〈母〉の話に興味をもった。だが、まず家の中を見たいという。「じゃ、明日そっちに行くわ」
「これでよし」キャロルが来さえすれば買わせる自信のある〈母〉は満足して受話器をおいた。
ところが、昼ごろになって庭で芝刈りをしていた〈父〉が芝刈り機を放り出して飛び込んできた。「おい、もう買い手がきてるぞ」
「マイ・グッドネス!」
確かに若い男の二人組が、スーツ姿の不動産屋の後をついて小道を上がってくる。「またゲイじゃないの。きっとここに住んではくれないわ! どうしよう、キャロルは明日まで来られないのよ」
ゲイじゃないかもしれないが、とにかく若い男の二人組が鉄道も通っていないデヴォンの大田舎に一年中住むとは思いにくい。きっとホリデーコテージとして家はまた短期貸しされるだろう。〈母〉はくちびるをかみ締めて考えている。
「ジェレミー! ラジオを二台持ってきて。そう、二階の小さいほうの寝室でかけるのよ、大音量で。あたしはじいさんを呼んでくるから」
〈母〉は大急ぎで家を出て、じいさんの家に走り、ことのしだいを説明した。「ホッホー! そりゃ面白い。庭にカエルがおるから捕まえていこう」
じいさんは杖をにぎって裏庭に行くと、いつも池の端の木陰にいるヒキガエルをひょいとつかむとスーパーの袋に入れてきた。
〈母〉とじいさんが我が家に帰ってくると、〈父〉がBBC1とラジオ4を同時に大音量でかけている。じいさんはソファに座ると袋からカエルを出した。バスターとベンジーという名前の二匹の犬たちはカエルが大嫌いで、カエルを見るとこの世の終わりのような声を出して吠える。とくにバスターは人が着ているTシャツのカエルの絵を見ただけで跳ね回って吠えるので、ナマガエルの登場はかれにとって驚天動地の一大事。もう声をかぎりに吠える。泡をふきそうだ。〈母〉は古ぼけたオルガンを引っ張り出し、〈父〉は庭に出るとヘッジカッターの電源を入れてモーターを回す。わたしも金だらいのようなものをのし棒で叩いて協力する。何デシベルあったか知らないが、こんなにうるさい場所にいたのははじめてだ。
一時間ほどがんばると、二人組は首を振りふり小道を下っていき、その後ろを肩を落とした不動産屋がついていった。
「よし、うまくいったわ」
こうして、三組の客を撃退し、ついに日が暮れ、わたしたちはアップルツリーコテージを守りきった。恐怖の数時間を過ごしたヒキガエルはまたじいさんのスーパーの袋に入れられ、じいさんの庭に戻っていった。ストレスで胃潰瘍になっていないことを心から祈ったが、翌日も同じところに座っていたのでたぶん大丈夫だったのだろう。
カエルが見えなくなってようやく吠えるのをやめたバスターとベンジーは声がかれてプスプスという鼻声しか出なくなっていた。
あくる朝、キャロルがさわやかに愛車のプジョーで到着した。「道は空いてたわ。やっぱり静かでいいわね、こっちは。あら、あなたたち、なんだかお疲れみたいだけど、どうかした?」
ええ、ええ、それは疲れましたとも。






























