Think Of England その2 ザット・クレバー・リトル・クリーチャー!!

コテージ:初夏の我が家の庭。はじっこの青い物体が〈母〉です。高い塀越しに隣のアップルツリーコテージの壁が見えます。これでは見えませんが、古いかやぶき屋根の上にはわらでつくったキジが乗っかっています。
イギリス人はクリーチャーという言葉をよく使う気がする。ヘレン・フィールディングにもニック・ホーンビーにも五ページに一回は出てくる(たぶん)。日本語でいえば生き物という意味で、特にどうということはないのだけれど、目にしたり耳にしたりするとちょっと嬉しい。語源からいえばクリーチャーというのは神様がクリエイトしたもの全部まるごとで、階級も、国籍も、性別も、種の違いも関係ない。四足だろうが2本足だろうが、毛皮を着ていようが甲羅を背負っていようがみんな同じ。それってなんか嬉しくなりませんか?別にならない?でも「手のひらに太陽を」って歌があったでしょ?あの感じです。オケラだってカエルだってみんなみんな生きているんだ友達なんだ、っていうあれです。
さて、〈母〉もクリーチャーという言葉をよく使う。
隣と二軒続きになった〈母〉の家は、三〇〇年以上は建っているかやぶき屋根のコテージだ。生垣に沿った細い道の突き当たりに小さな茶色の扉があり、そこを開けると芝生の前庭が広がる。春先には水仙やムスカリが顔を出し、夏にはピンクの薔薇や紫のルピナスが咲き乱れる。秋になると隣から垣根越しに枝を伸ばすリンゴの木から実が落ちてきて、拾えばうちのものになる。落ちリンゴのパイはおいしい。インチキ日本庭園があって、小さな石の池のはたには紅葉が植えられ、コイという名の金魚やらボトムイーターという黒い平らな魚やらが泳いでいる。
この家に今住んでいるのは〈母〉と〈父〉のほか、犬二匹、猫二匹、何種類かの金魚、水槽の底に住んでいるエビ、モグラ、ウシガエル、ハリネズミだ。それから台所の棚にトムという名前のクモがいるけれど、もしかすると何匹かで名前をシェアしているのかもしれない。動物たちは時折、入れ替わるが、今のところ、増えることはあってもいなくなることはない。
今の猫たちはじいさんの遺産で、その前には黒猫のフィリックスというのがいた。〈母〉が〈父〉といっしょに海岸を散歩していたときに、くしゃみばかりしている小汚い年寄り猫が寒い夜に鳴きながら擦り寄ってきたのをかわいそうに思って、気の毒な〈父〉から無理やりとりあげたアノラックにくるんで家に連れ帰ったのだ。
この家に落ち着いたあともフィリックスは相変わらずくしゃみをしていたが、そのうちにふらりと近所を偵察しにでかけるようになった。そのうち、二日、三日と家を開けるようになり、帰ってきてもフードのにおいをかいではこちらをつまらなそうに見上げるばかりになった。外で何か食べているに違いないと、〈母〉はフィリックスが出かけると双眼鏡をもって二階にかけあがり猫の行き先を窓から確かめるのが日課になった。そして何度か駆け上がるうちにかれがいつも同じ窓に吸い込まれていくのに気づいた。
うちの猫に勝手に餌付けして、と〈母〉は腹を立て、さっそくその窓のある家のドアをドンドンと叩いた。思いっきり叩いた拍子にドアが少し開いてしまい、〈母〉は中に向かって声をかけた。しかし、しんとして返事をする者がない。カギが開いていたことを不審に思った〈母〉は、かまわずづかづかと中に入っていった。この人はもともと遠慮とか、ためらいとかいう感覚にとぼしいところがある。そして見つけたのが汚い居間のじゅうたんの上でのびているじいさんと、その脇に座ってこちらを眺めているフィリックスだった。もし見つけなければ、そのまま確実に死んでいただろう。「ザット・クレバー・リトル・クリーチャー・セイヴド・ヒズ・ライフ」。
ちょうどその一ヶ月ほど前に奥さんを亡くし、ぼうぜんと日を送っていたじいさんのところに、フィリックスがときどき通って、開け放した寝室の窓から入ってはベッドに乗って昼寝をしていたものらしい。犬がいないので気持ちよく寝られたのだろう。じいさんは発見される前、熱を出して寝込み、水を飲みに降りてきたところで倒れてそのままになっていたのだ。
救急車で運ばれたじいさんは衰弱していたものの、栄養をとったら回復して家に帰ってきた。またもとのひきこもりの暮らしに戻り、ほっておいたらそのうち死んで、猫かネズミにかじられるに違いないと心配した〈母〉は「ユー・ミゼラブル・オールド・クリーチャー、ゲット・ア・ライフ!」と発破をかけ、じいさんを連れ出すようになった。もともと農場で生まれ、小学校も出ていない無学なじいさんは〈母〉のポッシュなアクセントに怯え、連れて行かれる由緒あるホテルのレストランでウエイターに「サー」と呼ばれるたびに縮み上がった。
とはいえ、レストランの人々は親切だったし、食事はおいしかったし、コーヒーにブランデーを入れ、スティルトンを齧るなんていう贅沢はこれまでしたことがなかったし、やがてじいさんは日曜日になるとサンデーランチの催促の電話をかけてくるようになり、〈父〉と〈母〉をうんざりさせるまでに進歩した。「ゲット・ア・カー、オフ・ウイ・オール・ゴー!」
フィリックスは相変わらずじいさんのベッドで昼寝をし、〈母〉も毎日、じいさんの家にご機嫌うかがいに行くので文句をいわなくなった。夜になると猫はふらりと帰ってくる。朝になるといなくなる。
数年が過ぎ、もともと病気を持っていたフィリックスはだんだん弱って塀を登れなくなり、いつの間にかじいさんの家に行くことはなくなった。かわりにどこからともなく二匹のオレンジ色の子猫がじいさんの庭にいつき、コーフィーとココ、と呼ばれるようになった。子猫たちは大きくなり、隣の家の金魚を盗ってきたり、鳥の雛を盗ってきたりして〈母〉に金切り声をあげさせるようになった。
じいさんを救ったフィリックスは、じいさんよりも二年早く世を去り、火葬されて灰は〈母〉の庭に撒かれた。去年には今度こそじいさんも灰になってエクセターの庭園に撒かれ、また夏がめぐってくればどちらの庭にもきれいな薔薇が咲きこぼれる。うちの薔薇の茂みには新しいヒキガエルが住みついたらしい。この間、〈母〉と〈父〉に二人目の孫が生まれたという知らせが届いた。クリーチャーたちの命はこうしてくるくるとめぐっていく。

猫の写真:じいさんの家に住みついたノラ猫兄弟コーフィーとココのどっちか。じいさんにしか区別がつきません。現在、二匹は〈母〉の家でバイロンとモーツァルトというすごい名前をもらってぬくぬくと生活しています。





























