入門翻訳勝ち抜き道場

新連載:ショートショート

Think Of England その15 Salsa!

最所篤子
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いつもイギリスに行くときはデヴォンの家に里帰りする以外にあまり目的がない。ロンドンに1-2泊することはあったけれど、それは《父》と《母》にロンドンに出てきてもらって一緒にミュージカルを観てホテルに泊まる、という親孝行もどきをするときだけである。そしてこの頃は、《父》も《母》もロンドンまで列車で出てくるのは億劫になっていて、親孝行はもっぱら町で一番ポッシュなヴィクトリアホテルでのランチに決まっている。

でも今年はなにが何でもロンドンに滞在したかった。ひとつには新しい友人たちに会いたかったことがある。一人はブログを読んでくださったことがきっかけでメールのやりとりをして仲良くなった日本人の女性、もう一人、やっぱりメールだけで仲良くなったスペインの女の子だ。そしてもうひとつの理由が、「サルサをロンドンで踊ってみたい」というもの。

サルサ、というと日本の友人たちはためらいがちに「あのサルサ?」と聞くけれど、そう、そのサルサである。ラテンのペア・ダンスで、タンゴなどと比べるともっと自由度の高い踊り。でもサンバみたいに羽根をつけて町を練り歩くわけでなし、それほどヒトサマに眉をひそめられるようなものだとは思わないのだが(サンバダンサーの方、ごめんなさい。わたしにできない、というだけです)、みんなの困ったような恥ずかしそうな表情からすると、たぶんフランス映画『サルサ!』とか私の大好きなロモラ・ガライの『ダンシング・ハバナ』などのエロチックなイメージが強いのだろうと思う。でもすべてがそうじゃないんだけどね。特に私のやっているLAスタイルというサルサはどちらかというとスポーツに近い感じがする場合がほとんどだ。もっともリードする男性にもよるし、ロマンチックな踊りをする人のときはうっかり間違って恋に落ちないように「マズイ、気をつけなければ」と思いますが。

サルサはボールルームダンスと違って、振り付けが決まっているわけではない。本当に上手な人たちは音楽に乗って男性がかけてくる技を手と背中のテンションだけで感じ取って動いていく。次は回るんだよ、なんていう言葉ではなくて、阿吽の呼吸で一曲をパートナーと一緒に作品にしていく。

まだまだこんな境地にはとてもたどりつけないのだけれど、私のようなヒヨコでもたまにリーダーと気持が通じたような気がする一瞬がある。一言も話すことなく、でも不思議とコミュニケーションがとれるのが面白い。……ということは言葉の通じない外国でもサルサさえ踊れれば、ちょっとは人々と時間を共有できるということだ! まあ、一応ロンドンは言葉が通じる(はずだ)けれど、ぜひともそれを身体で感じてみたかった。

なにしろイングランドはボールルームダンス発祥の地、ロンドンはヨーロッパのサルサの最高峰、のはずである。そこに踊り始めて3ヶ月かそこらで行ってしまおうというのだから我ながら怖いもの知らず、というか怖いのだけれど、どうしても好奇心には勝てない。そういえば、私はだいたいいつも好奇心に負けている。

友人のKizetteはスペインでの大学時代にサルサを踊ったことがある、というだけでずいぶんとブランクがあったけれど、私がしつこく頼むのに根負けして、サルサクラブに連れて行ってくれることになった。場所はチャリング・クロス・ロード。昔はFoylesをはじめ、本屋さんが多い通りだったそうである。そこにある老舗のサルサクラブ《サルサ!》へ、私たちは緊張でかちかちになりながら手を取り合って向かった。

日本と同じようにここでも夕方から夜9時ごろまでレッスンがある。その日のレッスンはbeginnerのほか、intermediate クラスとimproversという日本の初中級者のクラスに分かれていて、ずいぶん大勢の人たちが参加していた。イギリス人といえば “a stiff upper lip”の持ち主で、とてもサルサやラテンなどとは縁がなさそうな気がするが、stiffな上唇をますますstiffにして一生懸命に技を学んでいた。こうした英国紳士のかちこちとしたダンスや振る舞いと比べて、いかにもリラックスしているのがカリブ系の人たち。別に習わなくてもきっと踊れるのだろうけれど、「まあ、技を習っておいて損はないよね」くらいの気楽さが伝わってくるし、ご機嫌に声をかけてくる。「どこから来たの?」「トーキョー」「トーキョー? 聞いたことないな、何線?」「小田急線」「オダキュウライン?? まじで聞いたことないぞ」「だって日本だもーん」というようないい加減な会話をしながら練習するうちに、続々と客が入ってきた。レッスン終了と同時にフリーダンスが始まるので、それにあわせてお客さんが集まり、階段やバーエリアに鈴なりになってレッスン生を眺めている。

9時になり、いよいよフリーダンスだ。ちょっと離れた場所にいたKizetteと合流する間もなく、誰かに捕まってイヤも応もなくダンスの渦に巻き込まれる。私は彼女を探してフロアをうろうろと回るのだが、必ず誰かに捕まってしまう。でも、そうしているうちに自分が捕まっている相手がどうやら同じ人であるらしいことに気がついた。
「ここから君をずっと見てたんだ、レッスン中」。こういうセリフを男の人に言われたのは生まれて初めてのことである。黒い顔に白い歯を覗かせたその人は、聞いたこともない南米の国から来た移民だそうで、名前をWikiと名乗った。話しかけてきても別に身体をくっつけるリードをするのでもなく、オープンポジションで踊ってくれるので、なんとなく安心な感じがする。「君、へただよね」と言いながら笑い、でも一応、ちゃんとターンもスピンもさせてくれる。

先に帰るよ、と片目をつぶって行ってしまったWikiのつれの男性はどうやらイングリッシュ。私は日本人。フロアを見渡せば、髪の色も肌の色もほんとうに色とりどりで、さすが人種のるつぼロンドンである。こういう雰囲気は、私にとってはとても居心地がいい。みんながだいたい同じという状況だと、自分がそこにきちんとconformできているかが気になって自由に振舞えないときがあるのだが、みんなが違えば、自分がちょっとくらい人と違ったって別になんでもない。コミュニケーションさえ取れれば(多分)大丈夫な気がする。そして素晴らしいことにこの場所の共通言語はサルサであって、この言葉には相手に意地悪をするボキャブラリーがない。サルサにはいろんな表現があるけれど、どれもその時間を楽しむための「言葉」だから。

どこの国の人だか分からないWikiは私にキューバンスタイルのステップを教えてくれ、柔らかく踊った。何度めかのダンスをしながらおきまりの、「ここにはよく来るのか」、「サルサを始めてどれくらいか(君はまだ2-3ヶ月だよね)」、「仕事はなにをしているのか」という質問をする。きっとこういうふうにしてロンドンでは恋が始まるのかもしれない。もしも私がロンドンに住んでいれば、国も人種も何もかも違うこの人と、サルサで出会い、もっともっと話をし、やがてこの人を好きになることがあったのかもしれない。そしてケンカをしたり泣いたり笑ったりすることがあって、一緒にセインズベリーでショッピング・カートを押したり、テレビでアーセナルの試合を観たりしたのかもしれない。その可能性はとても素敵なことのように思えるけれど、私はロンドンに住んでいるわけではない。顔を見上げて「明日、日本に帰るの。ここは今日だけ」と言うとWikiはちょっとがっかりしたように見えた。

もはや時間は12時を過ぎている。来年のいつか、また月曜日にここに来るから、もう一度会いましょう、そう言ってようやく私を探し当ててくれたKizetteと一緒に帰ろうとすると、Wikiは最後に一曲だけ、と言って手を差し出した。

もう話をすることもなく、私たちはただ黙ったまま踊った。私はもうWikiの顔を思い出すことができないのだけれど、その陽気な曲の調べだけはなんとなく今も耳に残っている。

2010年2月1日号
(第4巻142号)