Think Of England その14 The Wars of the Roses<後半>
キャロルの家にはよくお茶を飲みに行くけれど、こっち側の隣家には一度も来たことがない。白いペンキがはげかけ、家の前に置かれた鉢には何か枯れてやせ細ったアロエのようなものが植わっている。呼び鈴を押すと3回めくらいにビーという愛想のない音が響きわたり、スカム氏がドスドスと階段を降りる音がして扉がぐいと開けられた。
「What?」
ハローでもなく、刺青の大入道がぬっと顔を出した。わたしは割合と度胸のある方であるが、こういう人にはあまり慣れていない。「あー……」とうまく口を切ることができずに目を泳がせていると、大入道がいらいらと「Go on, speak up, Kung-fu girl, What do you want, Eh?」と言った。縮み上がって、思わず「あーアイロンボード」とたまたまそこに立てかけてあって、目に入ったものの名前を口走ってしまった。「アイロンボード? なんだい、こんなものを借りにきたのか、持ってけ、持ってけ」
わけが分からないうちに汚いアイロン台をかつがされて、戸口から押し出された。どうしてアイロンボード、と口走ったのかも分からないけれど、これを担いで家に帰ったら訳を聞かれるだろうし、署名はもらっていないし、いったいなんと言い訳をすればいいのか分からない。とりあえず隠すにしたってこの国のアイロン台は日本のアイロン台の1.5倍はあるし、家のどこかにちょいと隠すというわけにはとてもいかない。せめてスカム氏の名前を聞いておけば、署名をわたしがしちゃったっていいようなものだが、残念ながら知らないし、まさかスカムと書くわけにはいかない。わたしは憂鬱な気分でアイロン台を引きずって家に帰った。
「それは何だね?」帰ってみると、幸いにして《母》は二階で昼寝中で、居間にいたのは《父》だけだった。目に涙をためて「怖くて、思わずアイロンボードと言ってしまった」と言うと、その文系的論理の飛躍が、ばりばりの理系である《父》には分かってもらえなかったが、とにかく今日のところは、スカムは留守だったことにしてアイロン台を庭の小屋にかくまってもらえることになった。明日こそ、スカムにアイロン台を返し、チラシを渡し、署名をもらってこなくてはならない。
「アイロン台をありがとう。インディアン・テイクアウェイに反対する署名をお願いします」
というセリフを口の中でぶつぶつ繰り返しながら翌朝、わたしははげちょろけの薔薇の垣根の前の小道をアイロン台を引きずって登っていった。昨日と同じように何度か押さないと鳴らないベルをビーと押す。しばらくたって大入道がすりガラスのドアを開けた。片手に小さなアヒルの玩具を持っているな、と思うと、その後ろから「カンフーパンダー!!!」と叫びながら真ん丸い青い目をした小さな男の子が飛び出してきた。わたしを見るとすかさずカンフーのポーズをとり「アチョー」と言う。こういうクリシェ(アジア系を見るとカンフーの格好をする)はもう時代遅れだろうと思っていたのだけれど、せっかくなのでちょっとつきあってカンフーの真似をしてあげると男の子はひきつけを起こしそうに喜んで、盛んにキックをし妙な手つきで何とかスネーク!!とわめいている。
狭い戸口で大入道は困ったような顔をして笑った。昨日の夜、母親がこいつをおいていってな。夜中じゅう、母親がいないって泣かれて困ったのなんのって。今朝はカンフーパンダを借りてきてごまかしてたんだけど、何せ俺が怖いらしくてさ、というような内容のことを聞き取りにくいジョーディアクセントで話してくれた。
「名前は?」と男の子に聞くと「アルフィー」と言って飛び跳ねている。「あんたが気に入ったのかな。悪いんだけど、もし時間があればちょっと遊んでいってもらえるとありがたいんだけどね」
ああ、こういうのパターンなんだよなぁ、と思いながら奥の部屋に入っていった。床に散らばった服やら靴下やら雑誌やらを踏まないようにして薄汚いソファに座ると、アルフィーがやってきて盛んにぴょんぴょんと跳ね回ってカンフーを披露してくれる。座って見ているだけでは駄目で、ぜひともやってみせろと言って聞かない。しかたがないのでカンフーパンダを横目でお手本にしながらあやしい格好でアルフィーと戦うことになってしまった。
まだ3歳のアルフィーはしばらく遊んでいるとくたびれたらしく、半分かじってべとべとになったビスケットをわたしにくれると、うとうとと眠ってしまった。そして、庭から入ってきた大入道に抱き上げられて二階に連れて行かれた。
「わたし、そろそろ帰ります。それとこの紙、名前を書いてもらえないですか?」と署名の紙を渡し、スカムのサインをもらうとわたしは腰をあげた。また遊びに来いとも言われず、お茶の一杯ももらえず、べとべとのビスケットをそっとゴミ箱に捨てるとわたしは小汚い家を後にした。
家に帰って署名の紙を渡し、スカム氏の子供の話をすると、《母》はああいう労働者階級はね、結婚もしないで簡単にくっついたの別れたのってだらしないったらありゃしない、見境もなく子供をつくって、かわいそうなのは当の子供なんだよ、なんてずいぶんな差別発言をした。そして午後は珍しく昼寝をしないなあと思っていると、キッチンで何かを作っていた。夕方になって、本を読んでいたわたしのところにポークパイと揚げたてのチップスとカスタードをたっぷりとかけたローリーポーリープディングを入れた籠を持ってくると「スカムのところに持っていってちょうだい。小さい子どもはね、まともなものを食べさせるのが肝心だからね」
これで薔薇戦争も一巻の終わりかな、と思ったけれど、翌朝も《母》はホースを構えて薔薇の垣根の前に立っていた。何せ本物は30年続いた戦争である。たとえテンプルストリート・バージョンであっても二週間やそこらで終わるようなやわなものではないのだ。





























