Think Of England その12 Fever Pitch

(C)Natsuki Yasuda / studio AFTERMODE
イギリスといえばアフタヌーンティ、クイーンズイングリッシュ、二階建てのロンドンバス、傘を持った紳士、パディントンベア……等々が、日本でいうフジヤマ・ゲイシャに相当するのだと思うが、もうひとつ、忘れてならないのがフットボールである。ここでいうフットボールは鎧を着て、敵だけでなくどういうわけか味方の上にもとびかかる、かつての植民地で行われているフットボールではない。由緒正しき、白黒のボールを足で蹴りあう、蹴球である。
わたしは厳密に言えばフットボールファンではなく、特にサポートしているチームはないけれど、それでもニック・ホーンビィとオサマ・ビン・ラディン(ご存命中であろうか)がアーセナルのファンであることくらいは知っているし、1998年のワールドカップでベッカムが退場になった翌朝、窓から放り出されたテレビの屍が累々とするロンドンの通りをこの目で見た経験もあるし、日本・韓国の合同大会ではちゃんとイングランドのTシャツを着てヴィンダルーを歌いに出かけていった。
であるからして「オフサイドってなあに?」と、上目遣いに愚かでガーリーな質問をパブで口走ったりは決してしない。そのほうが圧倒的にマッチョ率の高いフットボーラーたちに受けがいいのは分かっているけれど。しかし、パブでサポーターたちが「Go on my son!!!」とこぶしを振り上げ、ブラウン管(いや、液晶)の向こうに届きようもない声援を送っているのを眺めていると、これだけ彼らの血を沸かせる何がこのスポーツにあるのか、つらつらと考える。見ようによっては非常に馬鹿馬鹿しいが、そんなことはとても恐ろしくて言ったことはない。でも今年の夏、ついに彼らの気持がなんとなく分かった気がするのだ、ホームレスワールドカップに関わったことをきっかけに。
ビッグイシューのことは前にも書いたけれど、相変わらずこの雑誌はなかなか売り上げが伸びずに苦戦しているらしい。やっぱり売り方が地味である(ただ街角に立っている)こと、この雑誌の認知度が低いこと、たとえビッグイシューを知っていても販売者さんがホームレスであるために、普通の人にはやや買いにくいこともある。しかし世の人々に分かっていただきたいのはこの人々が路上を脱出するためにまじめに働いているということだ。なにしろホームレスの人にとって仕事を探すのは容易でない。ビッグイシューは唯一に近い受け皿なのである。販売者になりたい人はまず10冊、無料でビッグイシュー誌を受け取り、その売り上げ3,000円を元手に最新号を仕入れる。首からIDカードを提げ、決められた行動規範にのっとって販売を行うのが決まりだ。売れると1冊あたりの収入は160円。こつこつと働いて月に5万円ほどになる。この収入だけで生活を立て直すことは難しいけれど、成功した人もいるし、何よりこうして働いていることは彼らがまじめな普通の人たちであることを証明している。もしろくでもない怠け者の悪党だったとしたらこんな効率の悪い仕事をするだろうか? 世の中には泥棒とか強盗とかいう選択肢もあるのである。
ホームレスは世界中になんと10億人もいる。彼らの生きる環境は非常に厳しい。多くは社会とのつながりを絶たれ、うつ状態に陥り、生活を立て直そうという気力も失ってしまいやすい。そうした人たちに「社会はあなたを見捨てていない」というメッセージを送り、再び人とのかかわりを取り戻し、生きる希望を与えようというプロジェクト……それがホームレスワールドカップである。毎年、数十カ国のホームレスが集まるフットボール(フットサル)の祭典で、今年の大会は9月6日から13日までイタリアのミラノで開催された。日本からは2回目の出場だ。毎日、雑誌の販売に忙しい販売者さんたちで構成された日本代表チームであるが、フットボールの経験は「高校時代にちょっと」とか「小学校時代にちょっと」とかいうレベルでおまけに平均年齢は恐ろしいことに東京チームが30代、大阪チームが驚くなかれ50代である。彼らの紹介と「練習相手を求む」という記事を読んだわたしはしばし考え込んで、おもむろに電話をかけた。
「Would you help some homeless guys please? You can change their lives by football!! Pleeeeeeease!!!」
相手は東京でゲッコーズというフットボールチームに所属しているリーズ大の友人アンディである。だいたいにおいて何を頼んでもうんと言ってくれることのない彼であるが、「Football, Change someone’s life/the world, Please」の三つのキーワードが入っているお願いであれば反応がいいことをわたしは知っている。案の定、乗ってきた。しめしめ。ビッグイシューのチーム、野武士ジャパンが(ホームレス)ワールドカップに出場することを話すとあっという間にsquad全員に話が回り、たちまちにして練習試合が決まった。こういうところがイギリス人のいいところだ。ホームレスと聞いても全然、ためらわない。
練習試合当日。朝からの雨が午後に入ってますますひどくなってきて、中止になるのではないかと気が気ではなく、キャプテンのトニーにメールをした。「銀座では雨は(そんなに)降ってない。きっと神宮でも(そんなに)降ってないと思うから大丈夫」という地理的にありえなそうな返事がきて、決行が決まった。
試合が始まった7時半には雨はじつに土砂降り状態で、打たれると痛いほどになっていた。それでもやる、と双方のチームはいい、神宮のフットサル場にホイッスルが鳴った。朝から1日中雑誌を売っていてご飯も食べていない野武士ジャパンがとんでもない体格差のある相手に必死で食い下がっていく。雨のピッチを走って走って、転んで、ぶつかって……パス! パス! 後ろ見て! シュート! 敵にパスしてどうすんのよ!! 湯気を立てながら走っている彼らの姿をベンチで見ていると、本当に手に汗がにじんでくる。自分が走っていってシュートしたいくらいのものだけれど、願いは彼らに託すしかない。1ゲームが終わると、湯気を立てて選手が帰ってくる。1点しか入れられなくても、その姿が頼もしく、かっこいい。ああ、なるほど、分かる気がする、とそのときフットボールファンの気持が分かったのだった。
試合翌日、ゲッコーズの選手の一人からメールが入った。「知り合いにアディダスの重役がいる。ユニフォームとキットを寄付してもらえるかもしれないから聞いてみる」。さらにキャプテンのトニーから「チャリティトーナメントをやってその収益を寄付するよ」という話もきた。ブルドーザーのような自分たちを前に、一歩もひかなかったひょろひょろの野武士たちに感動(同情)してくれたのだった。
野武士たちはアディダスのユニフォームと靴を大事に持って、相変わらずひょろひょろではあったけれど元気にミラノに旅立った。1週間の戦いで、残念ながら勝利を収めることはできなかったが、オーストラリア戦は5-4と接戦に持ち込み、フェアプレー賞とチーム・スピリット賞をもらい、日の丸を背負って堂々と戦った。英語はほとんど話せず、飛行機に乗った経験もなく、海外なんて生まれて初めて、という選手たちが、身振り手振りで各国のホームレスたちと仲良くなり、日本の出場する試合では常にジャポンコールが巻き起こるほどの人気者となった。そしてこれまで自分のことだけで精一杯だったはずの選手が「何よりも嬉しかったのがチームの仲間と一緒に戦えたこと。自分よりもチームの仲間がゴールできたときが最高だった」と語るまでに変わった。
フットボールはボールが1個あって、ゴールの目印さえあればどこでも、誰でもできる。何しろ楽しい。下手でもなんでもボールを蹴りっこしているのが楽しい。仲間との、そして応援する人との結びつきをこんなに手軽に作れるスポーツは案外他にはないかもしれない。
ミラノから帰った野武士ジャパンはまた新宿の地下道に戻った。再び雑誌を売る日々が始まる。でも、フットボールはやめない、東京の社会人リーグに入って、上を目指したい、と副キャプテンは持ち寄りの帰国パーティーで語った。帰国後初試合はゲッコーズの主催するチャリティトーナメント、リクルーターズ・カップだ。わたしは野武士たちのお弁当を作って応援に出かけて行くつもりである。





























