Think Of England その10 Best Date Ever
このあいだ、人生最高のデートについて女の子たちと話していたら、「会社のヨットを借りて彼と彼の友達とその奥さんと行った牛尾海(とかいう)湾のクルーズ」というすごいものから「小学校のとき、好きだった男の子と初めて手をつないだよみうりランドのオバケ屋敷」という初々しいものまで様々な話が夢見るような眼差しで語られた。それでわたしはどうだったかというと、あまり認めたくないけれど、それは元ダンナさん企画演出によるデートであるような気がする。と言っても、それだから彼を忘れられないというわけではなく、普段はけろりと忘れている。しかしながら、夏が近づいてくるとどうしても思い出さないではいられなくて、それにこの思い出はリーズとも分かちがたく結びついているので、ちょっとここに書いてみようと思う。
リーズ大学というのは親切な大学でとても面倒見がいい。留学生は英語に苦労するだろうと見越して、ランゲージ・パートナーというプログラムを用意してくれていた。ある国の留学生とその国の言葉を学んでいる英国人学生を語学の語学学習のパートナーとしてマッチングするのである。珍しい国の人たちはやや苦労していたようだが、幸い日本語学科がある大学なのでわたしはすんなりとパートナーが見つかった。
ありがちな話だけれど、毎日毎日、顔を合わせて宿題を手伝ったり手伝われたり、日常生活で困ったことを相談したりしている間に、このパートナーと友達になり、その先まで着々と進んでしまった。1年しかいないつもりの国で困ったことになったと思ったけれど、まあだいぶん年も下だし、「これも青春(?)の思い出だ」くらいに軽く考えていたらいつのまにか彼が日本にやってきて、挙句の果てには結婚して離婚するというディープな付き合いになってしまった。
その彼が住んでいたのがデヴォンシャー・ホールという大学寮の一つだった。わたしたち留学生はその当時はこの寮には入居できなかったと思う。英国人学生のみで、少し前まではたとえ英国人でも中国系や黒人は受け入れていなかったと聞いていた。医学部にいた彼の兄がこの寮に入ることができた初めの中国系イギリス人である。石畳の道を踏んで大きな杉の木立に囲まれたホールの敷地に入ると建物は石造りで古めかしく、芝生の庭が美しい。朝食と夕食が出る寮で、「ハリー・ポッター」に出てくるような立派な広間で寮監や教授が上席に座り、学部の1年生と2年生がずらりと並んで食事をする。この寮に初めて遊びに来たときはやっとイギリスの大学に来た! という気がしたものだ。
リーズ大学では学期中にいくつかボールが開かれる。アメリカ映画で見るプロムにあたるのだと思うけれど、つまりは正装で臨むフォーマルなイヴニングパーティーである。いちばん規模の大きなボールはその年の夏に卒業する学生のためのGraduation Ballで、これはリーズ郊外のロザトン・ホールなどのマナーハウスを借り切って行われ、3000人近くが参加する。フラットメートの一人、カナダ人のソフィアがボーイフレンドにチケットをプレゼントされたときは金切り声をあげたものである。これに誘われるというのはちょっとした一大事なのだ。エスコートする男子学生は夏なら白、冬なら黒のディナージャケット、女の子はボールガウンと呼ぶロングのイヴニングドレスがお約束。ステューデントユニオンにポスターが張り出される5月ごろから彼がいる女の子たちはみんなそわそわしはじめる。しかしチケットは70ポンドくらいかそれ以上の値段がする。誘う男の子は当然、2枚用意しなくてはいけないので貧乏な学生にはちょっと厳しい。
修士の学生は卒業前の試験やエッセイの提出期限が学部よりも遅い。時間に余裕のあるわたしはせっせと図書館に通ってランゲージ・パートナーである彼の勉強の手伝いをした。図書館のロビーにも華やかなGraduation Ballのポスターが貼ってある。ぼんやりと見ていると「Sorry, I cannot afford the tickets」と彼が申し訳なさそうに言った。彼は学部の3年、わたしは1年間の修士課程を終えようとしていたので二人とも参加資格はあったが、奨学金をもらって学費を賄っている彼がお金に余裕のある人ではないことをよく知っていたし、かといってわたしがチケットを買うのはおかしい。行ってみたい気はするけれどしかたがない。そもそもわたしはみんなよりずいぶん年上で、気持はオバサンだったので(20代だったけど)ボールなんて別世界のことだと思ってもいた。
学部の試験が終わり、わたしのほうも夏中に仕上げればいい翻訳の課題を残して試験が済んだある日、彼が突然、寮に現れた。満面の笑顔で渡してくれたのがボールのチケットである。Graduation Ballではないけれど、デヴォンシャー・ホールのSummer Ballに招いてくれたのだった。ボール! わたしが? しかも学部生ばっかりのデヴォンシャー・サマー・ボール! こんなオバサンを連れて行って恥ずかしくないのだろうか? でも「Buy your gown, be pretty」と言うと彼はにこにこと帰っていった。
試験後の休みにデヴォンの家に帰ると、さっそくこの報告をした。歓声をあげた《母》は、翌日、早速エクセターにガウンを買いにわたしを連れ出した。一日中、迷いに迷って選んだのが黒のマキシドレス。ウエストを細い紐で編み上げ、横に深いスリットの入ったデザインだ。じいさんが「これをつけたらいい」と、亡くなった奥さんの形見の大きな黒い石のペンダントを引き出しから出してきてくれた。
家に帰ってドレスを着て見せると、《父》はちょっと肩と胸が出すぎじゃないかとか、スリットが深すぎるとか、その男は真剣なのかとかぶつぶつ言い、やがて新聞をがさがさと広げて顔を隠してしまった。
ボール当日。美容院に行って髪をセットし、寮のキッチンでフラットメートに囲まれてお化粧する。キプロス系カナダ人で絶世の美女のソフィアが優雅なエンパイアスタイルのガウンをまとったときは本当にため息が出たけれど、それにひきかえ、わたしは何を着ようが、女の子たちが代わる代わるいろんなものを顔に塗ってくれようが、残念ながら美人にはどうしても化けられない。彼に申し訳ないような気がして気後れする。ソフィアが香水を吹き付けてくれている横でギリシャ人のデスピナが彼に電話をして迎えに来いと怒鳴っている。「失礼しちゃう、ボールなのに迎えに来ないってどういうこと!?」彼女がぷんぷんしながら呼んでくれたタクシーが来ると、みんなに見送られてフラットを出た。
デスピナが携帯で命令してあったので彼はホールの門の前で待っていた。白のディナージャケット姿である。ウエイターとかトランペット吹きとかに見えないだろうかと心配していたけれど、そんなことは全然なくて、誠に堂々としている。タクシーから降りてにやにやしているわたしの腕をとってとりあえずフラットに連れていってくれた。 フラットの中は静かだった。彼のフラットメートたちも全員、ボール会場に行っているのだろう。部屋に通され、「呼んだらキッチンに来て」と言って彼は出て行った。
しばらくして名前を呼ぶ声が聞こえたのでキッチンのドアを開けた。中は予想に反して暗い。テーブルの上に蝋燭が灯っていて、食器が用意されている。ジャケットを脱いでウエストコート姿の彼が、ワインを手に立っている。
「ごめんね、余裕がないからディナーの席には招待できなかった。でもディナーと同じメニューを作ったんだよ」
テーブルの上には今日の晩餐会のメニューが置かれていた。前もって手に入れて、同じコース料理を前日から作り、二人きりになれるよう、ボールに出る予定のない気の毒な1年生の男の子をフラットから追い出し、こうして準備してくれていたのだった。
デヴォンシャー・ホールのハリー・ポッター食堂での晩餐会よりも、マナーハウスでの大パーティーよりも、その気持が何よりも嬉しくて、わたしは目の周りを真っ黒にして泣いた。スロバキア人のアダがたっぷりと塗ってくれたマスカラが顔じゅうに流れ、鼻を赤くし、ピエロのお面を被ったようなとても人前に出られない有様となった。その顔で彼を前にして粛々とコース料理を食べ、やがて食事が終わると、彼が向かいの女の子フラットに駆け込んで借りてきてくれたメーキャップでどうにか顔を直し、音楽が鳴る華やかなボール会場に行った。ルーレットをやったり、ダンスをしたり、お酒を飲んだり、音楽室にもぐりこんでピアノを叩いたり、普段なら当たり前のことばかりなのだけれど、歴史あるデヴォンシャー・ホールの石造りの建物を背景にディナージャケットにドレスで着飾った若者たちがさんざめいて、自分たちもその仲間であることは、それは本当に一夜の夢のようだった。
そうして一緒に見た夢からわたしたちはしばらく覚めなかったけれど、それから7年がたち、わたしたちはいやいや現実に向かいあうことになった。そしてとうとう違う道を行くことを決めなければならなくなった。あの晩のディナーは7年の長い夢の始まりだった。それは時に悪夢にもなったけれど、覚めた今は、見ないよりは見てよかった夢だったと思っている。
このデートを超えるデートがあるとしたらどんなものだろう。それに出会えたら素敵だけれど、でも今回の人生はもうこれで満足かも、と思ったりする時もないではない。






























