入門翻訳勝ち抜き道場

わたしの新訳

わたしのロビン、読みましたよ

奥津絵葉
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通り道

晩秋のうっすらと暮れかけたころ、黄金に色づいた銀杏の街路樹が立ち並ぶ大通りを歩いていた。そのとき、背丈の低い一本の木に鈴なりに群れた雀の光景が目に飛び込んできた。にぎやかなさえずりが辺りに散る。どう見てもおしゃべりに興奮しているようにしか見えないのだ。今日一日の体験を分け合っているのか。なんとかしてそのおしゃべりの中身を知りたくなるが、耳をそばたてたところでわかるわけがない。おしゃべり雀、いったい何を話しているの?

気になるのだ。さっきから守宮(やもり)の白いお腹が窓ガラスにはりついている。それはぜんぜん構わないが、さっぱり動こうとしないのはどういう料簡なのか。頭を上に向けているから上部へと移動するつもりらしいが、何時間もびくともしない。このまま朝を迎える気だろうか。壁をささーっと忍者ばりに横切るのは小柄な蜘蛛だ。ねぐらがどこなのかは問うまい。でも、こちらがうっかり踏まずにすむようにできることなら床は歩かないでほしいな。それ以上に気をもんでいるのは、いったい何を捕食して命をつないでいるのかと。

つまり、私は生きものにお近づきになりたくて仕方のない人間なのだが、悲しいかな、所詮は生きものにとっての闖入者(ちんにゅうしゃ)にすぎない。かれらの生活圏にすんなりと入りこむ、なにか通り道のようなものが用意されることはまずない。

ある年の盛夏、草むらに異なものがころがっていた。蝶だ。空を舞っているのが常態であるから地べたの姿は目をひいた。片方の翅(はね)が開いていない。羽化に失敗したのだ。飛べない蝶にその先の生はない。自然の摂理なのだが―。

蟻が蝶の羽をひいていく ああヨットのようだ (三好達治)

覚えていた詩がこんなときに脳裏をよぎる。一度も飛べないまま、ですか。感傷的なこととは百も承知で、家に連れ帰った。二週間を共に過ごした。

蝶は空腹になると口吻(こうふん、ストロー状で蜜を吸う器官)を先っぽだけちらりと出すので、はいはい待ってね、とほとんど重量を感じさせない体を指先に乗せる。蝶もおとなしくこの移動を受け入れる。ポカリスエットを入れた容器へと運ぶ。蝶はいつもどおりに前肢で液体を味見したあと、伸ばした口吻でしゅうしゅうと飲みだす。物の本で食餌法を調べると、連れて行かないかぎり餌の場所を蝶が自力で見つけることはできない、とある。実際そのとおりだった。

一週間たった真夜中のことだ。今夜の寝床を椅子の脚と決めて、ついさっきまで眠っていた蝶が、不意にするすると降りてきた。そのままわき目もふらずにトコトコと餌の容器まで歩いていくではないか。ひとしきり食欲を満たすと元の場所に戻っていった。後にも先にもこの一度だけ、蝶は誰の手を借りずにひとりで食事をした。

蝶は飛翔することも仲間と出会うこともできなかった。人間に一方的に介助されて生きた。馴らされて、まぁせっかくだから、と過度に適応した姿を一瞬みせてくれた気がする。本来の生きものの生活はこんなものではないのですよ、そんな言外の声をにじませながら。

人はときに自分の心情を表現する一助として、生きものの特徴や習性と器用に重ねあわせてみせるという方法をとる。たとえばこんな風に。

海の音 ひまはり黒き瞳をひらく (木下夕爾)
じゃんけんで負けて蛍に生まれたの (池田澄子)

ひまわりの句に長年親しんでいるが、日によって、ひまわりがルドンの絵に出てくる一つ目巨人と重なってすごく不気味に感じられたり、まばたきをしたら涙がこぼれてしまいそうな己の心象風景に同化していたりする。いずれにしても海辺でひまわりをみかけたら心がことりと動く。

蛍の句では、むしろ胸を張りたくなる。生まれたけれど生きています。

歳時記には周囲の自然に刺激された日本人の感受性がいっぱい詰まっている。自然や生きものへの視線が強いのだろう。

思いを託する。そのために、聞きとりたい声を聞き分け、見たい姿を見る。それは聞きたいものしか聞かないし見たいものしか見ないという一種傲慢さにも通じるが、少なくとも生きものを身近にとらえようという姿勢はうかがえる。たとえ、生きものそのものはそこに息づいておらず、ただ人間の心映えしか表れていないとしても。あるいは、うたわれる心象風景ばかり時代につれて深くくぐもっていくにしても。人間にとって生きものが心の底をすりあわせたくなるような近しい存在であることは確かだ。

生きものには生きものの生活がある。何のはずみか偶然か、裂け目から生きものの目が覗いて、こちらの目と合って・・・思いがけない出会いが生まれる。そんな幸いがたまにはあるのかもしれない。

ひょっとしたらこのときは生きもののほうから通り道を歩いてきてくれたのでは、と半信半疑に振り返る記憶がある。

三匹の猫たちが何年間かわが家に寄宿していた。

そもそものいきさつといえば、夏休みのある日、近所で子育てをしていた野良猫の母親がやってきて「お宅にご厄介になっている雄猫がいますでしょう。あれがこの子らの父親です。今日まで女手ひとつで育ててきましたがほとほと疲れ果てました。あとは頼みます」と仔猫を置き去りにした。

父親は元家猫らしき名残りの鈴をつけた流れ者。数か月前から絶妙な愛嬌をもってしてうちに棲みついていた。

以来、三匹は当然の権利のように朝と晩にご飯を食べこそするが、かれらには飼われているという気はさらさらない。家の外でばったり会っても名前を呼んでも他人のふりをする。淡い間柄だった。

帰れば両親の叱責を受けるとわかっていたので、門までは帰宅したがあと数メートル、家の中へとどうにも入れない夜があった。

九時、戸外で「うちの」猫にでくわすのは初めてだった。かれらの夜の生活はついぞ知らず、そのときも好奇心から私に近づいてきたものの、一瞥したらいってしまうと思っていた。しかし、猫は「にゃあ」と挨拶するとお腹をだして地面にねころんだ。なでてもいいですよ、の合図だ。これって、つきあってくれているのだろうか???疑問符がうずまいたまま、きっかり一時間後、猫はむくりと身を起こした。「もう行くけれど、あなたもそろそろおうちに入ったら」にゃあとひと鳴き、体をひとこすりして暗闇に姿を消した。「ありがとう」は届いたろうか。

いつもとちがう人間の行動を目撃して、さて何を思ったのか、ひょいと越えてきてくれた。こちらが考えているよりずっと気を配っていてくれていたのかもしれない。

路傍に野の草が盛大に茂っていた。いろんな虫が棲んで繁殖して食うか食われるかの生存競争を繰り広げてとむんむんたる小世界が存在していたが、今はない。夏の盛りを前にしてきれいさっぱり刈り込まれた。いつものことだ。植物が生い茂って生きものが集まってきてある日突然さっぱりされる。

ほらね、人間との境界に棲むのは命がけなのよ。

気をとりなおして足元を見下ろすと、地面に穴がぽつぽつ空いている。蝉が這い出てきた跡だ。暑気がはりついたような四囲に、目や耳をこらせば何かがうごめく。生きものの気配はあちこちにひそんでいる。生きもののささやきにもう少しだけ感覚を研ぎ澄ませてみようか。

2009年8月31日号