入門翻訳勝ち抜き道場
入門翻訳勝ち抜き道場

カザフスタン便り

カザフスタン便り:その7

アルマアタからアルマティへ

桜井則子
[ profile ]

日本語弁論大会―大草原が遅刻の理由?

兄が手に持っていたゴミを家まで持ち帰ったら「何で外に捨ててこないの、家が汚れるでしょう!」と、母にすごく怒られました。そして、他の家族にも「この子は、ゴミを外に捨てないで家まで持って帰って来たのよ」と、こぼしていました。これは、三年前の日本語弁論大会で、カザフ人のゴミのポイ捨てを嘆く若者が話してくれたエピソードです。アルマティに来て日の浅かった私は「なぜ怒られたの?」と、不思議に思いました。

でも、それから三年の月日をここで過ごしたせいか、今ではなんとなくこの母親の気持ちがわかります。何処までも続く大草原の中、ユルタで暮らしてきた遊牧民にとって、大地は羊や馬を育んでくれるとともに、全てのゴミをゆっくりと浄化してくれる大きなゴミ処理場でもあったのです。だから当然いらないものは外に捨て、スペースが限られたユルタはいつも清潔で、整理整頓されているべき生活空間だったのでしょう。

ユルタの外観ユルタの内観
ユルタの外観(左)と内観(右)。レストランや休憩場に使われていることが多く、人が住んでいるユルタはアルマティ近辺では見当たらない。

「中央アジア日本語弁論大会」が5月の末にアルマティで開催されました。カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、そして暴動が引き金となり政権が交代したばかりのキルギスタンの四か国が参加しました。所ジョージさんの番組でもカザフスタンの国内大会を去年取り上げていましたが、実にレベルが高く、学生さんたちの日本語への情熱が伝わってくる素晴らしい大会です。

この大会の一番手、アルナさんは「違う文化を学んだら・・・」という弁論の中で「カザフ人はなぜ時間を守らないのか」という話をしてくれました。ついに、私の疑問が解明される日が来たのです!「その昔、遊牧民は広大な草原に家族や親戚ごとに住んでいたので、長い道のりをはるばる来てくれる客は、訪ねてくれた事が重要であり、時間通りに到着するか否かなどまったく気にかけなかったからです」と教えてくれました。カザフの人が時間におおらかなのはこんな歴史的、地理的背景があったのです。それぞれの国の風習には、歴史や風土が生み出した何らかの理由があるようです。日本人が時間に几帳面なのは国土が狭いせいでしょうか?でも、もっと狭い熱帯の島の住人が時間に厳しいとは思えないので、気候も関わってくるようです。それでは北欧は?と興味は尽きません。「違う文化を学んで自分の世界を広げましょう」と呼びかけるアルナさんの言葉に大きくうなずいていました。

アルナさん
「違う文化を学んだら・・・」をテーマに話すアルナさん

大会の優勝者、アクトルクンさんは「資源の豊かな国は他産業が育ちにくいと聞きますが、自国の美しさを見直し、観光産業をカザフスタンに興しましょう」と、その実現のためのアイデアをユーモアたっぷりに話してくれました。

石油やウランを始め豊かな天然資源に恵まれているカザフスタンは、確かに資源に頼ってしまう傾向があるようです。また、ソ連邦だったころは地域の分業制のようなものがあり、カザフスタンはロケットの発射基地、原爆の実験場、そして小麦の生産地としての役割を担ってきました。カザフスタンの小麦は良質で、パスタやケスペ(スープに入れる卵麺)などは安価でとても美味しいのですが、他の農産物はウズベキスタンなどに頼っており、市場には外国産の野菜があふれています。また、国土が広いため大都市間の距離が遠すぎるのも、産業が発達しにくい理由だと聞きました。やはりここでも歴史や風土が関わってくるようです。

キルギスタンから来てくれたグ・テンヨ君は「アニメ―私と日本文化の架け橋」というテーマで、ウルトラマンの怪獣が出現する場所をどうしても知りたくて、東京を地図で探した話をしてくれました。私がこれまで住んできたどの国でも大人気の日本のアニメは、文化大使として大きな役割を果たしているようです。

毎年弁論大会に行くたびに、お互いの風土や歴史の違いを知り、理解し、尊重することの重要さを実感させられます。世界中の様々な国に赴任し、日本語や日本文化に興味を持ってくれる人たちに手を差しのべている日本語の先生達は、この相互理解の先頭に立って活躍してくれています。暴動のような大事件だけでなく、日々の生活の中でも赴任した国によって様々なご苦労があると思いますが、出場者の弁論を聞くだけで先生方の熱心さが伝わってきました。学生さん達だけでなく先生方にも心から拍手を送りたいと思います。

2011年1月31日号
(第4巻184号)