アルマアタからアルマティへ
メェンタイ ―― 日本人を演じるカザフの俳優さん

メェンタイさん
彼とはじめて会ったのは引っ越したばかりのアパートの出入り口だった。新米居住者の礼儀として私のほうから「ズドラストヴィチェ」(24時間使える便利なロシア語の挨拶)と声をかけた。満月のような丸い顔をしたどちらかというと小柄なごく普通のカザフ人男性だ。でもなぜだろう。なんとなく何かが違う?と鈍い私でも感じるものがあった。
「どこから来たの?」「日本からです」この会話の後たいていのカザフ人は「ホー、日本人か。珍しい。初めて見た」という顔をし、その後暖かい目を向けてくれる。なぜならこの地に戦後抑留されていた日本兵たちの清潔さ、勤勉さが今も語り継がれているからだと聞く。だが、彼の発した言葉に「ホー、珍しい」と思ったのは私の方だった。「僕は俳優でね、日本人の役をよくやるんだよ」。「俳優!うーん、高橋克己、それとも温水さんタイプ?江成君じゃ若すぎるし・・・」などと思っている私に微笑みかけ「クロサワ、オヅ、タケシキタノのDVDをたくさん持っているからね。いつでも貸してあげるからおいで」と部屋番号を言って去って行った。ちなみにアルマティでは年に一回「日本映画祭」が開かれ、去年は『AIKI』、『初恋』、『東京物語』などが放映されたが、複数のカザフ人から「東京物語は良かった、泣けた」と言われた。1953年の小津監督作品であり、日本で最初の「核家族問題」をテーマにした映画と言われている。多くの日本人にとっては「昔の映画」というイメージが強いと思うが、今でも家族の絆をとても大切にしているカザフ人にとっては比較的新しい問題なのかもしれない。また、北野武作品はとても人気があり、彼の名を知っているカザフ人は多い。
二度目に会ったのも出入り口だった。バックから取り出して見せてくれた写真には、日本のお巡りさんの制服を着た彼が写っていた。三回目の鉢合わせではロシアドラマのDVDを貸してくれた。「これに日本人役で出演しているんだ」と言う。「イサエフ」という実在した人物の名がタイトルになっている歴史サスペンスドラマで1920年代のウラジオストクが舞台だ。彼の役は極東日本軍司令官直属の諜報部員「つばま」。黒ずくめのスーツに時には黒い帽子までかぶり、突然ロシア人の寝室に現れ「そう、仕事だ」という日本語を残して去っていく。物事を陰であやつる人物。ミステリアスで怖い、それでいて思わず惹かれてしまう。そんな雰囲気があまりロシア語の分からない私にも十分伝わってくる名演技だった。
がぜん興味がわいてきた。だが、部屋番号以外は何も知らない。せめて名前と、日本人の役作りはどんな風にしているのか、どれぐらい日本人役をやったことがあるのか、それくらいは聞いてみたい。そこで勇気を振り絞り、手作りのケーキと貸してもらったDVDを手に、ロシア語がうまい友人に付きそってもらい部屋のベルを押した。
玄関で二〜三質問するつもりだった私たちはいつの間にか彼の書斎に坐っていた。数千枚はありそうな圧倒される数のDVDがきれいに整理されて本棚に並び、見事な絵のコレクションが壁を飾る。次々に彼の若いころの出演作品や、奥さんが大好きだという高倉健の映画、まだ放映もされていない出来たてほやほやのドラマまで見せてくれる。その合間に奥さんと二人でいろいろな話をしてくれる。通訳についてきてくれた友人も圧倒されていた。それでもどうにか聞きたかった三つの質問をした。彼の名前はメェンタイ(Mentay Utepbergenov)。日本人の役はこれまで六回やったが、日本人役をやるとき注意しているのは「常に日本人らしい謙虚な姿勢を保つこと」だそうだ。監督が必ずしもすべてを把握しているわけではないので、外国人の役をやる時はその国の人たちに失礼にならないよう自分で国民性を研究する。日本人だけではなく中国人やタイ人など合計すると十九の異なった国籍の人間をこれまで演じてきたそうだ。ロシア国営放送制作の「北海道警察 ロシア課」というドラマで「にしお」という警察幹部の役を演じたこともある。
俳優になって約四十年だが、モスクワで俳優の勉強をしている時に黒澤明監督に会った事があり、今でも一番尊敬していると言う。

メェンタイさんの本棚
さて、メェンタイ氏はこれだけでも十分すごいのに、さらに奥行きが深かった。カザフスタンでも有名な映画関係グッズの収集家であり、四十年にわたり切手やコイン、ポスター、映画俳優の記念品、DVDなどを集めている。Mentay’s Catalogue 「A History of the Cinema in Stamps」と言う題名で収集した切手の本を出版しているが、この本は第51回カンヌ国際映画祭で紹介された。さらにカザフスタン映画のほぼすべてのポスターを掲載した大判の本も出版している。エバ・ペロンのコインを手に入れたことがきっかけとなりメェンタイ氏の壮大な映画コレクションは始まった。映画関係のコインで彼が所有していないのは「ブルース・リー」や「風と共に去りぬ」を含む六つのコインだけだという。将来の夢は自分が収集した品々を展示する博物館を作ることだそうだ。
五分間のつもりの「突撃アポなしインタビュー」はいつの間にか三十分を越えていた。奥ゆかしいと思われている日本人としてはそろそろ失礼しなければと思った。でも一日中話を聞いていたい気分だった。自分の大好きな事を精一杯やり続けているメェンタイ氏は頭の中にも心の中にも話したいことが一杯詰まっているようだったし、言葉の壁はあっても思わず引き込まれる魅力がある。なにげなく挨拶を交わした、ちょっぴりお腹の出たカザフ人のおじさんは実に広く深くそしてチャーミングな俳優さんだった。

美空ひばりの切手も
(第4巻145号)


























