入門翻訳勝ち抜き道場

「洋書の森」ニュース

1. 統計から見た翻訳書出版の現状

出版科学研究所 佐々木利春

佐々木利春さんのプロフィール

佐々木利春
「洋書の森」の交流会で「自分をプロデュースできる翻訳者になる!」
を語る佐々木さん(2007年7月21日)

7月21日のセミナーを終えて聞こえてきた声は、出版統計がこのように身近に感じたことはない。発行点数、売上高、返品率などの推移、書店の出店閉店など、お話を聞いてみるとその動向が生き生きと見えてくる。また、業界は大変な時期があることがよく分かった、など。今回執筆いただく記事でも同様な反響があると信じるのだが。

諺の「柳の下にいつも泥鰌はいない」は人まねをいさめる言葉だが、わが出版界では確実に三匹はいる、狙えばいい、本を書くなら新刊書の書店さんと親しくして、売れ筋、客筋をよくきいて自分の狙いを確認することも必要、著者であろうと翻訳者であろうと市場を知らばければいけない、外国でベストセラーだからといって日本で売れるものではない、――佐々木さんは高校を出て一直線、東京出版販売株式会社(現㈱トーハン)に入社、昭和45年に社団法人全国出版協会・出版科学研究所に出向して現在に至るという経歴の持ち主。

取次ぎで入荷する本の一点一点を手にとっていきた物理的、視覚的な感触、「光る本」が見えてくる、早くからご自分自身が漫画誌のオタクになったこと、なんでも新しい試みがあれば素直に反応するのが情報分析に役立つ、年度別にベストセラーを並べた書架を前にして、これから現れるであろう次年度のベストセラーを予感する……

佐々木さんのところに行けば、ご迷惑かな。でも、いかざるを得ないな。(藤岡記)

翻訳書の現状

出版科学研究所では1994年から5年ごとに翻訳書の出版点数統計を取っています。国勢調査のようで、最新は2004年です。単純に点数を数えるだけではないかとお思いかも知れませんが、実は1点1点タイトルをチェックして翻訳書か否かを判別、ピックアップしていく、じつにアナログ的な作業です。コンピュータでデータベース化されている書誌データの項目に、これは翻訳書である、という完全な記号は存在していないからです。

出版統計を取る、ということは、8万点にのぼる新刊の山を崩すような、手間の掛かることだということを知っていただいたところで、翻訳書出版の現状を見てまいりましょう。

翻訳書出版の点数

日本で、外国語で書かれた本から翻訳され刊行された新刊点数のここ10年の推移は次の通りです。統計の範囲は取次仕入窓口扱いに限定しています。また、児童書を除いています。

翻訳書 全体の
新刊点数 (構成比) 新刊点数
94年 4,303点 8.8% 48,824 点
99年 4,462点 8.6% 51,682 点
04年 4,943点 8.7% 56,613点

04年の翻訳書の新刊点数は10年前の94年に比べ640点(15%)増の4,943点と増えており、翻訳書の出版活動が活発であることを裏付けています。ただし、出版不況に陥った97年以降、書籍新刊点数は飛躍的に増えておりますので、書籍全体の新刊点数における翻訳書の占める割合は8.7%前後とあまり変わっておりません。

翻訳書トレンドの変化

ここ10年で翻訳書出版がどう変わったかを見てみましょう。

変わったのは出版ジャンルです。教養・専門ジャンルが減少傾向にある中で、増加が目立ったのは倫理学部門、いわゆる生き方本です。94年は34点でしたが、99年92点、04年160点と約5倍に大躍進しています。経営部門も94年76点、99年122点、04年151点と倍増しています。内容的にはビジネスマン向けの自己啓発書がかなり占めると思われます。心理学も94年102点、99年152点、04年199点とこちらもほぼ倍増です。スピリチュアルな本が増えてきたことが一因です。

バブル期のお金偏重の生き方から精神的な充足を求める風潮が強まり、日本社会の価値観が大きく転換しました。翻訳書はその転換期にピタリとはまり、『小さなことにくよくよするな』(サンマーク出版)、『チーズはどこへ消えた?』(扶桑社)、『金持ち父さん貧乏父さん』(筑摩書房)などが大ヒット、ミリオンセラーが続出しました。また、スピリチュアルな本が求められる傾向が強まったこともあって、倫理、心理、経営部門の出版点数が増えたと見られます。

コンピュータ書も激変したジャンルです。ウインドウズ95が出る前の94年に238点あった点数が、コンピュータ書の大ブームといえる99年には351点に増えましたが、04年になると186点。5年でほぼ半減してしまいました。インターネットでグローバルな情報が簡単に手に入るようになり、翻訳書の役割も自ずと低下したからだと思われます。

もうひとつ、注目は家事関係。94年わずか38点だったのが、99年80点、04年134点と増加が目立ちます。料理、健康、ダイエット、ヨガ、リラクゼーションなどが主体。日本の時流に合うと見て出版活動が盛んになっているのでしょう。

ここでは児童書ということで触れませんでしたが、『ハリー・ポッター』を契機とした翻訳ファンタジー・ブームが2000年代に入ってからの大きな特徴です。

1968年と2004年の翻訳書事情比較 

1970年に出版ニュース社から刊行された『出版問答100選』という本の中に、「翻訳出版の現状について」という項目があります。

それによると、68年の翻訳書新刊点数は2,122点でした。同年の『出版年鑑』新刊点数は16,722点で、占有比は12.7%(児童書除く)となっています。04年の翻訳書の占有比8.7%に比べ、68年当時は翻訳書の割合は相当高かったといえます。

68年と04年の翻訳書の構成比を比べてみます。

68年 04 年
総記 2.0 1.2
哲学 10.0 10.7
歴史 7.0 5.2
社会科学 18.3 13.6
自然科学 13.1 6.8
工学 5.1 6.0
産業 1.8 2.4
芸術 3.4 12.6
語学 1.1 2.8
文学 38.0 38.8
合計 100.0 100.0

68年当時、輸入文化が相当な重みを持っていた時代であることを考えると、現在と比べ、歴史、社会科学、自然科学分野が低下していることはなんとなく分かりますが、文学の割合がまったく変わっていないことが不思議です。そこで、文学部門を調べてみました。

68年 04年
文学合計 807点 1,918点
英米文学 394 1,523
独文学 63 62
仏文学 133 93
露文学 66 27
伊文学 7 15
その他 144 198

(注・04年の英米の1,523点のうちハーレクインは606点)

60年代末はまだ仏、独、露の文学が盛んだったことが一目瞭然です。世界名作文学全集が爆発的に売れていた時代ですから、団塊の世代以上の方ならこの時代の気分を分かってもらえるでしょう。いまは英米文学がダントツに多いわけですが、ハーレクイン・ロマンスものを除くと、比率からいってそんなに英米ものが多いというわけではありません。ただし、世界名作ものがほとんどない今の出版状況から見て、エンタティンメント読み物が大多数といえるでしょう。一方、その他が増えているのは、「冬のソナタ」の大ヒットによって韓国ドラマのノベライズ本が急増したためです。

翻訳書が再び大ヒットするのはいつか

翻訳書は1990年代後半からミリオンセラーになる本が続出しました。日本人の著者にはない視点で書かれた本が、ユニークだと評価され、大ヒットしたわけです。そのほとんどは先ほど挙げた生き方、自己啓発ものです。

ただし、翻訳書のヒットには波があります。05年、06年、そして07年上半期までここ3年、大きなヒットが出ておりません。教養新書などタイムリーで廉価な商品に読者の目が向いているからだと思われます。出版は柳の下にドジョウが○匹とよく言われますが、そのとおりでして、類似企画は市場を活性化させます。しかし、売れないときのトレンドには逆らえないのです。むしろ、そういった風潮に風穴を明けるような、思いがけない翻訳書のヒット作がそろそろ飛び出すのではないかと見ています。