入門翻訳勝ち抜き道場

「洋書の森」ニュース

洋書の森セミナー<金原瑞人氏講演>
「翻訳家が見た翻訳出版事情」リポート

斎藤静代
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ついに来ました、11月5日! YA(ヤングアダルト)を日本に根付かせた翻訳家、金原瑞人さんが洋書の森に登場! 翻訳界で知らない人はいないと言い切れる有名な翻訳家の話を、ナマで聞ける――いえいえ、聞くだけじゃなくて、懇親会で直接話ができる――、こんな魅力的なことに抗うなんて、できません! 金原さんの訳書や著書を読んで予習したり、前日までに仕事を終わらせてこの日を迎えたり、新幹線に乗って遠くから駆け付けたり。会場では、ソワソワ、ウキウキ、ドキドキの顔が金原さんの登場を待っていました。

まず講談社の阿部薫児童局々長から金原さんの紹介がありました。金原さんはYA翻訳の第一人者として有名ですが、実はライトノベルの作家も養成して、若手を世に送り出しています。また翻訳では共訳が多いのですが、それによって若手の翻訳家を育てているとのこと。翻訳家、教育者(法政大学の教授でもあるし)として、一人何役もこなすスーパーマン! また日本史が好きで、落語や歌舞伎など古典芸能が好き、対談もする、書評も書く、文学賞の選考委員も務める、などなど、多才な方です。

いよいよ金原さんの登壇! スマートな姿にスマートな話しぶり、若い学生相手の授業のようにジョークを交えながら、ときに阿部児童局々長に目配せしたり意見を求めたり。「翻訳家が見た翻訳出版事情」をテーマにテンポよく話が進みました。

金原瑞人氏(翻訳家、法政大学教授)
金原瑞人氏(翻訳家、法政大学教授)

【翻訳界、出版界の現状】

はっきり言って、先行きは暗い。倒産したり赤字に陥ったりする会社が多いから。(わかっているけど、こうはっきり言われると、落ち込むわ~)

翻訳物が売れなくなってきたのはここ10年ぐらいのこと。明治以降、西洋の事情を知り、西洋の文化、技術を取り入れることに一生懸命だった日本人も、最近は内向き傾向にあるようだ。「ところで、翻訳物より日本人作家が書いた本を多く読む人、正直に手をあげて」手をあげた人は少なくなかったようで、「ほら、こんなに裏切り者がいるでしょ」(わたしも手をあげてしまった…)

【翻訳者の現状】

「翻訳一本で生計をたてようと思う人いますか?」シ~ン。「それじゃ、他の仕事をしながら、と考えている人は?」チラホラ。翻訳で食べていくことは難しい。これまでバベル、タトルで養成講座を開き、現在はユニでも講座を開いているけれど、そこから巣立った翻訳家の中に、「この翻訳家ならまちがいないと思って読む」と角田光代さんに言わしめた代田亜香子さんがいる。でも彼女でさえも、何冊も本を出しているにもかかわらず、予備校の講師をしているのだから。(WEBマガジンで執筆している翻訳家原田勝さんも、金原さんのお弟子さん。彼も講師をしている。)

【本探し】

売れ筋というよりも自分の心に響く作品、好きな作品を、コツコツと読み続けるのが一番。出会ったときにはブームになっていなかったけれど、好きで読み続けているうちに、ブームになっていた、ということがある。YAもエスニック文学も、実はこのコツコツが実ったのだそうだ。金原さんいわく「落ち穂拾いの精神です」。それから専門性を身につけるのも大事。「何でも訳します」はNG。一つでも二つでもジャンルを絞って、忙しい編集者に「このジャンルならこの人に頼もう」と思わせるようにするのがいい。(今からでも間に合うかしら

【質疑応答】

Q.読者にわかりやすくした意訳と原文に忠実な訳について、どうお考えですか?
A.翻訳には、意訳も超訳もありません。あるのは翻訳だけ。原文があるのだから、足したり引いたりするのはダメです。ちゃんと訳して、それに加えて読みやすい日本語にする、と考えてください。

Q.原文がずっと一つの段落で続いているとき、それを細かく段落分けしてもいいですか?
A.いいえ、原文が一つの段落なら、翻訳者はそれに沿って訳します。段落分けするかどうかは編集者が決めます。

Q.原文が長い一文から成っているとき、それを切って、いくつかに分けてもいいですか?
A.それはかまいません。原文と日本文を一対一にする必要はありません。ただ、作家が意図して長くしたり、短く切った文を続けて勢いをだしているようなときには、作家の気もちをくんで、それを生かすようにします。

Q.関係詞を使った長い文は、文法通りうしろから訳すべきでしょうか。それとも頭から訳す方がいいでしょうか。
A.最近の傾向は、頭から訳す、です。著者が描いたイメージを追います。

Q.原文にhe said、she saidがよく出てきます。いちいち訳さなければいけませんか?
A.なぜhe/she saidがあるかというと、英語には終助詞がなくて、誰がしゃべっているのか判然としないからです。日本語の場合、男か女か、上司か部下かなど、セリフでわかることが多いので、必ずしも訳さなくてもかまわないでしょう。もちろん訳す人もいますよ。said以外に、「うなづいた」「頭をふった」などもあります。これはsaidとは違って、必ず訳してください。作者が話者にそうさせているのですから。

質問に丁寧に答える金原先生
質問に丁寧に答える金原先生

Q.勉強のために読んだ方がいいと思うおススメの翻訳家は? 
A.それは柴田元幸さん。きっちり原文をおさえた上で、自然なきれいな日本語に仕上げています。ぜひ読んでください。それから面白いことに、翻訳に多少難があっても売れる本、あるんですね。原作に力があるからです。板前の腕が悪くても、新鮮な魚なら美味しい、というのと同じ。やる気があるなら作家の方がいい、と思います。訳者は縁の下の力持ち、目立ちません。

Q.セリフの女言葉、男言葉はどのように処理しますか?
A.文字にするとき、女言葉はあまり問題ないけれど、男言葉は気をつけた方がいい。ふだんの生活の中で男がしゃべっている言葉をそのまま文字にすると、やけに女っぽくなったり、よくても中性っぽくなります。男のセリフは少し余計に男っぽくする方がいいでしょう。

Q.表現を演出するとき、どの程度まで許されるのでしょうか?
A.原文の意図をきちんと理解して、意味を足したり引いたりすることがなければ、作家の意図に沿った演出をしてもかまいません。以前YAの訳で、共訳者が「チョー」と訳したことがありました。若い子たちに向けた演出です。

Q.流行語は使うな、と教わったことがあります。10年後も使われているかわからないから、と。
A.その本を今売ってしまおう、と思うか、10年後も売り続けたいと思うか、その判断によるでしょう。編集者と相談です。

Q.金原さんは創作はなさらないのですか?
A.創作はしんどい。翻訳は元の本があるのだから楽。作家になろうとは思いません。

講演会後の懇親会、金原さんと講談社の阿部児童局々長の回りにゆるやかな人の輪ができました。その柔らかなお人柄が参加者の緊張をほぐすようで、いつもなら遠慮して遠くから講演者を見ている人でも、近づきたくなる空気がありました。一人ひとりが金原さんや阿部さんとの会話を十分に楽しめたのではないでしょうか。

そういえば、金原さん、洋書の森から出た「アルケミスト双書」(創元社)に興味があり、何冊かお持ちだとか。洋書の森と少なからぬ縁があることに大きな喜びを感じました(イエーィ!)

お帰りの時、金原さんがおっしゃった言葉、「翻訳者は素直な人が多い」が今でも心に残っています。最後までやさしい先生でした。

『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』 (金原 瑞人著、ポプラ文庫)
『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』 (金原 瑞人著、ポプラ文庫)
金原さんが丸ごとはいっています。文字言葉ですが、まるでご本人がしゃべっているみたい! ご参考までに。

2010年11月15日号
(第4巻176号)