パリ狂がロンドンに住んだら
太陽のはなし(1)

世界三大モスクの1つ「ハッサン2世モスク」
世界地図はなんとなく頭に入っているが、実は、それは案外イメージで作られてしまったもので、地図をきちんと見てみると、勝手な思い込みをしていることに気づくものだ。
マグレブの三カ国、チュニジア、アルジェリア、モロッコは欧州大陸から見れば地中海の対岸、と漠然と考えていた。
だから、パリから飛行機が飛び立って、ほどなくして眼下に海が見えたとき、「あ、久しぶりの地中海」などと早とちりした。
ところが、よくよく航路を調べれば、それは、大西洋であり、飛行機はパリから南西に飛び立ち、ボルドーの北あたりで海に出たのだった。そしてスペイン、ポルトガル国境付近を南下し、ジブラルタルに出る。
モロッコは、国の大部分が欧州大陸の西端よりもさらに西に張り出している。私たちが向かうモロッコ最大の都市カサブランカ(人口約400万人)は、地中海ではなくて、大西洋に面した街なのだということを、私は、その時初めて知った。モロッコって、こんなに西に出っ張っていたんだ、と認識を新たにした。(お恥ずかしい話ですが)
カサブランカの空港に出迎えてくれたのは、小柄でまじめそうだけれど、「陽気」という形容動詞からは程遠い中年の男。少し癖はあるが、きちんとしたフランス語を話す運転手だった。旅行会社の説明にあった、「現地アシスタントと運転手がお出迎え」は、どうやら兼務らしい。
ニコリともせず、小さな声で挨拶を終えるやいなや停めてあった車のほうにどんどん歩いていってしまう男の、その後姿を追いながら、私は「まじめそうだけど気は利かないのかな」と思った。
空港から走ることおよそ30分。高速道路というにはとても地味な道(Tの話では30年前とあまり変わっていないとのこと)の周囲には、思いのほかたくさんの緑が広がっていた。

まるで垣根のようなサボテン群
時折、ひょろひょろと伸びた椰子の木がある以外は、背の高い樹木はほとんど見かけない。せいぜいがオリーブの木くらい。自生しているのかあるいは植樹しているのか、サボテンがまるで敷地を区切る垣根のように生えているのが印象的だった。やっぱり、ここは砂漠に近いのだ。
街に入って、目指すホテルに到着する直前に、私たち三人の珍道中の‘初期症状’は現れた。
交差点のはるか向こうにホテルの名前を発見した私たちの思いを裏切るように、車は右折すると、しばらく走り、次の交差点で止まった。
運転手が道を歩く男に話しかける。アラビア語だけれど、何を話題にしているのかはもちろん分かる。
「さっきの交差点で、前のほうに見えてましたよ」と言う私たちに、運転手は、「この頃ホテルがどんどん増えるから」と言い訳を言った。
それから、左折すること3回、車は、どうにかホテルに着いた。ホテルが決して新しいものでないことは、内装と重たい大きな鍵とで一目瞭然だった。
30年前に住んでいた下宿屋のようなホテルと毎日通った事務所のあたりを訪れたいというTの希望で(今はもう、Tや夫の会社の駐在事務所はない)、ホテルに荷物を置くと早々に私たちは「市内観光」に出かけることにした。
お昼までの30分くらいで、‘ノスタルジック・ジャーニー市内編’を終えて、どこかで軽食をとり、午後は、30年前には存在しなかった《ハッサン2世モスク》の、14時の館内ツアーに参加しようという計画である。運転手は、「モスク見学は15分前に集合しなければならない」と教えてくれた。
ホテルから車で5分足らず、メディナ(旧市街)のすぐそばまで来て、「それでは12時半にまたここで」というTの言葉に、運転手は、「メディナではスリが多いから気をつけてください」という言葉を残して走り去った。
12時半になっても車はいない。
(あれれ?)
私たちは10分待った。
(場所を間違えた?そんなはずない)
20分待った。
(ここは北アフリカだ。それにしても…)
真上から照りつける太陽を、私たちはうらめしく見上げた。
1時少し前になって諦めて、「時間を間違えたのだろうか。事故でなければいいけれど」と、とりあえずはホテルへ徒歩で戻った。
その日はあいにく土曜日だったから、旅行社に電話すれども誰も出ない。運転手から携帯電話番号をもらっていなかったことを後悔しつつフロントに伝言を残し、へったお腹をなだめすかしつ赤いミニタクシーに乗ったときは、すでに1時半を回っていた。

モスク内部の装飾
「特段見るものもないカサブランカ」と一般には言われているらしいが、1993年に完成した《ハッサン2世モスク》は、世界三大モスクの一つとしてやはり一見の価値がある。
世界一という200メートルの高さのみならず、オフホワイトと緑の飾り模様も美しいミナレット(尖塔)を持つモスクが、コーランの一節「神の玉座は水の上にあり」を忠実に守り、海辺につきでるように建っていた。
大西洋のはるかかなたからも「見られる」ことを意識したかのような立派な建造物は、また、その中に入る人々をも圧倒する。 床も天井も柱も壁も扉も・・・気が遠くなるような緻密な彫刻やモザイクの美しさ。そしてそのデザインの見事さ。
金箔で飾られた西洋的豪華さとは全く異なるが、別の意味で目がチラチラしてしまう空間に、私は祈りの場であることも忘れ、ただただ溜息をつきながら、見呆けた。
労働者三千人、工匠一万人をモロッコ全土から招集し、6年の歳月をかけて作り上げたモスクの、総工費のほとんどが寄進だった、と聞いた。
「国教」の持つ力の大きさ――私たち日本人には(あるいは、私たち先進諸国の国民には)想像の及ばない世界である。

ここは祈りの場所?緻密なデザインがただただ美しいモスク内部
(第4巻156号)





























