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エッセイ:ロンドン便り

ロンドン便り:その6

パリ狂がロンドンに住んだら

北原千津子
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家族のはなし

オクスフォードストリートのイリュミネーション
デパートの連なるオクスフォードストリートのイリュミネーション

昨年の秋に始まった世界的不況は、出口の見えない長いトンネルに入りこんでしまったかのようで、暗い話題が少なくない。

失業率の高さだとか、商店がつぶれた話だとか、若年層の暴力だとか、どこの国でも、経済が立ち行かなくなるといっぺんに世相は暗くなる。

ここ英国でも、それは同じ事。まして、またこれから暗い冬を迎えようという時期に、なんとも悲しい現象だ。もっと明るい話題はないのかしら・・・

ちょっと明るい感じを与えるのは、暗い世相にもかかわらず、クリスマスに向けて、何となく浮足立ってくるということかもしれない。

英国国教会という、キリスト教としても“独自の路線”を歩むこの国の人々の信仰心のほどは、はっきり言って、よく分らない。街中に住んでいるせいもあるだろうが、日曜日といえども、近所のいくつかの教会にあまり人の気配はない。

でも、ことクリスマスに関しては、人々はとても熱心だ。その日にかける情熱のようなものは、フランスよりもずっと大きいような気がする。

プレゼントロンドンのクリスマスのイメージはとにかく「プレゼント」

その情熱とは、各家庭での行事としての重みだ。おそらく、どこの家庭でも大きなもみの木を飾り、室内もそれなりにデコレーションを施し、聖夜の食卓は、最高のテーブルセッティングの中にイギリス式クリスマス料理が並ぶのであろう。デパートなどでも、9月から、そういった食器類や雑貨類、クリスマスオーナメントが売り出された。今年、ことのほか暖かい秋――例年は9月末に暖房を入れるが、今年は10月半ばくらいまで必要なかった――を迎えていたロンドンで、それはなんとも奇妙な光景ではあった。

そういえば、去年の12月にも、不景気風にも屈せず、大きな包み(クリスマスプレゼント以外の何物でもない!)をいくつもいくつも車に積み込む親子連れを何組も見たのだった。

寒そうに、羽毛や毛皮のコートを着込んだ人々が、車の後ろのボンネットをあけて、両手に抱えきれないような大箱や、きれいにラッピングされた小箱の入った大袋をしまう。それは、長く欧州に住んでいても、実は、映画の中でしか見たことのない光景だったのだが。

絵に描いたようなクリスマス風景。英国には、まぎれもなくそれがあるのだ、と妙なところで私は感心していた。


クリスマスマーケット

もちろん、キリスト教徒の数多く住む欧米諸国では、クリスマス、つまり12月25日は、国民の祭日であり、それぞれの家庭で、それぞれのクリスマスの過ごし方がある。

多くは、それは「家族の日」であって、「イヴには家族全員が必ず集まる」(日本のお正月のように)と、まるで法律で決まっているかのようだ。プレゼントを大げさに交換するかどうかは別にして(ドイツでのクリスマスを体験したこともありますが、プレゼントはとても質素でした)。

たまに家族が集まるのはいいけれど、それがかならずしも、「幸せな家族の場面」ばかりではないことは、何人かの欧州の友人から聞いた。

離れていればこそ平和に、穏やかに暮らしているある程度の年齢の子供たちを持つ家庭で、数日鼻をつきあわせているがために親子喧嘩が始まった・・・などということもあるらしい。

ある英国人からは、「どちらの家族と過ごすか悩んでいる」などという話も聞いたことがあった。どちら、って・・・?それって、自業自得でしょう??

Un Ange au balcon『Un Ange au balcon』
Auteur : Hortense Cortex Editeur : Thierry Magnier Collection : Petite poche

私が翻訳を始めた小さな本 (『Un Ange au balcon』) の中でも、「その日」が語られていた。

「もうだまされないぞ」――クリスマスの現実に醒めた目線の少女の、その浮かなさの真の理由は、家族の日とならないことへの苛立ちでもある。

クリスマスがくる2週間前のこと、ママが、サンタさんに手紙を書くのか、と聞いてきた。

「ねぇ、ママ。」
私は腕組みしながら言った。
「私、クリスマスに欲しいものは二つだけよ! 知ってるでしょ? パパとまた一緒に暮らしたい、っていうのと、動物を飼いたい、ってことだけよ!」

私は不可能なことを望んでいたのだった。パパとママは、別れたばかりだったし、……

“サンタさんイコール親”であることに気づいた少女、サンドラにとって、大切なのは物ではない。大切なのは、絆なのだ。

作者、オルタンス・コルテクス自身が、当の少女のように、父母の別離を体験した女性なのかどうかは、知らない。しかし、小さな本の冒頭には、「父、フランソワ・バルベィに」とある。おそらく、彼女の作家としてのイメージの源泉は、ユーモアあふれる父親にあったのだろう。そしてまた、周囲の人々に対するまなざしのやさしさを教えたのも父親だったのだろうか。

「やっぱり、パパじゃないよね。だって、パパはブルターニュにいるんだもの。それに、パパが天使に化けるなんて、あたし想像できないし」
「俺様もさ」
と、ガビーはすごく変な声で言った。
「お前さんのパパはお前のことが大好きなんだよ。分かってるだろ? それで、もし、お前さんの人生をおとぎ話みたいに変えられるものなら、変えてしまいたいのさ。サンドラがいつでも幸せでいられるように、って」

“幸せな家族の日”とはなんだろう・・・

おとぎ話を信じる(作る?)ことのできる人なら、幸せになれる・・・ユーモアを解すればラクに生きられる・・・というほど簡単なものではないかもしれないが・・・。

大人の事情に翻弄される子供、辛い環境におかれた子供がそれを受け入れ、それを乗り越えていく。そこにあるのは愛情豊かな親の存在――それを『ヴェランダに降りた天使』が語っている。

いい話だなぁ、と思った。

ヴェランダに降りた天使
Un Ange au balcon(ヴェランダに降りた天使:仮称)
2009年12月21日号