パリ狂がロンドンに住んだら
郵便のはなし
ロンドンのポストも日本と同じ赤。差し出し口は、STAMPED MAIL と FRANKED MAIL の2つ。STAMPED は切手を貼った郵便、FRANKED は料金別納郵便のこと。先日来、頭を悩ませて(?)いることがある。
何しろ、届いてしまったのだ。小さいとは言え、20冊もの本が。ある日、本の小包が。ドカンと。
《洋書の森》で、踏み台に乗って、一番上の棚の小さな4冊をみつけたのは、もう一年以上も前のことである。その頃はまさか、ロンドン住まいが始まろうとは夢にも思っていなかった。
その本は、大人の手ならスポッと納まる、ちょうどはがき位の大きさで、日本の文庫本と同じよう。でも、5ミリくらいしか厚みはない。そして紙質は日本の文庫本とは全く違って、表紙も中のページもしっかりした厚紙だった。
フランスで出版された大きな本たちの間に挟まれて、縮こまるようにあったその4冊に手がすっと伸びたのを、私は「ご縁」と言いたいのだが、「この大きさならすぐに読めるわ」という“不純な動機”からと思われても仕方ない。なにしろ、ページ数はたったの48ページだ。
この4冊を手にした時にまず最初に感じたのは、「なんと贅沢な子供の本だこと!」ということだった。
フランスは、日本に比べれば「製本」には無頓着な国だ。普通の本(写真集とか絵本ではなく、小説など一般の書物)の場合、出版社によってはすべて同じデザインの表紙を使っていることも多い。もちろん、それが一種のトレードマークのようになっているわけで、日本の岩波文庫とか岩波新書だとかを想像してもらえば簡単だ。でも日本と違うのは、「文庫」でも「新書」でもなく、本当は「単行本」に相当する出版物だということ。
その他の単行本もまた表紙はペラペラで、くにゃっと折れ曲がってしまう紙質は、軽くて良いかもしれないが、いささか体裁悪く、威厳(?)にも欠ける。丸まってしまった端っこは、本棚に立てるのにも苦労する。だから特別誂えの装丁を行う技術はいまだに健在で、自分でそれを習得しようという人もいるほどである。

フランスの単行本
そういうお国柄の本でありながら、私が手にした4冊の表紙はそれなりの厚紙で、1冊1冊、異なる色を使い、それぞれ独自の図案が施されている。
中の文字の大きさや文章をさっと読めば、それが子供向けだということはすぐに分かったから、尚のこと、宝物のようなシリーズかもしれない・・・と、興味がわいたのだった。
そして、私はすぐに、
「これは、もしかして大人の童話?」と思い、
「大人が大事に手にとって、一ページ、一ページ、大きな指で繰りながら、子供に聞かせてあげるおはなし」と決めた。
実際にちょっと読み始めたら、それがまた何ともいえず、いい!
「小学校の低学年から読める」ということにはなっているが、とりあげているテーマは、とても深いところをしっかり押さえていて、決して子供だましの内容ではないところも気に入った。
「日本語にしてみたい」という気持ちがムラムラと起きてしまったから、とにかく、私は4冊とも借りた。
こうして、洋書の森でお借りした4冊を読み進むうちに、それらは、すでに5年近く前から続いている叢書の最新刊の4冊であることを知った。60余冊にも上る作品を30人くらいの作者が次々と書いている。出版社のホームページに並んだ、カラフルな表紙の中央に置かれた題名の一つひとつが、なんとも言えず魅力的な光を放っていた。
そして、《洋書の森》で4冊をお借りして、期間延長をお願いした頃、夫の転勤話となり、次の延長届の頃、私はすでに「ロンドンの人」だった。
時を同じくして、東京のフランス著作権事務所のカンタンさんが、「すでに出版された本の中にも気に入ったのがあるなら、出版社から直接ロンドンの北原さんに送ってもらいましょう」と手配してくださった。
その結果が「ドカン」である。いや、正確には小さなかわいいコレクションだから、全部まとめても「ポコン」という程度の容量ではあるけれど。南フランスにある出版社の「著作権担当部署」から、ドーバー海峡を渡って、白い小包は私の元へとやって来たのであった。

「ドカン」(ポコン?)とやってきた叢書
「ドカン」にしても「ポコン」にしても、私がこの擬音にこだわっているのは、郵便物の配り方のせいである。
パリに住んでいた時は、郵便物が届く音に心弾ませたものだ。玄関の向こう側の、郵便物を配る管理人さんの気配は、上品かつ優雅で、建物全体が静かだからこそ聞こえる心地よい音だった。
扉の真ん中にあるのが郵便受け口しかし、ここロンドンでは・・・・。
私たちの住むマンションは、別に安普請というわけではない。ポーターと呼ばれる、マンションの地上階ロビーの真ん中を陣取り、日がな玄関のほうを見つめている男性たちは、フロックコートこそ着ていないが、同じような濃紺のスーツで身を固めた人たちである。
彼らが実際に各戸に郵便物を配っているのかどうか、まだその場に遭遇したことがないので定かではないが、(私の勘では、どうやら郵便物配りは別の「使用人たち」が担当しているらしい)、郵便物はとても雑に配られる。
そもそも、郵便受け口なるものがフラットの扉の真ん中についているのも、私としては少し気に入らない。
だから、郵便物にしても新聞にしても、家の中に突っ込まれると――おまけに、この受け口の鉄製の蓋のばねは、防犯のためもあってか、非常に硬いから、力任せに押し込むらしい――そこから1メートルほど下の床に落ち、散らばらざるを得ず・・・。
これらの一連の音の、なんともがさつなことと言ったら!(だからと言って、日本の玄関扉に付けられた郵便受けの受け箱も、決して見栄えのよいものではないけれど)
もっとも、この小さな本たちは、さすがに受け口に入らなかったのか、玄関前に無造作に置かれていた。
「ドカンと落ちなくて良かったネ」
私は、白い小包を大事に胸に抱えてフラットに入った。
sイギリスの郵便局





























