パリ狂がロンドンに住んだら
大英帝国のはなし
ロンドン生活を始めてから最初の夏が来た。
夏が来たとはいえ、一向に暑くはならない。たまに27℃くらいの日が数日続くことはあるが、長続きせず、冷たい雨が降ったり、強い風がビュービュー吹いたり、そして、ほとんどが最高23℃、というような8月だった。
そして、ロンドンの街自体も、パリと比べれば、「ヴァカンス」はさほど色濃く表れない。一か月もの間シャッターを下ろすような店舗は、少なくとも私の生活範囲にはみられなかった。パリの街では当然の「夏季休業」という張り紙も見当たらないし、「人が少なくなった」という印象もほとんどない。
取引銀行の担当者が、「休暇中で、代理の者」だったり、冷蔵庫修理を依頼した電気屋さんが「休暇だから、行かれるのは2週間先になります」と答えたことくらいが、夏らしさを感じさせてくれる出来事だった。
ブリテン島自動車地図。これを見ながら2千キロを走破。(私たちは車にナビをつけていない)暑くなくても、やっぱり夏休みはとる!
英国人社会で、そして在留邦人の間で、「ヴァカンス」のことが話題になる前から、夫と私は、しっかりと1週間の旅行を企てた。初めての夏休みなのだから、この際、英国を全部見て歩こう!日本のように小さな島国である英国を、東回りで北上し、西側を通って南下してロンドンに戻る、という全行程2000余キロメートルの車の旅を私たちは決行した。
「いやいや、お若いですね。ご自分で運転ですか」と半ば呆れられながら。
ところで、私は、口に出す時はいざしらず、書くときには意識的に「英国」を使う。
これは、2006年に出版された、拙訳の『エミリー ジャワ 1904年』の中でも、相当悩みながら(?)いろいろ考えながら、使用した国名である。
この小説は、題名が示す通り、およそ100年前の、一人のフランス女性の物語だ。植民地主義が終わりをつげる頃の、東南アジアを主な舞台としたスケールの大きな歴史小説、という形をとってはいるが、実は、主人公の恋愛を軸とした、人間の成長そして解放の物語とも言える。
植民地主義といえば、やはり、その名を無視できないのは大英帝国であり、物語のさまざまなところで、数多くの英国関連のエピソードが出てきた。その度に、私は、イギリスと表記するか英国とするか、登場人物はイギリス人なのか、英国人なのか…昔の話なんだから、漢字で表現するほうがいいかなぁ…などと、考えたりしていた。
話は逸れるが、この「悩み」は、日本にいて、原作者とは頻繁に会えなくなってから生じたものだったので、彼女自身に相談したことはない。
それ以前にパリに住んでいて、原作者にしばしば会いながらいろいろ相談していたのは、作品に数多く登場する中国人の名前の漢字表記のことだった。
もちろん、当時のことであるから、彼らは、「中国人」ではなく、「清(国)人」であるが。
中国や台湾、東南アジアに長く住んだオランダ系フランス人である原作者は、アジアの事情に精通してはいたが、漢字を読み書きできるわけではなく、もっぱら、名づけの相談相手になってくれたのは、彼女よりもまたはるかに東南アジア通の、北京語に堪能な夫君のほうだった。
私たちは、パリの、かの有名なカフェ・ド・フロールの二階の席で、それぞれ電子辞書を片手に、名前を考えた。この場所を選んだのは、原作者夫君の「趣味」ではあったが、文学にゆかりのあるカフェだから…というのではなく、単に、彼らの家が近い、ということと、隣の、同じく有名なド・マゴーに比べれば「すいている」ということだった。
確かに、二階席は静かで、一人でコーヒーをすすりながら書物を読んだり、原稿書きにいそしむ人がちらほらいるだけだった。
閑話休題。
通常、私(多分ほかの皆様も)はこの国を「イギリス」と呼ぶ。
でも、イギリスという呼び方は、いわゆるEnglandからきたものだろうから、やはり、英国と呼ばなければいけないのではなかろうか…。もっとも、「英」という文字自体は、かつて日本が、オランダ語だかポルトガル語だか(よくは知らないが)を当てた、「英吉利」からとったものであり、その意味では何の説得力もないのだが、要は、イメージである。少なくとも音の類似性だけは免れる!
この「英国」への思いを強くしたのは、まさに、夏休みの周遊旅行の最中でもあった。スコットランドとイングランドの違いを肌で感じ、素直に受け止めたのだ。
歴史的にも、「Great Britain」として一つにまとめられたはずの国土ではあるが、景色、風土、言葉、空気、そして紙幣に至るまで、その違いはあまりにも鮮明だった。
のどかな田園というべき、若草色の豊かな牧草地帯やそれはそれはたくさんの羊たち――そう言えば、英国は羊毛業で発展したのだ!――を数えたイングランドが終わり、「国境(ボーダー)」に近付くと周囲の景色は表情を変える。褪せた紫色の小花をつけた本当に小さな灌木しか育たない岩盤でできたと思われる丘陵。人家はおろか山羊の一匹も見かけない景色は自然の厳しさを感じさせた。
![]() 国境 |
![]() イングランドののどかな草原 |
スコットランド北部の、入江と川と湖とが入り混じった地方では、曇天のせいもあったが、深緑の針葉樹(多分)と厚い霧にすっぽりと包まれて昼なお暗く、時間の感覚を麻痺させるような、眠りから覚めない国に紛れ込んだような気がした。湖畔におりた時、正直なところ、一人じゃ怖い、と思った。同じように湖水の広がる、ピーターラビットに代表されるようなイングランドの「湖水地方」の、そのほのぼのとした明るさに比べたら…。

スコットランドの湖水
旅行者に対してとても親切なのはどこの国にも共通かもしれないが、スコットランドでもホテルやら、お店やらいろいろな所で、「どちらから? この国はお好きですか? 気に入っていただけました?」といった質問を受けた。
何気なく、「もちろんですとも。私、英国大好きです」と答えるつもりで、ふと、「イング・・・」と口にしてしまい、あわてて「スコットランド!」と言い換えたのは、スコットランド国花である、あざみの模様のコースターを見つけたお店でのことだった。

スコットランド国花、あざみ































