ついに感情論
前回の、どこから見るか、という論点を意識していると、さまざまな読解のコツにつながると思います。たとえば時間の流れを見おろして、その見ている位置から動かずに考える、ということが英語の時間表現を理解する勘所になるでしょう。もし私が文法家だったら、「時制の一致」ではなくて、「視点の固定」という用語を使うと思います。また上空から人間界を見おろして、自分自身も見えているとしたら、myselfのような再帰代名詞が発達する現象も肯けます。たとえば次の例。いかにも風変わりな場面ですが、後半は読み飛ばしても結構です。
You can give yourself a headache trying to decipher the tatoos on a naked man who's leaping up and down on a bed. ─John Irving, Until I Find You
これを訳すなら、たいていは「~しようとすると頭が痛くなる」という方式をとるでしょう。そして主語は書かないのが上手な訳し方とされることも間違いない。なんとなく水平的な感じがしませんか? 「~すると、~になる」 平面上のA地点からB地点へ進むような表現ですね。また主語を書かないので、そのぶんだけ主体が見えずに、そういう現象だけが自然に進んでいくのかと思われる。もとの英語は、youなる人物が一人芝居でもしているような場面を、離れた目で観察しているのでしょう。マリオネットの人形遣いの目かもしれません。ほとんど話者の分身のようなyouですが、やはり上から見おろす人形になっている。日本語だと、いわば人形浄瑠璃で、話者は人形になりきって、その目の位置から見ているような気がします。マリオネットですと複数の人形を操って(つまり、くるくると主語と切り替えて)語ることも容易ですが、それは日本語では難しい。あまり目の位置を変えないほうが(つまり一つの人形にとどまるほうが)書きやすいと思います。
さて、ものの見方が変われば、同じことを言っているようでいて、まるで気分が違ってくる場合があります。もう一つ、私がよく授業で使う例文をお目にかけますと──
There is a problem with the page you are trying to reach and it cannot be displayed.
これに対応する日本語として、以前には「検索中のページには問題があるため表示できません」というメッセージを見かけました。このごろは「検索中のページは現在、利用できません」もあります。明らかに改善されたと言えるでしょう。前者は誤訳に近いと思います。もとの英語は「つながらない」現象を客観的に見おろして述べています。つまり、技術的に支障がある、ということを感情をまじえずに言っている。日本語は同一平面上でのやり取りのような、つまり目の前の相手に断られているような、情緒的な反応を引き起こすはずです。その相手の判断として、ページの内容には問題があるから見せてやるわけにはいかない、と言っているのではないか。ちょっと反発したい気分です。
小説の翻訳では当たり前ですが、こういう技術的なメッセージでも「気分」は大事ですね。気分を間違えると、内容が伝わりません。電気製品のマニュアルが難しいのは、そのへんが原因だろうと思います。
さて、いろいろ理屈をこねてきましたが、要するに言いたかったことは、まず文法に基づいて考えてから、イメージや気分について自分が納得する、それから書き始める、ということです。納得しないのに無理に書いたら、出来が悪いに決まっています。じいっと文字の行列をにらんでいるうちに、ふわあーっと映像が脳内に立ち上がってくる。これが翻訳商売の楽しいところでしょう。それをどうやって日本語の文字で描き出すか。もう意志の力、書き手の念力としか言いようがありません。





























