イルカは空から
いままでは一つずつのイメージについて書きましたが、今回はもっと大きなことを言います。情景のとらえ方、どこから見るかという視点の話です。映画ならカメラの位置、焦点距離なんていうところでしょう。ご覧に入れまするは、私が好んで使っている例文で、英語の読み方を考えるためには、じつに便利な資料だと判断しているものです。ある TOEFL 対策の参考書で見つけました。練習用の例題と、その日本語訳です。

They sat on the beach looking into the horizon, where dolphins swam under the light of the setting sun.
彼らが海辺に座って水平線を見ていると、そこを沈む夕日に照らされてイルカが泳いだ。
この訳が下手だとは言いません。もとの英語が訳しづらいので、お気の毒に、と思っているだけです。なぜ訳しづらいのか。そこが本日の目玉です。どこに目をつけてんだ、という話です。
まず日本語だけを、よく見てください。どんな情景が浮かぶでしょう。私自身が日本語のネイティブスピーカーであり、また数カ所の教室で受講者の賛同を得た結果から申しますと、この日本語を見た日本人は、海岸から水平に、海の彼方へと目を向けます。つまり主語の「彼ら」と同じ視点を共有するのです。そして、はるか水平線にイルカの姿・・・・・・。
というわけで、ある素朴な疑問が生じます。そのイルカ、見えますか? いくら大きな生物でも、たとえクジラやゴジラでも、水平線までの距離があったら見えるわけがない。水面下にいても、ジャンプしても、見えないものは見えない。どうやら日本語訳は、まるで "where they saw dolphins swim" であるかのように処理したものと思われます。そのぶんだけ原文をおかしくしてしまった。あるいは、日本語にしようとする本能が働いた、と好意的に解釈してもよいでしょう。
こういう問題になると、いわゆる「訳し方」なるものを、ただの言い換え技術と考えてはいけないことがわかります。翻訳は「ものの見方」に関わるのです。どこに目をつけるか、どこからどう見るか、ということを考えなければ、上の例文は読めないでしょう。どこをどうやってもいいから、とにかく意味が通るように、文として成立するように解釈しなければ、どうにも訳せないはずなのです。この文の場合、正解が一つだけとは思いませんが、きわめて有力な解法として、見る位置を90度変えることを提案します。
海岸に置いていたカメラを、はるか上空へ引っ張り上げたらいかがでしょう。空の高みから下界をながめるのです。そうすれば「海岸の人間」も「水平線のイルカ」も、同じように認識できます。ただし、その両者に関係があるのかどうか、たとえば人間がイルカを見ているのかどうか、そこまでは何の保証もできません。でも上空カメラが双方をとらえていることは確かなのですから、この文は成立いたします。両者に関係があるかないかを書かずに、それぞれが存在していることを書く、という作業は、じつは日本語では難しいはずです。ためしにやってみるとよろしい。なかなか書けないでしょう。それこそが英語の三人称文体を訳す難しさなのだと思います。だから、どこかで日本語の本能が働いて、いくぶん横から見るようにカメラをずらしてしまう。訳そうとすると、そういうことがあるのです。さもないと日本語にならないかもしれません。
よく翻訳についての冗談として、「ヨコのものをタテにする」と言います。横文字を縦書きに変えているからでしょうが、実態としては逆なのだとおわかりでしょうか。タテに見下ろしていたものを、ヨコからの目で見て書き直していることが多いのです。




























