入門翻訳勝ち抜き道場

古典新訳

カンニングで青くなる?

小川高義
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前回は、冠詞や単複の差を手がかりに、イメージを浮かべる練習をしました。そういう一つずつの積み重ねから、人物や情景を鮮やかに浮かび上がらせるように書きたいものです。さて今回は、イメージ方式には誤訳を防ぐ効用もある、という話をいたしましょう。言葉から言葉へ訳していると、じつは誤訳につながることが多いのです。とくに「意訳した」と言って手柄を立てたように考える人は要注意。英和辞典で「訳語」を拾ってから、その日本語を起点にして、「適訳」(と思い込むもの)にすり替えていませんか? そんなことをしたら、伝達ゲームのように、はてしなく意味がねじれていくだけでしょう。

では、イメージで思い込みを防げる実例。またしても出所はラヒリです (Interpreter of Maladies)。大学の試験でカンニングをしたことがある、と打ち明ける場面を考えてください。隣の男の答えが見えて、最後には "I looked at his answer and copied it down" ということになりますが、その前の段階で、"I could see the blue book of the guy next to me" という箇所があります。この "the blue book" について、どんなものだと判定するでしょうか。おそらく次のような反応に分かれるのではないかと思います。

  1. もともと、この言葉を知っていた
  2. 知らなかったが、辞書で引いた
  3. 知らなかったが、何かおかしいと思った
  4. 迷わず「青い本」と訳した

この中では3の反応が望ましい。1や2も結構ですが、それに加えて3のように心が動くほうがよい。4の人は・・・・・・まあ、がんばりましょう。

いきなり訳語をさがすよりも、しばらく目をつむって考えるとよいのかもしれませんね。ありがたいことに文法上のヒントがありまして、book には the がついている。楽譜で言えば演奏記号にあたるものでしょう。この the を生かすようなパフォーマンスをしなければなりません。登場人物が見ていた現場に入っていくようなつもりで想像したらどうでしょうか。ただの「青い本」だったら、theという意識が生じるかどうか。何らかの意味で、この「本」は既知の存在なのです。二人のどちらにも「わかっている」感覚が欲しい。たまたま見えたのが青い本だったら、a book として意識するのが自然でしょう。

blue book

そろそろ辞書を引くタイミング・・・・・・。裏付け捜査ができましたね? となると必須の情報は「答案用の冊子」ということであって、とくに色彩を問題にしなくてもよい、という判断だって成り立つ。いまどきの翻訳ならば、まず「青い本」と書いてから「アメリカの大学で使う答案用冊子」と割り注をつけるような、そんな野暮な方法はやめましょう。色気を抜いたほうが、かえって粋なこともある。「青」を捨てると、すっきりした書き方ができます。「隣の答案用紙が見えたんだ」でよいのではないか。わざわざリズムを乱すほど、色に迷ってはいけません。

誤訳予防のイメージ効果、という話は、次回にも続けます。