翻訳の手順──読む、見る、書く
いきなり素っ気ないことを言いますが、もし翻訳をしたければ──しかも職業として考えるほどであるならば──誰かに「訳し方」を教わろうなどとは思わないほうがよろしい。教師としての経験で、学生から聞きたくないセリフが2つあります。1つは、「よくわかりませんが、とりあえず訳してみます」。もう1つが「なんとなくわかるんですが、訳し方がわかりません」。 そう聞いただけで、こりゃ、だめだ、と思います。
よくわからないのなら、わかるまで訳してはいけない。なんとなくわかるのなら、もっと突き詰めてわかろうとすればよい。訳し方なんてものは、あとからついてくる。わかってさえいれば、どうとでも書けばよい。と、まあ、私はそんなふうに考えます。
とりあえず、いますぐにできる作業として、国語辞典と英英辞典で「翻訳」と "translate" を引くことを勧めます。違いがわかりますね? 翻訳というと「言葉の置き換え」に終始するような錯覚を生じますが、translate するのだと思うと、言葉に限らず、何かの性質や形状を「変容」させる意識が出ます。場所が移動することもある。たとえば田舎から都会へ出た人が、移動によって性格まで変わる、というのも translation の好例でしょう。
さて、その変容として、私は文字を映像に変えることを重視します。とくに理論の裏付けがあるわけではなく、そのように心がけると仕事の出来がよさそうだという、いわば生活の知恵として言っています。もちろん五感のすべてを動員するとよいのですが、練習としては、まず「見る」ことを鍛えると、成果が目に見えて出るでしょう。そのつもりで、これから6回の連載として、いかに見るかという話をします。
小手調べに、簡単な例題を一つ。出所は、数年前に私が訳したジュンパ・ラヒリというインド系アメリカ作家の短篇集です(Jhumpa Lahiri, Interpreter of Maladies)。停電にそなえてロウソクをさがしにキッチンへ──
Shukumar returned to the kitchen and began to open drawers.
これを読んで、「引き出しを開け始めた」と思いつく人が多いでしょう。すらすら訳せると豪語するタイプかもしれませんね。仕事が早いのは結構なのですが、そう思うより先にイメージは浮かびましたか? もし反射的に日本語が出てしまったのなら、それが問題だと思ってください。では質問。"began to open a drawer" だったらどうします? やはり「開け始めた」ですか? 結果的にはそうなってもよろしい。ただし、イメージが浮かんでいないとしたら(まさか何も浮かばないことはないと思いますが)、まだ日本語を書く段階ではありません。
この話は次回に続けます。ほかに "began to open the drawer(s)" も考えて、頭の中に絵を描いていてください。もし自分が演出家なら、俳優にどんな演技をさせようか、という要領でいかがでしょう。いや、みずから演技してもよい。モニター画面の前で、ただ一人、ああだこうだと手足を動かしている翻訳家は、私だけではない・・・・・・はず。


















