先日、サン・フレアの方からお電話をいただきました。
「実は出版翻訳のウェブページを作ってまして、こちらに掲載する記事を書いていただきたいんですけど……」
「はぁ? 私は産業翻訳者ですよ?」
「いや、このごろは書籍のほうもやられてるじゃないですか」
出版不況と言われるなか、出版社から次々とお声が
たしかに、ここ2年ほどで『スティーブ・ジョブズ−偶像復活』(東洋経済新報社)、『セキュリティはなぜやぶられたのか』(日経BP社)、『ウィキノミクス』(日経BP社)と3冊の訳書が出たし、出版不況と言われるなか、3冊とも(絶対数はいろいろながら)増刷がかかったというのはできすぎとしか言いようがありません。さらに、たった今(2007年秋)も、とある出版社さんから年内に出る予定の伝記物がそろそろゲラ校正という段階にさしかかっていますし、また別の出版社さんから「おもしろそうな本がもうすぐ出るので読んでみて欲しい。よさそうなら版権を取りにかかる。取れたら訳してくれ」というお話をもらっています。
どうしてこんなことになったんでしょう。
正直な話、私は出版翻訳がやりたいとは特に思っていません。「チャンスがあったらやってもいいな」くらいに思ってきましたし、出版と産業、どちらかひとつを選べと言われたら、根っこが技術者なもので、迷わず、最先端の技術に触れられる産業翻訳を取ります。そんなふうだから、出版翻訳をめざしての行動は特にしてきていません。
私がはじめて出版翻訳にかかわったのは、『地球データブック 1998〜99』(ダイヤモンド社)でした。もともとがエネルギー利用技術関係の研究者だった関係で、エネルギーと環境を中心にすえて独立した直後のこと。環境関係のウェブ掲示板でいろいろと書き散らしていたら、そちらで知り合った人から「やるなら紹介するよ」と声がかかったのです。
『地球データブック』は翌年も翻訳に参加し、3割か4割ほどを担当しました。しかし、その翌年、版権が他社に移ってしまいます。他の訳者さんはみなさん、そちらの出版社と仕事を継続されたようですが、私は、産業系が忙しい年度末と重なってしんどかったため、手を引いてしまいました。
次の訳書は、2003年に出た『できる人ほど上司を使う』(ダイヤモンド社)。『地球データブック』でお世話になった編集さんに頼まれ、ときどき、訳者を紹介していたのですが、そうしているうちに来た1冊に興味がわいたので「紹介じゃなくて、私がやってもいいですか」とやらせてもらったものです。
山岡洋一さんの紹介で『スティーブ・ジョブズ−偶像復活』を翻訳
その次が、前述の『スティーブ・ジョブズ−偶像復活』。これは、ビジネス系の出版翻訳をされている山岡洋一さんの紹介。「適当な訳者はいないだろうか」との相談に対し、「彼にやらせてみたら?」と言ってくださったようです。
実は、その次の『セキュリティはなぜやぶられたのか』も山岡さんのご紹介。
このときの訳を日経BPの担当編集さんがとても気に入ってくださり、どうも、社内あちこちで宣伝してくださったらしく、同僚の編集さんからお声がかかったのが、『ウィキノミクス』。
今やっている伝記物は、「スティーブ・ジョブズの伝記をやられたの、井口さんですよね。じゃ、こんなの、やってみる気はありません?」と、とある出版社の編集さんからお声がかかったもの。
そして、今、読んでいる原稿は、『スティーブ・ジョブズ−偶像復活』と『ウィキノミクス』を読まれたという、また別の出版社の編集さんからお声がかかったものです。
と、こう書いてくると……「要するに、運がよかっただけじゃん」と言われそうですね。そのとおり、でしょう。でも、この運は、結果としてではありますが、呼び込んだものだとも思うんです。
ウェブで生まれた人とのつながり
昔、私をダイヤモンド社に紹介してくれた知り合いも、山岡洋一さんも、私との接点はウェブです。
私は翻訳フォーラムという翻訳者が情報交換をするコミュニティのサイト運営に10年あまりも携わっていることもあり、ウェブ上の翻訳者コミュニティでずいぶんといろいろなことを書いてきました。今、ふり返ると、こんなことをよくも声高に言えたもんだと自分であきれるようなことを多々、書いていたりもしますが、そのときどきの自分の全力で人と議論し、自分の方がよく知っていると思うことは人に教え、知らないことは人から教えてもらってきたつもりです。
そうして私がいろいろと書いたものを読み、「こいつにやらせてみようかな」と思われたのが、昔の知り合いであり、山岡さんなんだろうと思います。
私は翻訳フォーラムの運営や社団法人日本翻訳連盟の理事などお金にならないことを続けていたり、自分のノウハウを自作ツールから翻訳に対する考え方まで、なんでもウェブ上に公開していたりするもので、他人のためにいろいろとしている人間だと見られることが多いようです。でもそういう活動は、その過程で人とのつながりが生まれ、そのつながりを通じ、巡り巡って書籍の話が飛び込むなど、さまざまな形で私自身に返ってきたりするのです。こういうことがあるたび、「情けは人のためならず」なんだなぁと思います(本来の意味合いで使っています>「情けは人のためならず」)。
ひとりで仕事をしていても力はなかなか伸びませんが、仲間と議論してみると自分の間違いや弱点が見えてくるものです。チャンスがあったら(ホントは、チャンスを作って)、臆せず、訳者仲間の議論に参加してみましょう。「間違ったら恥ずかしい」と思うでしょうけど、そんなの、いいじゃないですか。かいた恥の分だけ、自分の力が伸びるんですから。私も、ネット上でかいた恥の量なら他人にひけはとらないと思いますし、今後もまだまだいっぱい恥をかくだろうと思います。また、自分が知ってることはどんどん、他人に教えてあげてください。「情けは人のためならず」ですから。他人に教えようとすると、知ってるつもりだったけど穴があったってわかることも多いですしね。
そうして自分の力を伸ばしていくうち、「あ、この人は実力がこのくらいでこういう分野が得意なんだな」と思った人から仕事の紹介が舞い込んだりするわけです。マーケット規模の問題から出版より産業系の紹介のほうが多いのですが、書籍の紹介だってあるのです。翻訳出版にかかわっておられる編集さん方に話をお聞きすると、みなさん、「いい翻訳者はいないだろうか」と言われるほど、きちんと訳せる翻訳者は求められています。産業翻訳者には出版翻訳をさせないなんてことはないのです。




























