1968の年のデトロイト、空港でチャーターバスに乗り込んだら「ミスター・フジオカ?」と呼びかけられた。黒人男性の声だった。運転手の脇にある椅子に大きな男が坐って、視線を宙に、返事を求めている様子だった。ミスター・オーウェル。ぼくの声で、ぼくの現われたのを知ったのだった。前の年、彼の運転で数日デトロイトを走りまわった。その彼が、盲目で現れた。日本人の妻をもつ彼を「日本通」だからと、同僚の黒人ドライバーがアシスタントに推薦したという。Black is beautiful! が叫ばれていた。騎馬巡査が二人組になって物騒な町をパトロールし、見本市会場では、警備員が拳銃をむき出しで腰に差している、それが格別におそろしいものに思えなかったとき、オバマ登場40年前のことだった。月刊誌『工業英語』の巻頭言には、こうした番外がいくつか積み残されている。
藤岡記
春になれば、そう願って冬を送る。春は確実にやってくるのだが、若い頃と違うのだろうか、身辺にはなにほどの変化も起らない。いや、若い時は、春であろうと冬であろうと、いつも、なにかがあった。それは苦くも甘くも、鮮やかに心に刻まれたことごとであって、毎日が好奇の的となり、心を傾ければ、身体を移していけば、世の中が動くように思えたものだった。
春に、若さに生涯をすごせるならば、世の中が動くのを見るだけでなく、世の中を動かすことができるかも知れない。
Matthew Boulton(一七二八~一八〇九)は、世界を変えた。バーミンガムの金物細工商の家に生れ、貴公子然とした風貌を持ち、溢れるばかりの才知を誇りながら、八十一歳の生涯を、実に多彩に、忙しく生きた。その時代は、ボールトン自身の言葉によれば、“People in London, Manchester and Birmingham are steam mild mad.”というときであり、彼自身がその気狂いの渦を捲き起したものだった。J.ワットの蒸気機関は、もしボールトンなくば、特許にのみ終って、工業製品として実用に供されることはなかったかも知れない。バーミンガム郊外のソーホー(Soho)に建設した一大生産工場が、政財界、文人たちを集めて、新しい動力源を採用する、製造工業時代の到来に注目させなかったら、産業革命の幕開けは、さらに後のことになったかも知れない。
一七歳のときから、家業に入った。銀のバックル、ボタン、飾りプレートの細工物に、ガラスを象嵌ことを工夫した。大陸に出す製品に“of foreign make“と刻して、再輸入することもやった。結婚は二十八歳と遅かったが、単なる田舎紳士ではなくて、ロンドンの社交界にも迎えられる実業家になっていた。したがって、妻はもっとも望ましい相手、資産家でなければならない、が、娶った妻は子のないまま、四年目に早逝してしまった。再婚した。相手は、先妻の七歳年下の妹だった。財産目当ではなかったが、事実、二人の妻のおかげで、一万四千ポンドという莫大な資産を手にした。その資金で、土地を求め、九千ポンドを費やして、世界最初の生産・機械工場をソーホーに作ったのだった。
銅貨の鋳造も創案している。流用している銅貨の半分が贋造貨という時代だった。鋳造の工程を分割して、専用機を配し、コンベヤーでつなぎ、最終工程のプレスでは、少年一人が配置され、1ラインから、1分間で80個の銅貨が打ち出されるようになっていた。重さは正1/4オンス、径は1インチと厳密に管理されて、贋造は不可能だった。造幣の革命として記録されている。七十歳のときのことだ。
一八〇〇年には、小銃やピストル、銃剣や短刀を手に手に、部下と一緒になって強盗団と戦って勝利を得る武勇伝も残している。この情景はスコットの小説“Guy Mannering”にも活写された。
しかし、ボールトンの一七六九年に書いた手紙ほど、彼の名を不朽たらしめるものはないであろう。
“I was excited by two motives to offer you my assistance which were love of you and love of a money-getting, ingenious project,……”(歴史的なラブレターです。日本語に。【この質問に答える】※この質問は締め切りました)
受けとり人は、J.ワットだった。
ワットの蒸気機関の実用化のために、共同経営をしようではないか、そのための資金、設備、加工技術、市場、特許の延長、全てを一緒に考えようではないか、という、愛の手紙なのである。
ボールトンは、このときまだ、ワットも、蒸気機関も、実見していなかった、という。
八十一年の青春に、Applause!!
(APRIL 1978)
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(第4巻141号)



























